お話しましょう
色々と忙しかった朝食を無事に終え、俺はヨシノセンセとコマツダの手伝いをする為に、事務室に赴く。おはようございまーす、と挨拶しながら入室すれば、ぴちゃ、と嫌な音が聞こえる。ギギギ、と機械のような音が鳴りそうなくらいに恐る恐る下を向いてーー絶句する。え、何でびしょ濡れなんだ?此処で雨でも降ったのか?室内なのに?軽く混乱していれば、バタバタと奥から音が聞こえる。この足音はヨシノセンセかな。
「ヨシノセンセ?」
「え、あ、サラさん。おはようございます。…今掃除しますから、ちょっと待ってて下さいますか?」
「あー…嫌な予感しかしないが、水浸しになってる原因を聞いても良いか?」
「…彼が、小松田くんが頑張ってくれてるのも、一生懸命にとり組んでくれてるのも知ってます、が、限度ってものがありますよね…?」
「あー…うん、そうだな」
「彼は超が付くほどのドジです。私達が来る前に掃除しようと思ったのは素直に偉いと思いますが…何もないところで転んで、バケツをひっくり返して、水に滑って更に花瓶を割って…」
「そいつはまあ…不運だな」
「私が掃除しときますのでサラさんは小松田くんのお相手しててくれませんか?…その、機械鎧だと水はあまり良くないのでしょう?」
「そんなことは気にしなくても大丈夫だが…まあ、お言葉に甘えるよ。コマツダのことは任せてくれ」
言い過ぎたんだろう?と聞けば、ヨシノセンセは困ったように頬を掻く。まあ、ヨシノセンセはコマツダと一緒に居る分、色々と被害を受けてるだろうしな。我慢が出来なかったんだろう。ヨシノセンセの方に水溜りに入らないように気を付けながら近付き、不思議そうな顔をしているヨシノセンセの頭を軽く撫でる。え、と聞こえた声に、お疲れさん。あまり抱え込むなよ、愚痴なら聞くぜ?と言えば、ヨシノセンセはうるうると目を潤ませていた。こいつはまあーー限界だな。後で何かしら差し入れしよう。コマツダと一緒に来るからそれまでは申し訳ないけど適度に頑張ってくれ。と伝えてから、俺はコマツダの気配を追いかける。…外、かな?
建物内から外に出て、辺りを見渡す。居ないようだな…耳を澄ませていれば、不意に鼻を啜るような音が聞こえ、そっちに足を進める。でっかい木があるなあ、と思っていれば木の根元の部分に膝を抱えた探し人の姿があり、俺は苦笑しながら彼の方に向かい、しゃがみこむ。
「何してんの、コマツダ」
「…サラ、ちゃん…おはよう」
「おー、おはよう。で、何してんの?」
「…僕、また失敗しちゃった…」
「そっか」
「…僕、吉野先生の負担を少しでも減らしたいだけなのに、結果的に仕事増やしてるし負担も増やしてる…迷惑、しか掛けられてない…っ!」
「…おう」
「力に、なりたいのになあ…僕、向いてないのかな…役立たずだ…どうしたら、サラちゃんみたいになれる?サラちゃんみたいに何でも出来るようになる?」
「…あー…そっか、俺の存在がお前を苦しめてたのか、ごめんな、コマツダ」
「えっ、あ…!ご、ごめんっ!サラちゃんは好きで来た訳じゃないのに…!」
「いーよいーよ、気にすんな。後な、お前は俺にはなれねえよ。寧ろ、なるな」
「ーー…え?」
「…お前みたいな優しい奴じゃ、耐えられねえから」
コマツダの隣に腰を降ろせば、汚れちゃうよ!とコマツダは慌てる。大丈夫だから黙って聞け、と促せばコマツダはオロオロしながら口を噤む。…話すつもりは、なかったんだけどな。自分の頭を乱暴に掻き乱してから口を開く。飢えを経験したことがあること、家族が目の前で死ぬのを見たことがあること、助けてくれた人、親父が実は上の命令で仕組んだこと、両親に会いたくて禁忌と言われる人体練成に手を出し、左足を奪われ子供が産めなくなったこと。…俺は本当は家族と一緒に殺されるはずだったこと。俺自身でもそこそこ悲惨だと思ってる。だからこそ、
