暴君改め大型犬
ガクエンチョウとシナセンセの話から抜け出し、俺はブラブラと廊下を歩く。や、だってなあ?散々人のこと褒めちぎるし、困ったもんだよな。今は生徒達のことを考えれば良いのに、お人好しだらけなんだな。ま、だからこそ付け込まれるのか。人間は汚い、自分の望みの為なら何でも手を出す。それが禁忌だと分かっていても、間違ってると分かっていてもーーもう一度逢いたいと思ってしまったらそんなモンどうでも良いんだ。俺が身を持って経験してるからな、誇れることじゃねえけど。
あ、此処には随分と立派な大木があるんだなあと思っていれば、急に視界が真っ暗になる。気配は感じていたし、敵意は感じなかったからそのままにしていたが手段は手荒だからな、生足の方で蹴り入れるくらいは良いだろ。痛い!なんて言う声を聞きながら、俺は溜息を付いてから口を開く。
「俺は逃げねぇよ、随分と手荒な歓迎すんだな」
ま、前よりかは気配隠すの上手くなったな、ナナマツ。名前を呼べば、ナナマツはグッと唇を噛み締めた後、ニカッと笑う。その対応はどっちなんだろうな。褒められるとは思っていなかったのか、バレないと思っていたのかーーいや、多分前者だろ。ないはずのものが見える。犬かってくらいに尻尾振ってるように見える。大型犬か。
「やっぱりお前は凄いな!!私は隠し切れていると思っていたがーー天女には敵わないのかもな!」
「敵うわけないだろ、鍛錬をサボっていたお前に常に鍛えてる俺が負ける訳ないだろ?女の尻を追っかける前にやるべきことがあるんじゃないのか」
「そうだな、お前の言う通りだ!」
「…気にしてねぇの?」
「私は言ったぞ?清々しい気分だと!モヤモヤが消えた気がするんだ!何故だろうな!」
「…負かして欲しかったんじゃねぇか?タキをボコボコにしたの、本意じゃねぇだろ?止めて欲しかったんだろ」
「…そうなのかも知れんな!いやあ、自分で解決しろと言いたくなるな!」
「全くだよ、バカ野郎」
ニコニコ笑っているナナマツの頭を叩き、俺は苦笑いを浮かべる。ニイノセンセを休ませてやりたかったのになぁ…ヤマダセンセにも迷惑掛けるし。タキはあんなにボロボロになって可哀想に。やった本人がヘラヘラしてんのは本当に腹立つ。もう一発叩き込みたいくらいだが、やめてやろう。正気に戻ったみたいだしな。いじめるのは好きじゃない、からかうのは好きだけど。
「なあ、天女。お願いがあるんだ!!私を鍛えてくれないか!!」
「…へえ?何の為に強くなりたいんだ?」
「もう二度と愚かな真似はしたくないのでな!!…滝夜叉丸には苦労を掛けたし、後輩達には心配掛けた。涙目で縋って来たのを私はーー振り払ってしまった。あの時の金吾の顔を、私は絶対に忘れない。いや、忘れてはいけないんだ!」
「…それで?」
「強くなりたい!私は廃れてる訳にはいかないのだ!武闘派に数えられているし、体育委員会委員長だからな!!…まあ、それは建前だが!」
「建前って言うのか、素直だな……んじゃ、本音は?」
「天女の強さに惚れたから鍛えて欲しい!!私は後輩の為学園の為は勿論、自分の為に強くなりたい!いや、強くならなきゃいけないんだ!」
「へえ……俺は厳しいぞ?付いてこれるか?」
「無論だ!!」
「良いぜ、その目気に入った。鍛えてやるよ」
もう二度と、女の尻を追っかけるなんてことないくらいに、な。俺の言葉に、ナナマツはぱあっと顔を明るくする。ブンブンと千切れそうなくらい動いている尻尾が何故か見える。ま、素直なのは嫌いじゃないしーー良い目をしている。軍に欲しいくらいだ。強さを求める目。ひたすらに、貪欲に。強さだけを求める目。ああ、こんな奴を鍛えるのは楽しいに決まってるじゃないか。ま、最初は弛んでるだろうから手加減してやろうかな。そんなことを考えていれば、ぐーっと大きな音。ちらっと視線を向ければ、ナナマツは頬を朱に染めていた。…可愛いじゃないか。
