スマホの使い方を教えてください。
スマホが入っていた箱と取扱説明書等を詰め込んだプラスチック袋を握りなまえは意を決して野薔薇に話しかけた。その日は悠仁が七海と任務でなまえにスマホ講座を開いてくれそうな人は限られていた。誰でもいいから出会った人に教えてもらおう。休日の装いで共有スペースに覗き込むとちょうどスマホを当たっていた野薔薇になまえは同性ならばと震える手を握りしめ「あの!」と声をかけた。授業外でのなまえは死んだ蝉のように大人しかった。だからだろう。意外な人物から声をかけられた野薔薇は少し驚いたような表情でポロポロと口からはみ出たポテチを零していた。しかし落ちたポテチを拾った彼女は特に表情を歪めることなく、「まぁ座りなさい」と一人分のスペースを空け程よく肉がついたしなやかな足を優雅に組みなおした。

「連絡事項はこのアプリね。友達登録した人とチャットしたり電話したりできるの。今はこの『七海』って人と家入先生、うっわアンタ五条先生も登録してんのね」
「この『友だち』って勝手に登録されるの?」
「んー、まあ一般的にはQRかフリフリで登録ね。電話帳登録でも可能よ」
「フリフリって?」
「スマホを振って登録すんのよ」

スマホを振って登録か。なんでスマホを振ったら登録できるのかと生まれた疑問をそのまま口にすると釘崎さんは「そーいう細かいことは携帯ショップの店員に聞きなさいよ。私が知ってるわけないでしょ。ググれ、それか伏黒に聞け」と若干苛立った口調で言葉を返してきた。けれど、苛立っている様子ではあるもののスマホ初心者を見捨てる様子はなく、むしろ実際に試したら分かると一緒にスマホを振ってくれた。面倒見がいい人だ。そういうとこ、なんかちょっと虎杖くんに似てる。ピロンっと可愛い音が鳴ると画面に『釘崎野薔薇』の文字とお洒落な画像が表示された。それから私の代わりに釘崎さんが何度か画面をタップすると『友達追加されました』と私の友達の人数が1人増えていた。これが友だち登録か。このチャット画面を開いて、下の箱みたいなところで文字を打つと打った文字が相手に届くそうだ。電話ボタンを押せば電話が繋がって、このニッコリマークを押せばスタンプが送れるらしい。スタンプをいつどんな場面で押せばいいか分からないが、なんとなくスマホを用いた連絡手段がわかってきた気がする…かも。
『試しに共有スペース通りがかった奴引っ捕まえて友達登録してみなさい』と蛮族みのある課題を出され、人が通り掛かるのを待っている間2人でおやつを摘んでいると釘崎さんは突然スマホから顔を上げ手持ち無沙汰な私に会話を振った。

「てかあんたスマホ持ってなかったのね。てっきり私らと連絡取りたくないのかと思ってたわ」

連絡事項は全部黒板で書いていたでしょ?と過去の事例を例に挙げこれまでの根暗で距離感のある態度を指摘する釘崎さんに私は言葉を詰まらせた。連絡を取りたくないとは思っていなかったし、そんなこと思ったこともなかった。ただ、ふとした瞬間に始まるお通夜ムードと悔しさと悲しさが入り交じった顔に連絡事項とはいえなんか話しかけにくくて。そもそも私人間関係の構築が下手くそだし、構築するどころか前の高校では構築する気すらなかった人間だから虎杖君不在でどう周りと付き合ったらいいか正直よくわからなかった。
口下手で、人見知りだからと頬をかくなまえに野薔薇は肩を竦める。

「別に責めてるわけじゃないわよ。こっちもこっちで立て込んでたし、話しかけにくかったんでしょ」
「釘崎さん…」
「野薔薇でいいわよ。同期でしょ」

だからちょっとはアンタも自分から歩みよる努力をしなさいよと野薔薇にハッパをかけられなまえは困ったような、嬉しそうな顔で暗いスマホの画面を指で撫でた。
前に虎杖くんが言ってた言葉が今になって胸の奥で鳴り響いてる。『いい奴らなんだ』確かに君の言う通りだった。ちょっと口も態度も悪いけど、伏黒君も野薔薇ちゃんもいい人だ。

「なまえが高専に来る前、もう一人同期がいたって話誰かから聞いた?」
「え、あー…五条先生からちょっとだけ」

初めて口にしたような体を装って『虎杖悠仁』とフルネームで名を口にする。当たり障りないよう『両面宿儺の器』と一般呪術師の視点から虎杖悠仁を語ると野薔薇ちゃんは一瞬何か言いたげな顔をして、それから唇を噛み締め湿った感情を逃がすように天井を見つめていた。一拍置いた後、彼女は虎杖くんを『馬鹿だけど良い奴だった』と言った。野薔薇ちゃん達と虎杖君はたった数週間の仲だったと五条先生から聞いていた。他人の感情を動かすなんて、相当密度の濃い数週間だったのだろう。野薔薇ちゃんの声、少しだけ震えている。

「あーあ、なまえがもう少し早く高専に来てたらあの馬鹿に会えたのにね。馬鹿で命知らずで変にノリがいいイモ男だったけど…あいつ以上の善人はこの世にいなかったと思うわ」

