兄が走ります。













「すごかったですね!ほんとに!!」


「えぇ、とても文化祭のためだけに創られた舞台のようには思えなかったですね、」



人の流れに従って、体育館を出ながら

興奮が治まらなくてとにかく昴さんと感想を語り合う。




「シンデレラをベースにしていると聞いていたので最後は王子と一緒になるものかと思ってましたが、

予想をいい意味で裏切られましたね。」



「はい!まさか魔法使いとだなんて!」



「魔法も、彼女を喜ばせるための精一杯のマジックだった。」


「そんな魔法使いの優しさに、王子という大きな幸せよりも傍にある幸せに気づく!」

本当に素敵なお話!そういう私の言葉に昴さんも頷いてくれる。



そのシンデレラの役を青子ちゃんが、魔法使いの役がお兄ちゃんだったのもあって、

私にとってこの舞台のエンディングをただのフィクションと受け止める以上の感動がある


本当にそうなればいいな、なんてついつい途中から熱を入れて観てた。




「舞踏会用の衣装に彼女を変身させる場面は特に印象的でしたね」

あれには驚きました、



「はい!衣装は一瞬で変わるし、本当に魔法みたいでした!」



衣装を切り替える素早さも、


照明の切り替わる瞬間もぴったりで、


スモークやシャボン玉を使った幻想的な雰囲気、


舞台だけじゃなく客席の周囲の暗幕カーテンにもいつの間にか別の幕が降ろされて、
ステンドグラスのような美しい空間を作り出して、





一体どれだけの時間と労力をかけたんだろう。

昴さんと話しながらあの一瞬を思い出すだけで胸が高鳴って。



最初は関係者席なんかを用意したお兄ちゃんを恥ずかしく思いながら舞台を見ていたけど


今はさっきの魔法使いの役を演じてたのは私のお兄ちゃんなんだ、って自慢したくなるくらい誇らしく感じてる。







「そういえば、お兄さんに声を掛けなくてよかったんですか?」


「あ、そうだった!」

忘れてた…、


ずっと感想を言うために忙しなく動かしていた口をつい手で覆う。




「くすくす、夢中になって感想を言っていましたからね」


そんな私の反応に、どこか穏やかな笑みを向けてくれる昴さん。


ちょっとだけ照れくささを感じるけれど、


それでも今は高ぶる気持ちで胸がいっぱいで、私も同じように笑い返した。
















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー













「いや〜終わった終わった〜!!」

みんなお疲れー!


なんて言って、スポットライトの熱でかいた汗をぬぐう。

怪盗キッドとしてこなす仕事とは比べものにはならないけれど、

それでも終わってみて肩の力が抜けたを感じたとき、



あぁ、緊張していたんだな、なんて思った。



気づかない程度の緊張だったけど、

これはこれで失敗できない一発勝負の舞台だから、それも当然っちゃ当然だったのかも。





「いい演技でしたね、黒羽君。」


「お前もな、白馬!」



まさしく王子の格好をした白馬が珍しくトゲのない言葉を俺になげかけてきた。

今更だけど白馬って苗字で王子役とか適役すぎるだろ。嫌味なくらいに衣装も似合ってるし。





「そういえば君の妹さん、観に来てましたね」


「げ、何で知ってんだよ!」


急に振られた内容に驚いて、思わず声が大きくなる。

白馬に優を紹介した覚えなんてないし、今後も紹介する気はない。



こんな気障な野郎が将来、義理の弟にでもなったら卒倒もんだからな。






「僕にかかればそれくらい分かりますよ、」

探偵ですからね


顎に手を当てて、得意げな顔をする白馬はいつもと変わらないはずなのに、

衣装が高貴な雰囲気を作り出しているせいで、食って掛かりづらい。




「…手ぇ出すなよ」

つか、探偵とか関係ねぇーし。


とりあえず釘を打ち、もはや口にする気も失せるツッコミを心の中でする。



「ねぇねぇ!!青子も優のこと見えたよ!一番前で真剣に見てくれてた!!」

よかったね、快斗!


そういって俺と白馬の会話に入り込んできた青子。

確かに優は俺が頼んでおいた席に座っていて、約束を守ってくれる優しい妹に、舞台中だけれど顔がにやけた。




「おう、小鳥遊ちゃんと優にはあとで感想聞きに行こうぜ」

青子の言葉に頷きながら、言葉を返す。



優しか見てなかったけど、いつものように仲のいい小鳥遊ちゃんと観に来たはずだと思って

そんなことを口にしたけれど、




「え、」


返ってきたのは了承ではなく、青子の戸惑いの表情。

あれ、こいつ小鳥遊のこと知らなかったっけ?なんて逡巡するけど、



何度か赤子も加えた四人で女子会を開いていると優から聞いたことがあるし。

もしかして小鳥遊みたいなサバサバしていてはっきり意見するタイプは苦手なのか?



