妹が大学院生とお菓子作りをします。2






りんごは皮を剝かずに半分に切って芯を取る。
芯を取ったら薄く切ってお皿に並べて、お砂糖とレモン汁をかけ、15分ほど置く。
りんごをお鍋に入れて、3分煮た後冷ます。


粗熱を取ったりんごのスライスを8〜10枚ほどを横一列に少しずつずらして重ねていき、
くるくると丸めて、バラの花をつくる。


ケーキの生地を作って、型に流し込んだら、オーブンで20分ほど焼く。
一度取り出して、生地の上に作っておいたバラのりんごを並べて、再度オーブンで20分焼く。



「紙に一応作り方を書いてきました。

これに沿って一緒に作りましょう!」

「わかりました。まずは、りんごからですね。」

そう言ってリンゴを洗い出す昴さん。


私はさっきのことを思い出す。

自分で甘えておいて、恥ずかしくなっちゃって…
ケーキ作らなくちゃですね、って無理やり雰囲気変えちゃった。

けれど、りんごを相手に集中している昴さんは
特に気にした様子はなくてホッと息をつく。


「優さん、薄く切るとはどの程度でしょうか?」

すでに芯を取り終えた昴さんが、リンゴをスライスしようとして、
こちらに顔を向けたので、

左利きの昴さんに合わせて、私は昴さんの左側に回る。


「3o程度で、厚みをそろえるのが理想的です。」

「3o、」

りんごに包丁をあてがう姿勢で止まった昴さんの手元を覗き込みながら、
質問に答えるけど、

3oがいまいち想像ついていないようだったので、
昴さんの手に私の左手を添える。

「うーん、このあたりでしょうか。」

「、…なるほど。このくらいですね。」

「神経質に揃えようとすると難しく感じてしまうと思うので、
だいたいで大丈夫ですよ、」

と、普段通り昴さんの顔を見上げたら、
思ったより近くにお顔があって、


「あっ、ご、ごめんなさいっ!!」

無意識に近づきすぎていたことや、
包丁を握る昴さんの手に私の手を添えっぱなしだったことに気付いて
慌てて少し距離を取る。


「…いえ。では、この間隔で切りますね。」

「お、お願いします。」

作業に戻った昴さんを後目に、
私は次に必要なお砂糖とレモン汁の用意にとりかかりながら、

顔の熱を冷ますように、心を落ち着ける。


しかっりして優!
昴さんは特段不思議に思ってないのに、
私ったら意識しすぎ。

教えやすいように左手を添えた結果、
距離がすごく近くなっちゃってただけだもんね。


でも、さっき握った昴さんの手、大きかったなぁ…

って、ダメダメ!思い出したらまた顔が熱くなっちゃう!


