大学院生のお買い物






カレーの材料をかごに入れて、酒が並んだ棚を見て回る。




「バーボンウイスキーか…」

手作業によって一つ一つ違っている封蝋が特徴のMaker's Markのビンを手に取りかごに入れる。



ヴー、ヴ―

バイブが鳴ったので携帯を開くと優からのメールが届いていた。

連絡先を交換してから、こうしてメールを送りあうようになった。






――風邪をひいたので、しばらく伺うのを控えます。――



「風邪か…、」

優にしては珍しく前置きもないシンプルな文面だ。

それだけ具合が悪いのだろうか…などと思いながら、





――了解。――


優に返信をし携帯をしまう。


週末の楽しみが一つ減ったな、

代わりに、と言わんばかりにもう一本バーボンをかごに入れてレジに向かった。













会計を終えていつもの帰り道を歩いていると、



等間隔でついて来る足音。

多方向から感じる視線。

つけられているな。



組織の人間か?

俺に…いや、沖矢昴の正体に勘づくには早すぎる。

何が目的か知る必要があるな。



さりげなく路地裏のほうへと歩を進めて、

相手をおびき出す。






「おい、ちょっと待てよ。」

「…何か?」



後ろから声をかけてきた男に応えるように、振り返る。


「あんたが沖矢昴で間違いないなぁ?」


案の定、獲物が釣れた。

声をかけた男の後ろから6人。


回り込んできたのか、背後から5人




「えぇ。ですが僕は君のような輩は存じ上げませんが、」

「あ?んなこたぁどうだっていいんだよ。大人しく甚振られときゃよぉっ!」

行けっ!男の声を合図に、前後の敵がこちらに向かってくる。


買い物袋をそっと地面に置き、構える。






まず一人目。

相手の殴り掛かってくる腕をトラッピングし、下から顎を殴り上げる。



次に後ろ。

回し蹴りを食らわせて、吹き飛んだ男に巻き込まれるように数人が倒れる。







こうして数人相手にしていても、銃が取り出されるような気配はない。

集団戦とも言えない、お粗末な多対一。

それに加えて、弱すぎる男たち。




・・・組織の人間ではないな。


周囲の状況を確認しつつも、手を止めず人数を着実に減らしていく。










残るは――あと3人

「僕に何か御用でしょうか?」


「くっ、うるせぇ!」


単調な動きは読みやすく避けやすい。


「ぐぇっ、」

鳩尾に一突き。




「このっ、」

次いで後ろから殴りかかってきた拳を、

身をかがめて躱し、


その男の腕を掴んで、背負い投げて地面へ叩きつける。


「がはっ、」



「おや、やりすぎたか?」


組織の人間であった場合も想定していたせいで、

急に手を抜こうにも手加減が難しい。



「てめぇ、何もんだっ!こっちはただの大学院生だと聞いてたのに、話がちげぇぞ!!」


「ほぉー、そこまでご存じなんですね、」


しっかり吐いてもらわなくては。


最後の一人に掴みかかる。



















俺を囲んでいた輩は全員、地に沈めた。


「それで?今回はどのような目的で?」

最初に声をかけてきた頭目の胸倉を掴み問いかける。




「だ、だからっ、頼まれただけなんだって!!」


「誰に?」



「学生だよ、…え、江古田のっ、」


「江古田?」
優が通っている学校の名前だった。

「あ、あぁ。そこに通ってるはずだ。学ラン着てたから、」


男。学生。江古田。

思いつくのは優の兄である黒羽快斗ぐらいだが、
あれだけ妹想いの兄が、

このような幼稚なことはしないだろう。



その他に
沖矢昴の存在を知っていて、恨んでいる人物…。

心当たりは――――





無いな。





「あんたのことをボコれって、それだけしか聞いてねぇよ」


「……これに懲りたら、馬鹿な真似はしないことですね。」




これ以上得られる情報はなさそうなので、掴んでいた胸倉を離す。

尻もちをついて怯えるように後ずさる男を横目に、



置いたままにしていた買い物袋を拾い上げて、

いつもの帰路へと踵を返す。




沖矢昴を狙った、どこかの一般人による嫌がらせということなら、

正直大したことは起きないだろう。























pipipi…
鳴り響いた携帯の着信音に胸元から取り出して、応答する。

「はい」

『忙しいところすまないね、』

「いえ、問題ありません」



ジェームズからの電話に意識を向ける。



やるべき事はもっと他にある。

そうして、今日のことは自然と頭の片隅に追いやるのだった。

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