それは同感。虎杖くん以上の善人はこの世にいないと断言できる。だから私も彼には死んで欲しくないと切に願っている。たとえ重い事情を抱えていたとしても。「私も会ってみたかったなぁ〜」と適当な感想を述べた私に野薔薇ちゃんはソファにもたれかかった体を起こしながら「まっ、死んだもんは仕方ないし上手く割り切るわ。そんなことより、アンタも虎杖のように くたばったら承知しないから」と謎の飛び火をくらった。虎杖くんの1件がトラウマになっているとはいえ私は虎杖くんみたいに強くないからくたばるなと言われても。できるだけの努力はしてみますけど。
同期の子からこれほどまでの激重感情を向けられるなんて、虎杖くん皆に大切に思われて良かったねとクラッカーを鳴らして祝福したいところだが、この流れで『実は生きてましたー!』と後日ネタばらしすることを考えると彼の身が心配になってきた。呑気に地下室で自炊してる場合じゃないぞ虎杖くん。最悪生き返った瞬間野薔薇ちゃんにトドメを刺されて今度こそあの世行きってパターンも…ファイト、虎杖くん。

座り心地の良いソファにもたれ、温かい茶をすすりお菓子を摘む。今日は誰も共有スペースを通らないなぁと足音が聞こえない通路を眺めていると不意に野薔薇ちゃんから衣服を摘まれた。

「話は変わるけど、なんでアンタ体操着姿なの?自主練でもしてたわけ??」
「ん?あーこれ私服なの。変かな?」

小さい頃は頻繁に服を破って帰ってきたし、中学校に上がってからは制服を手に入れたため私服と呼べる服は3着程しか持たなかった。高校に上がると身長もある程度伸びて持っていた私服は全部ツンツルテンになってしまった。祖母も身なりに気を使わない人だったし、私自身切れたら何でも良かったから気づけば私服は体操着か制服の二択になっていた。休日遊びに出かける友達もいなかったし。制服で歩き回ったら必然的に学割が効き、その上学生証の提示も求められることが少なかったからとても楽だった。
高専は体操着の支給がないから着回しが大変だとなまえは一切の自虐を含めず事実だけを口にしていた。しかし話を聞いた野薔薇は信じられないと言わんばかりに目を丸くし空いた口を押さえていた。

「…今度可愛い私服買いに行くわよ」
「え、いや私服は別にいらな「いいから行くわよ!!真希さんも連れて!!!」あ、はい。行きます」

えぇ…なんで野薔薇ちゃんキレてるの。彼女の情緒が全然読めない。というか目が怖い。座り方もなんかヤンキーみ増してきてるし、え、野薔薇ちゃん本当に私と同期なんだよね?裏社会の者じゃないよね。

「つーか、その眼鏡も何?目悪いの??」
「……だ、伊達です」
「テープ巻いて補強するほどかける必要性あんの?」
「な、ないです…」
「じゃあ取りなさいよ。ついでにその昭和のおさげスタイルも変えなさいよ。根暗は伏黒で事足りてるんだからなまえはもっと鏡見て自分の素材を生かした方が…」

気に入ってたんだけどなぁと未練を残しながら眼鏡を取った途端、野薔薇ちゃんの顔が歪んだ。え、何その顔。そんなに私素材で勝負できない顔してる?ちょっと高く見積っても顔は中の上くらいだと思ってたんだけど…自意識過剰過ぎ?え、何か言ってよ。なんで目を逸らすの!?なんで無言で解いた三つ編みを編み直すの?あ、でも…ほーん。なるほど、流行りの三つ編みってちょっと緩く編むのがオシャレなのか。覚えとこう。

「…まぁ、眼鏡は許すわ。でも今度服と一緒に新しいヤツ買い直しに行くわよ」
「あ、ありがたき幸せ…」
「テープで補強とかマジありえないから。呪術師はいつ死ぬかわかんないんだし、金はある程度使ってなんぼってもんでしょ」

ってことで今週の土曜日死ぬ気で空けときなさいよ!と強引に約束をもちかけてきた野薔薇ちゃんに私は否応がなくスマホの手帳に予定を書き込む。何か食べてみたいものはあるかと聞かれ、そういえばこの前虎杖くんが言ってた『タピオカ』なるものを思い出し思い切って提案した。すると野薔薇ちゃんは『タピオカ!!???』と親の仇を前にしたような殺意丸出しの顔で『私パンケーキの気分なのよねー。そういうわけだからここに行くわよ』と美味しそうなパンケーキタワーの画像をチャットに送ってきた。既に作るメニューは決めているくせに無意味に夕飯のリクエストを聞いてくる母親同類の理不尽さ。でもなんだかんだいいつつも野薔薇ちゃんは面倒見がいい人なので、

「真希さんもっとこっち寄ってください!なまえ目線ここね。おい野郎共!!目線こっちによこせや!!」
「なんでアイツいちいちキレてんだよ」
「しゃけ」

よく分からない坂で買ったタピオカを片手に私たちはたくさん写真を撮りましたとさ。まる。


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