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時は西暦2205年。歴史の改変を目論む歴史修正主義者を打破するため時の政府は審神者なるものを各時代へと送り出した。そして時の政府は 審神者のサポート役として審神者の基準に達しなかった者達を雇い各時代へと配置、各時代に沿った生活を行いながら歴史修正主義者の動きを監視する役目を負っている。
私が配属された時代は2023年、本来私が生きていた時代の3年後の世界だ。聞けば100年単位のズレがある世界に配属された人も大勢いるそうだが、当時そこそこ運が良かった私はまだ培ってきた常識が使える世界でなんとか生きている。まぁ、置かれた環境は最底辺だが。
表向きには食糧関係の子会社、裏ではオカルト紛いな仕事をしてる。○○地区に歴史修正主義者が何体、一般人への被害想定や歴史が改変されていないか分厚い歴史書とパソコンとの睨めっこ。所謂雑務一般を任されており毎日毎日デスクワークに尻と腰を痛めている。

「それで彼氏がさぁ『俺以外に男がいるだろ!?』って変に勘繰っちゃってもう大変で。あ、長谷部紅茶入れてくれない?いつものやつで砂糖多めでね?んで、今喧嘩中ってわけなの」
「アタシなんか『俺と薬研どっちが大切なんだよ!!?』とか意味わからないキレ方されたわ。勿論薬研に決まってんでしょって話しよね。顔も性格も勝てるわけねーだろぉがって感じ。ま、子供作れるって点では薬研は選べないけどねぇ」
「ホントそれ!」

座る席間違えたなぁと今日も心の中で溜息をつきコンビニ弁当と引けを取らない栄養バランスが考えられた弁当に箸をつける。うん、今日も生きててよかった。午前中にすり減ったメンタルが金平ごぼう1つで回復していくのを全身に感じる。
キャパシティ40人ほどの狭い食堂の端。いつもはおひとり様専用スペースとして利用されている席に突如として現れたリア充共に肩身の狭い思いを強いられ楽しいはずの昼食時間が既に地獄へと叩き落とされている。原因は隣に座るキラキラのOLなんだが、おひとり様を決め込む私たち少数派は決して声が大きい彼女たちを恨むことはできない。なぜならお互いに社則を守っているため文句をつけた方が問答無用でタチの悪いクレーマーになるからだ。
政府関係者は審神者ではない。だが審神者同様歴史修正主義者に狙われることも少なくは無いため護身用として一人刀剣男士を控えさせることを認められている。前に1度説明したがこの建物内にいる人たちは元審神者候補生が9割を占めており、鍛刀し保持する霊力はなくとも数本程度なら顕現させ続ける力は持っている。だから女性職員の殆どは彼女達のようにどこから手に入れたか分からない刀剣乱舞を連れて生活している。しかしご覧の通り、表向きには護身用だの真っ当な理由を掲げてはいるが執事のように仕える顔のいい付喪神を小間使いなり自己顕示欲を満たす道具なりと様々な使用用途で悪用している始末だ。緊急事態に備えた携帯の筈では?だがもしそんな正論を彼女たちに叩きつけてみろ。私の立場はこれまで以上に危うく涙の量を増やす羽目になるだろう。
キャパシティ40人ほどの食堂も刀剣男士の人数を合わせれば軽くキャパオーバー。もし政府関係者がこの部屋の有様を見ればホストクラブもしくは託児所では?と勘違いするのも無理はないだろう。ただし彼らは正真正銘刀に宿る付喪神だ。可愛らしく鬼ごっこしているつもりのようだが、腰にぶら下げた凶器を見る度に心臓が縮み上がりそう。子供が挟みを握って走り回っているよりもおっかない。
短刀達がそこらじゅうを駆け回り、顔のいい男士が給仕のように振る舞い、電球が切れた部屋の端では風紀を乱す恋愛映画のようなやり取りが行われ酒池肉林の1歩手前ではないかと毎日正気を保つだけでもやっとである。クソ職場。報酬がクソならとっくに辞表を出して出家しているところだ。あっちもこっちもガヤガヤ、イチャイチャ。ガヤガヤ、イチャイチャ。はぁ〜やってらんねぇ。

