寝汚っ!


思わず床に伏した人物を2度見した。

「はっ…?」

フーっと肺に溜まった昨日の息を吐き出し目頭を揉んだ。連日の任務漬けで頭がバカになっているらしい。これは相当疲れている、でなければ玄関先で酔っぱらいのように倒れた人物をどつ処理すればいいか分からない。
時刻は午前3:27、喉の乾きを覚え床に両足を付けた直後、視界へ飛び込んできた人間はどう見ても死体にしか見えないポーズで横たわっていた。一瞬誰かに殺られたのか!?と焦ったが床に流血が確認できないため殺害の説は早々に除外した。
みょうじ…だよな。釘崎よりも髪色は暗く真希さんと比べ背が低い人物は性別、容姿、格好から同級生のものと一致する。なぜみょうじが俺の部屋の、しかも玄関先でダイイングメッセージを残してそうなポーズで爆睡してるのか。昨夜は虎杖、釘崎と3人で任務にあたりみょうじとは挨拶程度でしか接しておらず、現状に直結するような出来事に心当たりもなければここに至るまでの経緯などよっぽどの空想家じゃない限り難しいだろう。
玉犬に生存を確認させた後床に転がる体へ近づく。あまりにも静かすぎる寝息に死体容疑が再度浮上するが、しっぽを振って吠えた玉犬に漸く謎の緊張感が抜けた。任務帰りか?それとも家入先生関係だろうか。呪具を背負ったまま制服姿で眠るなんてこれは相当疲労が溜まっているに違いない。横たわる体の傍で足を曲げ、僅かに上下する肩を揺する。

「みょうじ、起きろ。おい、人の部屋で寝んな」
「…」

爆睡かよ。しかも寝返りどころか眉間がピクリとも動く気配がない。コイツ…意外に神経図太い。虎杖かよ…いや、虎杖も眠りに関してはここまで神経図太くはないか。玉犬にこんだけ吠えられてもなお寝息に乱れはない。特殊な訓練でも受けてんのか?正直玄関先の死体は見なかったことにして水飲んで二度寝したいところだが、一度見てしまったモノを放置して二度寝出来るような性格ではない。周囲に変な誤解を生むのも真っ平御免だ。

「おい、みょうじ。起きろって」
「…」

叩き起してぇ…だが相手は女子だ。下手に叩いて起こしみろ、俺の命が危ない。みょうじが変に悪ノリすることは無いだろうが、女子の連絡網は面倒臭い上に恐ろしい。もし釘崎あたりがこの情報を仕入れた日には真希さんがキレ気味に登場する可能性も低くはない。最悪五条先生から道徳と常識を説いてくる面倒臭い状況が生まれるかもしれない。想像するだけで心労が溜まるな。揺すっても起きない、叩くは愚策。となると後は玉犬に起こしてもらうしかないが、勘弁してくれと言わんばかりに既に悲しげな声でNoを訴えている。気持ちは分かる。吠えてものしかかっても顔を舐めても全く反応がない相手だ。自信を無くす気持ちもわからなくはない。もう噛んで起こすしかないだろと歯をチラつかせる玉犬にそれはダメだと待ったをかけていると死体だった人物は唐突に息を吹き返しぼんやりと開いた瞼を手の平で覆った。

「…っ 」
「起きたか?」
「…あ゛ぁ?」

機嫌悪っ。低血圧かよ。あとそのたまに見せる謎の凄み、普段の大人しいキャラとのギャップ差エグすぎて心臓に悪い。迫力だけでいえば釘崎越して五条先生と同レベルだ。まさかとは思うがこっちがみょうじの本性か?前髪の間から瞳孔開いて睨みつけてくるあたりタチが悪い。
カーテンで外の光を遮断した暗い部屋の中、眩しいと訳の分からない文句を呟きながらみょうじは瞼を擦り両腕で目を隠した。依然として床に体を横たえたまま寝返りを打ち仰向けになる。式神と一人分の視線を浴びながらもなお起き上がる気配がない。睡眠への執着バケモン級かよ。

