報告書を事務室へ提出した帰りのこと。やけに騒がしいなぁと応接室の扉を開いたなまえは目前の怪しげな光景に言葉を失った。

「よーし。ま、こんなもんかな!」

カートに箱を固定する白髪目隠し不審者

「…」

を白けた目で見つめる七海さん。

「はい、OPP!んー…ダメだな。いまいちキレが悪い…はい、OPP!!!」

旬が過ぎた芸人ネタを部屋の隅で全力で取り組む友人は無駄にキレがある動きで一昨日潰したGを連想させる。なにこれ、どういう状況?

「おはようござ…失礼しました」
「待って!みょうじ待って!!怪しくないから!!そんなゴミを見るような目で見ないで!!!」

十分怪しい上に関わったら面倒臭いことに巻き込まれそうな予感しかしない。絡まれる前に危機回避。開けた扉をピシャリと閉め颯爽と歩き去っていく私を虎杖くんは「誤解だから戻ってきて!!」と叫んだ。校舎から離れた部屋とはいえ一応死んでることになってるんだから叫ばない方がいいのでは?そもそも地下生活だった虎杖くんがどうして地上に?五条先生も七海さんも集まってるってことは、

「今日も任務?」
「ちっちっち。みょうじ、今日は何の日か知らないのか?」
「何の日って…今日は京都の姉妹校と交流会だけど。虎杖くん表向きでは死んでることになってるから出れないんじゃ」
「ふっふーん。じ、つ、は、俺も交流会に参加しまーっす!頑張ろうぜみょうじ!!」

そうなんですか?と七海さんに聞くと「そうだよ!」と食い気味に五条先生が言葉を返した。あ、七海さん我関せずって顔で新聞読んでる。眉間のシワも深いしそっとしておいてあげよう。
姉妹校交流会を狙って虎杖くんを復帰させるなんてとんでもない作戦だ。前に五条先生がボソッと呟いていた呪術界上層部への嫌がらせの1つなんだろうか。だとしたらなかなかセンスの良い嫌がらせだ。虎杖くんが蘇生した日から姉妹交流会までの約2ヶ月の間、呪術師としての基礎を徹底的に五条先生から叩き込まれハードな任務をこなしてきたのも全ては表立った復活を果たすための計画だったらしい。なぜそのハードな任務にちょいちょい私も巻き込まれたのかは説明して欲しいところだが五条先生が律儀に説明をするような大人でもないので考えても無駄だ。無駄。とはいえ京都校の人達はともかく東京校の人には事前に知らせた方が良かったのではないかと私は思うのだが、なんかろくでもない企みがありそうだし考えなかった事にしよう。

「状況はなんとなく理解しました。ところで…それなんですか?」
「何って、箱だよ?」
「いや、箱なのは分かりますよ。何に使うのかって聞いているんです」
「えー!?何に使うって、箱とカート見たらサプライズに決まってんじゃん。なまえも本ばっか読んでないでもうちっと友達増やした方がいいよ?」
「両手どころか片手すら指もて余してそうな人に言われたくないんですけど」

普通に登場したら芸がない。だからサプライズで登場しよう!って。死んだ人間が生きているだけでも十分サプライズだと思うのだが。あと古いネタ引っさげて箱から登場は寒くなるだけだからやめた方がいいと思う。五条先生の計画では箱から虎杖くんが飛び出した途端東京校組は嬉しさのあまり泣き笑い嗚咽し、全人類が嘔吐の末地球温暖化が解決する!らしい。想像力が現実を超越した大人って行動を起こす前に檻に入れるべきでは?
仕掛け人達が無駄に張り切って入念にイメトレを始める中、なまえはふと悠仁が復活するにあたって生じざるを得ない問題について手を挙げた。

「あのー」
「はい、なまえさん!」
「姉妹校交流会って人数調整して行われるって先輩方から聞いたんですが、虎杖くんがメンバー入りするなら私は救護係に回ってもいいですよね」

