これでも先輩ですから
食堂に着けば、おばちゃんが笑顔で迎えてくれた。どうやら遅刻ではなかったらしい。寧ろ早いくらいだ、と言われたのでカワニシ達を見れば、トキトモ以外は顔を逸らす。トキトモは笑顔で早く会いたかったんだと言うから、撫でてやった。おばちゃんが愛されてるわね、と俺の頭を撫でながら言うから、そうだろ?と笑ってみせれば、おばちゃんは一瞬固まってから何で恋人が居ないのかしらねぇ、なんて呟いた。…一体どういう意味なんだ?
今日の朝食は焼き魚定食と納豆定食だ。どちらも美味しそうだなぁ……
「サラちゃんはどっちが食べたいのかしら?」
「んー、納豆定食かな。美味そうだし。個人的に冷や奴があるのは嬉しいな」
「あら、冷や奴が好きなの?ならサービスするわね」
「マジで?やった、手伝い頑張るかなー」
「サラさん、現金ですね…」
「え?でも、おばちゃんの料理は美味しいからサービスして貰えるなんて言われたら頑張っちゃうんだなー」
「あー、そうだよな。四郎兵衛の言う通りだ」
「いつも頑張ってるけどな」
「ふふ、そうねぇ…川西くん達はずっと頑張ってくれてるわね」
朗らかに笑いながら言ったおばちゃんに対し、褒められたカワニシ達は照れ臭そうに笑っている。うんうん、微笑ましいな。俺は関係ないはずなのに、何でか心から嬉しくなって来る。不思議な話だ。それだけ俺自身がカワニシ達を気に入ってるんだろうな…こんなんで帰る時大丈夫なのか?俺が寂しくなりそうだ…
思わず苦笑いを浮かべていると、すみませんと声が聞こえた。そっちに行ってみると、そこには居たのは藍色に身を包んだ3人の男達。フワ、じゃねぇな…コイツがハチヤサブロウか。そう判断していると、不意に手が伸びて来たので、反射的に掴む。驚いた奴に対し、にっこりと愛想笑いを張り付けながら口を開く。
「何の真似だ?ガキでも容赦しねぇよ、俺は」
「すみません。天女様があまりにも綺麗だからつい触りたくなってしまって…良かったら一緒に朝食どうですか?」
「ハチヤ、だよな?今は仕事中だ。お前等に構ってる時間なんかねぇ。注文どうぞ」
「おや、私を知ってくれているなんて光栄です。仕事が終わってからでも良いんで、お時間頂けませんか?」
「三郎ばかり狡いよ。天女様、俺も貴女と仲良くなりたいです。時間くれませんー?」
「思ってもねぇことを口にすんな、クソガキ。注文どうぞ」
「「っ?!」」
「ーー天女様、豆腐はないんですか?」
「豆腐?納豆定食に冷や奴が付いてるぞ。それにするか?」
「はい、お願いします。三郎と勘右衛門はどうするのだ。早くしろ」
にこにこと笑ってはいるが、天女を嫌っているのはヒシヒシと伝わって来る。そんなんじゃ騙されてなんかやらねぇよ、バーカ。俺の指摘に驚いたようにハチヤ達は口を噤むが、さっきまでだんまりだった黒髪が豆腐と言えば、ハチヤ達は溜息を付く。豆腐小僧ってコイツのことだろうなと思いながら、納豆定食のことを言えば、豆腐小僧は目を輝かせた後、ハチヤ達に注文を促す。有り難いな。2人とも焼き魚定食だと言うので、俺は頷いてからおばちゃん達に伝えた。
「イケダ、お前の先輩らしき人が来てるぞ。豆腐小僧」
「え、久々知先輩がですか…?」
「わあ、良かったんだなぁ!三郎次、此処は大丈夫だからサラさんと一緒に配膳したらどう?」
「四郎兵衛の言う通りだな、三郎次。行って来いよ」
「礼は宿題写させてくれたら良いからな」
「五月蝿いぞ、左近!…サラさん、大丈夫ですか?」
「断わる理由がねぇよ。おばちゃん、イケダ借りるからな」
