心の拠り所

バンッ!と事務室の襖を開けば、中に居たヨシノ先生とコマツダの肩がびくりと跳ねる。サラさん?と不思議そうな表情で名前を呼ぶヨシノ先生には悪いが、今はちょっと余裕ないんだ。黙ってたままコマツダの前に立てば、コマツダはきょとりとした後、何かを察したのか、にっこりと笑いながら両腕を広げーー…おいで、とコマツダの口が動いたのを見てから、俺は腕の中に飛び込む。ぽんぽん、と頭を撫でて来る一定のリズムが何故か心地良い。


「ーー…はー…」
「…落ち着いた?」
「ん。悪い、取り乱した。ヨシノ先生もごめんな、襖平気?」
「え、ええ…大丈夫ですがーー…何か、ありましたか?…生徒、ですか?」
「や、彼奴等は関係ねえよ。…ただ、元の世界のこと思い出して」
「…寂しくなっちゃいました?」

「それもある、けど……参ったな、ぐるぐるして言葉が出て来ない」


こんなにも俺は、気持ちを言葉にするのがヘタクソだっただろうか。…あー…メンタルぼろぼろになってると、思考回路が狂うな。これがショート寸前ってやつか。ウィンリィがオススメしてくれたアニメみたいな感じか。乙女心とかは関係ないけどな。俺が言葉に詰まってるのを察したコマツダは、ゆっくりで良いですよー。とへにゃりと笑いながら俺の背を撫で、まずはお茶でも飲んで落ち着いて下さい、とお茶を淹れてくれたヨシノ先生に礼を言ってから、一口啜る。…うまい。


「…色んな奴等に言われてたからかな。…俺が元の世界に戻らなくても、何も変わらない、気がしたんだ」
「「!」」
「…そう理解したら、俺の存在意義が、分からなくなって。…俺を、心の底から認めてくれたのは、親父だけで。上司が庇ってくれてるけど、上の連中の何人かは、俺が反乱を起こすんじゃないかって疑ってて…」
「…その状況が、今の状況と被ってしまったんですね…やっぱり生徒のせいではないですか。…サラさんは大丈夫だって思っていても、心は悲鳴を上げてたんですね…」
「…サラさんの心の限界は、多分ずーっと前に迎えてたんだよ。それが今になって出て来たんだろうね…何が原因か分かる?」
「…分かんねぇ」
「僕達、だよ。未だにサラさんのことを疑ってる子が居ないとは限らないけどーー…きり丸くん達は、無条件にサラさんを受け入れてるでしょう?だから、頑張るのが嫌になっちゃったんだよ」
「…頑張らなくて良いんですよ、サラさん。貴女はもう頑張って来ました。此処でのんびり過ごして下さい。貴女はもうーー…肩の荷を、降ろして良いんですよ?」
「…降ろして、良いのか?もう…認めて貰おうとしなくて良いのか…?」
「勿論!サラさん、やりたいこととかない?僕や吉野先生が出来ることなら何でもやるよ!我慢しなくて良いんだよ、自分の気持ちに嘘付かなくて良いんだよ。サラさん、…何が、やりたい?」

「ーー…普通の、女みたいに買い物とか、遊んだりとか、…したい」


戦うことは嫌いじゃない、寧ろ好きだ。でも、ウィンリィみたいに、メイみたいに、オシャレとかして、街中をブラブラ歩いたりしてみたかった。軍に居れば、女ってことでナメられるし、大総統というパイプを欲した連中にちょっかい出される。非番はセリムやお袋と過ごせれば全然良いがーー…書類を溜め込んだり、色んな女を引っ掛けまくる上司の尻拭いだったり、巻き込まれたり巻き込んだりするエルリック兄弟ーー…まあ、ほとんどエドなんだが。巻き込まれた際に壊れてしまったものの修理とかに駆り出されたりしてたからなあ。思わず遠い目になってしまう。俺の言葉に、コマツダはパッと表情を明るくさせ、嬉しそうにしながら言葉を紡ぐ。