身体能力に優れた虎杖くんと回復が取り柄の私。参加人数が固定されているなら私が虎杖君と交代した方が断然勝率が上がる。交流会といえど学長も東京校の株を上げたいだろうし、呪霊ならともかく生身の人間相手に手を出すのは気が引けるというか、罪悪感が。『何言ってんの?なまえも参加するんだよ』と断られる事を覚悟で救護係に回して欲しいと頼む。すると意外にも五条先生は「いいよ。その代わりなまえには別の仕事を頼もうかな」とあっさりとした態度で承諾した。あ、これ何か選択を間違えたやつだ。絶対何か裏がある。だって口角吊り上がってるもん。
時間なのでそろそろ。手を振って応接室から退室する私に七海さんからは「安全第一で」と言葉を貰い「じゃ、悠仁のことは他言無用で頼んだよ」と五条先生からも背中を叩かれた。安全って、私参加しないんだけどなぁ。
また後でな!と虎杖君に見送られ集合場所へと向かう。後で、か。皆虎杖くんが生きてるって知ったらどんな反応するんだろう。友達との再会に泣いたりするんだろうか、そんなことを考えながらパタパタと校舎を走り集合場所へ時間ギリギリにたどり着いたなまえは真っ先に目に付いた野ばらの荷物にえ、どういうこと?と目を丸くした。

「なんでキャリーケース持参?」
「触れてやるなよ。今の野薔薇は気が立ってるからな」
「しゃけしゃけ」

先輩の話によると“京都の姉妹校と交流会”を“京都で姉妹校と交流会”と間違え当日になってやっと勘違いに気づいたらしい。どおりで最近野薔薇ちゃんから京都で有名なお店のURLが頻繁に送られてくるわけだ。小脇に抱えられた京都向けの観光雑誌が野薔薇ちゃんの夢と共に儚く地面に落ちた。前回は野薔薇ちゃんの勘違い通り京都校で姉妹校交流会を行っていたそうだが、海外に出張中の乙骨先輩という人が去年の交流戦で無双した結果今回は東京校での開催になったという。また乙骨先輩か。未だ名前のみの登場でありながらキャラたちすぎだろ。『許さんぞ乙骨憂太!!』と野薔薇ちゃんの恨みが籠った嘆きが森中に響き渡る。完全にやつあたりだ。朝から野薔薇ちゃんの苛立ちが高まっており、周囲の空気感も普段と比べ少し重いような気がする。もともとアットホームな集団ではないが、流石にこの状況で五条先生with虎杖くんの登場はまずいんじゃないだろうか。どのみち野薔薇ちゃんのこの苛立ちようだ。どのタイミングで登場しても地球温暖化は解消されそうにないなぁと真ん中指の逆剥けを親指の爪で弄っていると、「来たぞ」と真希先輩の言葉通り近寄り難い雰囲気を放ちながら京都校御一行は姿を現した。

「あら、お出迎え?気色悪ぃ」

気に触る第一声と気の強そうな切れ長の黒目。野薔薇ちゃんから放たれるざらついた殺気からあの人が噂の真希先輩の双子の妹さんだと察した。初対面相手にあそこまで傲慢な態度を取れる人ってなかなかいないでしょ。肝が据わってるなぁ。絡まれたら面倒くさいし隠れ蓑としてパンダ先輩の後ろに隠れておいた方が良さそうだ。
京都観光を突如絶たれ、その腹いせに対面早々お土産を寄越せと噛み付いていく野薔薇ちゃんに京都校が若干ざわついてる。頭に彼岸花乗っけた番長に縁側に座り雅な和歌を読んでそうな人、魔女宅序盤ででてきた先輩魔女みたいな人もいるし、前髪変な人と…あれは絡繰人形、いや、ペッパー君か?どちらにせよ京都校は光る個性がないと入学できないのか。主張が激しい個性の集団相手に既にパンダ先輩の異質さが霞み、東京校の個性はパンダ先輩が大半を補っていると言っても過言ではない謎の状況が構築されつつある。さすが呪術関係者。個性を個性で殴りに来てるな。
まだゴングも鳴ってないうちから突如として始まった売り言葉に買い言葉。顔見知り同士が静かにいがみ合い教師陣が来る前に一波乱ありそうな空気感がいつも以上に喉を締めた。姉妹校といえど2校の溝はかなり深そうだ。特に真希先輩の妹さんと野薔薇ちゃんの間は渓谷並に深い溝が見える。下手に首を突っ込んだが最後、集中砲火を食らって再起不能になりそう。可能な限り離れておいた方が賢いな。そうしてこっそりとパンダ先輩の後ろへ不穏な空気から距離を取るように1歩体を動かしたその時だ。