おばちゃんの許可を貰い、イケダと一緒に配膳する。俺は焼き魚定食を2つ、イケダは納豆定食を運ぶ。顔が嬉しそうなのは指摘しない。先輩だもんな、会いたかったんだよな。俺はそんなことを思いながら、焼き魚定食をハチヤともう1人の前に置き、自分で渡したいだろうから豆腐小僧をこっちに呼ぶ。不思議そうな顔をしながらもこっちに来た豆腐小僧は、イケダの姿を見て目を見開いた。
「三郎次…!お前、何してるのだ…?」
「久々知先輩…っ!お会いしたかったです…!!」
「…イケダから少しだけお前の話は聞いてる。なかなか会えないって嘆いてたから、これは良い機会だと思って呼んだんだよ。イケダはサラダを作ったんだぜ、美味そうだろ」
「そっか……有り難う、三郎次。寂しい思いをさせてごめんな、俺も次から委員会に出るのだ」
「!!お待ちしてます!」
「良かったなー、イケダ」
俺の言葉に、イケダは泣き笑いしながら大きく頷く。そんなイケダに釣られたのか、豆腐小僧も目をうるうるさせている。豆腐小僧はククチヘイスケと言うらしい。なかなかの美人だ。美男子って言うべきなんだろうけど、美人と言った方がしっくり来る。睫毛も長いし。これじゃあ、女に嫉妬されるだろうな…
そんなことを考えながら、俺は近くにあった包丁を投げつける。わ、と言う声が聞こえ、俺は溜息を付いた。
「…ハチヤともう1人。テメェ等、今度は何をしようとした?」
「っ…!(また躱された…!?この人、後ろに目でも付いてんのかよ…!)」
「尾浜です。天女様凄いですねー、今ならサクッと殺せると思ったんですけどね。なかなかしぶといですね」
「はは、おめでたい頭だな。テメェ等とは経験が違う。この程度じゃ俺と差し違うことすりゃ出来ねぇよ。ナナマツと言い、此処には自分を過大評価してるのが居るみたいだな」
「七松、先輩だと…?まさか天女様、七松先輩と拳を合わせたことが…?」
「合わせたレベルじゃねぇな。向かって来たから返り討ちにした」
「…嘘でしょー…今回の天女様、何でこんなに手強いの…」
「ーー三郎、勘右衛門。もし、お前達が三郎次達が作った朝食で天女様に何かしたら俺は許さない」
「「え」」
「特に三郎次のサラダに手を出したら容赦しないのだ。覚悟しとけ」
「久々知先輩…!」
イケダはかなり感激しているが、俺個人としてはハチヤとオハマの気持ちに近い感情を抱いている。ククチもハチヤやオハマに近い感情を俺に抱いていた筈。天女が嫌い、関わりたくない、って類いの感情。今も完璧になくなった訳じゃないよな。警戒されてるし…俺が戸惑ってるのが分かったのか、ククチが困ったように笑いながら口を開く。
「ーー勘違い、しないで下さい。俺としてはまだ貴女を完璧に信用した訳ではないですから」
「ん、ああ、別に構わねぇよ。無理強いするつもりはねぇし」
「ただ、警戒心が強い三郎次が貴女に懐いている。だから、少しは他のあの女達よりかはマシなんだろうな、って思っただけです」
「…成程な。信頼してんだな、イケダのことを」
「当たり前です、大切な後輩なんですから。…寧ろ、今まで放っておいた分、構ってやりたいと思ってます。ーーどうして、今まで三郎次達のことを忘れてたんですかね。守ってやりたいと、思っていた筈なのに…」
「それが天女の影響って奴だろうな。ま、自分で分かったんなら良いんじゃねぇか?イケダは喜んでるし、他にもお前の復活を喜ぶ奴は居るだろうよ。ーーハチヤとオハマも俺を殺そうとするよりかは自分の後輩と向き合ったらどうだ?」
