なぜこうも騒動が尽きない学校なんだろう。謎の侵入者に五条先生だけが弾かれる帳。極めつけは呪詛師の登場とはもはやなんかの催し物に思えてくる。ここまでオールスターが集うと次何が来ても驚かない。

「ほら1年、モタモタしないっ!!」
「これでもっ!全速力で!走ってるんですけど!!!!」

足場の悪い道を滑るように駆け下り息も絶え絶え走りながら1m先を浮遊する箒の影に置いてかれぬよう必死になって走っていた。『後で合流するからなまえは歌姫達と先行ってて』と五条が帳の外で足止めをくらい、帷の中で遭遇した裸エプロン男には楽巌寺が、そしてサイドテールの非力男には庵が足止めされ1人ずつ減っていくメンバーになまえはひしひしと立ち上がりつつある死亡フラグに脅えていた。強者が順に減って言ってるのは気のせいだと信じたい。
何度も言うけど私弱いんだって。お願いです神様、どうか私の目の前に呪詛師を召喚しないでくれと神頼みしながら走っていると上空から『おい!』とガラの悪い声が私の意識を引き付けた。呪詛師!?と一瞬思考が止まり無意識のうちに構えた拳銃を向けかけた。しかし見覚えのある出で立ちにハッと我に返ると魔女っ子呪術師の誘導に従い道無き道を走った。救護しに来たと伝えると魔女っ子呪術師もとい西宮さんは丁度良かったと箒の飛行軌道を変え患者がいる場所へと先導した。帳の内で何が起こっているのか尋ねると西宮さんは無知な私へ舌を打って、現在進行形で特級相当の呪霊が暴れていると話した。

「そ、その特級って、つぎはぎの、やつですかぁ!?」
「私は見てないから知らない。でも加茂くんが言うには木の呪霊だったって」

違うか。じゃあ別件だ。にしても先月特級と出会したばかりだというのにまた特級が現れたとか、そんなゴキブリみたいにホイホイ出てくるものなのか。遭遇率高すぎて逆に4級相当の呪霊がレアに思えてくる。特級の出現により既に狗巻先輩と雅な先輩は重傷を負い帳の外で家入先生の治療にかかっているらしい。ちなみになんで男子生徒2人分を運べる箒であるにもかかわらず私を陸上競技のように走らせているかと言うと交流戦前のやり取りがクソ生意気でイラついてるからだと。…京都校の人は他人に優しくできない縛りでも結んでいるのだろうか。それか入校条件は意地の悪さとか。言葉も態度もいちいち鼻につく人ばかりだ。
滑りやすい凸凹道に真っ直ぐ走らせてはくれない無造作に植えられた森林の中を犬のように走る。わざと走りにくい道を選んでいるのかと勘ぐってしまうほど何度も足場の悪い地面に足を滑らせ、その度に前転で膝皿を擦りむきながら地面を蹴り続けた。反転術式がなかったら膝皿削れていたなと茶色と赤で汚れた足に顔を顰めながらなまえは西宮の指示通り先のない崖を飛んだ。何処までも箒に乗せる気がなかった西宮にガンを飛ばし、数秒の浮遊感の後襲いかかる木々の枝に向かいゴムのように体を捻って鉈を振り回した。

「パンダ先輩っ!!!」

見えた。着ぐるみのシルエット。
止まらぬ勢いになまえはトン、トンと走高跳の助走の如く地面を高く跳ね、パンダのちょうど目の前で大胆に靴裏をすり減らし強引な着地でパンダ達と合流を果たした。