「あら、見ない顔ね。1年かしら?」

ヒール特有の嫌な音になまえは無意識のうちに相手の死角に入った片手でパンダを握りしめた。心の古傷が傷んだのだろう。不躾に顔を覗き込んでくる真依になまえは隠すことなく歪めた表情を晒す。宜しくする気など無いくせにどうして火の粉を飛ばしに来たのだろう。「どうも」と表面的な挨拶に『構わないでくれ』の意味を潜ませる。しかし真依は煽る玩具を見つけたとばかりに胡散臭い笑顔を浮かべ徐になまえのスカートを摘み上げた。
え、何、セクハラ?下履いてなかったらどう場を回収するつもりだったんだこの人?
パンダ先輩この人どうします?処してもいいですか?と指を指し不快だと訴えるなまえに対し、真依はふっと鼻で笑うと摘んだ裾を離し目を細める。

「短いスカート。デザインは悪くないけど、その大根足じゃ映えないわね」

…はぁ。苛ついても意味が無い。心の七海さんに耳を澄ませろ私。大人オブ大人の七海さんならこの程度の煽り言葉スマート且つ正論を用いて反撃するはず。こういう時七海さんなら…

「自慢できるスタイルじゃないのは自覚してますけど別にモデル目指してるわけじゃないんで。貴女も呪術師目指しているんですよね?なら、他人の格好や容姿ではなく術式に目を配るべきかと」

小指、必要ですか?良ければ切除してあげますけど。
事前に野薔薇ちゃんから仕入れておいた情報を元に羨ましいほど細長く手入れが行き届いた小指をじーっと見つめる。似た武器を扱うもの同士、言葉の裏に隠した意味を察せないわけではあるまい。歪む顔見たさにちょっかい出したつもりが見事に返り討ちをくらい悔しいのだろう。忌々しいと舌を打ち額には青筋が立っている。

「生意気ね」
「お互い様かと」

そんなにこの制服が気に入ったなら今すぐペアルックにしてやろうか。
野薔薇に応援され、パンダには止められ、それでもなまえは周りの静止など気にせず背中に携えた呪具に手を伸ばし、真依も負けじと懐に手を差し込み鉄の塊をチラつかせる。撃ったらヤる。撃ったらヤる。フーっと長く息を吐き指の関節を鳴らす。制服越しに人体の急所を視線でピン留めし、どこから穴を開けてやろうかなと優雅に品定めしていると石段から聞こえてきた張り詰めた空気を宥める女性の呆れた声になまえは目を逸らし、真依は踵を返して陣営に戻った。
誰彼構わず当たり散らして、まるで大きな子供だ。『ナイスファイトなまえ』『野薔薇ちゃんも』と手を叩き互いの健闘を褒め称える。それを『低レベルな争いやめろ』と真希先輩に注意を受けるワンセットの流れを終えると石段を上がってきた黒を纏わない巫女さんが東京組を見渡し馬鹿はどこかと尋ねた。そういえば五条先生まだ来てないな。どんだけサプライズに時間と手間を費やしているんだあの人達。馬鹿は時間通り来るわけがないと真希先輩が断言し、その言葉通り、行事開催日であれど責めるほどでもない微妙な遅刻をかまして五条先生は例のカートを引いて現れた。海外出張ネタを引き合いに呪われてそうな人形をお土産と称して京都校に配り歩き、東京校のお土産はこちらとハイテンションな大人に連れられ満を持して登場した元故人は磨き上げた渾身のネタで見事に滑っていた。五条先生が呼びかけるも京都校の関心は呪いの土産に向けられ、想像以上に冷えきった東京校の空気感に虎杖くんは箱から足を抜くタイミングを完全に見失っていた。眺めているこっちまで泣きそうになる気まずい状況に潤んだ瞳が助けを求めてくる。

(みょうじ〜)
(ごめん無理)

野薔薇ちゃんにしばかれたくない。初対面設定を貫き通すなまえは自身の身の安全を優先し悠仁の証言を全て否定し続けた。しかし真希と野薔薇の尋問を受けうっかり口を滑らせてしまい「ぜんぶ五条先生の計画です」と全責任を五条に押しつけ騙していたことを潔く謝ると東京陣営の控え室に向かって悠仁ごとカートを押した。

