22
承太郎に戻るよう言われた次の日、
優は必要なものを鞄にまとめて家を出た。
そして向かったのは、空港
・・・ではなく、喫茶店の上の探偵事務所。
優は事務所をノックして反応を待つ
「はーい!あ、優さん!こんちには、」
蘭が出迎えてくれた。
「こんにちは、蘭ちゃん。毛利さん、いらっしゃる?」
「父なら・・・
「います!!麗しの優さんのためならこの毛利小五郎、宇宙の彼方からでも駆けつけてみせますっ」
もう、お父さんったら!!」
「・・・あはは、」
いつものように、小五郎と蘭の親子漫才を見て笑う。
相も変わらず仲良しのようだ。
ふと見渡すと、あの小さな少年は居ないようで少しばかり残念に思う。
しばらくし蘭にお茶を出され、ソファーに3人とも腰を落ち着けて話を始める。
「それで、今日はご依頼ですか?」
「い、いえ。実は仕事でアメリカに行くことになりまして。」
いつの間にか仕事モードへとスイッチを切り替えた小五郎の問いに
優は首を振って否定する。
「えっ、そうなんですか?」
寂しいです、という表情で言葉をかけてくれる蘭に、
「えぇ。一時的だけど。」
笑って返す。
優としばらく会えなくなることを寂しがってくれる蘭はとても純粋だ。
だからこそ、この笑顔を守りたいと思うのだ。
「そういえば、優さんは海洋冒険家の助手でしたなぁ。」
「えっ!?あ、はい!その関係でっ、」
そうだった。
美術館オーナー殺人事件の一件以降、職業について改めて聞かれる機会はなかったため、
優はすっかり忘れていた。
「あちらに行くにあたって、車をそのままにしておくのがちょっと不安で。
毛利さん、しばらく預かっていただけませんか?もちろん、自由に使っていただいてかまいませんから!」
焦りを隠すように、優はすばやく話を逸らす。
「預かるのは構いませんが・・・いいんですか?使っちゃって、」
「えぇ!お願いします」
これでジョースター夫妻から貰った大事な車は安心だ。
ほっと一息ついて、今度は蘭へ向き直る。
鞄から取り出したものを、蘭の手のひらにのせて渡す。
「蘭ちゃんには、これ。」
「これって、」
渡したのは優の部屋の合鍵。
「私がいない間持っていてくれない?
使いもしない鍵をずっと持ってると失くしちゃいそうで。でも予備を蘭ちゃんが持ってたら安心でしょう?」
「で、でも・・・」
私でいいんですか?
不安そうな顔をして優と手のひらの鍵で蘭の視線が行き来する。
確かに部屋の鍵を預かるには、勇気がいるかもしれない。
家族ではなく他人なら尚更だ。
優は押しの一言、と口を開く。
「蘭ちゃんが良いのよ!持っていてくれるだけで良いから!」
あ、でも嫌だったら言ってね、
なんてズルい言い方をして。
優はさりげなく断りづらくする。
「そ、そんな・・・嫌だなんて!私でよければ!」
「ありがとう!よろしくね、」
そのクリスタルには魔除けの効果があるから、よかったら持ち歩いて。
なんて言葉を付け加える。
ごめんね、優は心の中で蘭に静かに謝る。
嫌だったら、なんて言い方したら蘭は絶対に断れない。
そんなことはこれまでの付き合いで十分に想像できる。
その純粋な気持ちを、優しさを、利用してしまうことに心がチクリと痛んだ。
それでも、
どうしても、蘭に持っていて欲しい都合があった。
優が渡した部屋の合鍵には、クリスタルのキーホルダーがつけられている。
もちろん単なるクリスタルではなく、
優のスタンド、クリスタル・マイヤーズによる能力の一つだった。
クリスタル・マイヤーズの得意とする空間転移は、視界に入る場所なら無制限に移動が出来る。
一見すると便利だが、逆に言えば視界に入らない場所は、制限がある。
その制限が、このクリスタル。
クリスタルさえあれば、視界に入らずともクリスタルへの転移が可能になるのだ。
蘭がこのクリスタルを持っていれば、何かあった際はスタンド能力によって駆けつけることが出来る。
ゆえに事前にクリスタルをつけた部屋の鍵を蘭にわざわざ渡したのだ。
怪しまれず、自然と持っていてもらえるように。
「それじゃあ、すみませんが・・・そろそろ、」
車も、部屋の鍵も二人に預けられたので、用事は済んだ。
出発時刻の2時間前ほどには空港にいたいところ。
