妹が大学院生とお菓子作りをします。







「昴さん、こんにちは!」


「こんにちは、優さん。」
いらっしゃい、

昴さんが扉を開いて迎えてくれるのも、
もう何度か経験するうちに自然と慣れてきた気がする。


「じゃあ、早速準備しましょう!」

「事前に教えてもらった材料については揃えておいたので、問題ないかと。
調理器具は必要なものが分かりかねてしまったので…」


「そちらは私がお母さんに許可を貰って持ってきました!」

「そうですか、ありがとうございます」


大き目のバッグに詰めて持ってきたことをアピールすると、
昴さんは手を伸ばして私が持っていたバッグを代わりに持ってくれた。


キッチンで昴さんと一緒に料理がしやすいように腕まくりをし、身なりの準備をする。

私は家から持参のエプロンを身に着けようとして、


「ひゃっ、」

エプロンの紐をもち背に回したところで、腕をつかまれた感触に驚くと、
いつまにか、すぐ後ろに昴さんがいた。


「後ろ、結びますよ。」

「じ、自分で、」できますよ、と言い終わる前に


自然とこういう事ができるところがやっぱり大人の男性なのかなぁ、なんて考えながら、

お兄ちゃんにもあまりされたことのない昴さんの行動にドキドキしていると、


「できましたよ。」

と、最後の一押しのように頭をなでられた。

はじめて会った頃は恐る恐るだったなで方が、
今では当たり前のように触れて、そしてなでてくれる。

それがどうにも嬉しくて、でもほんの少し恥ずかしくて、
…ただ、まだ撫でていてほしいな、なんて思っちゃう。


「優さん?」
どうかしましたか?

反応を返さない私に、昴さんが後ろから覗き込むように私の顔を見てた。


「あ…いえっ、なんでもないです!」


咄嗟にうまくごまかしたけれど、

昴さんの手は再び私の頭をなでた。

「昴さん…?」


「くすっ、優さんがまだ撫でてほしそうな顔をしていたので、」
もう少しだけ。

なんて昴さんの言葉を聞いて、

私の考えていることなんてとうに見透かされていたと気づいて、
一気に顔が熱くなるのを感じる。


「〜っもう、揶揄わないでくださいっ!」


「優さん、リンゴのように頬が真っ赤です」

昴さんが今日のケーキの材料であるリンゴと私を見比べて笑うので、
思わずむすっとした顔になる。


「…昴さんの意地悪。」


「おや、心外ですね。」可愛いと褒めたつもりでしたが。

演技がかった驚きの表情をする昴さんが少しだけ憎たらしくなって、



「褒めたって何も出ません!」

そう言って私は昴さんがいる方とは反対側にばっと、体を向ける。



くすくす、と昴さん声が聞こえて、

してやられた悔しさはあるけれど、そんな二人でのやり取りが面白くて私もふふっと笑いがこぼれた。



「冗談はさておき、始めましょうか。」


「あ、その前に…昴さん、これ。」


そう言って、渡しそびれそうになった包みを渡す。


「大したものではないんですが、この間文化祭に来て貰ったし、
日ごろお世話になっているので何か贈り物がしたくて…」


「…開けてよろしいですか?」

昴さんがすんなり受け取ってくれたことに安心しつつも、

中身を見て喜んでもらえるかまだ分からなくてドキドキしながら頷く。


「なるほど、エプロンですか。」

昴さんが開けた包みの中には、緑色のエプロン。

恐る恐る昴さんの表情を見ていると、こちらを向いて、


「とても嬉しいですよ。ありがとうございます、優さん。」

にこやかにお礼を言ってくれた。


そそくさとエプロンを広げて身に着けようとしている昴さんに、
心がぽかぽかしていく。


正直、お兄ちゃん以外の男の人に、こうして贈り物をする機会なんて今まで全然なくて、

いざ何かを渡したくても、何がいいのかわからなくて、
青子ちゃんに付き合ってもらってたくさんお店を回って、青子ちゃんからギブアップの一言を貰ったのはちょっとした笑い話だけど。

結局、実用性のあるものが喜んでもらえるかと思ってエプロンにして、

瞳の色に合わせて、緑にした。

初めて瞳の色を見たときに、エメラルドのような深みが印象的だったからと青子ちゃんに伝えたら揶揄われてしまったけど。


たくさん悩んだ分、喜んでもらえたことが嬉しくて。

「えへへ、」

いつの間にか頬が緩んでいった。


エプロンを身にまとった昴さんがさらに近づいてきて、

「僕のことを考えて、このエプロンを選んでくれたんでしょう?」

よくできました、


そう言って今日何度目かのなでなでに、安心感と、

幸せだなぁ、って気持ちでいっぱいになる。


昴さんのエメラルドの瞳と同じ緑色のエプロンをそっと掴んで、

甘えるように頭を撫でる手にすり寄る。


くすっ、
「今日の優さんは、なんだか甘えん坊ですね。」


咎めるつもりのない優しい声がそっと降ってくるのを耳にしつつも

今はまだ、
私が選んだエプロンを身に着ける昴さんを、

私のためだけに独占させてほしい、なんて思うのだった。





そんな二人がケーキ作りを始めるのはまだ先の話…。

CLAP!

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