妹が大学院生とお菓子作りをします。3






しばらくすると昴さんがケーキを手に戻ってきた。

物思いに耽っていた私はまだしゃがみ込んで疼くまったままで、

「出来上がり、見ていただけますか?」と
私の腕を掴んでそっと立たせてくれた。

さっきの出来事にはあえて触れないでくれる昴さんにちょっとだけホッとする。

私も気を取り直して、完成したケーキを見る。


「かわいい!」

ケーキはふっくらと焼けていて、それでいてバラの形をしたリンゴには焼き色は着きすぎず、
きれいな赤みがとても映えていた。

思わずこぼれた私の言葉に、
くすりと笑って頷いてくれる昴さん。

「初めての割には、良い出来でしょうか?」

「とってもきれいですっ!初めてなんて信じられないくらいですよ!」
お店で売っているものみたいですっ!

バラの色合いや形、バラの配置の仕方に、
とにかく私にないセンスを感じて、それを伝えたくて身振り手振りを交えながら感想を口にする。


「ありがとうございます。#⚫︎⚫︎#さんが教えてくださったお陰ですね、」

そう言った昴さんに、
咄嗟に首を振って答える。

「そんなっ、私なんて…!道具を持ってくるぐらいしか役に立ってないですよ?」

「調理器具なくしてケーキを作れないですから、やはり一番の功労者が優さんですね」


「むぅ…。昴さんがそう言うなら、そう言うことにしてあげます、」

本当に、昴さんが凄くてケーキも可愛く出来上がったと思うから、
私なんかには「おかげ」や、「功労者」と言われても恐れ多くて…。

でも、昴さんが私を気遣ってそう言ってくれてる気持ちは嬉しくて、
ちょっと捻くれた返し方をした。


「くすっ、そうしてください。」

昴さんのそんな言葉を聞きながら、

私は気恥ずかしくて視線を落として、さっそくケーキを切り分けた。






向かい合って座り、漂うりんごの香りを楽しみつつ、

ほんのりとしたフルーツの甘みと生地のふわっと触感を味わう。

頬がケーキのおいしさにふにゃっと緩くなるのを感じる。


昴さんと目が合い、どちらかともなく笑いあった。


もう少し、

もう少し、

昴さんと一緒に過ごしていたら、

私の中にある、私自身でも分からない気持ちにきっと答えが出る気がした。





























文化祭の日、

優との別れ際に、

優が考案したケーキが気に入ったことを話し、教えてほしいと伝えた。


そう言って、次に会う約束を取り付けた。


こうしてレシピを覚えておけば、

いざ例の妹の様子をみるために、差し入れをする口実にも丁度いいだろう。



…果たして本当にそれだけか。

そんなくだらない自問自答は意味をなさないだろう。



沖矢昴としての友好関係を築くことは、

疑いを他所へ逸らすのに良策かとは考えていたが、


優と過ごすたびに毒気を抜かれ、束の間といえども

平和を感じていたのは想定外だった。



存外、癖になってしまったのかもしれんな。




想像よりもよくできたであろう出来立てのケーキをオーブンから取り出しながら追想する。




エプロンを結ぼうとする姿を見れば世話を焼いてしまう。

頭を撫でればまだ撫でてほしそうな表情を見せる。

プレゼントを受け取れば心底安心したように甘えてくる。

まったく他意のなく男に触れる初々しさとその距離感の危うさに心配になる。

そんな自分の行動に後から照れて動揺する様子。

そして無自覚であろうが、ふと望んだ言葉が欲しそうな"女"の顔をするところ。



終いには、

兄の勘違いの原因を理解していなかった鈍感さ。

いや、純粋さとも言えるかもしれない。



優の見せる様々な一面は、どれも俺には新鮮であり、

思わず沖矢ではなく赤井として笑ってしまった場面もあるほどだった。




ケーキや取り分け皿などを盆にのせ、恥ずかしさに蹲ったままであろう優のいる部屋へ向かう。


ケーキの出来栄えを見て、優がどのような反応をするか思わず想像し、


「やれやれ、困ったものだ。」

一人廊下で言葉をこぼした。




煙草か、ある種の麻薬か。

癖になったらやめられないのだから恐ろしい女だ。




「出来上がり、見ていただけますか?」

彼女の目の前にケーキを差し出した。



素直にはしゃぐ様子を見ると言い知れない感情を抱く。

