兄と妹の喧嘩、大学院生が仲裁します










「今回のことは絶対快斗が悪いよ!」

優に寄り添うようにして立っている青子の言葉が痛い。

確かにそうだ。




確かに目の前の光景に焦って、勘違いしたのは俺だ。

でもあんなの見たら誰だって勘違いするだろ。マジでキスするようにしか見えなかったし。


そんな言い訳したって怒られることは必至だから言わねぇーけど。





まぁ、勢いあまって優に怒鳴っちまったのは良くなかった。

俯いて表情の見えない優の傍により、伺うように顔を覗き込みながら謝る。


「優、ごめん、俺が悪かったから、」



「………やだ、」


だから顔を上げてくれ、という言葉は続かなかった。

てっきりいつものように、もういいよ。とか私もごめんね、とかそんな言葉が返ってくると思っていたから。



予想外の言葉に、優の頭を撫でようとした自分の手が宙で止まる。


「え、」


優は一歩下がって俺から距離をとるように離れ、顔を上げたかと思えば鋭い瞳でこちらを見てきた。

その行動がショックで俺は体がこわばるのを感じた。


「私に謝らないでっ!私じゃなくて、昴さんに謝って!」


「っ、」

行き場を失ったのは、伸ばしていた手だけじゃない。

兄として妹を守ろうとした想いも。



沖矢って人が優に馴れ馴れしいから俺が勘違いしたっていうのに。

そんな気持ちを分かってくれるやつはこの場にはいない。



青子は優の味方だし、

渦中の男は冷静にこっちを眺めてるだけだし。



「昴さんに失礼なことしたでしょう!?