いつでも返り討ちにしてやるよ、なんて言えば、ハチヤとオハマは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、小さく頷く。今じゃ俺に勝てないって悟ったんだろうな、頭が良い奴は好きだ。そんなことを考えていたら、急にガンッ!と言う音と共に、ハチヤとオハマが頭を抱えて蹲る。俺が視線を向ければ、怖いくらいの笑顔を浮かべている2人と目が合い、俺は苦笑いを浮かべる。
「いくら何でもやり過ぎなんじゃねぇか?凄い音鳴ったぞ。フワ、タケヤ」
「いいえ、足りないくらいです!おはようございます、サラさん。焼き魚定食まだありますか?」
「おはようございます。勘右衛門に何か変なこと言われませんでした?あ、俺は納豆定食でお願いします」
「おはよう。焼き魚定食と納豆定食な。なんだかんだ言って、フワとハチヤは仲が良いんだな。頼むのが一緒だ。オハマには刺されそうになったくらいだ、返り討ちにしたけどな」
「え…じゃあ、納豆定食に変更しても良いですか?」
「っ、雷蔵…!?」
「こいつ…!!サラさんは平気だって言っただろ?!この耳は飾りか!!引き千切らなきゃダメか!?」
「痛いよ、ハチ…!」
「…何か騒がしくてすみません」
「別に気にすんなよ、ククチ。お前が悪い訳じゃねぇし。まあ、五月蝿いから引き取って貰えると助かる。イケダ、ノセと一緒に飯を先に食べて来い。積もる話もあるだろ?」
俺の言葉に、イケダはぱあっと顔を明るくさせてから、ノセを呼びに中に入る。そんな俺に対し、ククチは深々と頭を下げた後、フワとタケヤに声を掛ける。多分五月蝿いとかそんな感じなんだろうな。フワとタケヤが謝って来たが、気にしてないと言っていれば、納豆定食を持ったカワニシとトキトモ、自分達が食べたかったんだろうな、焼き魚定食を持ったイケダとノセが現れる。フワとタケヤは笑顔でカワニシとトキトモから定食を受け取り、ハチヤとオハマもカウンターにある定食を受け取る。
此処を気にしてる仕草を見せたイケダとノセの背中を押せば、笑顔でククチとフワの側に向かう。うんうん、やっぱり笑ってなきゃな。
「…サラさんは甘過ぎですよ。自分の負担を増やしてどうするんです?」
「負担なんか思ってねぇよ。…ま、イケダとノセが喜んでるから気にしねぇしな。カワニシとトキトモも一緒に食いたければ行っても大丈夫だぜ?」
「ぼく達はサラさんと一緒に居たいから大丈夫ですー」
「なっ!?達じゃない!!ぼくは別にサラさんと一緒に居たいなんて思ってませんからね!おばちゃんが大変だから行かないだけですから!」
「左近は素直じゃないんだな〜…昨日からずっとサラさんのことを話してたんだなー」
「四郎兵衛!!余計なことを言うな!勘違いしないで下さいね!!」
「はいはい。さ、手伝いに戻ろうな」
ニコニコ笑っているトキトモに対し、焦っているカワニシ。こんな可愛いらしいやり取りを微笑ましいと思いながら、頭をポンポンしてから手伝いを促せば、トキトモ達は素直に頷く。先に中に入らせた後、ちらっとフワ達の方を見れば、楽しそうに笑うイケダとククチ、ノセとフワの姿が見えて思わず笑みを浮かべる。少しぎこちなさは感じるが、タケヤもハチヤとオハマに話を振ってるみたいだし、仲直りするのも時間の問題だろうな。俺はそんなことを思いながら、おばちゃんの手伝いを再開した。
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