09
「本当にすみませんでしたっ!!」
「大丈夫ですよ、怪我してないですから。それより、食事をご馳走になってしまって本当にいいんですか?」
彼女がお詫びをしたいと優を誘ったため、喫茶店で今しがた押し切られる様に料理を注文したところであった。
「えぇ!これくらいの事しかできませんし・・・」
もう何度目だろうか分からない謝罪を恭しく頭を下げてした。
人を本当に撥ねていたら、謝罪では済まされなかっただろうが、今回は違う。
ましてや今回は、子ども飛び出しによるものだし、
それを助けようとしたためではあるが優も飛び出すという運転手にはどうにもならない事故である。
「あまり気に病まないでください、私が飛び出したんですから」
「それは、あの男の子を助けようとしてっ!!」
彼女は優の言い分を首を振って否定する。
もちろん優も己の行動は子どもを救うためだったので謝罪をする気はなかった。
「だから、おあいこってことにしましょう?ね?」
そう言って終わりの見えない謝罪の応酬に幕を下ろす。
「分かりました、ありがとう!」
「こちらこそ、・・・あ、えっと・・・・・・、」
彼女も優も漸くお互いの名前を知らないことに気がついた。
「やだ、私ったら。宮野明美といいます。」
「私は如月優です。」
どうにもおかしくて、どちらともなく笑い出す。
「くすくす、名前を知らないまま一緒にご飯を食べるところでしたね、」
「ふふっ、そうですね。おかしいっ!」
ふと優は、明美の笑顔に既視感を覚えた。
「・・・・・・、」
「どうかしました?」
「いえ、なんでも!」
急に静かになった優を心配するようなまなざしで窺う明美に対し、咄嗟に誤魔化す。
思い返しても先ほどの既視感がなんなのか、優は分からなかった。
タイミングよく運ばれてきた料理に二人で手を伸ばしつつたわいもない話を続ける。
「・・・今更こんなことを言うのはなんですけど如月さん、ご予定とか大丈夫でした?私、無理に連れてきてしまったから・・・」
彼女の言葉に思わずむず痒さを感じた優。
「リフレッシュに公園でゆったりしてただけなので大丈夫ですよ。」
それより、
「できれば名前で呼んでもらえませんか?少し前までアメリカにいたものでちょっと違和感が・・・できれば敬語も、」
優は明美の落ち着いた雰囲気から、少し年上の女性であると察していた。
そもそも敬語などそうそうに使用しない文化に身をおいていたので年上からの丁寧な言葉遣いはまどろっこしくて適わなかった。
「なら私も名前で呼んで!口調もいつも通りでいいからっ!」
会って間もない人にいきなりフランクに接しろというのは無理のある頼みかと思ったが、
優のお願いに明美は笑顔で応えた。
「じゃあ、改めて・・・よろしく、明美さん!」
「よろしく、優ちゃん!」
持っていたフォークを置いて伸ばした手を握り合った。
優にとってちゃん付けもなかなか縁のないものであったが、
それよりも歳の近い同性と関わるのはこれで漸く二人目という喜びのほうが大きかった。
「それにしても私、事故で出会う人と仲良くなるのは二度目なのよ。」
そういった縁でもあるのかしら、
なんてさらっと言ってのける彼女の言葉の意味を捉えかねた。
「えっ?」
「私、5年前に車で男の人を撥ねちゃったの。」
ちゃんと撥ねちゃったから、優ちゃんみたいに無傷じゃなかったけど・・・運良く軽傷ですんだわ。
「(ちゃんと撥ねたって・・・、)」
この時ばかりは自分がスタンド使いでよかったわ、と内心思う優であった。
「その人とは、その事故がきっかけでお付き合いをするようになったの」
「お、お付き合いって、彼氏ってこと!?」
「うん」
まじか、自分を撥ねた女と付き合うってどんな人間なんだ・・・
「まぁ、いろいろあって2年前に別れちゃったけど!」
そういって明美は笑って話を締めくくった。
けれど、優にはその笑顔が先ほどとは違う曇りのあるものに映った。
「明美さんはまだその人のことが、」
「どうかな・・・、」
曖昧に返す言葉だけれど、肯定しているような切なさが滲んでいた。
「ただの私の一方通行だったのよ。今も、一緒に居たあの時も・・・」
付き合っていたはずなのにそんな事を口にする明美の真意は優には分からない。
けれど笑顔が消えて堪えるように目を瞑る明美の姿は、痛々しくて自身がずげずけと聞いてはいけないことに踏み込んでしまったと後悔した
「な、なんか暗い話になちゃったね」
ごめんね、
明美が悪いのではない、むしろ私が悪いのに・・・優はそう思いながらも、彼女に掛ける言葉を見つけることが出来なかった。
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ただ思いつきで以前の事故の話をした明美だったが、彼との出来事を綺麗な思い出話に出来ない自分に気付かされてしまった。
時間が止まったような日々は、彼と別れてからずっと続いている。
本当のことを気付いていて知らないふりを続けながら彼と過ごした時間は、まやかしなのかもしれない。
けれども、忘れられない。
優の「その人のことが、」という問いに曖昧に返したけれども、それもなけなしの虚勢だった。
認めたって、今更なにも変わりはしないのだから。
暗い感情に飲み込まれそうになった明美だが、優を見てはっとした。
いらぬ事まで言って目の前にいる彼女を困らせてしまった。
優とは今日初め会ったけれど、不思議と自然体で話せて、居心地が良いと明美は感じていた。
妹に似ているようで、どこか違った。
志保には姉妹だからこそ話せないこともあった。
「おねーちゃんは、大丈夫だから!」
心配を掛けたくない、姉は妹を守らなくては、姉は強くなくては、
幾重にも重なった思いが明美に笑顔を作らせた。
優には、それがない。
雰囲気が似ていても、妹じゃない。
組織のことすらを知らない一般人。
ちょうどいい距離にいるからこその心地よさなのかもしれない。
いい子、いい姉、いい彼女、そんな風に言い聞かせて自分を押し込めなくていい人間が目の前に居ることが、今の明美にとって救いだった。
少しずつ、少しずつ蓄積されていった想いが吐き出されることなく押し込められて、膨れてゆく。
もちろんそのことに気付いていた。
明美は、膨れたそれをどうすべきか、知らなかった。
吐き出し方など、知らなかった。
優と出会って、膨れたそれが消えたわけでも、吐き出せたわけでもないけれど、
押し込めることをしなくていいのは、充分に息がしやすいと感じたのは事実だった。
暗い話をしてしまったことに一言謝罪を入れて、話題を変えた。
明美自身の気持ちも切り替えるように。
断ち切れない未練はあるけれど、それでも新たな出会いに感謝するのだった。
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