「優さん、」

「ひゃいっ!!」

思わず深く考え込んでいたみたいで、昴さんの声掛けに変な声が出てしまった。


「っ!くっ、」

くつくつと、普段の落ち着いた笑い声とは違う笑い方に、
相当笑いのツボを刺激してしまったようで余計に恥ずかしさが増す。


「〜〜っ!!な、なんですか!?」
計り終えた砂糖等を入れた器を勢いよく置いて、
いつもより大きな声を出してしまった。


「っ、落ち着いてください、っく、」
もう、私から顔をそらして、口元を隠す程度には笑いが抑えられない様子の昴さん。

「わ、私は落ち着いてますよっ!昴さんこそ、いつまで笑ってるんですかっ!」


素知らぬふりをして次の話題にもっていけば、
今の変な声のことは忘れてくれるかもしれないって思ったけど、

素知らぬフリもへたっぴで、余計に昴さんを笑わせてしまったみたい。

一通り笑い終えた昴さんがようやく口を開く。


「すみません、優さんがあまりに可愛らしい様子で驚くものですから、つい。」

「かわっ、……可愛いって言ったら許されると思ってませんか?」


一瞬いつものように顔が赤くなりそうだったけど、
最近聞きなれてしまった言葉に私は思わずジト目で昴さんを見返す。


「おや、手厳しいですね。」

「否定しないってことは図星ですね…、」


きょとん、とした表情でそういう昴さんにやっぱりな、と思う。

それと同時に少しだけ悲しくなった。

これまで素直に褒めてくれる言葉が恥ずかしいと同時に嬉しくもあったけれど、

昴さんの私に言ってくれている「可愛い」って言葉に深い意味はないんだと気づかされたから。



落ち込みそうになる気持ちを振り払って、

「続きしましょう!」

そう言って私は事前に用意したお砂糖とレモン汁を昴さんに差し出す。

せっかくのお菓子作りの時間を台無しにしたくないから、
私は胸のもやもやに気付かないふりをした。

「…そうですね、」

頷いた昴さんと、二人して黙々とりんごと向き合った。
















「あとはもう20分、オーブンで焼くだけですね」

リンゴのバラを作り終え、事前に少し焼いたケーキの生地の上へ乗せたところで、

昴さんに再度オーブンで焼いてもらう。

作っているうちに私が勝手に感じていた変な気まずさも無くなって、
その後は自然と二人でやり取りをしていた。

器用な昴さんのおかげで、
私がひとりでケーキを作るときなんかよりもずっとスムーズだった。


「あとは待つだけですし、コーヒーでもいかがですか?」

「お気遣いありがとうございます。」


昴さんの提案で、二人でテーブルに座ってコーヒーを飲むことになった。

昴さんに作ってもらったコーヒーに口をつける。


「おいしい、」


「それはよかった。」
そういえば、

コーヒーを味わっていると、

向かいに座った昴さんがふと、話題を切り出す。


「あれからお兄さんとはいかがですか?」

文化祭以降のことを指していることは分かって、

昴さんが私たちのことを気にかけてくれるのが嬉しかった。


「はい、いつも通り仲良しです!」
昴さんのおかげですね。

「僕は何もしてませんよ。」

私の言葉に昴さんは首を振って否定するけれど、
あの時は私もお兄ちゃんも感情的になっていたので、

冷静な対応をしてくれる昴さんがいてくれたのは本当に良かったと今でも思う。


「でも、あの時は久しぶりに喧嘩して、私もお兄ちゃんに強く言っちゃったから…
昴さんがいなかったら、あんなにすぐ素直に謝れてなかったと思います。」


「誤解させてしまったのには僕にも落ち度がありますからね。仲裁ぐらい当然です。」


「…そういえば、仲直りしたので有耶無耶になっちゃったんですけど、
お兄ちゃんは一体どんな勘違いをしたんでしょう?」

話していて、思い出した。

確かお兄ちゃんが昴さんに掴みかかったのは何か勘違いをしたからだけれど、
理由は結局聞いていなかった。

思い返してもよく分からなかったけれど、昴さんは分かっているようだから聞いてみる。


「……、」


「昴さん?」

昴さんは一度口を開いて、

何も言わずに口を閉じた。


あれ?私、変なこと聞いたかな?

