兄が妹のケーキを食べます。








ソファーに座る俺のもとへ優が切り分けたケーキを出してくれた。

今日、沖矢さんと作ったケーキらしい。



男の名前が出るのは些か気に入らないが、あの沖矢さんじゃあ、仕方ない。

文化祭での一見から感じた、ただならぬ余裕の持ち主だった。

張り合っても勝てる気がしないし、

また優と喧嘩なんて御免だ。




思うに、あの人はぜってーサバ読んでるか、精神年齢が老けてるに違いない。

大学院生ならもう少しはっちゃけてキャンパスライフを謳歌してるはずらからな。


顔に出さずに内心で沖矢について毒づく。





気を取り直して
ローテーブルに置かれたケーキの皿に手を伸ばす。



かつてないクオリティのバラを模ったりんごを見て、
優が作ったのかと我ながら失礼なことを思う。

「これ優が…?」

「そうだよ。」

「…バラも?」


「そうだけど、形変だった?」

「いやキレイだけど…、」


言いたいことはそこではなくて、


「優、こういうの苦手だろ?すげーじゃん。」

「えへへー、昴さんに教えてもらったの。」


いつの間に上達したのだと感心していると、

例の大学院生の名前が挙がった


まぁ、事前に今日の行先は聞いていたから、

驚きはしないけど……内心気が気ではない。


「優がケーキの作り方教えに行ったんじゃねーの?」

今の話だと逆じゃん、と咄嗟に口にする。

それと同時に頭の中で、キッチンで沖矢さんに手取り足取り教わっている妹の姿を想像しそうになる。

冗談じゃねーぜ。


「ば、バラは昴さんのほうが上手だったんだもん…でもケーキの作り方はちゃんと教えました!」


初めて作っただろう沖矢さんのほうがバラを模るのが上手い事実に気恥ずかしさがあるのか、

頬を少し赤くした優が、

注意をそらすようにケーキに合わせてを入れてくれた紅茶を俺に差し出した。


優の不器用さについては俺が誰よりも知っているからこそ、

目の前のケーキは少々感慨深いものがある。


成長したと言っていいんだろうけど、どこか寂しさもあって。


よく俺の後ろをついて回っていて、何かと手助けを必要としていた幼かったはずの優が、

自分なりに苦手を克服しているのだから、そう思わずにはいられない。と言っても俺と優は年子だけどな。



りんごの優しい甘みが口の中で溶けて広がっていくのをしみじみと味わう


「うまいぜ」

「ありがとう!…実はこのケーキのバラが、今日作った中で一番きれいに出来たから、

お兄ちゃんに見せたくて、他の人に渡さないで持って帰ってきちゃった」


自分の分のティーカップを持って隣に座った優がそう言って笑う。


〜っ!あぁ、もう。俺はまだまだシスコンからは卒業できそうにないっ…!

衝動的に優の頭を撫でていると、


「ふふっ、やっぱりお兄ちゃんと昴さんって似てるね」


「はぁ?」

可愛い妹の発言にときめいていたところに、その言葉を聞いて俺は首を傾げた。



「似てるところなんてないだろ。俺はあそこまでイケメンでもねーし、」

うわ、自分で言ってて傷つくやつだこれ。

そして優に肯定なんてされたら立ち直れそうにない。



そんな俺の内心を悟ってか、優は首を横に振る。


「ううん、顔とか声とか、そういうのじゃなくてね、

優しいところとか、頼りになるところとか、気配りが出来るところ。

それに元気づけてくれるところとかかな。そういう内面的な部分が似てると思うの。」



「…気のせいだろ」

カッと熱くなった顔を見られまいと優とは反対側に逸らす。


素直で可愛い妹だが、こういう所が本当に恐ろしい。

恥ずかしげもなく人を褒めるし、嫌味がない。


好意を真っすぐに、そしてこちらが構えてもいない不意なタイミングで伝えられるのだから。

ポーカーフェイスが台無しだ。


「お兄ちゃん?…あ、もしかして照れちゃった?」


「ば、バーローッ!んなわけねぇだろ、」


言い当てられて、咄嗟に言い返すけれど、あんなこと言われて照れないヤツなんて居ないだろ。


兄じゃなく、男として言われたって、

「優しい」だの、「頼れる」だの、嬉しくないわけがない。

もう少し、オブラートに包むことを覚えてもらわないと俺の身が持たないぜ…。


これ以上優に顔を覗き込まれないように頭を抑え込みつつ、

そっとその髪に指を通し、撫でる。


「…快斗お兄ちゃん、」

「ん?」


「いつも、本当にありがとう」

「きゅ、急になんだよ、」


改まって俺の名前を呼んで優が礼を言うので、

撫でていた手を止めて戸惑う。


体を捩って上半身だけこちらを向けていた状態から、

優は俺へ体をきちんと向けなおした状態でソファーに座りなおして、

そっと口を開いた。


「文化祭の時のこと。…私、お兄ちゃんが何を勘違いしたのか分かってなくて…。

でも、勘違いの理由がわかって、どうしてお兄ちゃんがあんなに怒ってくれてるのかも、分かったの。」


「なぁその話……掘り返さないとダメなヤツ?」

「ダメ。ちゃんと伝えたいことがあるから、聞いて?」


どのみち俺の勘違いで暴走した事実は変わらねーし、

妹のキス目撃して暴走した兄貴とか、

今思うとシスコン丸出しにもほどがある。流石に恥ずかしすぎて、出来れば忘れてほしいところなんだが。


「私のこと、心配してくれたんだよね。守ろうとしてくれてありがとう。」

そう言いながら、優は俺の手を握り、

「それと…今まで分かってなくて、あの時お兄ちゃんを責めてしまってごめんなさい。」

律儀に頭を下げた。


俺がなんて応えるのか緊張しているようで、

握った手が、こわばっているのを感じた。

「あー、くそっ!」

一生懸命かつ健気に伝えてくるもんだから、へらへらと流す気も失せて、


観念して優をぎゅっと抱きしめた。


面と向かってなんて恥ずかしすぎて俺にはムリだ。

だからせめて顔が見えないように抱き込んで、


「……俺のほうこそ、ありがとな。」

小さくつぶやいた。




あの時、俺の気持ちを汲んでくれたのは、

沖矢さんだけだった。

分かってくれ、なんて押しつけがましいことは言うつもりはないけど、

ほんの少し虚しい気持ちが無かったわけでもない。


だから、その俺の想いに遅ればせながらも気づいて、

拾い上げて、こうして感謝を伝えてくれる優に報われた気分になる。


「お、お兄ちゃん、くる、しいよっ、」

「今頃気づいた罰だぜ?せいぜい苦しんどけ〜」


「えぇ!むぅ〜うっ!」


腕の中で、優の抗議の声を聞きながら、

今度こそおちゃらけて返事をする。

もぞもぞと俺の胸板を押して脱出を試みる優だが、当分は離してやる気はない。



愛おしくてたまらないんだ。



大事な大事な妹を、

優を、まだ誰にもやりたくない。


――妹離れはもっとずっと先でいい。

- 42 -

prevnext

Timeless