「ふ、まずは腹拵えでもするか。腹が減っては戦はできぬ、だからな」
「わ、忘れてくれ!…昨日牢に閉じ込められてから何も食べてなくてな…」
「閉じ込められただあ?あれは自業自得ってんだよ、バカ。タキをあんなにボロボロにしやがって。夜は熱出るし大変だったんだぞ」
「熱!?た、滝夜叉丸は大丈夫なのか!?」
「さあな、ゼンポウジに任せたし多分大丈夫じゃねーかな。今はハマも居るんじゃないかな、多分」
「伊作に任せたのなら大丈夫だな!!浜も帰って来たのか、賑やかになるな!!」
「そうだな。ほら、さっさと食堂行くぞー」
「ああ!師匠が作ってくれるのか!?」
「師匠…あー、擽ったい響きだから教官にしてくれ、そっちの方が慣れてる。ああ、作っても良いけどおばちゃんだって居るぞ?」
「教官だな、分かった!!私は教官の料理を食ってみたい!作ってくれ!」
「はいはい、ほら、行くぞ」
大型犬に懐かれんのってこんな感じなのかな、なんて思いつつ歩き出せば、ナナマツはニコニコ笑いながら着いて来た。これは漸く飯に有り付けるって感じなのか?まあ、子供が笑顔なのは可愛いし、 良いことだよな。にしても、だ。鍛えるってことは弟子になるって訳だよな?だったらもっと省略しても良いかな、呼びにくいし。コヘイタ、もなんかしっくり来ないな。だとすると…
「コヘ、お前は何が好きだ?」
「うん!?こへ…?」
「あ、そっちの発音なら真似出来そうだな。こへ、こっちの方が呼びやすいからこれからこへって呼ぶな」
「っ、ああ!!…教官は不思議だな」
「ん?」
「以前の天女にもこへって呼ばれてたんだ。…鳥肌が立ったのに、教官に呼ばれたら嬉しいんだ。何故だろうな!」
「俺に聞くなよ。…ニュアンスの違いじゃないか?」
「ニュアンス?」
「お前に媚を売ってるか売ってないか。俺は売ってないぞ、売る必要が分からないからな」
「…そうかも知れんな。冷静になってみれば、何であんな女が可愛いく見えたんだろうな。教官の方がずっと良い女だ」
「は…?」
「いつか教官に相応しい男になりたいものだな!!あ、私は今はオムライスの気分だ!!」
「おー、了解だ。ふわふわトロトロにしてやるよ」
俺の言葉にこへは目をキラキラと輝かせ、早く行こうとせっついてくる。オムライスねえ、ヒューズも俺が作ったオムライス好きだったな。店で食うより美味いって言われたのは凄く嬉しかった。エドもバクバク食ってくれてたな。親父もお袋が居ない時はオムライス作ってくれって頼みに来てたな、断わらねぇのに。…良い思い出だ。1人分だし、可愛い弟子の為に腕を振るいますかね。
(…それにしても、良い女とはねぇ、びっくりだな)
良い女だなんて、言われたことないから照れる。いや、言われたことはあるぜ?上層部のエロジジイに。親父に圧力掛けられててザマアミロって思ったくらいだ。こへみたいに純粋な良い女発言はかなり照れる。やっぱり俺も女なんだなあ、捨てたつもりだったのに。舞い上がるな、落ち着け。
…にしても、冷静になってみればってことはーー何らかの補正が掛かっていたのは間違いないな。天女サマね、まだまだ謎だらけだな…先が長そうだ。俺はそんなことを思いながら、るんるん気分のこへに気付かれないように溜息を付いた。
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