妹が舞台を観に行きます。








「お兄さんのクラスの出し物とは、何です?」


「劇です!えっと・・・ストーリーはシンデレラをベースにして考えたオリジナルらしいです、」

昴さんの言葉に、文化祭のパンフレットに目を通しながら答える




「お兄ちゃん、魔法使いの役で劇中にマジックをするらしいんです!」

だから絶対観に来いよ、って言ってたんです



家でさんざんアピールされてクラスの当番シフト次第かな、なんて返せば
指きりまでさせられちゃったのはさすがにビックリしたけど。


お兄ちゃんがマジックの練習中は部屋にも入れてもらえなかったぐらいだから

私もすごく気になっちゃって、



「ほぅ・・・それは楽しみですね、」



その言葉に笑って頷いた。



そんな話をしながら二人で並んで歩きながら体育館に向かっていた








さっき止められた着替えは迷った末に、お兄ちゃんにあの格好を見られるのはさすがに恥ずかしい、と言って
昴さんには申し訳ないけれど、少し待ってもらって着替えた。


これで変に目立つことはないな、なんて安心してたけど
それは違ってた。



相変わらず多い人の流れは、昴さんの周りだけ自然と道が開けて
それでいて物凄く視線を受けている。



「ほ、本当に良かったんですか・・・?」



「何がです?」




それだけ昴さんが素敵で、みんなが思わず注目する存在なんだなぁって思うけれど
比例するように居心地の悪さは増して。


私なんかが隣にいるのがなんだかおこがましく思えてきちゃう。


「昴さん、人の多いところは好きじゃないかなって・・・だから一緒に回るの、」




美香ちゃんには一緒に回っても迷惑なんかじゃないって背中を押されたけれど
こんな状況を目の前にするとやっぱり不安。



私がこんなに居心地悪く感じてるなら、昴さんはそれ以上だろうし。


恐る恐る昴さんの顔を窺うようにして聞いてみる。








「確かに、人ごみはあまり好きじゃありませんが、」

優さんと一緒なら悪くないですね、




そう言って笑いかけられて、優しい言葉を貰って。


もう何度目か分からない、顔が熱くなる感覚に足を止めて、反射的に俯いた。

昴さんへの視線だけれど、周りからの注目があるから余計に赤くなる顔が恥ずかしくて。




すると
ぽん、と昴さんに頭を撫でられて。

うぅ、ますます顔が熱くなる。





「優さんは照れ屋ですね、」


「だって、沖矢さ、あ、えっと、昴さんが・・・そんなこと、言うから、」



手で赤い顔を覆いながらも反論すると、余裕の笑みをそのままに昴さんが言葉をつむぐ



「本当のことですよ?それに、」



ふと言葉が途切れて、それを不思議に思っていると、



「優さんが僕のお願いをちゃんと聞いてくれてるのが嬉しくて」




「え?」



そう言った昴さんに一瞬なんのことか分からなくて、思わず顔を上げると、



「名前、呼んでくれているでしょう?」


少しかがんでいる昴さんの顔が、いつもより近くにあって


「あ・・・、」



「もう少し呼ばれていたい、というのが本音でしょうか」




落ち着いた声が、私の耳をくすぐって
またすぐに顔が熱くなる。


さっきよりも、ずっとずっと赤くなっただろう顔をまた手で覆って隠そうとすると、腕をつかまれて。




「せっかく可愛い顔してるんですから・・・隠さないでください、」


「〜〜っ!!昴さん、わざとですよねっ!」



きっと茹蛸のような顔なのに、どうすることもできなくて。
追い討ちのように昴さんが言葉をかけてきて。


これでもかってくらいに火照る顔のまま、昴さんを睨むけれど


「すみません。つい、」

でも嘘はついてません、本当なんですよ?





なんて反省の顔色のないまま言葉を返してくる昴さん。





「もうっ!!・・・ばか、」


できるだけ見られないように顔を逸らしながら、
ついついそんな言葉が零れちゃった。







おやおや、

今度は私のそんな言葉に驚いたような表情を大げさに作って


むしろ楽しそう。







昴さんはずるい。




いつもペースにのせられて焦ったり照れたりしているのは私で、
それを余裕のある表情で昴さんに見られて、楽しまれて。



でも
そんなやりとりでも、昴さんと過ごせることが楽しくて、嬉しくて。


たくさんの人が昴さんを見ているけれど、
昴さんが見てくれているのが私なんだ、っていう事実が胸をポカポカさせるの。





ずっと感じていたもやもやが、消えていく


いつもどおりだからかな
なんて、安心した。



”まもなく、2年B組による劇『シンデレラっぽいもの』が、体育館にて上演されます。ぜひご覧ください。
繰り返します・・・”


音が鳴って、流れ出したアナウンスが舞台の始まりを知らせるものだったから



「あっ時間が、」


「ちょっと急ぎますか」

そういった昴さんの言葉に頷いて、二人で足早に体育館へ向かった。




暗幕で閉め切った薄暗い体育館に足を踏み入れたとき、


「あっ、黒羽くんの妹さんよね?」


「え?」



受付にいた、たぶんお兄ちゃんと同じクラスの先輩に声をかけられて、びっくりした。

待ってましたと言わんばかりの顔で腕を掴まれる




「黒羽くんの要望で座席空けてあるの!」


「で、でも、私一人じゃなくてっ・・・」

ちらりと傍にいる昴さんを気にすると、




「大丈夫っ!二席あるわ。きっと誰かと来るだろうからって、」

お兄ちゃんは何でもお見通しね、と笑いかけられた。


確かにそうだけど・・・
改めて指摘されると恥ずかしくなって、やっと治まってた顔がまたまた熱くなる。


中は暗いから先輩にはばれなかったみたいだけど、




後ろにいる昴さんにはきっとばれてる。
くすくすって笑い声が、小さいけど聞こえてるんだもん


そして案内されたのは、”関係者席”なんて紙によって陣取られていた一番前の席。


「もうお兄ちゃんってば・・・、」

顔を覆わずにはいられない過保護っぷりで、顔の熱は引きそうにもない。



「よほど優さんに見てもらうのが楽しみなんですね、」


くすくす、といまだ笑っている昴さんの余裕がちょっと悔しいけれど、

反論できない。





「始まりますね、」

なんてありきたりな言葉で誤魔化して、舞台の方へ向き直った。



赤い顔をどうにかしなきゃ、という焦りと
舞台が楽しみな期待の気持ちをごちゃまぜに開いていく幕を昴さんと見守る




隣にいる人が沖矢昴さんだって気づいたらお兄ちゃん、どんな顔するのかな・・・


一抹の不安も抱えながら。
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