「おっ、なまえいい所に来たな!」
「西宮さんから事情を聞いて走ってきました。怪我人は2人だけですか?」
「今んとこはな」

あと2人増えるかもしれないとパンダからの報告になまえは暫し思考に時間を費やし、それならまぁ大丈夫だろと肩を竦め腕を捲った。なまえは怪我人二人を地面に転がし意識の有無を確かめた。名前を呼ぶと真希からは返事が直ぐに帰ってきたが伏黒は片腕をあげるだけで返事はない。
失礼しますと言葉をかけて赤黒く染った制服を捲りあげる。そして伏黒の腹に生えた植物になまえは目を丸くし、現状の緊急具合に優先順位を付ける。
どちらも負傷具合は同じだ。真希先輩は意識がある分だけ処置に緊急性は無い。反転術式をかけるだけで特別手を加える必要はなさそうに見える。問題は伏黒君だ。

「どうだなまえ。治せそうか?」
「分かりません。敵の術式でしょうか、植物もどきに寄生されてるみたいです」

一件真希先輩と同じ負傷歩合かと思いきや腹から生えた趣味の悪い植物擬きが死の1歩手前まで追い詰めている。さて、どうしようか。怪我人が二人控えているならここで呪力を無駄に消費したくない。とりあえず真希先輩に反転術式を掛けて細かいことは家入先生に任せるでいいだろう。伏黒君は反転術式をかけて傷の治り具合を見ながら寄生植物を引っこ抜くか。にしてもこの根っこかなり育っているな。どこまで臓器に喰いこんでいるんだろう。

「じゃあ解たっ…治療していきますね」
「おい待てなまえ。今聞き捨てならねぇ言い間違いしなかったか?一応確認するがお前本当に私らの味方なんだよな!?たまに物騒な発言するからドキッとするわ」
「すみません、呪霊を相手にすることが多いものでつい癖で」

だいたい医務室に運ばれてくる人型は事切れてるからなぁ。そのせいもあって救護しに来たはずなのにメスや麻酔薬一式を携帯し忘れたことは黙っておこう。患者に逃げられるのはまずい。
真希先輩は暫く安静にしていてくださいと伝え反転術式を施す。傷の治りに滞りはない。むしろ早すぎる回復力だ。身体能力の高さが関係しているのだろうか?このまま放置してもこの分なら今日中に完治するだろう。

「なんか憂太みたいだな。めちゃくちゃ治りが早ぇ」
「そうなのか?」
「そうなんですか?」

もう足動かせるぜと立ち上がろうとする真希先輩に絶対安静だと再度伝え、次いでにと、呪力量を案じ遠慮するパンダ先輩に反転術式をかけた。よし、まずは怪我人一人の処置完了。さて、ここからが正念場だ。ほとんど虫の息に近い重傷者を治療するのは自分の体を除いたらこれが初めてでかなり緊張する。反転術式は便利ではあるが万能ではない。つまり何が言いたいかと言うと、手をつける順番ひとつでも間違えたら心臓止まるな、これ。

「伏黒君起きてますか」
「……かろうじて」
「そっか。今から治療始めるけど、麻酔薬無いからとりあえずこれ噛んで耐えて」

昨日洗濯しておいて良かったとなまえは自身の制服の上着を脱ぐと薄く空いた口へ制服の袖を噛ませ心の傷をおわないよう余った布で目元を隠した。普段はここまでの配慮はしないのだが、麻酔薬を所持していない上に鉈をメス替わりに使用してるところを見られでもしたらショック死する可能性もゼロではない。患者は呪術師。一般人と比べ身も心も鋼同然に鍛えられてはいるものの万が一が起こっては困る。

「痛かったら左手上げてください。気持ち程度に受け取っておきますから」
「いや、止めねぇのかよ!」
「容赦ねぇなあ」
「痛みを耐えないことにはいつまで経っても終わりませんから」

