天覧聖杯戦争 5

だいたい8cmくらいで花を詰び、頭が重ならないようちょっと間隔を開けながら束ねるように茎を編み込む。それを何度も繰り返し頭に乗るくらいの輪っかを編み上げたら次は輪の隙間埋めるように色とりどりの花を差し込んで。

「あっという間に花冠の完成!」
「おー!!姉ちゃんすげぇ!!」
「次私にちょーだい!!」

子供たちに囲まれながら昔よく作っていた花冠を編み、真横から熱心に視線を向けていた仮名さんへと手渡す。子供達から羨望の目を浴びながら出来上がったばかりの花冠を受けとった仮名さんは壊れ物を扱うようにそっと花冠の裏を覗き感嘆の声を上げている。

「ほぉ〜見事なものですね。差し込んだ花も丁寧に編まれていて、とても美しい仕上がりです」
「小さい頃よく公園に咲いた花で遊んでたから、このくらいのクオリティなら朝飯前〜!」

結び目もしっかりしてますねとびっちり密集した茎の束を爪で弾きその強度を確認した仮名さんは傍にいた小さな子供の頭に乗せ、製作途中だった花冠の修正に精を出している。

「マスター、段蔵もできました」
「おっ、上手!!」
「段蔵様すごーい!!」

さすが高性能からくり武者。きっちり等間隔に束を茎で結び、規則性を意識して花が編まれた冠は文句のつけ所がない完璧な仕上がりだ。世が世なら値段をつけて売れるのでは?
段蔵さん作の花冠が女の子たちの間で取り合われる中、一方同じく花冠を編んでいる仮名さんはと言うと、

「仮名様下手くそー!ほら見て!僕の方が上手だ!」
「うっ…初心者だから仕方ないでしょう!?」
「仮名様その茎はこの隙間に通して、ここをくるっと回して結んで」
「…こう?」
「ちがーう!!」
「ええっ!?」

子供達に遊ばれていた。
辛うじて様付けで呼ばれてはいるものの天性の不器用さを子供たちに見抜かれ『仮名』と呼び捨てにされる未来は近いだろう。そうじゃない、違う!と周囲を取り囲んだ子供からの容赦ない指摘に仮名さんは困惑しながら恐る恐る花を編んでいるが、このペースじゃいつ冠ができ上がることやら。先程私の真横で完成品をじっと眺め分析していた女性は幻だったのか。一輪隙間に差して編みこむ度に端からボロボロと落ちていく花弁には段蔵さんも静かに目を瞑っていた。これは酷いな、うん。かなり酷い。思えば仮名さんが細かい仕事に取り組む姿を見た事がなかったかもしれない。儚く繊細な雰囲気に反し何事も大雑把で高い壁も力で強行突破していたような。特に戦闘面とか。
「やっぱり金時様の方に行けばよかったかなぁ〜」と愚痴を零しながら仮名さんは子供に急かされ渋々手を動かしている。真名さんが話題に出した金時はと言うと今頃町の人達に頼まれあっちこっちと力仕事を任されていることだろう。

天覧聖杯戦争を止めるべく今日も私たちは町に繰り出し天覧武者及び術者、近頃噂になっている怪異の情報を聞き回っていた。しかし今日も今日とて情報は得られず、仕方なく町をウロウロしていると街の人に手招きされ引き留められた。情報か!?と思い近づけばちょっと手伝ってくれと力仕事の依頼で、二つ返事で引き受けた金時は汗まみれの男性へと着いていき、残された非力な私達はと言うと道中子供たちの襲撃に遭い、遊んでとせがまれた為花冠を作って遊んでいる。なぜ花冠かと言うと子供達が仮名さんの仮面を剥ぎ取ろうとするものだから気を逸らす為に3人で考えた苦肉の策である。最初は仮名さんが術で辺り一面に花を咲かせ、子供が花に気を取られているうちにそそくさと逃げる算段であった。しかし魔術で作られた花に子供達が想像以上にはしゃぎ、逃げる私たちを捕まえ遊び方を教えてやるとやや上から目線で花遊びを指導してきた為こういう状況となった。生まれた時代は違えど遊び方はそれほど変わらない。つくしを交差させた引っ張り相撲や古典的な草笛、そしてこれまた古典的な花冠作り。そこそこに遊び方を知る私と段蔵さんは子供達に遊び方を教え教えられてと穏やかに花で遊んでいるが、仮名さんはその…幸が薄い為に子供達から弄ばれ、つくし相撲では連戦連敗、草笛はフスフスと抜けた音を鳴らし、花冠はクッキーの欠片のようにボロボロと地面へ落ちている。仮名さん…ドンマイ。勝敗がつかない遊びであればと仮名さんは四苦八苦しながら子供たちの指示に従いに亀並みの成長でちょっとずつ輪っかを伸ばしていく。魔力で作った花と言えど苛立ち故に力強く握られへにゃりと頭を垂れている。これが本物の生花なら今頃花弁は全て落ちているのではないだろうか。顔を顰めながらも少しは形になってきた花冠に皆が謎の歓声をあげる。声援を受けながら仮名さんも少しはやる気が出たらしく、先程のぎこちなさとは打って変わった手際の良さで不器用な花冠を必死に編む女性の奮闘ぶりに夢中で応援するあまり私たちはちっとも気づいていなかった。花畑を囲む輪の中に仕事熱心な検非違使が自然と混ざっていたことに。