さぁ、虎杖くんも無事合流したところで、一致団結して交流戦に望むぞ!と気合を入れるべき場面のはずが…東京陣営は未だ足並みが揃う気配もなく、満を持して登場した助っ人は遺影の黒縁を顔にはめ正座させられていた。あれほど『みんなに会うの楽しみだー!』とはしゃいでいた本人も今じゃ飼い主を怒らせてしまった犬のように友人の顔色を伺っている。可哀想なくらいに背を曲げしょぼんと虎杖くんが俯いていても野薔薇ちゃんからは許す気配は感じないし伏黒くんも気まずそうに目を逸らしてる。

「虎杖くん本当に2人と友達だったの?」
「え!?と、友達に決まってんじゃん!!」

言葉の詰まり方と抑揚がはったりかます人の典型的なそれなんだよなぁ。本当に休日遊びに行く仲だったのか疑わざるを得ない態度の食い違いになまえはまぁいいや肩を竦めた。痺れた足を解しながらモゾモゾと姿勢を整える。事情は全て話した。五条先生から虎杖くん関係の一切を口封じされ知り合いであることも伏せておくよう頼まれていたと。しかしやはり仲間に嘘をついていた事は許せんと多数決による審議の結果、私も虎杖くんと共に硬い床の上で正座を強いられていた。虎杖くん同様に遺影の枠を持って正座させられなかっただけまだマシだが、床の継ぎ目が皮膚に食い込むため木床の正座はほぼ拷問で両足の感覚は既に死んでいる。
いつまでこの地獄は続くのかと床の目を数えて痛みから意識を飛ばしていた。すると作戦会議の時間が惜しいからとパンダ先輩と狗巻先輩のおかげで我々の処遇については一旦保留事項で処理されることになった。しかも交流戦の活躍度合いによっては無罪放免にしてやってもいいらしい。よし、頑張れ虎杖くん。私の分も頼んだ。

「ってことは悠仁が参加する代わりになまえは救護係に回るってことか?」
「そうですね。救護係といっても五条先生が別の仕事があるから任せたいと言ってたのでどうなるかわかりませんが。とりあえず交流戦は雑用に徹します。自分で言うのもなんですが私よりも虎杖くんの方が動けるので戦力的には申し分ないかと」

運動神経は間違いなく虎杖くんの方が勝っているし、最近は呪霊ばかり相手していたものだから手加減の度合いが分からなくなっている。もし殺してしまったらシャレにならない。それにこのメンバーの中では比較的手数が多いが打撃にかける私とは違い虎杖くんの戦闘スタイルはシンプルに殴る蹴るに特化した王道。使い勝手は良さそうに見える。が、『そういうの間に合ってるから』と意外にも先輩達からは不評。しかし伏黒君の後押しもあり無事虎杖くんのポジション決めも終わると交流戦へ向かう仲間を見送り、私は私の仕事を果たすために教師陣に囲まれ仲の悪い大人のやり取りを苦笑いで見守った。既に五条先生からはメール越しに仕事内容は伝えられている。京都校の学長が人殺しを企てるなんて信じられないが、虎杖くんを殺したがっている上層部がいるんだから学長が殺したがっていても何もおかしくは無いのか。呪術師ってホントにイカれてる。
締りのない大人たちの合図と共にとうとう交流戦が始まった。今にも棺桶まっしぐらな老人が生徒を利用して虎杖くんの殺害計画を考えるなんてとても想像できないが、今はただ任務開始の合図が下されるのを待つしかないだろう。見慣れない顔ぶれに囲まれ時に不穏な空気が漂うもなまえは真横に座る老人の一挙一動に目を光らせながらもモニター越しに東京校を応援した。そして待ち侘びた五条からの合図に「庵先生、私が行きます。こいうのって救護係の役目ですし」と自然な理由で席を立ち眠ってしまった三輪の救助に向かおうとしたその時だった。

「これは…」

これも京都校の学長の謀の1つなんだろうか。突然赤く発火した全ての呪符に場は騒然と凍りつき各々が席を立ち始める。これはもう任務どころじゃないな。五条に名を呼ばれなまえは分かっていますと首を縦に振ると教師陣に置いてかれぬよう帳に向かって走った。


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