いやもはや、言い知れなくはない。


だがたとえ、気づいていても、優に対する感情は名前を付けていいものではない。



互いの存在を守る境界線――――safety line―――――を決して超えてはならないのだから。




























阿笠博士の家でいつものように少年探偵団のみんなと過ごしていると、

昴さんがやってきた。


なんとも似合わない華やかなケーキと共に。



「練習がてらもう一つケーキを焼いたからみんなで食べてもらえると助かります。」


「うわぁ!バラだぁ、かわいい〜っ!」


「この香りはリンゴですね!」


「おれ、甘いもんも好きだぜっ!」


歩美、光彦、元太は好き好きに感想を述べているが、

なかなかに完成度の高いケーキにみんな驚いているようだった。



確かにお店に売っているものと何ら遜色がない。

ただ…

「このケーキ、昴さんが作ったの?」


「そうですよ」
何か問題でも?


そう返す昴さんに俺はどう伝えていいのか言葉に迷っていると、


「なんか、昴さんとバラって似合わなーい」


「僕は昴さんとケーキの組み合わせが変だと思いますっ!」


「確かに、変な感じだな!」


なんとも素直な小学生たちが心の声を代弁した。


「そうかい?」


「…ははっ、」

なぜか確認するようにこちらを見てくるので、

俺はそっと視線を合わせないようにそらして笑ってごまかそうとするも口元が引きつるのを感じざるをえなかった。



「わ、私も一緒に作ったんだよ。美味しいと思うから、」

皆に食べてほしいな。


背の高い昴さんに隠れて見えなかった優さんがひょこっと取り分け皿をもって顔をだした。



「優お姉さんだぁ!」


「優お姉さんの作ったケーキなら美味しいですよ!きっと!」


「楽しみだな!」


ちょこちょこ昴さんに勉強を教えてもらいに工藤邸へ行っていることは昴さんから聞いてはいたし、

公園などで少年探偵団と遊んでくれていたりもしたが、

なんだかんだ優さんに会うのは久しぶりだった。


3人も嬉しそうにはしゃいでいるし、

昴さんがケーキを作ったと聞いた時とは手のひら返しの反応をしていた。



「……僕の時とはえらい違いですね、」


「あはは、」


近くにいるせいで聞こえた昴さんの呟きに、俺はまたも聞こえないふりを決め込んだ。





「コナン君と哀ちゃんも食べるよね?」
甘いもの、平気?


優さんは俺らにこうしてよく気配りをしてくれる。

子供らしさを押し付けていないかどうか不安なようで、
彼女なりの優しさは実は結構有り難かったりもする。


ただその理由が、二人は自分より大人っぽいから、だそうだ。

事実としては間違っちゃいないけど、その指摘は割と冷や汗ものだ。
勘が鋭いのかなんなのか。

優さんには意外と気が抜けない気がしている。




「あ、飲み物用意するね、」

「では僕がコップを出しますよ。」


「悪いねぇ、優くん、昴くん。」


子供たち同様に俺と灰原もテーブルを囲むと、

二人はてきぱきと準備をしてくれていて、博士もそんな二人に任せきっていた。



すると何をもったのか歩美が、

「優お姉さんと昴さん、夫婦みたーい!」

夫婦だと息ぴったりになるんだって、歩美のママが言ってたもん!


「はぁ?」

「…!?なっ、!」


意気揚々と何を言うんだ歩美のやつ…と俺が呆れたのも束の間、

優さんは顔を真っ赤にして昴さんから受け取ってジュースを注いでいたコップを手からポロリと落としていた。



「ちょ、コップっ!」


「「「「「あぁーーーー!!………おぉ!!!」」」」」


思わず灰原が指摘の声を上げるも視線でコップを追うばかりで落ちる、



と思いきや

昴さんが驚異的な身体能力でキャッチして事なきを得た。



いやどんな反射神経だよ。

この場の全員が感嘆の拍手を送るのだった。


「す、すみませんっ…」

「これくらい、大したことありませんよ。」

優さんの謝罪に、涼しげな顔で対応する昴さんを見て、思った。

大したことだよ。すげーよ昴さん。

俺はFBIのすごさを隠しきれていない目の前の人物が少し心配になったのだった。

CLAP!

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