そう思い至って確認する。


「なんだよ、ヤなのかよ?」


それとも用事でもあんのか?


自然とこの後は一緒に回るような気分でいたのは自分だけだったのかも、と不安になってそんなことも聞いたけれど、




「嫌じゃないよ?それに用事も…な、ないけど。」


という、歯切れの悪い言葉しか返さない青子。





いよいよその理由が分からなく戸惑っていると、

白馬が口を開く。




「僕はその優さんの隣に座っていたのは男性だったと記憶してますが、」

もう反対隣は空席でしたし。



「は?」

目が点になる、というのはこういことかと思う



白馬と青子の顔を交互に見比べて、

ようやく二人と俺の間のすれ違いに気が付くけれど、





「青子、白馬が言ったことウソだよな…?」


受け入れられるわけがない。




恐る恐る、青子に問う。










「あ、青子も男の人だったと思うよ?」


ちょっとした苦笑いの末に青子が言った内容が、俺の頭を鈍器で殴ったような衝撃を与えた。









しまいには、



”多分だけど、沖矢さんじゃないかな?”




なんて付け加えて。






「ちょ、快斗、どこ行くのっ!?」





居ても立っても居られなくて、

青子の言葉を聞いてすぐに走り出した。








舞台が終わって時間はそう経ってないからきっと近くに居るはず。



















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー












走りながらあたりを見回してると、


見慣れた後ろ姿を見つけた。






「優、」

大きな声で呼びかけようとしたけど










「なっ、」


驚きによって途切れた。






優の肩に手を置いて、徐々に顔を近づけていく男がいたからだ。


それはどうみたって、


















キスにさしかかる瞬間じゃないか





















「おいっ!人の妹に何してんだよっ、」


急いで二人の間に割って入った。



ふざけんな。


どこの誰だか知らないヤツが優に手を出すなんて、見過ごせるわけねぇーだろ!




「お、お兄ちゃん!?」


優を俺の背に隠すようにして、男に立ちはだかって対面する。

首だけ振り返って、優の様子を見る。




「大丈夫か?」


「え?だ、だいじょうぶだけど…、あの、お兄ちゃん?」


困惑気味の表情に、急な男の行為にきっと優は戸惑ったんだ。

より一層、間に合ってよかったとホッとする。






「あんた、なんなんスか?沖矢だかなんだか知らねぇーけどよ」

女子高生に手を出すなんて犯罪だぞ、


そう言って詰め寄る。

犯罪、と聞けば大抵のヤツは怯む。





「僕は手を出したつもりはありませんが、」


けれどそれは今回の相手には効かなくて。




むしろこれまでの中で一番冷静な返しをされて、苛立つのは俺の方。


俺が優を守るんだ、って思いも重なって、焦りも生まれて。





「あ!?たった今優に迫ってただろ!」


ポーカーフェイス、あんなにいつも意識してることは今できそうにない

今こそ必要なのに。


大事なものを荒らされそうになると、ムキになって、焦って、

俺なんか未熟な子供そのもの。




胸倉掴んで威嚇する俺に何をするでもなく

落ち着いて話し合おうとする相手はまさに大人だった。




「それは、」


「大人のくせして言い訳なんて見苦しいぜっ!」



分かってたって、頭に血が上っちまって

自分でもうまくコントロールできない。





「ちょっとお兄ちゃん、やめて、」



「優は黙ってろ!」


「お、お兄ちゃんっ、」




優に掴まれた腕も振り払って、制止の声も怒鳴って返す。


周囲の人間の視線すらも気にならなくて、

ただただ、目の前の眼鏡の男を見てる。











「いい加減にしろっ!このバ快斗っ!!!!」












どこからともなく青子の声が聞こえたと思ったら、


バシッ、と強い音と衝撃を感じた。





















頬を叩かれたんだって、




数秒してから気が付いた。









「いってぇーーなっ!!なにすんだよ、」


驚いたけど痛みですぐに覚醒して、青子へと口を開く。

男一人吹っ飛ばすような容赦のないビンタ食らわせやがって。






けれど





「うるさいバカ!快斗、お兄ちゃんなんだよ!?優のこと悲しませてどうするの!?」






俺の言葉なんてすぐ遮られてもう一度怒られた。

青子の指さした先には、







唇をぎゅっと噛みしめて涙を流している優がいた。







「お、俺……?」


俺じゃなくて、優に迫ったあの男のせいじゃないのか、と戸惑う。


青子の言葉の意味が理解しきれずにいると、








「優さん、目にゴミが入って痛がっていたんです」


だから僕がそれを取ろうと覗き込んだわけで…、と男が口を開いた。










その先の言葉は紡がれなかったけど、













俺は大きな勘違いをしたことにようやく気が付いた。
















- 36 -

prevnext

Timeless