「…」
「うわっ!!?」
「マスター。段蔵の後ろへ!!」
「げっ」

仮名さん、げっ、はヤバいです。ちょっと心の声が素直過ぎます。発言に気をつけないとこの検非違使躊躇なく抜刀するのでお願いですからどうか穏便に。穏便に!!
一触即発の重い空気が途端に私達を取り巻き始め、慌てて仮名さんの服を掴み喧嘩はダメだと目で訴えても、既に仮名さんは妖しげに笑っているし、渡辺綱は仮名さんの首を熱心に見つめている。これがハブとマングースか。金時帰ってきて…私と段蔵さんの力を持ってしてもこの血で血を洗う気満々の喧嘩は止められそうにないです。
刀に手を添えた渡辺綱に対し仮名さんは編みかけの花冠を握りしめ渡辺綱を睨みつけている。

「私達に何か御用ですか検非違使様」
「鬼の気配がしてきてみたらお前達だった。路の端で遊ぶな。行き交う人の迷惑になろう」

まさかの理にかなった注意をしてくるとは。

「…それは大変申し訳ありませんでした」

そして仮名さんも素直に謝るんかい。てっきり『お前の長い太刀の方が通行人の邪魔だ!』ぐらい吠えるのかと。いや、そもそも仮名さんは普通に優しい女性だからこんな野蛮人みたいなこと言わないか。
下手な喧嘩はしませんよと仮名さんは穏やかに衣を掴む私の手を解き笑って見せた。しかし素直に渡辺綱へ謝罪の言葉を述べはしたが当然ながらその顔は露骨に『不快』の2文字を貼りつけている。気持ちは痛いほどよく分かる。鬼の気配がしたからと連日影のように忍び寄っては剣先を突きつけられていたら文句の一つや二つ言いたくなる。
立ち上がり衣に付着した塵を払うと仮名さんは腰に手を当て渡辺綱の前に仁王立ちで向かい合う。鬼斬相手に怖くないのだろうか。鬼では無い私ですら視線が交わるだけでも足が震えるのですが。段蔵さんの背後からチラチラと天敵同士のやり取りを伺っていると一緒に遊んでいた子供達はいつの間にか仮名さんの袖を掴み私と同じように背後からチラチラと渡辺綱を伺っている。子供の目から見ても渡辺綱は恐ろしいのだろう。子供相手にも容赦なく睨みつける渡辺綱に子供達は悲鳴をあげ握っていた花を落としてしまう。足元で散った花弁と小さな悲鳴に重たい前髪の奥では細い眉を寄せている。

「なぜ怯える。疚しいことでもしていたのか?」
「貴方の顔が怖いから怯えているのですよ。とりあえず刀の柄から手を離しなさい。怪も鬼も出ていないのです。無作法ですよ」

厳しい口調の中に少しの呆れを滲ませながら仮名さんは渡辺綱を見上げ全くと小さくため息をつく。一方ご尤もな注意をされた渡辺綱は顔色一つ変えることなく未だ刀の柄に手をかけている。そのゾッとするような眼光は私にも段蔵さんにも向いておらず、彼の興味は一心に仮名さんの首に注がれている。いや、この人ほんと首しか頭にないのか!

「見回り中だ。有事があったらどうする。日が高いうちからお前のような鬼が外を出歩いている。俺が気を抜くわけにはいかないだろ」
「はいはい。堅物、堅物。だから童子達に怖がられるんですよ。ちょっとは笑ったらどうです?」

そんでもって仮名さんは警戒心薄っ!渡辺綱相手に背中見せて呑気に草花遊びなんて正気ですか!?
物騒な検非違使を軽くあしらい何事も無かったかのように花を編みながら「これで隙間に花を挿せばいいんですね!」と子供達に指示を仰ぎ隙間に花を挿している。肝座り過ぎでは?子供達の方が渡辺綱放置してもいいの?ってチラチラ顔色伺っているが、仮名さんは我関せずとばかりに優雅に花を編んでいる。…相変わらず花ボロボロ落ちてますが。

「…おい、俺の話を聞いていたのか」
「聞いています。だから通行人の邪魔にならない路の端の端で遊んでいます。貴方もたまには童心にかえって花の冠でも作ってみたらどうです?嗚呼、でも天下の鬼斬様がかような遊び心得てはいませんか。あらあら、これは大変失礼を」
「仮名さんんんっ!!?」
「仮名殿っ!?」
「…」
(綱様落ち着いて下さい!!幼子達の前です。どうか刀を、怒りをおさめてください!!)

