少女は悩む
コマツダがヨシノセンセに謝罪するのを側で見守ってから、今日の仕事を始める。書類整理は文字が読めるから少しは楽になった。発音するのと書くのは別なんだがな。やはり書こうと、発音しようとすればアメストリス寄りになるのは仕方ないだろう。ずっと生きて来た訳だしな。纏めた書類をヨシノセンセに渡せば、ヨシノセンセは心底嬉しそうに笑ってくれた。
「相変わらず早いですね、助かります」
「まあ、軍でも良く書類整理はしてたからな。上司が書類を溜め込む奴だったから尚更、な」
「おや…それはそれは…大変でしたね」
「慣れたけどな…幼馴染みなんだ、そいつ。まあ、軍からの幼馴染みなんだがな。彼奴は顔が良いから女からも人気で…声掛けたりするから職場への電話も掛かって来たり難癖付けられたりしてたなあ…彼奴の代わりに始末書書いたりもしたな」
「…それ、は……すみません、サラさん」
「お?」
「…実は山本先生や山田先生、土井先生から教師会議の時にサラさんをさりげなく此処に移住させる方法がないかと案が出てましてね」
「ーー…は?」
「勿論、移住して貰えたら助かりますが…一番大切なのは本人の意思ですし、私からは何もしませんし何も言いません。って伝えたんですが…事情が変わりました」
「…事情?」
「部下に仕事を押し付ける上司が居るような所にサラさんを帰したくありませんので、此処に移住して貰えるように頑張りますね」
「…え、いや、冗談、だよな?」
俺の言葉に、ヨシノセンセはにっこりと微笑むのに対し、ひくりと頬が引き攣るのを感じた。ごめん、ロイ。墓穴掘ったかも知れない…や、昔の話だぜ?ほう、今は絶対にないと?あー…たまにはある、かな。…やはりそんな場所に帰したくはないですねえ。え、ちょっと待って!?そんなやり取りをしていれば、奥の方で備品を数えていたコマツダがパタパタと足音を立てながら此方に向かって来て、俺達のやり取りを見てぽかんとしていたが、何か勘違いしたような顔付きで俺とヨシノセンセの間に割り込みながら、バッ!と両手を広げた。
「サラさんを虐めないで下さい!!いくら吉野先生でも怒りますよ!」
「こ、小松田くん。誤解です、虐めてないですよ」
「サラさんが困ってます!!…大丈夫でした?」
「お、おう。有り難うな」
「良かったです。あ、備品管理終わりました。此処に置いておきますね!」
「あ、有り難うございま……ひっくり返さなかったんですか?ぶちまけた備品で滑ったり怪我もしてませんか?」
「何もしてませんよー。サラさんに言われた通り、焦らずゆっくりやったら出来たんです!えへへ、僕頑張りました!」
「おー良かったじゃんか。…でも、タイミングが少し悪かったかな…」
「へ?」
「…小松田くんも、サラさんが此処に移住して貰えたら嬉しいですよね?」
「え」
「…何でこうなるんだよ…」
ヨシノセンセの言葉に、コマツダはきょとりと瞬きを繰り返す。そんなコマツダに対し、ヨシノセンセは先程俺が話した上司であるロイの話を……あー、これは、良くないな。素直に話し過ぎたか。俺が代わりに始末書、の時点できゅ、と眉間に皺を寄せたコマツダは俺の手を両手で包むように握り締めてきた。
「ーー此処にずっと居てよ!」
「…コマツダ」
「そんな人ばかりが居る世界に帰したくないよ…お願い」
「、そんな顔すんなよ…俺は上司を、見捨てることは出来ないよ」
「…もう良いんだよ?サラさんはずぅっと頑張って来たじゃない。…もう、自分の為に生きて良いんだよ」
「…自分の、ため…」
「そうですよ、サラさん。小松田くんの言う通りです。…貴女はもっと我儘になって良いんですよ。幸せになって良いんです。いや、幸せにならなきゃいけないんです」
「…でも、約束が…」
「その約束をした方は、貴女が犠牲になるのを良しとしますか?貴女が感情を押し殺してまで約束を守るのを良しとしますか?」
「ーー…しない、だろうな。彼奴は、優しい奴だから」
「サラさんだって優しいです!だから、僕達もずっと一緒に居て欲しいと思うんだよ!」
「今すぐに結論を出してくれ、とは言いません。選択として考えて下さるだけで良いのです。…いけませんか?」
「…そこまで言われて無理だって突っぱねられるくらい冷たい人間じゃねぇんだ。…考えとく」
幸せじゃなかった訳じゃない。叶わなかったがヒューズとも出会えたし、仕事面では頼りにならないが優しいロイとも知り合えた。親父からは俺を生かすことで上から散々色々言われたのに、俺を此処まで育ててくれた。これで幸せじゃない、なんて言ったらバチが当たる。ーー…それでも、こんなに揺れてるのはもう疲れてしまったのかも知れない。無論、ちゃんと俺自身を見てくれる奴が居なかった訳じゃない。でも、親父はホムンクルスで、セントラルを、何もかも破壊しようとした。そんな人の義娘だった俺を良く思わない奴の方が多くて。気にしないようにはしてたが、…やっぱり限界もあるよなあ…
(…俺がやりたいことって、何だっけ)
ヒューズに頼まれたロイの大総統になる為のサポート云々はリザやハボ、エド達が居る訳だから、俺は居なくても大丈夫だろう。ロイは問題ばかり起こすし、彼奴に恋い焦がれた女に張り手食らうこともあった。何かを破損した時の始末書だって、経費の見直しだって、部下のサポートだって俺がやっていた。苦ではなかった、筈なんだが…どうしてこう、もやもやしてるんだろうな…全く、分からないや…
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