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ジェラルトさん。
私、もう無理みたいです。

「ナマエ殿、傭兵団の皆と話し合ったのですが、やはり団長は貴殿が務めるべきでは無いだろうか。勿論私が全力で補佐にあたるから心配ご無用だ」

現実は常に非情で考える暇すら与えてくれません。雨のように押し寄せてくる悲劇と憎悪に体の芯まで冷えきって、剣の収め時を私は逃してしまいました。

「ベレス殿が何処に行ったのか私も伝えられていなくてな、なぁにジェラルト殿の娘であればまた再会できますとも。我々は我々のやるべきことを果たしましょうとも!それが団長への手向けになりますぞ」

毎日苦しいです。どうして私はまだ息をしているのかたまらなく不思議に思います。

「ナマエ殿!!偵察部隊から王国軍の軍旗を確認したとのこと。さぁ、我々もいざ出陣致しましょう!!!」

皆が私に聞くのです。部隊はどう動かしますか、物資の不足はどう補うつもりですか、帝国の本隊は何故助けに来ないのか。そんなの私が知るわけないじゃないですか。軍なんて動かしたことないし、あっちで誰が死んだ、こっちで誰が死んだなんて自分の命を守るだけで精一杯なのに人の命になんて構う余裕など、私にあるわけないじゃないですか。

「申し訳ない。私はここで引かせていただこう。ナマエ殿も、あまり無理はなさらぬよう」

戦闘が終わると恨み言のように多くの兵士に言われるんです。ジェラルトさんなら、ベレスさんならって。今すぐにアロイス殿に団長の座を譲る気は無いかと皆が私を責め立てるのです。でも皆口ばかりで、じゃあ貴方が団長してみますかと薦めると皆決まって顔を逸らして耳を塞ぐのです。嫌な人達です。まったく。

「…陛下の邪魔はさせん」
「騎士の誇りにかけて、この先は絶対に通さない!」

アロイス殿に団長の座を勧められた時から私は1度だって首を縦に振ったことも頑張りますと決意表明すらしていないのに都合よく団長の座へ担ぎあげられ、四六時中誰かの恨み言の捌け口にされ、精神的に限界をとうに越していたのでしょう。

「2人とも下がってフレン達の元へ!彼女の相手は私たちが引き受けます」
「おうさ。いつぞやの雪辱、ここで果たさせてもらおうか!」

嗚呼、憎たらしい。高尚で洗脳的な騎士道を掲げ大義名分のもと人の命を奪っていく被害者面した侵略者が汚いものを見るような目で私を睨みつける。何故そんな目で私を見ることができるのか。行動の根底にある『生きるために殺す』という点では私たちに相違はないというのに、少し金が絡むだけで彼らは我々雇われ兵を俗悪に堕とす。潔癖主義者の吹き溜まりどもが、お前達も私たちと同じ穴の狢である事を思い知らせてやる。

「左腕を失っても貴女はまだ剣を握るのね…ねぇ、教えてちょうだい。貴女にとって戦いは命を捨てるほど価値のあるもの、なの?」

煩い

「あたし達は貴女を殺したい訳じゃないの。お願い。もう降参して!」

黙れ

「その傷でまだ剣を握るのか…おまえは」

私の邪魔をするな!

「復讐か。俺も、一歩選択を間違えていればお前と同じ畜生に堕ちていたのだろうな」

私が、畜生?はっ、さすが洗脳上手なファーガス王だ。自分の事を棚に上げ人を畜生扱いとは虫唾が走る。私は人間だ、獣じゃない。獣はお前たちの方だ。言葉を介さず、高潔な騎士道を掲げた裏で残虐非道に兵を嬲り殺す圧制者どもが。奪われたものはもう帰ってこない。ならばアロイス殿が言ってたとおり、ここでお前たちの首を切り落とし死者への手向けにする他あるまい。特に、ジェラルトさんを殺したこの男の首だけは絶対に逃がしはしない。

「お前だけは、お前だけはここで私が討つ。ジェラルトさんと死んだ仲間の仇。たとえ差し違えたとしても!」
「…分かった。それでアンタの気が晴れるって言うなら付き合うよ。最後までな」

…なんだ、その目は。憐れむような目で私を見やがって。なんなんだ、お前は。一体、私の何を知っていると言うんだ!何もしらないくせに。何も知らないまま私なら大切なものを全て奪ったくせに!!くそっ、腹が立つ。余裕な顔しやがって。ふざけるな!!殺す、絶対に殺す!!殺っ

「……っ」

…見ないふりをしていた。そうする事で折れそうな自分という存在を保ってきた。でも本当は、心のどこかで気づいてた。復讐なんて誰の為にもならないし、誰も喜ばないって。分かっていた。私の抱いた怒りも悲しみも全て誰かへの妬みと僻みで、眩しい彼らに私の剣が届きもしないことを知っていた。知っていて剣を振った。たぶん生きることに疲れていたんだと思う。誰かに選択を迫られひとりじゃ抱えきれない責任に押しつぶされる毎日から逃げたかった。もし、私の隣にベレスさんが居てくれたら、私も少しは自暴自棄に件を振ることはなかったのだろうか。それとも、私の人生はどう足掻いても終着点は同じだったのだろうか。
即死ではなくわざと致命傷を負わせた彼は私の体からズルりと剣を引き抜くと崩れていく体が地面へ衝突する前に優しく抱きとめてくれた。出会った時から私は彼に敵意しか向けて来なかったのに、何故彼はいつも泣き出しそうな悲しい目で私を見つめるのだろう。もしかして私、どこかで君と会ったこと…ああ、遠くから声が聞こえる。あの外套…そっか。会いに来てくれたんだ。

「…べれす、さ…さいごに、あなたに、あえて、よかっ…た」

先にジェラルトさんの元へ行ってますから、あわてずゆっくり、またいつか会いましょう。
剣を構えた女神へ手を伸ばす少女は笑っていた。女神にも劣らない美しい笑みを浮かべ、輝く翡翠の瞳を瞼でそっと覆い隠した。

「シェズ、ディミトリが貴方を探していたわ。帝国への進軍について意見が欲しいって言ってたけれど…今日は出られそうにないって伝えた方がいいかしら?」
「いや、すぐに行くよ…伝えてくれてありがとうメルセデス」
「…ねぇ、シェズ。今日は貴方にとって沢山辛いことがあったと思うわ。だからね、こんな時だからこそ、我儘になってもいいんじゃないかしら?きっと今だけだと思うわ。魔女と呼ばれた女の子は貴方にとって大切な人だったんでしょう?」
「まぁ、な。彼女は覚えていないようだったが俺にとっては…っ、悪いメルセデス。もう少しだけ1人にしてもらってもいいか?ディミトリにもそう伝えて欲しい」
「ええ、伝えておくわ」
風花雪月無双D
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