治療はいつでも時間勝負。迷いが生じたその瞬間助かる命は死に向かって掌からこぼれ落ちていくのだ。
この敗れ具合は買い換えるしかないだろうなと判断し、なまえは躊躇なく鉈で制服の上着とシャツを切り裂き患部を露出させた。そしてまずは生態調査からだと気味悪く笑う花の茎を腕に巻き付けるように握り締めて草刈りの要領で切り落とした。一般的な寄生型の呪霊は露出部位の半分以上を損傷すると宿主の呪力を吸収する速度が再生速度に間に合わず時間をかけて再生するか力尽きて消滅の2択である。しかしこの寄生呪霊、上記の2択に反して恐ろしく再生速度が速い。切り落とした断面からさらに枝分かれし切り落とす前よりも成長している。ただ茎を切り落としただけなのに、だ。どこから栄養を取った、何を糧に成長している。私自身に特段変化は無いとしたら宿主の伏黒君にエネルギーを肩代わりさせているのだろう。時間それとも血液?…違うな。この攻撃は特級呪霊によるもの。だとすればつぎはぎ男同様、何一つ生温い攻めはなく、全て呪術師向けに特化しているに違いない。呪術師、術式、呪力…呪霊は大雑把に言うと呪力の塊だ。私は今寄生呪霊を掴み何も考えず呪具で切り落とした。素手ではなく、最初から呪力が籠った鉈で。そしたら切る前よりも呪霊は成長していて、宿主の伏黒君は衰弱したが特段出血量が増えたわけでもなく負傷箇所の広がりにも変化はなし。…なるほど。私の術式と相性バッチリ。

「治療法がわかりました。パンダ先輩、伏黒君を押さえてください」

おそらく呪霊の餌は伏黒君自身の呪力。外部からの攻撃を受ける度に宿主から呪力を奪い損傷箇所を修復しているのだろう。だとすれば宿主の伏黒君が呪力を空にしてしまえば寄生呪霊は自然と枯れて消滅するだろう。だが寄生呪霊は呪力を喰って成長し宿主を殺す。伏黒君の呪力を空っぽにする為に寄生呪霊へ下手に呪力を喰わせるのは危険。ならどうするか、私が伏黒君と寄生呪霊の呪力をどちらも空になるまで奪ってしまえばいい話だ。
五条先生から教えてもらった。私の術式は『剥奪』触れた呪力と受けた呪力の比率に応じて吸収する。また少々複雑ではあるが条件が揃えば呪霊や人間問わず相手の術式を奪うこともできる。この術式のおかげで今まで反転術式を他人に施せていたらしい。
処置の手順はこうだ。まず伏黒君から呪力をカラッカラに奪い呪霊を引っこ抜きやすくする。次に呪霊から一気に呪力を奪い殆ど空になった頃合いに呪霊を引っこ抜きながら伏黒君に反転術式をかけ損傷部位を治していく。呪霊は呪力を糧に成長するが反転術式はどういう行動をとるか分からない。何事も慎重に動かなければ伏黒君があの世行きだ。全ては私の手にかかっている。集中しないと。
パンダ先輩が伏黒君の両手を掴んだのを確認し、伏黒君の反応を見ながら慎重に呪力を奪っていく。健康体であれば問題は無いが、この負傷具合を考慮すると慎重に呪力を奪わなければ良くて嘔吐最悪意識不明の重体になりかねない。飲み干したペットボトルと同じ呪力量まで奪い取り心拍数に異常がないことを確認してから、ケタケタ笑う呪霊の首元にあたる部分を強く握り締め左手へと巻き付けた。ちょっと呪力を込めるだけでも押し返すように大量に流れてくる呪力量になまえは顔を引き攣らせる。この瞬間まで一体どれほどの呪力を喰ってきたのだろう。一切自身の呪力を消費することなく掌の中で勝手に枯れていく雑草へなまえは適度に力を込めて引きながら引き抜くタイミングを伺う。できるだけ根っこを残さず引き抜いてしまいたいが、患部を見る限り理想通りには行かなさそうだ。かなり根を深く張っておりまるで人質の如くいくつかの臓器に根が絡んでいたり貫通していたりとやられたい放題だ。命の権限を殆ど握られている状態でよく返事する気力があったものだ。…それにしてもさすが特級呪力の攻撃だ。コンパクトかつ自立型、一言で言うとエグい。
せぇのの掛け声で雑草を引っこ抜き、ブチブチと音を立てながら根っこに傷つけられた臓器を反転術式で治していく。

