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油断した覚えは無い。が、配られた2択の選択肢がどちらも意地悪で、即死でも致命傷でもないなら私が傷ついた方が戦況的には好都合だと判断し自分を囮に率いた軍を迂回させた。矢の雨を被る羽目になったがこの闘いも此方の勝利で終わった。敵軍が敗走する様を死体に混ざり見物する。私の判断は間違えていなかった。煙と戦火で彩られた灰色の空を仰ぎ見てやっつけのように左腕に刺さった矢を引き抜く。痛い。まだ痛覚が残っているな。なら少し休んでから解毒剤を飲んで、炎魔法で傷口を塞ぎ、それから回復薬を…

「よぉ、沈黙の魔女。立てるか?」
「…しぇず…たすかった。ありがとう」

お節介。でも今日は来てくれて嬉しい。
死体の中に埋まった体を彼は水辺から引き上げるように抱えあげ死臭の薄い場所へ降ろすと解毒剤を半開きの口に無理やり押し込んだ。毒でにぶった感覚が少しづつ戻ってくる。ほんの一時楽になれたかと思ったのだが、これはこれで生きるというのは辛い。

「悪いな。回復魔法は応急処置程度にしか使えないんだ。足の感覚はまだ残っているか?」

あし、足の感覚…どの指が動いているか分からないけど足首は動かせるな。でも折れてるのか外れてるのか分からないけど、動かす度にボロボロと崩れていくような音がする。前に腕が同じ感覚だった。なら回復魔法で事足りるだろう。

「感覚は残ってる。骨が折れてると思うけど回復魔法で治る程度だから心配は無用だよ」
「お前なぁ、自分に頓着無さすぎるぞ。沈黙の魔女が戦場でも沈黙貫いてちゃ駆けつけようにも駆けつけられないだろ?もっと立派な重傷者っていう自覚をだなぁ。ったく、あんたは灰色の悪魔とはまた違う方面でズレているというか無鉄砲というか」

そこらに転がっていた枝を拾ったシェズは折れた足に添え錆色の外套を解くと包帯のように固定した。少し揺れるぞと声をかけた凄腕傭兵の彼は虫の息である私を軽々と背負うと勝鬨が聞こえる方へと歩いていく。
誰かの背中に頬をつけるなんて傭兵団に拾われてまもない頃ベレスさんに背負われた以来だ。確かに少し揺れて運ばれ心地は悪いけど、死臭に塗れ毒に体を犯され続けるよりか遥かにマシだ。両手を自分の体に巻きつけ頭だけをシェズに寄せる。命を奪い合う戦いの後は性別関係なく生存本能が疼いてしまう。だから彼をそういう対象として見ないように両肩に手を置くことはしなかった。背負った女が密かに欲情してるなんて知られたらみっともなくて死んでしまいたくなる。
……はぁ、何考えてんだ私。毒が頭まで回っているに違いない。

「迷惑かけてごめん」
「なんだ?珍しくしおらしい反応だな。もしかして泣いているのか?」
「この程度では泣かない」
「ははっ、強いなアンタは。だが泣きたい時は素直に泣いた方がいいぞ?助けて欲しい時とかちゃんと助けてくれー!って言わないと今日みたく死体に埋もれて置き去りになってたところだった」

置き去りか。その割には君何度も何度も律儀に探しに来てくれるよね。見えない紐でも繋げられているのか。それとも私のように戦場全体が見えていたりとか。
泣いているのか?と嬉々として後ろを振り返ろうとした紫頭を押し返しまだ動く方の足でシェズの太腿を蹴った。気を使って損した。悶えるシェズにナマエは深いため息をつきながら1度体を起こすと両腕をひろげ飛びつくように背中へと引っ付いた。

「……はぁ。お節介だね、君は。報酬しだいで掌返す傭兵なんて適当にほっとけばいいのに」
「その言葉、そっくりそのままアンタに返してやるよ」

…意外に口が回るな。言い返したいけれど言葉が出てこない。首に回した腕を絞めるように力を込める。人に借りはつくるなとジェラルトさんに言われてるんだけどなぁ。これは仕方ないね。

「借り1だね。君がもし背中を刺されることがあったら1度だけ助けてあげるよ」
「えーっと。これは喜んでも良いやつなのか?」

喜ぶべきことだよ。聞くところによると君は無自覚の女誑しだそうだからね。1度だけ命を張って仲裁してあげてもいいよ。君には絶対言わないけど、私君の心音が存外心地良いみたいだから。
少しづつ見覚えのある旗が見えてくる。嗚呼今日も生き残れたらしい。はやくベレスさん達に会いたいなぁ。
シェズ支援B
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