「あ、ナマエさん。ここ空いてます?なんだかお話するの久しぶりですね!そうだ、紹介しますね!こちら私の彼ピの加州清光」

はっはぁー...やってらんねぇ。

「ただいまっ!!!」

あー今日もクソ。上司が出張でメンタルは幾分かマシだったけど同僚の裏切りに死角からメンタルを削られて気分だ。クソッ、ナマエさんは彼氏いないんですかだと!?いたらさっさと結婚してこんなクソ環境から逃げ出してるわ馬鹿ぁああああ!!...しんどっ。でもだからといって篭手切くんを職場に同行させるなんてとち狂ったことはしたくない。彼には私の分まで悠々自適に暮らして欲しい。あわよくば美味しいご飯を作って私のメンタルを支えて欲しい。
今日のご飯なんだろう。匂い的にはカレーだが、もしかしたら変化球でハヤシライスとかビーフなんとかかも知れない。今日も今日とてパンプスを下駄箱にしまい明かりが漏れるリビングの扉を開ける。今日は珍しく泣かなかったなぁと綺麗なスーツ姿でリビングに入ると

「おっ、帰ったか!今日も一日お勤めご苦労さん。ちょうどかれぇができたところやけん湯浴みの前に一緒に食べ「失礼しました」」

K-popのセンターで歌ってそうなイケメンがキッチンから顔を覗かせていた。...待て待て、誰だこの人。刀剣男士って進化するんだっけ。いや、しないはず。懐モンスター仕様じゃないんだし。リビングに続く扉を閉め靴下のまま玄関に戻り部屋の番号が書かれた表札を確認する。もしかして私お隣さんの部屋に間違って不法侵入しちゃったとかそんなこと

「503...間違いなく私の部屋だ」

有り得るはずないよね。だって鍵を回して部屋に入ったんだから部屋を間違えるなんて有り得ない。え、まさか昼食時間に一番仲が良かった同期の彼氏アピールにショック受けて妄想の彼氏作っちゃったとか!?たしかに一瞬して顔みてないけど好みの顔ではあったが...まさか私心の底ではかなり男に飢えていたのか。毎日生きることに必死ですみたいな心持ちのくせに一丁前に彼氏欲しがってたとか贅沢すぎ。恥を知れ恥を。...はぁ、頭冷やしに公園で缶コーヒ飲みに行くか。一度玄関に戻り下駄箱から適当にスリッパを指でひっかけ足を入れているとリビングから騒々しい音が聞こえ次の瞬間扉を破壊する勢いで見慣れた人物が迎えに来てくれた。

「ナマエさんっ!!お帰りなさい!」

Bボタンで進化キャンセルしたのだろうか。私より少し低い背丈に眼鏡と可愛い黒子の少年はエプロン姿のままお帰りなさいと出迎えてくれた。間違いない私の知る篭手切くんだ。じゃあ...じゃあ今篭手切くんの後ろで後方彼氏面した青年は一体何者。私に内緒で男を連れ込むような子じゃないし、どことなく顔のパーツが似ているような気もしなくも無い。はっ!まさか...

「篭手切くんが、分裂した...?」
「分裂してないですよっ!!」
「おーい、早くかれぇ食べようぜ。俺もう腹減って死にそうっちゃ」

立ち話もなんだしさっさと席について飯食べようぜと謎にこの場を仕切る青年は肩を抱いてリビングへと誘導した。ここの部屋の主私のはずなんだけど。自身に満ち溢れた爽やかな顔にうっかり部屋の主を乗っ取られそうで怖い。

我が家に篭手切くんが現れてから買い足した椅子。2人分あれば足りるだろと思っていたが、突然増えた住人に私は困惑しながらデスクワーク用の椅子を滑らせ顔のいい2人の男士の前に恐れ多くも腰掛けた。
目の前には美味しそうなカレーと100均で買ったシンプルなスプーン。あとお気に入りのマグカップ。間違いなくこの空間は私の生活空間で間違いないのだが、如何せん目の前の男士達の顔面が良すぎて知らない親戚の家に遊びに来たような気分だ。