「俺みたいになりたい、なんて絶対に思うな。俺みたいな奴は何人も要らな……あー…もう、泣いてんじゃねぇよ。だから優しい奴には耐えられないって言ったんだ」
「…ちが、うよ…」
「は?何が」
「…サラちゃんが泣かないから、僕が泣くの…!」
「ーー…何だよ、それ…」
「それは僕のセリフだよ…!!サラちゃんは何も悪くないのに、何でサラちゃんがこんな想いをしなきゃいけないの…?」
「時代の違いだろうな」
「何で淡々としてるの…!サラちゃんは怒っても良いんだよ…!?」
「既に過去のことだしな。俺は親父の気まぐれでこうして生き長らえてる訳だし。あとな、これ、詳しく話すのお前が初めてなんだわ」
「…え?」
「あまり話したい内容じゃないしなー。でもさ、時たま誰かに話を聞いて欲しくなるんだ。その時、聞いてくれよお前が。俺の代わりに泣いてくれんだろ?」
「…狡いよ、サラちゃん…!」
「狡くて結構。…ほら、お前はちゃあんと役に立っただろ?俺、コマツダなら話しても良いかなって思ったんだぜ?」
「…ぐす、…どうして?」
「お前は優しいし、こういうの知っても態度変えたりしないだろ?」
そういうの、俺は素敵だと思うよ。そう言いながら頭を撫でれば、コマツダの目からダムが決壊したかのように大粒の涙が零れ落ちる。俺が泣かしたから言えた訳じゃねえけど、コマツダって本当お人好しだよな。同情を誘う為の罠だとか思わねえのかな。コマツダみたいなの、格好の餌食だと思うんだが。まあ、俺が此処に居る間はやらさねぇけどな。
「お前はお前のままで居てくれな。無理に変わる必要なんてないんだよ」
「…う、ん…でも…吉野先生、怒ってる、でしょ?」
「俺、ヨシノセンセ直々にコマツダ探して来い、相手してくれって頼まれたんだけど?」
「…え?」
「怒ってはいるだろうな。でも、気に掛けてくれてるよ。言い過ぎたんじゃないか、って気にしてる」
「そんな!!僕、…へっぽこ、なのに…」
「俺は思うんだけど、お前は焦り過ぎなんだよ。焦らずにゆっくりやれば出来るんじゃないか?」
「…焦らずに、ゆっくり?」
「そーそー、…大丈夫だよ。お前なら出来るって。ほら、さっさと手伝いに行こうぜ。先輩」
「…先輩…」
「まだこっちの字、読めないのも多いから先輩が居てくれたら助かるんだけどなー。寧ろ教えてくれたら有り難いんだけどなー」
「う、うん!!僕で良かったら教えるね!…一緒に、来てくれる?」
「先輩の頼みなら断わる訳にはいかないな」
くす、と笑みを零しながら立ち上がり手を差し伸べれば、コマツダは驚いたような顔をした後、嬉しそうに捕まってくる。コマツダを引っ張り上げ、手を離そうとすれば、このままじゃダメ?と泣きそうな顔で聞いてくるので、そのまま事務室に向かうことにする。うん、俺も大概甘いな。事務室に戻り、ヨシノセンセに向かって頭を下げながら謝るコマツダに、ヨシノセンセは無事に帰って来てくれて嬉しいですよ。さ、早く手伝って下さいと告げる。その言葉に、コマツダはぱあっと表情を明るくし、笑顔で頷く。
へっぽこ事務員と言われていたコマツダが、たまにドジする事務員にランクアップするのは、そうそう遠くないお話ー…
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