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珍しいこともあるものだ。
空を飛ぶ投石を眺めながらナマエは血の匂いが濃い方向へと走った。

「ナマエ、ベレスの救援に行ってやれ。俺はアロイスと中央の砦を制圧する」
「はい」

多勢相手にはベレスさんと言えど分が悪いのだろう。停滞した進軍に痺れを切らしたジェラルトさんは足止めを喰らわないように東から回ってベレスさんに加勢しろと指示を出した。中央の砦はジェラルトさんとアロイスさんが上手く落とすらしい。中央の砦に囲まれた人物のことを思うと作戦成功のためにはもう閉じ込めたままでいいんじゃないかと思うのだが、今はなるべく戦力を削りたくないらしい。ナマエは言われた通り中央の砦を避け大きく迂回しながらベレスの元へ駆けつけようとした。だがそう簡単に援護には行かせまいと立ち塞がる2人の将兵を前にナマエはやれやれと言わんばかりに剣を抜いた。ベレスさんには申し訳ないが救援には少し時間がかかるな、これは。

「退いて。貴族様が戦場で徒死すれば家名に傷がつきますよ」
「生憎、家名には塵ほども興味が無くてな。今の俺の興味はお前たち傭兵団の実力。それだけだ」
「大切な人たちを守るためにも、これ以上貴方たち帝国の好きにはさせないんだから!」

1人はただの戦闘狂。もう1人は自国の民を守るためか。武器を構える目的は異なっていながらも真っ直ぐな目で私を睨むその前向きな姿勢は気を抜いたら蹴落とされそうだ。彼らは強い意志を胸に私の道を塞いでいる。お金欲しさに剣を抜く私とは比べ物にならない大義を掲げる彼らは少しだけ眩しい。だが、無様に負ける気は無い。私は私なりに鍛え上げてきた。剣も魔法も体術も生き残るために。仲間の絆なんて片方が死ねば途切れるようなそんな脆い力など私は使わない。この身1つで戦い抜く。こう見えて私は傭兵団の中でもベレスさんに並ぶ実力だとジェラルトさんからお墨付きを貰っているんだ。鍔迫り合いにもつれ込むことなどありえないのに、何故こんなにも時間を取られている。

「いい加減退いてっ!」
「断る!…ちっ、アネット!!」
「任せて!!」

攻め込みたいのに飛んでくる魔法が邪魔をして上手く攻め込めない。しかもこの魔法の威力は当たれば次の戦闘に差し障る。剣の一撃はさほど強くはないけれど攻撃速度が早い分反応の遅れが命取り。それに加えて魔法も避けていかなければならない。邪魔な魔道士から仕留めようにも剣士が立ち塞がって近づくことも許さないし…このまま2人を相手取るのも腕が折れそうだ。仕方がない、拳で片をつける。

「歯、食いしばりなよ」
「なに?…っ!」

鼻を狙った一撃で剣士がよろけている隙にがら空きの胴を剣で突いた。さすが手練。致命傷は避けたか。剣を引き抜いて血を払うと甲高い悲鳴があがる。仲間が刺される光景は彼女にとって初めてなんだろうか。さぞかし穏やかな人生を生きてきたのだろう。こんな世界に身を置いてなんて可哀想だ。

「許さない…絶対に許さないんだから!!!」
「そう。別に構わないけど」

もう2年も血に濡れた生活に身を置いてきた。今更他人に許されようなんて思っていない。こんなに手が赤く汚れてしまった。もう白には戻れない。
飛んでくる魔法を斬り伏せながら自身の間合いに首を捉える。前の私は落ちる涙を前に哀れみでも抱いていたのだろうか。今ベレスさんの気持ちがわかった気がする。黙々と雑草を刈り取るような気分で涙を流す人へと剣を振り下ろす。せめて一思いに仕留めてあげようと刀を振り下ろす寸前、帝国にはない王国の団結力というやつに2度も仕事を邪魔される事になるとはこの時の私には想定外だった。

「させるかっ!」
「…っ!!」

二刀流。1本で剣を受け止めもう一本の剣で払う。私と彼女の間に目にも止まらぬ早さで入り込んできた兵士に私は驚きのあまり反撃の隙を逃し後退した。何だこの奇妙な感覚は。ただ顔を合わせているだけというのに胸が騒ぐ。

「大丈夫かアネット!」
「シェズ!うんあたしは平気。でもフェリクスが大怪我を負って…」
「分かった。なら俺がこいつの相手を引き受けるからアネットはフェリクスの手当をしてくれ」

嗚呼、ベレスさんの救援が遠のいていく。これは報酬を上げてもらわないと請け負った仕事に見合わない重労働だ。

「まさかとは思ったが、やっぱり沈黙の魔女はお前だったのか」

やっぱり?変な言い方をするなこの人。二刀流、片目隠し、赤い外套。ベレスさん越しに聞いてはいたがこうして顔を合わせたのはこれが初めてだろうに。

「君がベレスさんをつけ回す傭兵か。ちょうどいいや。今後の仕事の為にもここで討たせてもらうね」
「悪いが灰色の悪魔を倒すまで俺は死ねないんだ。…なぜお前まで灰色の悪魔みたいになっちまったか知らないけど、そっちがその気ならお前も俺の野望を叶える糧となってもらおうか!」
風花雪月無双C
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