いつの間にか少し俯いていた昴さんの表情は、光が反射したメガネのせいで窺えない。

「どうしたんですか?」

言葉を発さない昴さんに不安になって聞いてみる。



「うっ、」

小さなうめき声と共に、昴さんが手でメガネの上から右目を覆う。


「昴さん⁉どうかしたんですか!?」

ガシャンッ

急なことにびっくりして、私は手にしていたコーヒーカップを半ば放り出すようにテーブルに置いて、

昴さんへ駆け寄る。



「右目が、」

昴さんの言葉と右目を抑えているしぐさで、目が痛いのだと察した私は、

目を抑えている昴さんの手をそっと自身の左手で掴んでどけた。

そして、昴さんの頬に反対の手を当ててこちらを向くように促し、


「見せてください。ゴミとか…睫毛かな、」
失礼しますね、


そう言って、メガネを外させてもらった。

それから少し目を観察させてもらう。

いつも見上げる位置にある昴さんのお顔は、

座っているために少し見下ろすような形になっていて幸い瞳がよく見える。


「見た感じ異物が入り込んだようじゃなさそうですね、目はまだ痛みますか…?」


そう言って話しかけると、

「いえ、もう大丈夫そうです。」
一過性のものだったようですね、

と言うので、最悪病院を考えていた私は一気に肩の力が抜けたのを感じたと同時に、

昴さんの頬に添えていた右手を昴さんにぐっとつかまれ、

いつの間にか腰に回っていた昴さんの左腕に体をぐっと引き込まれた。


「きゃあっ!」


唐突な行動と、その勢いに声を上げたとき、

目の前にはさらに近づいた昴さんの顔があって、

「っ、」

私は息が止まるのを感じた。

ど、どうしよう。

こんなに近いと…


「キス、できそうですよね。」

「なっ、」


しゃべるときに漏れる昴さんの吐息すら感じるこの距離で、

同じことを考えてしまっていることにびっくりして、

それでいて飛び出そうなくらいにドキドキしている心臓に、

もう私の頭がいっぱいいっぱい。


「優さん、文化祭の時、目にゴミが入って痛がっていたこと覚えてますか?」


「え?…は、はい。」


体勢はそのままに、急に変わった話に戸惑いながらも、思い当たったので返事をすると、


昴さんの言いたいことが理解できた。


あの時、目を痛がった私を心配して覗き込んでくれたのは昴さん。

私は目の痛みでほとんど視認できてなかったけど、たぶん今みたいに近づいて確認したとしたら、

きっとお兄ちゃんは、それを、


「キス、しようとしてると勘違いした…」


掴んでいた腕や腰から手を離した昴さんが静かに頷いた。


お兄ちゃんが何を勘違いしたか分からないと聞いた私に対して、

昴さんが言葉を噤んでしまったことも、

お兄ちゃんがあんなに起こって、胸倉掴んでまで怒ってくれたことも、


こうしてわざわざ説明されるまで理解していなかった私自身も、


その意味を分かった瞬間、猛烈な恥ずかしさと、申し訳なさが沸き上がって、


よろよろと後ろに後ずさった後、その場に蹲って両手で顔を覆った。


「すみません、私、ぜんぜんわかってなくて…」


「さすがに僕も少し驚きました。

勘違いの理由程度はご理解いただいていると思ってましたから。」

まぁ、そんな所も優さんらしいと思いますが。


くすっ、と笑って蹲った私に慰めるような言葉をかけてくれる昴さん。

さっきのこともあいまって顔を上げられない…。









チン

オーブンの焼き上がりの音が聞こえた。





「ケーキが焼けましたね。
僕が見てきますので優さんはここで待っていてください。」


「はい、」


かろうじて出した細い声で、昴さんの言葉に返事をする。

足音が遠のいていくのを耳で感じ、顔をそっと上げる。


顔の熱はいまだに引かない。

さっきの行為は、お兄ちゃんの勘違いを説明するためだったのかぁ、と逡巡する。


確かに、口では理由を説明するのは気が引けるけど、

それにしたって色んな意味でドキドキさせられて、恥ずかしさも倍増した気分だった。


昴さんにとっては、この行動も深い意味はないのかな、なんて考えて。

ふと気が付く。



私は一体、昴さんにどんな意味を持っていて欲しいんだろう。

ケーキ作りの時にも思った、意味なんてない行動に私はどうしてがっかりするのか。

まるで何か意味があってほしいように考えていた。


知り合いで、仲良くなって、勉強を教えてもらって、文化祭にも来てもらって、お兄ちゃんに似てるわけじゃないけどお兄ちゃんみたいに頼れる人で、

それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。

いつの間にか、何か意味を欲しがっている私は何なのだろう。


私は昴さんとどうなりたいんだろう…?





蹲ったまま、自分の足元を眺めても答えなんか出てこなかった。

CLAP!

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