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「りんく?ああ、100年前の英傑様をお探しですか。それなら…ほら、この本に。え、馬鹿にしてるですと?いえ、そんな!しかしお客様は昨夜お一人で泊まられていることになっていますし、ほら、宿泊名簿を見てください。ご覧の通り、貴方の名前の上にも下にもリンクなんて方は泊まっていないのです」
「リンク?聞いたことある名前だ。たしかガノンを封印した英傑の1人だろう?この村はリーバル様の伝承は多く残っているが、騎士と姫の伝承はハイラル城の書庫を探してみるのが1番だろう。ハイラル城はガノンに支配されて入れない?お嬢ちゃん、あんた何年前の話をしているんだ?」
「やぁナマエ久しぶりだな!少し痩せたんじゃないか?待っててくれ、今美味いご飯を用意してあげるんだぞ!」
「シド、そんなに大きな声を出したらお客様がびっくりするわ。あら、ナマエ。こんにちは、ゆっくりしていってね。…どうしたの?まるでお化けでも見ているみたいに吃驚して」
「こんにちはナマエさん。いつも1人でマグマの坂を登ってくるなんて勇気があるね。尊敬するよ。今日も温泉に浸かりに来たの?え、人探し?ここに来る物好きな人間はナマエさんぐらいだと思うんだけど…」
「待て、そこのヴァーイ。この先は謁見の間。関係者以外の立ち入りを禁止している。なに?神獣を鎮める際にルージュ様から許可を貰っているだと!?…悪いことは言わない。今日は休め。神獣が暴れる?何を言っているんだ」

上空を渦巻く黒紫は晴れ空はヒメシズカのような青が山の向こうまで広がっている。腐食し朽ちた柱は再建され、城の周りに栄えた城下町は種族問わず様々な人々が商いに精を出す。素材と交換しなければ手に入らなかった貴重な品々が安く売られ、平和故に手に入らなくなった魔物から取れる角やエキスは金持ちの嗜好品へと昇華され、武器を携える旅人も今や珍しい存在になったと言う。
100年前に壊され、それから100年の時を経て再建されたハイラル城。人を探していると伝え、子供たちに引っ張られ連れてこられた城下の中央、そこに飾られた立派な銅像に指を指す無垢な幼子達は両膝をついて項垂れる私の心情を『感動』の二文字で読み解くのだろう。平和と願いが込められたブロンズの塊は悲しいほどに美しく、困惑し傷ついた心を暗闇の底へと蹴り落とす。

「…どうして誰も覚えていないの」

昨日まで隣で歩いていた顔が立派な錆を体に貼り付けて姫の隣で佇んでいた。今まで私は狐に化かされて影で馬鹿にされていたのだろうか。姫の隣に佇む騎士は強ばった表情でハイラルの外を見つめている。同じ顔のパーツで構成されていたとしてもこの表情ではとても焼いただけの岩や蛙を胃に収めるような暴挙は振るわないだろう。突きつけられた現実。取り戻した平和な世界に貴方は書き置きもなく100年前に消えてしまった。誰もが貴方を100年前の人物に仕立て上げる。けれど、私はどうしても受け入れられずに貴方が行きそうな場所を探す。私だけがリンクと過した記憶を保持しているのにはきっとなにか理由があるはず。消えた貴方にどうしても会いたいから、私はもう一度、貴方と出会った場所からやり直す。


厄災の黙示録でハイラルに平和が訪れたため本来歩むはずだった100年後の未来が書き換えられたが、何故か1人記憶が書き換えられず世界に取り残されてしまった子。リンクは100年前にハイラルを救った英傑として伝承され、あることないことの武勇伝が教科書に乗るほどの有名人。騎士の最後については諸説あり、姫と結ばれたが王室の目が厳しく子供は作らなかった説もあれば、実はハイラル城から離れた場所で密かに彼らの末裔が暮らしている説、騎士の墓が見当たらないことから今もどこかで生きているのではないか説と様々なことが噂されているが真相はいかに。死を確認した文章が見当たらないため、奇跡的に100年後に帰ってきてるかもしれないと希望を持ってリンクを探すナマエだが、日が経つにつれリンクの存在を忘れていくことに気づいてしまい、全部忘れても思い出す手がかりになればと日記に思い出をしたためる。
リンクの末裔だと名乗る心無い人に騙され、100年前の勇者を探す痛い子だと馬鹿にされて、それでも大切な人にもう一度会えるなら周りには笑われてもいいと一人旅を続けるが、声を忘れ、顔を忘れ、そして遂に探し人の名前を忘れてしまう。
何故旅をしていたか忘れてしまったナマエは家に戻り、本棚を埋め尽くす歴史書を全て捨てるとリンクに出会う前の生活へと戻る。それからお節介な村人達から紹介された少し嫌味な男性と強引にプロポーズされ、狭い村だから断るにも断れず悩んでいると、一晩泊めてほしいと旅人が扉を叩いた。変なお面をつけたその人は全身びしょ濡れで、お金がなくて宿にも泊まれないという。旅の苦労を知っているナマエは快く自宅へと迎え入れ、替えの服(小柄な体格だから自分の服を渡す)と温かい食事を提供する。仮面をつけたまま今日に食事を摂る旅人は1人で暮らしているのかとナマエに尋ねる。前は両親と暮らしていたが流行り病に倒れ、その後はずっと一人で暮らしていると話すと旅人は少し不機嫌な声音で村長の息子と結婚するのかと尋ねる。ナマエは少し困った顔で迷っていると返す。家を売り払った後身を寄せる場所はないし、結婚相手は好きになれそうな人じゃないけれど結婚を断ったらこの村にはいられなくなる。可能な限り返事を引き伸ばして、それでもまだ諦めてくれないなら仕方がないねと他人事のように笑うナマエに旅人は器の中をスプーンでかき混ぜながら好きな人はいないのかと仮面越しにもわかる真剣な眼差しで問う。どうして人の事情に首を突っ込んでくるのか不思議に思ったナマエはそういう貴方はどうなのかと言葉を切り返す。すると旅人は大切な人に会うために100年も待ったとスプーンをわざと器に落とし夢の中にでてきた女の子との旅の思い出を語る。身に覚えがないはずなのに不思議と懐かしさを覚えたナマエは仮面を取るように指示する。顕となった素顔にナマエは頭が真っ白になるが、書物や建造物にはない薄く上がった口角と柔らかい眦を見つめているうちに忘れていた記憶を断片的に取り戻し、涙を流してお帰りなさいと胸の中へ飛び込んだナマエにリンクはただいまと強く抱きしめる。そんなお話
悲劇あっての恋だった
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