ニコニコと効果音が聞こえてくるような笑顔と歪な花冠で仮名さんは渡辺綱を煽る煽る。一方煽られた渡辺綱はというと分かりやすく殺意を漏らし始め、子供特有の高く焦った声に堪らずメディア・リリィがストップに入る。メディア・リリィいたんだ。というかサーヴァントに諌められるマスターって一体。
ピリピリとした空間を作りあげた当の本人は呑気に鼻歌を歌いながら花を散らしている。花弁が全て散ったが最後、一同の首が飛ぶのではないか。緊迫した状況に一人では耐えきれず、私は無我夢中に段蔵さんへベッタリとしがみつき嵐が通り過ぎる刻を今か今かと待っていた。
はやく渡辺綱帰ってくれ!
そう心の中で強く祈るも渡辺綱はそう簡単には去ってくれない。それどころか深いため息を吐いて刀を鞘ごと腰から引き抜くと仮名さんから1人分距離を話した花の上で胡座をかき花に手を伸ばした。

「...花冠くらい俺にも編める」
「綱様!?」

うっそ。渡辺綱様が花冠を編んでいるだとっ!?しかも何気に手際いい。これなら段蔵さんと張り合えるのではないか。いつの間にか警戒心を解いた段蔵さんが食い気味に渡辺綱の手元を見つめている。心做しか目を大きく見開いておりなんだか猫みたいだ。
不必要に花を摘まず、最低限の本数で編み上げていく花冠は段蔵さんや私のものと比べると華やかさは無いが無骨な彼をよく表現した冠である。

「容易いな」
「すげぇー!!!」
「綱様器用〜」
「綱様、流石です!」

まぁこんなもんだろと出来上がった手本のような花冠に子供達は目を輝かせメディア・リリィは霊体化を解除しこれでもかというくらいべた褒めしている。仮名さんにしがみついていた子供達も気づけば渡辺綱にくっついていた。これは喧嘩を売った仮名さんの心は穏やかではないだろうなぁ。渡辺綱が花冠を編み出してから一言も発していない仮名さんへ恐る恐る視線を向けると彼女は眉間に皺を寄せ口元を押えていた。えっ、これ口元を抑えるほど怒っていらっしゃる!?一触即発の危機!?慌てて段蔵さんの背中から身を乗り出し荒れた心を鎮めようと画策する直前、私は見てしまった。眉間に皺を寄せ一見怒っているように見せた表情の裏で、必死に笑いを堪えている姿を。

「見ろ。お前よりも上手く編めた」
「そうですね。流石検非違使様だぁー」
「棒読みっ!!」

検非違使関係なくない!?と突っ込んでる場合ではない。見るからに自慢げな顔で編んだ花冠を見せつける渡辺綱に仮名さんは唇を震わせながら適当に相槌を打っている。信じられるだろうか、つい数日前の夜更けにこの2人は互いの首を狙って斬りあっていたのだ。それが花を挟めばこんなに和やかな空気になるなんて。もう一生刀じゃなくて花を握っていて欲しい。
渡辺綱を雑に扱う仮名さんの態度にメディア・リリィは表情筋が凝り固まった主に代わってプンスカと杖を振りもっと感情がこめて褒めなさいと怒っている。しかし仮名さんは態度を改めることなく、はいはいとメディア・リリィすらも適当にあしらうと渡辺綱が編んだ花冠を手に取り、結び目や編み込み具合い、花の色使いなどを自身のものと比較し、鼻から抜けるような笑い声を零しストンっと肩から力を抜いた。

「見かけによらず手先が器用なのですね。渡辺綱様は」

刺もなく挑発じみた声音とは全く違う、金時や私たちに向ける時と同じとても優しい声音だった。完全に敵意や負の感情が取り除かれた純粋な褒め言葉にメディア・リリィがそうでしょうとも!と自分の事のように胸を張って鼻を鳴らす中、渡辺綱は切れ長の眼を大きく見開きじっと仮名を見つめている。どうしたんだろうか。見るからに動揺している渡辺綱に私と段蔵さんは顔を見合わせる。あの頼光四天王の筆頭が動揺しているなんて。一瞬仮名さんが何か陰陽道の凄い術でも使ったのかと思った。しかし仮名さんは自身が作った花冠と渡辺綱が作った花冠を見比べているだけで特に怪しい動きもなければ印を結ぶ動作もない。そういえば仮名さん、さっき渡辺綱を見て口を隠して笑っていた。これも触れられたくない素性のどこかに絡み合っているのだろうか。

「仕事に戻る。それは好きにしろ」

そういい残して渡辺綱は白い外套を翻し足早に去っていった。興醒めというやつなのか。メディア・リリィも去っていき、私達はそっと自分の首に手を添え生存確認を行った。生きてる。今日もまた命拾いしたわ。
渡辺綱が去った後も仮名さんは呑気に花を触っており、自身が編んだ中途半端な花冠を魔力に還し、残る完璧な花冠を少女の頭に上に乗せてあげていた。一難去って一安心と言いたいところだが、一体なんだったんだ今の2人のやり取りは。聞きたいことは沢山あるが本人は詮索されたくないらしいし、とりあえず嵐は去った。

「…虚しいなぁ」

五体満足で生き延びたことを今は素直に喜ぼう。