「ん゛ーーー!!!!!!!!」
「頑張れ!あと少しで終わるから」
「あ、あのなまえさん?恵が必死で左手上げてるんだが」
「頑張れー!!」
「…鬼だな」
「じゃねぇと家入先生の弟子は務まらねぇよ」

よし、呪霊の大部分は引き離した。あとは臓器に絡みつき意図的に体内へ取り残した根っこを全て取り除くだけだ。反転術式により命に直接関わる臓器は全て滞りなく治療し一難逃れた。だが、肝臓、胆嚢、上行結腸、これはもう手遅れだ。かなり奥まで根が張っている。引っ張ってどうこうの問題じゃないだろう。一度損傷した臓器を丸ごと切って再生させる方がいい。じゃないと放置していたらまたあの寄生呪霊が蘇るだろう。右手で鉈を握り左手で反転術式を施す。まずは…肝臓からいくか。

「な、なぁそれ切ってもいい物なのか!?恵のやつ泡吹きかけて気絶寸前なんだが!!?」
「問題ありません。それよりしっかり腕押さえてください。手元が狂いそう」

伏黒君の血で私のシャツやら顔やらが赤く汚れる度に心配性なパンダ先輩は何度も大丈夫なのか!?それ医療行為なんだよな!?と慌てふためいている。パンダ先輩が言いたいこともわかる。確かに傍から見たら真剣な顔で鉈を振り下ろし臓器を切りつけるサイコパスな人間に見えるかもしれない。だが勘違いしないで欲しい。これは列記とした医療行為であり、ご覧の通り鉈で切り落とした臓器はご覧の通り新品にも等しい美しい鮮血色で脈打っている。来年の健康診断が楽しみになるクオリティである。それに家先生が、こういうのは泡を吐いてからが本番だって言ってたしパンダ先輩が不安に思う要素なんてひとつもない。大丈夫、私こう見えて経験豊富ですから。

「医師免許は持ってませんが自分の体である程度実験済みですから泡吹いたとしても反転術式がなんとかしてくれるので問題ありません」
「なぁ、私今後アイツの治療受けることに不安を覚えたんだが」

とか何とか言いつつも既に立ち上がる程までに回復した真希先輩は反転術式により傷跡ひとつ残さず閉腹した肉体に口笛を吹いた。万が一がないように根が張っていた臓器はあらかた新品同様に治し傷跡も残らないように反転術式で丁寧に縫い合わせた。安静にしていれば傷口が開くことは無いだろう。抵抗がなくなりペラっと顔から半分座り落ちていた制服を捲ると伏黒君はうっすら泡を吹き白目を向いて気絶していた。一応確認はしたが呼吸も心拍数も問題がないので放っておいたら時期に目を覚ますだろう。制服を布巾のように口元の泡を拭ってやり白目は可哀想だからと瞼を下ろしていたその時

「パンダっ!!」
「おうっ!!」
「えっ!?」

五条先生が結界を解いたのだろう。徐々に上がっていく空の幕に嫌な予感がすると真希先輩が呟くや否や私を小脇に抱え、パンダ先輩は伏黒君を抱き上げ走り始める。何が起こるんですか!?と真希先輩の体にしがみつきながら落としてしまった制服の上着へ腕を伸ばした直後、

「悟だな」

ゾクッと背筋が凍る呪力に肌が粟立ち思わず手を引っ込めた次の瞬間には残した足跡を抉るように紫の塊が私たちが数秒まで走ってきた道を真横に通過した。

「あんの馬鹿教師が」

ポツリと呟いた真希先輩と共に悲惨な光景に冷や汗を流す。なんかアイスクリームをスプーンで抉ったあとみたいだ。落とした制服は木っ端微塵になったのだろうなと思わざるを得ない光景。木々を薙ぎ払い根っこごと大地を露出した酷い有様に私は言葉が出なかった。


PREV | TOP | NEXT
HOME