19*
先程のことから、マライアのスタンド能力が発動していることは確かだ。・・・おそらくジョセフに。
当時よりも老け込んでしまったが、マライアの能力を知り、実際に戦ったこの男を連れて行かない手は無かった。
しかし、十五年で随分ボケてしまっているのもまた事実だった。
「じじぃ、あれほど言ったろう。」
マライアのスタンドによって出現したコンセントには触るな、と。
そのコンセントに触れることにより、触れた人間の体が磁気を持ち、周囲の物が凶器となって自分に飛んでくる、
そう説明したのはジョセフ本人だというのに。なぜ触れた。
「わ、わしは触ってなど・・・」
承太郎の呆れたような表情と、責めるような口調に戸惑うジョセフ。
ジョセフ自身もマライアのスタンド能力の罠にいつ陥ったのか自覚が無い。
確かにコンセントには触れていないのだ。
「・・・・・・てめぇでした事を忘れるんじゃあねぇぜ。」
「ほ、本当じゃ。そこまでボケとらんわい!」
・・・本当か?
さらに問う言葉が内心で浮かぶのは、仕方ない気がする承太郎。
トイレに行くというジョセフから一度目を離しており、その間に何かに触れた可能性は高い。
己の祖父がボケてない事を信じたいが、現状としてスタンド能力の餌食となっているのだからどうしようもない。
承太郎の眉間のしわは、さらに深く刻まれるばかりであった。
「ふふふ、」
静かに笑ったのはマライア。
承太郎が目を見開いた表情を、目に出来た事がマライアの心を満たした。
屈服を力によって強要する男に対し、予想以上の事をしてのけ一矢報いることができた。
まさに優越感。
マライアの口角が上がるのは自然なことだった。
「何が可笑しい。」
「ジョセフ・ジョースターは本当にコンセントに触れてなんかいないわ」
コンセントには、ね。
マライアがスタンドを仕掛けたのは、トイレへ向かうドアノブ。
そのドアの奥に、さらに男女に別れた扉が存在するつくりとなっていた。つまり、トイレへ向かう人間が等しく触れる場所。
承太郎もマライアの言葉によって、ジョセフに落ち度がない事を悟る。
「・・・なるほどな、コンセント以外の形にもなるってか。」
「成長するのは、あなたのスタンドだけじゃあないのよ。」
スタンドはその人間の精神力によって操る。
故に、出来ると思い込めば出来ないことはない。それは承太郎も身をもって知っている。
だが、今回はその可能性を見落としていた。
相手が女であり、以前倒した敵であり、己の力ならばどうにか出来る、という油断と驕りがあったのかもしれない。
だからといって、これで窮地に陥ったかというと、そうでもない。
本気でこちらに危害を加えて来ようものなら、先に時を止めてスタープラチナの拳を振りかざせばよいのだ。
面倒くさいのは、あの女の口から情報を吐かせること。
出来るだけマライアの意向に沿わなくては、口を開いてはくれない。
他の人間を当たりたかったが、DIOの元部下だった人間の十五年前からの足取りを掴むのはなかなか困難だった。
一般人でなく、裏社会の人間なのだから居場所が掴みづらくて当然なのだが。
そして漸く見つけたのがこのマライアだったのだ。
この情報はベンジャミンの働きによる功績が大きかった。やっとこさ仲間が得た情報を無碍にも出来ないだろう。
非常に面倒くさいが、マライアの口を割らなくてはならない。
「ほれ見ろ。わしのせいじゃあないじゃろう、」
黙っとけ、じじぃ。
そんな意を込めて承太郎はジョセフに冷たい視線を送り、発言を諫める。
誰が悪い、何のせい、そんな話をしているんじゃあない。
この女が何を目的としているのか、それだけが問題なのだ。
承太郎としては、この一件を出来るだけ早く片付けたかった。
というのも、自身の部下である優の存在が気がかりだったからだ。
ベンジャミンにはマライアの居場所を確かめた際に優に協力をするよう頼んだが、一抹の懸念は消えない。
彼女から報告のメールが届いていたが、未だ返信していないのも要因の一つかもしれない。
真面目な優は、己の言葉をしっかりと受け止めるだろう。
だからこそ承太郎は下手にプレッシャーになるような言葉は避けたかった。重荷を与えたいわけではないのだ。
かといって、優を励ます上手い言葉も見つからなかった。
忙しさを言い訳にするわけではないが、結果的にずるずると返信を引き延ばしている承太郎がいたのだった。
よくよく考えれば、これまでに優にメールをするような機会はとんと無かった。
優が財団に所属してから3年間は自身の部下として傍らに、そして家族の一員としても十二分に馴染んでいたためだろう。
承太郎は承太郎で、今回の別行動に心なしか落ち着けないでいたのだった。
さっさと済ませて、合流しよう。
再度固めた決意を胸に、承太郎は意識を切り替え、目の前の女へ言葉を放つ。
「じじぃを磁石にして何をする気だ」
「あなたが私に情報をくれと言うように、私もあなたにして欲しいことがあるのよ。」