あまり時間はないからと、優は会話もそこそこにソファーから立ち上がる
「おっと!引き止めてしまいましたなっ。お気をつけて、優さん」
「いってらっしゃい、優さん!」
「はい、いってきます!」
小五郎と蘭からそんな言葉を最後に貰いながら探偵事務所を後にする。
ガチャ、と閉じられた扉を背にして静かに上がった口角を戻そうと意識する。
いってきますと口にするなど、なんだか久しぶりだった。
まだ居て間もない米花町よりも、アメリカの気心の知れた人たちのもとへ戻ることをほんの少し嬉しく思っていたが、
こうして見送られると、なんだか後ろ髪を引かれる気分だった。止まっていたタクシーに乗りこんで行き先を告げる。
「空港までお願いします。」
運転手の了承の言葉を耳にしながら、
康一から届いているメールを確認する。
急遽承太郎の元へ戻ることになったことを、
承太郎との電話の後、優は康一には世話になった一件もあったので一応知らせておいたのだ。
日本で仕事をすることが決まった際は嬉しくて、仗助や露伴にもメールを送信していた優だが、
なんだかんだ杜王町へ行く機会がつくれずじまい。
仗助はまだあの髪型にこだわっているのか、
いまだ仗助と露伴は犬猿の仲なのか、
そんな些細な事だって今は想像するしかないのだから。
彼らには仕事が落ち着き次第、会いに行く旨のメールを送ってしまっていた手前
会わずにアメリカに戻ることを伝えたら怒りそうだから、あえて何も伝えなかった。
携帯を閉じて鞄にしまいながらひとりでに呟く。
「会えなかったのは残念だな、」
「それって誰に?」
「そりゃあ、・・・」
聞こえてきたのは可愛らしい子どもの声。うっかり質問に答えそうになる。
けれども自分は誰と話しているのか、ふと我に返って隣を見れば、探偵事務所では見かけることのなかった少年の姿。
「えっ!!?こ、コナン君!?なんでっ、」
いつの間にか隣の座席に腰掛けていることに優は驚く。
この間も同じような現れ方をして驚かされた気がするが・・・おそらく気のせいではない。
「えへへ〜優さんがタクシーに乗るの見てつい、」
愛らしく笑って誤魔化しているけれど、わざとだ。
コナンはわざと優を驚かせたのだ。
優がベンジャミンのメールの件で関係ないと突っぱねたことがコナンにとって気に入らなかったのだろう。
きっとその腹いせだ。
だいたいコナンは、つい、なんて可愛らしい行動をとるような子供ではないはずだ。
あの文面から事件の臭いを嗅ぎつけ、優の今の行動がそのメールと結びついていると推測したに違いない。
その推理力には目を見張るものがあるのは確かだけれど、探られるほうはたまったもんじゃない。
零れそうになる溜息をどうにか堪えて、優は反撃のために口を開く。
「帰りは自腹よ?おぼっちゃん、」
やべっ、考えてなかった
口にしないながらも、ぶりっこな笑顔を消した表情からはそんな言葉が読み取れる。
コナンの様子にしてやった気分になった。
「…っにゃろう、覚えてろ」
悔しそうに呟くコナンの声に大人げなくも優は勝ち誇った顔で笑い返した。
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空港に着き、国際線のフロアへと移動し、電光掲示板と時刻を確認しているとコナンが口を開いた。
「優さん、ダラス・フォートワース空港に行くんだ」
「えぇ、そうよ。」
現在時刻と照らし合わせて推理したコナンに、言葉を返す。
すんなりと答えを教えた優に彼は意外そうな顔をする
「行先は、教えてくれるんだね、」
「行先は、ね。教えたところで付いてこれやしないだろうし?」
どこかトゲのあるコナンの言葉に、同じようにトゲのある言葉で応戦する。
そんなやり取りがお互いに当たり前になっていているのだからどこか可笑しい。
「ぐっ、…子供だからって甘く見てるとそのうち痛い目みるよ?」
「しかと胸に刻んでおくわ」
負け惜しみにもとれるコナンの言葉に笑いながら頷く。
こんなコナンとのやりとりも暫くはお預けだな、と優はふと思うのだった。
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