天覧聖杯戦争 2

馬…いやあれは牛か?独特な嘶きに混ざる車輪の音、そしてここは平安時代。となるとあの馬車のような乗り物は…

「古文で習ったやつだ!!!」
「こぶん?」

源氏物語や平家物語、あとその他諸々の物語で出てくる雅な乗り物。現代で言うところのリムジン的なやつで、あの中に高貴なお姫様が入っているんですよね!?と仮名さんに尋ねると彼女は『お姫様…まぁそうですね。お公家様が乗っているかと』と牛車一台で目を輝かせる未来人をキョトンとした様子で答えた。何故牛車にテンション上がってんだこの子?みたいな反応やめてください。機械が走り回る世の中に来たら立場逆転しますからね。今度は私が呆れた眼差しで見る番ですからね?
寝床を探して三千里はしていないが、物騒な輩に追いかけられ続け足は悲鳴をあげる力もないほどに疲れきっていた。
あの牛車の方達に寝床を提供してくれないか頼んでみましょうよと提案する立香に仮名は金時に視線を向け判断を仰ぐ。どうすっかなぁ。金時が頭を掻きながら悩んでいるうちに牛車は操作不能と言わんばかりの轢き殺す勢いで走ってきた。牛車は急ブレーキを踏むように立香達のすぐ側を通過し、すぐ近くの道の端に停車する。一同ドッドッと心臓が暴れる中舌を打ったのは金時だった。

「危ねぇなあ」

顰めっ面で牛車へと近寄る金時の後を追いかける。「危ないから下がって」と手ぶらな金時に代わり仮名は太刀を腰から引き抜くが、屋形から聞こえてきた女性の声が「刀を抜くにはちと早慶とは思わんか。なぁ仮面の乙女よ」と仮名の行動に待ったをかけた。無理に話し癖を矯正したような口ぶりの貴人は意外にも話がわかる人だった。屋形越しにこちらの事情を聞くと相分かったと何かを叩き夜更けに出歩く立香達のために寝床を提供してあげようと申し出た。貴方の知り合いかと仮名が金時に目を遣り、いや嬢ちゃんの知り合いじゃねぇのかよと金時は視線を返す。正直どっちの知り合いでもいいから休める場所を提供してくれと立香は返答を躊躇い互いに顔を見合せたままの二人に代わって『是非ともお願いします!』と牛車の前に飛び出そうとした。けれども怪しい貴人が源氏の名を口にした途端、金時は「心配ご無用」と立香を背に隠しせっかくの提案を断ってしまった。
温かいご飯にふかふかのお布団が遠のいていく。元気だしてと仮名と段蔵に励まされ、立香達一行は再び寝床探しに向け夜の道を進もうとしたその時、貴人が急に腹を抱え『怪童丸』と口にした直後だ。金時はまさか!と目を丸くし屋形を隠す御簾を持ち上げ中を覗き見た。

「金時様、牛車の中を覗き見るのは些か不躾かと」
「仮面の乙女の言う通り。不敬だぞ金ちゃん」

改めて自ら御簾を挙げ金時を親しげに金ちゃんと呼んだその貴人は崩した話術が良く似合う女性。どこかで見たことがあるような。鮮やかな装束を纏い開いた雲文様の扇で顔を隠すその人は自らを『清子』と名乗った。清子...金時様の関係者、パリピな香りがする陽気な雰囲気…あ、あなたは!!

「せ、清少納言様!?」

いや仮名さんが言うんかい!てかそれ私の言葉!!まぁそれは別にいいけど仮名さんが妙にテンション高めなのは一体どうしたんだろうか。急に大声出すものだから清子さんも吃驚して扇落としちゃってるし。

「仮名さんもしかして清子さんと知り会い?」
「えっ!?あ、いえ...そ、そういうわけではなく...直接会ったことはありませんでしたが、清少納言様が吟じた詩を筆跡段階まで真似ることが可能と言える程には愛読していたと言いますか…憧れの方に認知されて光栄と言いますか…嗚呼、なんで私はこんな大事な場面で歌集を携帯していないのでしょうか。と、とりあえずこちらに花押を」
「仮名殿!落ち着いてくだされ!深呼吸をしましょう!!」

憧れの人物と出会った跡をなんとしてでも残さなければ気が済まないと衣の白地を引き伸ばし清子さんへ差し出そうとする仮名さんに段蔵さんは早まるなと奇行を止める。
今も昔も推しを前にしたオタクの行動はさほど変わらないんだなぁ。推しの次元は違うが刑部姫と気が合いそうだ。『どうか一筆!』と深々頭を下げ衣を差し出す仮名さんに清子さんは拾った扇を叩き大口を開けて笑っている。まるで推しに認知されたオタクを見ているかのようだ。この出会い墓まで持っていく、拳を握り閉めた仮名さんは何かを噛み締めていた。

「仮名さん。もしかして泣いてる?」
「泣いでまぜん」
「わははははは!面白い娘よな!!花押はまた今度改めて。それで本題はなんだっけ…あ、そうだそうだった。寝床かぁ〜金ちゃん達は洛内に用があるから洛外には出たくない。くわえてこんな夜更けに都を彷徨く如何にもな怪しい連中を泊めてくれる、そんな度量のある屋敷ねぇー」

扇で顔を仰ぎながら考えに耽ける清子さんはふんふん、なるほどと呟き軽く頷き『いいところがある!』と畳んだ扇を叩いた。お、いいのか!と目を丸くした金時に清子さんは任しとけぇい!と謎の自信を見せる。だんだんカルデアの諾子さんに見えてきたぞこの貴人。清子さんとしては家に招きたかったらしいが、隠居の身で4人も客人を迎え入れるのは少し荷が重いと言う。まぁ、そうだよね。1人ならまだしも4人は隠居の身じゃなくとも許可は出しにくい。
清子さんが心当たりがあると言った屋敷まではここから少し離れたところにあるらしい。口利きしてあげるとやけに張り切った清子さんに私たちは感謝を述べ、負傷した段蔵さんを牛車に乗せると金時、仮名さん、そして私は牛車の傍に張り付くように夜道を歩く。京の季節は今いつなんだろう。涼しい夏の夜に袖を捲る私の横ではゆったりとした足取りで仮名さんが歩いている。

「あの、仮名さんは乗せてもらわなくても大丈夫なんですか?ほら、金時探して走り回ったり死闘を繰り広げたり疲れているんじゃ」
「いいえ、こう見えて私体力有余る用心棒なので心配ご無用です。牛車に乗っているとはいえ魔性や盗っ人に襲われる可能性も無くはないですし、歩くことでしか見えない景色もありますから」

知っていましたか、あの道に大きな桜が1本植えられていたんです。腐った切り株を指した仮名さんの唇は懐かしそうで寂しそうで今にも雨が降り出しそうな雰囲気を纏っている。この場所に何か思い入れがあるのだろう。しかし彼女はそれ以上は何も語らず「まぁ切られてもまた育てればいい話しですよね」と肩を竦めて笑った。なんだろう。楽観的な物言いに見えてどこか諦めのような言葉にも聞こえるのは私の聞き間違いだろうか、それとも。

「おうさ。無くなっちまったもんは仕方ねぇ。木が腐っちまったらまた植え直せばいい話だろ?」

そう快活に笑い丸まった背中を叩く金時に仮名さんは口角を上げそうですねと笑った。そしてドンッと背を叩かれた直後彼女は手の甲に筋を浮き立たせバチンっと金時の背中を叩き返していた。
あっ…痛かったんですね。