「…頭いたい」
「おい、二度寝すんな。自分の部屋に帰れ…おい!」

もぞもぞと足を動かしていたかと思えばポイッと靴を脱ぎ捨てさらに深い睡眠に沈もうとしている。マジで日が昇る前に帰ってくれと再度肩を揺らせばみょうじは不機嫌だと言わんばかりに喉を揺らし手を弾く。もはや路上で寝転ぶ酔っぱらいのそれだ。ついに起きるのかと顔から腕を離したみょうじに期待するものの抱き枕のように玉犬へ抱きつき、そのまま熟睡。もしこの部屋が俺ではなく虎杖が住人だったら毛布の一枚かけてやるか慈悲深くみょうじにベッドを明け渡し自身は当たり前のように床で寝るだろう。虎杖はそういう男だ。だが俺は虎杖のように他人に優しさを振りまくような器じゃ、

「…ん゛ん」
「ワンっ!」

…スカート。寝返り打つなって。下に短パン履いてんのは分かっているが、普段下がっているものが捲りあがっている光景はどうも落ち着かず善意以外の行動は何一つしていないはずが何故か釘崎に白い目で見られているような恐ろしさを感じでやまない。こめかみの筋が痙攣して止まない状況に俺は限界だった。『恵、せめて女の子には優しくして』と脳内で再生される津美紀の声に暴力以外の解決策を模索し、昔五条先生にされたことを思い出しながらみょうじの鼻を軽くつまんだ。静かすぎる寝息が止まった。それから数秒後、苦しそうに眉間に皺を寄せながらみょうじは渋々体を持ち上げると壁に体を預けた体勢で眠気眼を擦っている。ゆるく結んだ三つ編みを解きながら大欠伸をしたみょうじは半分意識が夢から帰ってきていないのか、うとうとと頭を揺らしながら「抱き枕…いつ買ったっけ?」と寝言を洩らしている。それ抱き枕じゃなくて俺の式神。おい、寝るな!起きろ!!

「…あれ、伏黒くん…何で私の部屋に?夜這い??」
「巫山戯るな。ここは俺の部屋だ。お前の部屋はもっと先だろ」

うっそだぁ〜と半笑いするみょうじに嘘じゃねぇと玄関扉を開け部屋番号を確認させる。そもそも女子はもう1フロア上だと伝えればみょうじは確かに〜と理解したようで理解してない声音で手を叩き、脱いだばかりの靴に足を突っ込んだ。

「…部屋間違えた。申し訳ない…それじゃ」
「おう」

お邪魔しましたと軽く手を挙げ去っていくみょうじに俺はやっと厄介事が去っていったと安堵した。なぜ唐突に人の玄関で寝ていたのかは知らないが何はともあれ一件落着でいいだろう。携帯のアラームが鳴るまで水飲んでもう一眠りするかと部屋の扉を閉めかけたその時だ。

「…あれ、開かない…壊れてる?」

鍵穴のないドアノブを回しながら開かない開かないと虎杖の自室前で苛立つ馬鹿に俺はどうするか迷った挙句、

「…ったく!!」

1人じゃ帰れそうな無い馬鹿を回収し、細心の注意を払いながらワンフロア上の部屋に投げ入れた。

その日の休み時間、ドアノブをガチャ回しされた夢を見たと虎杖が騒いでいた。話を聞くところによると午前3時半すぎか4時前頃にドアノブがひとりでにガチャガチャと音を立て、それから数秒して犬のような鳴き声とともに騒音が止んだという。これもなんかの呪霊の仕業かと考察する虎杖に対し釘崎と共に高専に『高専に呪霊なんて出るわけない』と虎杖が体験したドアノブガチャ回しは現実だった説をガチャ回しの犯人が否定していた。五条先生の悪戯じゃない?といかにもありそうな理由付けで犯行を五条先生に擦り付ける自覚のない真犯人に俺は『いや、犯人お前だろ』とネタばらししたくて口がむず痒くて仕方がなかった。しかし変にばらすと余計な火の粉が飛んでくるかもしれないとあらゆる要素を考慮した結果、ドアノブがチャ回しの犯人を探しに教室を飛び出した馬鹿3人に続き隙間が空いた扉をぴしゃりと閉め後を追った。



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