マライアにはジョセフをどうにかしよう、という思考は本当に無い。
全身骨折で病院送りにされた恨みが無いわけではないが・・・マライアには打破したい状況が別にあった。
「対価、か・・・」
「えぇ。ジョセフ・ジョースターはその保険よ、」
承太郎の眉間の皺が寄れば寄るだけ、マライアは気分が良かった。
いい男を困らせるのは味のある行為である。
どんな感情であれ、その要因は自分である。
この時ばかりは承太郎の思考の中心には確かにマライアが存在しているのだから。
「しかし不思議じゃのぅ。事前に仕掛けていたということは、わしらが来るのを知っておったということかな?」
「いいえ、ただの偶然よ。」
ラッキーな、ね。
ジョセフの言葉を軽く首を振って否定する。
そこに決して嘘はない。
実際、スタンド能力を発動させることが出来る相手はジョセフだけではない。
あのドアノブに触れた人間は皆磁石となり得る。今はマライアの制御によって平穏な食事をおくれている者が殆どだ。
「お前、誰かに狙われているのか。」
決して多くないマライアの言葉から、店にいる人間に対し無差別に能力を発動させていることを理解し、
そうしなくてはならないマライアの状況に答えを出す承太郎。
「話が早くて助かるわ」
匿ってほしいのよ。ほとぼりが冷めるまで、と言葉を続けるマライア。
狙われていることを明らかにした時点で、続く言葉も想像できた承太郎。
だが、その要求にすぐさま首を縦に振ることは出来ない。
「何をした、」
マライア自身の行いによって狙われる状況を作ったならば、庇うことは己の道理に反するからだ。
完全なる黒ではないのは、未だジョセフに危害を加えていない点からも分かる。
しかし限りなく黒に近い灰色に身を染めている女であることに違いはない。
「何も。ヤツらはスタンド使いを仲間にしたいのよ。どちらかというと実験材料かしら。」
承太郎はマライアの表情を探る。そこから決して目を逸らすことはない。
嘘か本当かは、己で見破るほか無いからだ。
ヤツら、実験材料、
気になるワードはいくつもあるが、承太郎は口を挟むことなく続きを促す。
「ヤツらは世界規模の犯罪組織よ。CIAやMI6、公安なんかも手を焼いてるデカくて厄介な、ね。」
私がDIO様の部下だったことを何処かで聞きつけたみたいで、しつこく追ってくるのよ。
無差別にスタンドを能力を発動することも、匿うように要求してくることも、追われているが故なのは分かる。
マライアの行動の理由に理解はできる。
しかし、組織がなぜスタンド使いを集めるのか、組織の狙いは何なのかは不明のままだ。
話しているようで肝心なことは何一つ明かしていない。
これでは匿うか否かの判断も出来やしない。
「肝心な事を話さねぇようじゃ、要求は呑めねぇな。」
「私の話が聞きたければ、要求を呑みなさい。あなたが知りたがっていることと組織は関係あるのよ。」
マライアは強気に出る。
否、実際に優位なのはマライアだった。
マライアの身の安全を承太郎に保障させること、それは即ちマライアの命を預けることになる。
だからこそ、マライアは驕りも油断もすることなくこの交渉に本気でいる。
交渉が決裂し承太郎が力で物をいわせようとしても決して口を割らないということ。
言葉にしないながらにもマライアのその確固たる意思は表れている。
承太郎には充分伝わっているはずだ。
力ずくでもどうにもならないこと。
無理やりでは嘘が混じる危険性も案じるならば、より一層要求を呑む必要があるということ。
もはや、承太郎が圧倒的に優勢な立場ではないのだと。
「要求、呑むわよね?空条承太郎、」
場所はレストラン。
食事を楽しむこの場で、スタンドを出現させたままに腹の探り合いをしながら会話をしている男女がいるなど誰が思うだろう。
辺りは程よい雑音と、店の暖かい雰囲気に包まれる。唯一つのテーブルを除いて。
音がそこだけを避けているかのように、静寂が佇んでいた。
承太郎はマライアを揺らぐことのない瞳で見返した。
「・・・いいだろう。ただし条件を二つ加える、」
一つ、匿っている間は俺たちに従ってもらう。
二つ、今この時から一度たりとも、俺たちに嘘をつくな。
マライアが裏切ることのないよう条件を付け加えた上で要求を呑んだ。
此れに対し、マライアも頷いて応じた。
やれやれだ、心の中で思わず呟く。
相手がもっとペースを乱してくれるならばもっと遣りようがあっただろうに。マライアは冷静だった。
感情的な女は苦手だが、冷静で口達者な女も面倒極まりないのだと記憶に刻むことになった。
ふと隣を見れば、いつの間にか船を漕いでいる祖父。ヤロウ・・・。
黙っていろとはいったが、寝るとは緊張感の無い男だ。
いつもなら優秀な部下が傍らにいるというのに・・・。血縁者ながら情けなくて仕方ない。
「やれやれだぜ、」
ついに口から零れたのは、不可抗力だろう。
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