「いっぱいお出掛けしようよ!忍術学園は土日は休みだから、土日は何処かブラブラしようよ!分からないことがあれば僕が教えてあげる!」
「女性のオシャレは専門外ですが、シナ先生に話を通しておきましょう。くノ一の生徒達もきっと喜びますよ。確か将棋も出来るんですよね?学園長先生と打ってみるのも良いんじゃないでしょうか」
「…迷惑じゃ、ねぇかな」
「迷惑な訳ありませんよ。…貴女は自分の心を殺すことに慣れてしまったんですね。大丈夫、貴女からの誘いなら学園長先生なら喜んで相手してくれますよ」
「僕も一緒に頼んであげる!側にいて、僕も将棋覚えたら…一緒に打ってくれる?」
「私も一緒に打っても良いですか?」
「!…はは、そいつは楽しみだ。勿論、コマツダとヨシノ先生なら大歓迎だよ」
「ーーおれも居ますよー!!」
「うおっ、…キリ?」
「水臭いじゃないっすかー!!遊びたいなら言って下さいよ!は組の皆でサラさんを遊び倒してみせますから!」
「倒してどうする。…サラ、君は甘え方が下手だなあ。何かあれば言いなさい、私に出来ることなら喜んで協力しよう」
「…先生みたいだな、ドイ」
「みたい、じゃなくて先生だからな。まあ、明日のうどん屋は楽しみにしていてくれ。しんべヱのオススメだからな、美味いぞー」

「はは、うん。楽しみにしてる」


俺の言葉に、キリは嬉しそうに笑いながら、ぎゅーっと抱き付いてくる。ぽんぽんと頭を撫でれば、キリは心底嬉しそうに笑う。あー…可愛いなあ、やっぱり子供は良い。うどん?ええ、サラにはは組と仲直りする時に助けて貰いましたから、と言う先生同士の会話に耳を傾けていれば、コマツダがにっこり笑いながら口を開く。


「明後日は僕と一緒に遊ぼうね!お兄ちゃんにも紹介したいし!」
「へえ?お兄さんが居るのか」
「うん!僕の実家が扇子屋なんだー…サラさんに似合いそうな扇子プレゼントしたいし!」
「それ良いっすね!おれも行きたいけど、バイトがあるんだよなあ…」
「またバイトを入れたのかお前は…!!優作くんには世話を掛けてるし、私も一緒に行って良いかな?」
「勿論ですよー!」
「土井先生狡い…!!サラさん、サラさん!!おれともいっぱい出掛けて下さいね!花畑とか海とか案内しますから!」
「!花畑か!良いなあ、それは興味がある。楽しみにしてるな」
「おや、サラさんは花が好きなんですか?私、この後仕事がないので宜しければ裏庭にある庭園でも案内しましょうか。学園長先生の趣味なんですが、なかなか見事ですよ」
「ああ、お袋や弟が花に詳しくてな…花言葉とか教えてくれる知人も居たし、花は見ていて癒されるから好きだ。ヨシノ先生さえ良ければ宜しく頼む」
「はい、任されました。…そんな顔しなくても、小松田くんも連れて行きますよ」
「やった!吉野先生、有り難うございます!」
「…土井先生、授業サボっちゃダメ?」
「ダメだ。…と言いたいが、たまには良いだろう。山田先生も誘って花見でもしようか」
「やったー!!サラさん、おれも一緒ですよ!!」

「ああ、聞いてた聞いてた。いっぱい楽しもうな」


俺の言葉に、キリは満面の笑顔ではい!と言ってから、皆に声掛けてくると言って走り出す。廊下を走るんじゃない!と叱ってから、ドイもヤマダ先生を呼んでくるから、と事務室を後にする。残された俺とヨシノ先生とコマツダは互いに顔を見合わせ、同じタイミングで微笑み合う。ああ、楽しい時間になりそうだ。俺はそんなことを考えながら、まだ見ぬ庭園に想いを馳せる。…痛みは、もう感じなかった。
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