私に付き合ってお兄ちゃんの舞台を見てくれた人なのに…」



正直言いたいことや、やりきれない気持ちはある。


そんな気持ちはあるものの、ひどいよ、と再び泣き始めた優に言葉が詰まる。






「わ、分かった!謝る、謝るからっ!!」

目擦っちゃダメだ、


優の手首を掴んで、擦るのを止める。

それでももう既に目は赤くなっていて、


泣かせてしまったことに改めて罪悪感が募った。





兄ちゃんってのは、妹に弱い生き物なんだ。


自分の言い分なんて妹が泣き止むならいくらでも変えてやるぜ、ちくしょう。



















「すんませんっしたっ!!!」

お兄ちゃんが昴さんに頭を下げて謝っている姿を
寄り添ってくれている青子ちゃんのそばで私は見つめていた。

「いいえ。気にしないでください、僕も紛らわしい行動をしていましたし。
こちらこそすみませんでした。」


お兄ちゃんがなにを勘違いして、昴さんに掴みかかったのか分からないけど、
昴さんには文化祭を楽しんでもらいたかったのに…

そんな納得のいかない気持ちが胸を占めて、とっさに言葉がついて出た。


「そんなっ、昴さんが謝ることなんてっ!!全部お兄ちゃんが悪いのに、」

沖矢さんはゆっくり首をふって、私に言った。


「優さん、それは言い過ぎです。彼と僕の過失の割合は50:50ですよ。
それに勘違いだったとしても、それは妹である優さんを心配した兄の行動なんですから。」

「でも、」

「確かに胸倉を掴まれたときは少々驚きましたが、別に怪我をした訳でもありませんし、
むしろ今回の件で痛い思いをしているのは彼自身です。」

君に怒られて、あちらの彼女からは頬に平手打ちもされていますからね。

そう言ってお兄ちゃんをフォローする昴さんの言葉に、私はまだ納得できない気持ちが勝って、
昴さんの視線の先にいるお兄ちゃんを冷たい目線で見つめながら言葉を返す。


「それはお兄ちゃんの自業自得で、」


「そうかもしれません。けれど、もう十分罰は受けたのですから優さんが責める必要はないでしょう?」

僕も妹がいる身です、彼の気持ちが分からなくもないですから。


「・・・、はい。」

昴さんの言い分は尤もだし、本人が許しているのだから私がお兄ちゃんを怒る理由はもうない。

すこし落ち着いてきた私は、勢い余って言いすぎてしまったことを反省して、
お兄ちゃんのほうへ体を向ける。

「…お兄ちゃん、言い過ぎてごめんなさい。」

「いや、俺もごめん。沖矢さんに掴みかかったし、優の腕振り払って…悪かった」

私は少しだけ気まずくて、少し視線を落としながらお兄ちゃんに謝った。

するとお兄ちゃんも私に再び謝ってくれた。

さっきは謝られてもショックとか悲しいとか、怒りとか
色んな感情が入り混じっていたけれど、今は不思議とすんなり受け入れられた。

後ろにいた昴さんがいつの間にか傍にいて、私の頭をそっと撫でてくれた。

「いい子だ。では、お互いに謝罪も済みましたし、この件は終わりということで。」

周りの同意を得るように青子ちゃんやお兄ちゃんに視線を配る昴さん。

二人も合わせるようにうなずいた。

ずっと私に寄り添ってくれていた青子ちゃんは、

頭をなでるためにそばにきた昴さんと自然と距離が近づいていたから、

見上げるようにして昴さんに向かって話し始めた。


「このバカが迷惑かけてすみませんでした。」

「へーへーどうせ俺はバカですよー」

「ふざけないで!」

「だいたい、なんでお前が謝るんだよ!」
母親かよ、

「なによっ!青子が面倒見ないと快斗ってば色々しでかしてばっかりの癖に!」


申し訳なさそうにお兄ちゃんのことを謝る青子ちゃんにすかさずお兄ちゃんが言葉を返す。
そうしていつもの雰囲気に戻り始めたけれど…

相変わらずの仲良し喧嘩がヒートアップしそうになって、
私が止めに入ろうとしたところ、

「…君は、」

昴さんの一言で二人の喧嘩はピタッと止まった。

青子ちゃんはお兄ちゃんに向けていた体を再度昴さんの方へ向けて、
笑顔で挨拶をする。

「私は中森青子です、こっちが優のお兄ちゃんの黒羽快斗です!」


「ご存じかもしれませんが、僕は沖矢昴。東都大学の大学院生です。

君が青子さんですね、お話は優さんからかねがね。」

はっとした時には、昴さんは青子ちゃんにそんな言葉をかけていて、

私は思わず昴さんの服の袖を掴む。

「そっ、それ、っ!」
恥ずかしいから言っちゃだめっ…!

なんて言葉は間に合わず、昴さんの言葉を聞いた青子ちゃんは不思議そうな顔をして
こちらを見る。

「優から…?」
一体どんな話かな、という青子ちゃんの問いに、

「大食いで怒ったらこわーい1つ上の幼馴染、とでも言ったんじゃねーの?」

おにーちゃんがすかさず茶々を入れるけど、

「快斗は黙ってって!」
脳天に重い一撃をいただいて、沈黙することとなって、

ようやく昴さんが答えようとする。


「す、昴さんっ…!!」

「いつも優しくて、自分のことを気にかけてくれる姉のような人だと。」


「…!優が?ほ、ほんとに!?」


「あぁ、違いましたね。早く本当の姉になってくれたらいいな、」
でしたっけ?


ぐいぐいと袖を引っ張り制止する私なんてなんのその。

いつもより饒舌になった昴さんが青子ちゃんに私が話した内容を伝えてしまう。


昴さんの言葉を聞いて、私を見る青子ちゃんの目が輝いてるのを感じるけれど、

それと同時に青子ちゃんに私の思いが知られてしまったことがなんだか恥ずかしくて、かっと顔が熱くなる。

昴さんひどい…、秘密って言ったのに。わざわざ要らぬ訂正までして…。


「きゃー!!うれしい!優、私のことそんな風に思ってくれてたのね!私も優のこと妹みたいに思ってたの!!」


「〜〜〜っ、もう!昴さんの意地悪!」


顔を真っ赤にした優と対照的に小躍りしそうな喜びようでぎゅーっと青子が抱きしめ、
それを面白そうに沖矢が眺めているのだった。




















さっきの気まずい雰囲気の中、
誰も味方をしてくれないと思ったら、まさかの人物、

掴みかかった相手である沖矢さんが俺を擁護するような言葉を発してくれた。


おっとりした優には珍しいくらい感情的になっていて、
優のための行動だったために虚しくもなったし、悲しくもなった。

でもそれ以上に、優に泣いて欲しくなくて動揺した。


そんな優を落ち着かせて、見事に事態を収束させてくれたのは有り難かった。



だけれども、

いい子、と優の頭をなでる姿を見て、自分の立場を奪われたような気分になった。


ちゃっかり挨拶後に青子とも馴染んでいるのも気に入らない。

黙っていろと青子に怒られてからは俺はほぼ空気なわけで、
いつもなら俺と青子と優の三人で楽しく話しているのにと、寂しさが一層増してしまった。


ただ一つ優の言葉は、俺の心にも刺さった。

沖矢さんが言っていた、
――早く本当の姉になってくれたらいいな、――


本当の姉、ね…。とんだ爆弾発言じゃねーか、おい。



きっとあの場で、俺の動揺に気付いたのは沖矢さんだけだろうな。

肝心の青子なんて言葉の真意すら気づいていない。



優が青子に家族になってほしいように、

俺だっていつかはあいつと…、

先のことを考えて思わず顔が熱くなった。


くそっ、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。



「快斗ーっ!何してんの、置いてくよ〜?」

「おう!今行く!」


いつの間にやら移動をはじめた優たち3人は遠くにいて、

青子に声を掛けられるまで、自分の世界に浸っていたようだった。



笑顔で手を振る幼馴染に応えて走り出すのだった。

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