「ナマエさん、此方豊前江さんです。ナマエさんの母上、つまり私たちの主様がナマエさんに託した刀剣の一柱です」
「は、はぁ...そう言われたら仕送りで何本か押し付け...受け取ったような気も」

銃刀法違反に引っかかるのが怖くて直ぐにクローゼットの奥にしまったから何本受け取ったかはもう覚えてないが。

「目が覚めたら狭い箱に閉じ込められちょったからなんかと思ったんやけど、アンタの顔を見て安心したわ。人の子は成長するのが早いな。最後にあったのはこのくらいやったか?」
「み、ミジンコサイズ...」
「りぃだあ!ナマエさんはそんなに小さくなかったですよ。たしかこのくらいの大きさで」
「...ハムスターサイズ」

せめて人間サイズにして欲しいのだけど。付喪神から見た人間の赤子って掌サイズなんだろうか。お前らなんて簡単に潰せるぞ的な脅しなんだろうか。だとしたら今すぐにでも母に受け取った刀全部返却するのもやぶさかではない。話ばかりじゃ飯が冷めるからとこの場を仕切る豊前さんの言葉に従いスプーンを手に取る。顔がいいと人生得するだろうなぁ。今度人間に生まれ変わったら絶世の美女か美男子にして欲しい。あと一般家庭に生まれて一般的な習い事をしてみたい。ピアノとかバドミントンとか算盤とか。

「どうだ美味いか?俺と篭手切で作った渾身のかれぇってやつはよ。隠し味も色々と入れてんだぜ。なぁ篭手切」
「ねっとで沢山検索して色々と入れてみたんです。とまと、りんご、あとすぱいすも」

色々入ってるんだ。凄いなぁ。私が作るカレーは玉ねぎと人参とよく分からない肉を一気に鍋へ入れて適当に水とカレールーで調整するだけだから隠し味って発想がそもそもない。刀剣男士って器用な人が多いのだろうか。カフェで出てきそうなお洒落なカレーを口に運んだ瞬間、今まで食べてきたカレーとは比べ物にならない美味しさにポロッと涙がこぼれそうになった。

「...おいしい」
「そーかっ!そんなら作ったかいがあったってもんだな!本丸にいた頃は厨より畑仕事が多かったもんだからこういう小洒落た飯なんて作ったこと無かったけん美味しいもん作ってアンタを喜ばせれるか不安だったんだよなー。でもまあ喜んでもらえて良かっ...」
「えっ」

消えた。消えたんだが。満足そうな顔でカレーを口に運び咀嚼している最中元からそこに何も無かったように豊前さんは消えた。ゆっくりと席を立ち彼が座っていた椅子を見る。そこには一本の刀とスプーンが落ちていた。
え、何これ。まさかこれって

「し、心霊現象...!?塩、塩まかなきゃ。篭手切くん塩っ!!!」
「ナマエさん落ち着いてください!恐らくですが霊力不足で実体化が解かれただけだと思います。ほらよく見ると微かに刀が動いてます」
「...B級ホラー並の怖さ」

深夜トイレに行けないほどの怖さでは無いけど平常を保てないほど怖くはない。あとなんで微かに刀動いてるの!?というかこの刀どうするべきだと思う!?

「ど、どうしよう!?閉まった方がいい!?」
「と、とりあえずくろーぜっとにしまうのだけはやめてあげましょう!?」

打刀は霊力を多く消費するから長く実体化を保つことが出来ないらしい。とりあえずクローゼットはやめましょうと篭手切くんに言われたのでクローゼットにしまった刀全てを部屋の隅に立てかけてみた。審神者とか霊力とか子供の頃に習った単語の意味は全て忘れてしまった為どうして篭手切くんは実体化できて豊前さんが実体化を保てないのか私にはよく分からない。ただ放っておけばいずれ落ち着くと言われたので特に何も考えずいつも通りの生活を送ることを努めようとしたのだが。

「はよー。朝餉できてるけんはよ顔洗ってきな」

如何せん顔がいいため心臓が止まりそうだ。
私の社畜日記B
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