novel top
「ずっとあんたに礼が言いたかったんだ」

白い花を一輪贈りありがとうと口にしたシェズにナマエはなんのことかわからず首を傾げた。殺してやる!ではなくありがとう。感謝されるようなことをした覚えはないはずだが。ナマエはシェズの言葉の意味がよく分からなかったが、花は好きなので素直に貰っておくことにした。見たことない花だ。どこで詰んできたのだろう。

「花、ありがとう。でも君に感謝される事をした覚えはないよ。人違いじゃないかな」
「いいや。確かにあんただ。俺も初めは人違いかと思ったがベレスさんに聞いてアンタだって確信した。覚えてないか?3年前くらいだったか、同盟領でベルラン傭兵団と交戦しただろ?」

ベルラン傭兵団。そういえばそんな名前の傭兵団と戦ったことがあったような。あの頃の私は前線に出ていなかったから詳しいことは覚えてないけど、シェズがあの傭兵団に所属していたとは初耳だ。

「私は当時後方支援を任されていた。貴方と剣を交わしたはずないけど」
「ああ、そうだ。あの時、俺は灰色の悪魔に敗れ瀕死の状態で言葉を交わす余裕すらなかった」

撤退していくジェラルト傭兵団を地面に転がって睨んでいたと笑って語るシェズに私は益々なぜ彼に感謝されなければいけないのか分からなくなった。後方支援の私と出会っているならベレスさんを倒し前線を崩さない限り言葉も顔も合わせる機会はないと思うが。

「やはり人違いでは?」
「まぁもう少し話を聞いてくれ。灰色の悪魔が撤退した後俺は一か八かでそのまま地面に倒れ足音が止むのを待っていた。ベレスさんには看過されたが他の傭兵に襲われでもしたらあの負傷具合では一溜りもなかったからな。早く撤退してくれと女神に祈っていた。そんな時、アンタが現れた。遺体に祈りを捧げまだ息のある奴らを修道士と共に回復して回っていたな」
「…たぶん」

そういえばそんなことをしていた時期もあった気がする。未熟だった頃の私の、未熟な行為。傭兵団の人たちからは何度もそれについて叱られたことは覚えている。同情心で助けた命はいつか俺たちを殺しにくる。助けて回るなんて復讐者を助けているようなもんだ。馬鹿げたまねはやめろときつく叱られた。でもジェラルトさんは何も言わなかった。褒めもしなかったし叱りもしなかった。だから私は戦争が始まる前までずっと自分にとって正しいと思えることをしていた。今みたいに周りから恐れられることも頼られることもなかったけれど、あの頃の私は正しい人間だった。今よりはずっと。
団の人が言った通り助けた命に殺されかけたことは数え切れないほど。けれどこうして初めて感謝された事は初めてだ。素直に少しだけ…嬉しい。

「見返りを求めず善意だけで治療するアンタの姿に、俺は天井の女神が迎えに来たとばかり勘違いして内心慌てていたな。アンタ遠目から見ても美人だったからな」
「…そう」

口説かれているのか?…いや、ベレスさんと同じ天然か。揶揄うような声音でもないから少しでも好意があれば勘違いするところだ。いつか女性関係で拗れて背中から刺されそう。無駄に劇的な感じで。

「灰色の悪魔を討たずに死ねるかって這って逃げようとも考えたが力が入らず気づいたら気絶しちまってた。目が覚めて塞がった傷口を見てアンタが何をしていたか気づいたんだ。それで灰色の悪魔を倒すついでにアンタに礼を言えたらと思っていたんだ」

律儀な人だ。普通3年前の恩を今の今まで胸に留め花一輪持って感謝しに来る人なんていないと思うのだけど。それも当初は因縁の相手を倒すついでに礼を言いに行くつもりだったなんて命知らずにも程がある。いや、それぐらい奇想天外な考えの持ち主じゃなければ一国の王様の目にも留まらないか。なるほど、やっぱりこの人変な人だ。

「改めて礼を言わせてくれ。あの時は助かった」
「どういたしまして」
「なんだその顔。どういたしましての顔じゃないぞ?前のアンタはもっと表情が柔らかかったと思うが、あれは俺の見間違いか?それとも何かあったのか?俺でよければ相談に乗るぞ。仲間、だからな」

何かあった、か…ありすぎて忘れてしまった。昔の私がどんな人間だったかも、笑顔の作り方も。

「にぃー」
「…何してるの」
「笑顔の練習だ。せっかくの美人が台無しだぞ?ほら、笑えって。にぃー」
「…」

変な顔。ノリがアロイス殿と同じでついていけない。

「…なぁ、反応してくれないとさすがの俺も堪えるんだが」
「ごめん。でも笑い方を忘れたから笑えと言われてもこまる」

笑い方を忘れた。無理に口角を上げても目が笑ってないと言われ、目を細めて笑ったら子供に泣かれてしまった。そんな私に笑えなんて無茶を言う。私は笑えない。沈黙の魔女は笑わない。感謝の言葉は受け取った。もう私の事は放って置いてくれと立ち去ろうとした時、待ってくれとシェズに引き止められた直後だ。

「…何するの」

シェズの手により無理やり口角を上げられ不快だと視線で訴えるが彼は同じようににぃーっと口角を上げ吟味するようにじーっと熱い視線を注いでくる。なんか落ち着かない。

「ベレスさんからナマエは笑った顔が一番可愛いと聞いたから本当かどうか確かめている」

ベレスさんが、私の笑顔が可愛いって?
…そう。笑顔、笑顔か。…こう、かな。

「…どうかな?」
「おっかないな」
「…」

基地内での私闘は御法度だと聞いていたがこのくらいは許されるだろう。花は貰っておくが次はないからな。靴の踵で足を踏み、悶絶するシェズを置いて自室へと戻る。久しぶりに表情筋を動かしてもとい動かされて疲れた。ナマエはいつもより少し歩幅を広げ風を切るように去った。待ってくれと手を伸ばし謝罪を述べるシェズの声を聞こえないふりをして。
シェズ支援C
prevUnext