01.
よく考えれば、三年ぶりの日本だった。
大学を卒業し、SPW財団に所属してからはアメリカのダラスを基点に各国に飛んでいた優には日本への仕事の機会は無かった。
海洋学者であり、財団にも所属する承太郎の背中を追いながら、日々必死に勉強し
精神的にも鍛えられ、寂しさを感じる暇も無かった。
優はなんだかんだありながらも、財団の人間や承太郎、ジョースター夫妻が焼いた世話のおかげで
異国での生活を十分に楽しめていたのだ。
「そっか・・・一人だ、」
これから住む家で、荷物を片しながら優は独り言つ。
しん、とした部屋にその言葉は思いのほか響き、より一層の寂しさを演出したのだった。
首を振って考えを断ち切り、最後の荷物を棚へしまう。
そしてふと、視線を部屋に巡らせる。
パステルピンクに彩られたベットシーツ、やわらかいカーブを描いたローテーブル、
白を基調にしたシンプルだけれどどこか温かい雰囲気に包まれていた。
出発前に、「日本での生活に困らないよう、あらかた用意しておいた」というジョースター夫妻の言葉を思い出して苦笑してしまう。
夫妻にとって優は孫のようなもの。
あらかた、と表現するには十分すぎる配慮に優は二人の溢れんばかりの優しさと、
自身のことを大事に思ってくれているのだと改めて実感したのだった。
承太郎やジョースター夫妻のサポートによってこの場に居るのだからと、
優は自身に気合の喝を入れて、携帯を取り出した。
『空条だ。』
承太郎の落ち着いた声が耳元に響く。
ほんの少し前まで、アメリカで一緒に過ごしていた人と、今は10,000qも離れた場所に居るのがどこか不思議な優だった。
「もしもし、おはようございます承太郎さん」
『あぁ、着いたか。』
「はい。すぐ連絡しようと思ったんですが、そちらが夜中だったので今お電話を。」
日本とダラスの時差はだいたい14時間ほど。日本は日付をまたいだ所、ダラスは昨日の朝の10時頃だ。
『部屋は問題ないか。』
ジョースター夫妻の行き過ぎたお金の使い方を傍で見ているが故の質問だろう、優はそう思考をめぐらせた。
そう、不動産王というのは名ばかりではない。ときたま、こちらが度肝を抜くような買い物をするのだから。
「えぇ、素敵な部屋で気に入りました。」
『そうか。必要なものがあれば言ってくれ。』
そのとき、ダディ、と可愛らしく父親を呼ぶ少女の声が奥に聞こえた。
「ありがとうございます。それではまた今度報告入れますね、ふふっ・・・お父さん、」
優はアメリカにいるあの親子を脳裏に浮かべ、思わず笑みをこぼしながら早々に電話を切った。
落ち着いた声はいつものことだけれど、少々疲れが感じられたのはきっと娘の徐倫の仕業だろう。
徐倫にかかればあの堅物もただの父親だった。
お父さん、そう締めくくられて電話を切られてしまった。
おそらく電話の奥に聞こえた徐倫の声に気付いて気を利かせたのだろう。
聡いことは優の長所だが、
自身が朝からあたふたしながら娘の面倒を見ていることに気付いていないことを祈りたい。
優に格好悪いところをみせたくないのは、上司としての、そして男しての承太郎の矜持だった。
承太郎は足元の小さな我が子を、膝に乗せる。
いつか徐倫も先の優のように「お父さん」と呼ぶほどに成長するのだろうか。
「ねぇ、ダディってば!!」
小さい紅葉のような掌を自身の胸元に振り下ろしてぺしぺしと叩いている。
少なくとも今は、力も無く守られる存在であると、そう感じさせる。
そう、この可愛らしい声も、瞳も、表情も、全てをひっくるめ、いとしい人との愛の結晶を失うわけにはいかない。
承太郎はふと己の手を見つめる。
「やれやれだ・・・」
そして零れた常套句は呆れではなく、普段決して聞くことのないような優しさを含んだものだった。
いつの間にか、
いとしい女性、最愛の娘、
家族や財団の人間たち、そのような大切な存在は歳をとる毎に増えていき、
守らなければ、という思いも強さを増していく。
それらが苦になるのではなく、なんとなく気恥ずかしさやむず痒さを承太郎は、感じていた。
らしくねぇかもしれんが・・・
守るもんが増えたぜ、花京院。
承太郎は内心でひそかに亡き友人に思いを馳せるのだった
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