嫌な予感ほど当たるもの
トベ先生と共に例の集落の場所へと向かうが、リキチが言っていたようになかなかに距離があり、1日で向かうのは無理だと結論付け、俺達は旅館に泊まりながら集落の場所へと足を進める。まさか行きだけで2日も掛かるとはな…まあ、出発したのが遅かったからかも知れないが、何も言わずに来たからキリ達が心配だったりする。早く帰ってやらないとな。
「サラくん、そこに段差があるから気を付けなさい」
「あ、有り難う。…そこまで気を遣わなくて平気だぜ?」
「そうかも知れないが、今は夫婦という設定だからな…気を遣わせてくれ」
「…ん、そうだな」
「…わたし個人としては、いつも君が心配だ。あまり無理をしないように」
「…分かったよ。…あ、あなた」
この世界の名前を呼ぶのが苦手な俺への妥協案は、あなた、だった。気恥ずかしいが、仕方ねえ。夫婦設定なのに先生じゃおかしいもんな。俺の反応を、トベ先生はいつも微笑ましそうに笑う。年の功ってやつか、その余裕が腹正しいが慣れていないのだから仕方ねえ、よな?俺の大根役者っぷりが足を引っ張ってる気がしないでもないが、トベ先生のフォローのお陰で何とかなっている気がする。…ロイに足りねぇのはこういうことだよなあ…
暫く歩いていれば、すん。と焦げ臭いような香りを感じる。近いんだろうな。それにこの嗅ぎ慣れた香りは……いや、まだ錬金術の跡を見付けた訳じゃない。冷静にしないとな。
「地図では此処だが……何もないな」
「…建物があった、という形跡すらないのは些か引っ掛かる…サラくん、わたしから離れないように」
「単独行動はしねぇよ。…トベ先生こそ、変な奴があったらどんなに小さいことでも教えてくれ」
「勿論だ。…せめて遺体だけでも見付かれば良いのだが…弔ってやりたいものだな…」
「…そうだな…」
生き埋めになっているのか、跡形もなくバラされたのか。その2択なら、まだ前者の方が埋葬出来るからマシだよな。俺とトベ先生は手を合わせてから、集落の調査を始める。何処を調べても、此処に家があったという形跡すら見付けることが出来ない。念入りに爆破したのかも知れねえな…粉々になっていたとしても、何かしらが見付かってくれれば少しは進展するんだが…風で飛んでる可能性もある。少しばかり、探索の範囲を広げた方が良いのか…?
「サラくん、少し良いか」
「ん?何か見付けたか?」
「…この跡は以前君が見せてくれた錬金術に似ていると思うのだが、サラくんの見解を聞かせて欲しい」
「!…分かった。ーー…錬金術だな、かなり高度な奴だ」
「やはり、か」
「当たって欲しくなかったんだが…キンブリーで決まりだろうな。…は〜〜、まじか…」
「手を合わせたことは?」
「2、3回しか会ったことないんだぜ?ないに決まってんだろ。…勝てる自信もない」
「わたしも共に居る。あまり1人で抱え込むな」
「…頼りにしてるよ、先生」
そうだ、今の俺は1人じゃない。支えてくれるトベ先生が居るんだ。落ち着け、焦りこそ最大の敵だ。俺は深く深呼吸をしてから、その跡を念入りに調べる。規模はかなりでかいな…地図通りの大きさなら、一夜で簡単に滅ぼすことが出来るだろう。…いや、爆弾魔と謳われているキンブリーなら2時間もあれば壊滅出来るだろうな。足跡とかはないか…不自然に何もない場所が広がってる、って感じだな。冷静になっていたのが良かったのか、俺はこっちに近付いてくる足音に気付いた。ちらりとトベ先生の方を見ればそっちも気付いていたんだろう、いつでも刀を抜けるように手を鞘に掛けていたのを見て、俺も自分の獲物に手を掛けーー同時に振り返り、銃と刀を突き付ける。
「逃さん」
「動く……ぁ…?」
「サラくん…?」
「おわっ!びっくりした…久し振りの再会にしてはなかなか過激だな?まあ、びっくりさせた俺が悪いんだろうけどさ」
「…ヒュー、ズ…?」
「おう!」
「…ヒューズ…」
「おう、どうした?」
「…俺の前で、良く、その姿が出来たな…俺が、何も聞いていないと思ってるのか…?」
「…そんなに怖い顔するなよ。俺とお前の仲だろう?サラ」
「お前が!その顔で俺の名前を呼ぶな!!」
エンヴィー!!そう名前を叫ぶように言えば、そいつはニヤリと笑みを濃くする。やめろ、その顔で、ヒューズの顔でそんな笑い方をするな…!!分かってる、彼奴はヒューズじゃないって。ヒューズを殺したエンヴィーだって、分かっている。それなのに、引き金を引けない。指が震えて、照準も定まらない。彼奴の、ヒューズの仇なのに、俺は、撃てない…!そう絶望した瞬間ーーヒュンッという鋭い音共に、俺は逞しい片腕に優しく抱き締められた。
「…トベ、先生…?」
「しっかりしなさい、サラくん。君が手を下せないなら、わたしがやろう。ーー1人で抱え込むな、と言っただろう?」
「…は……悪い、迷惑を掛けた」
「構わない」
「…ふぅん?良い男を味方にしたんだねえ」
「…その皮を剥いでからその口調にしろ。そいつを汚すな」
「えー?別に良いじゃん、君こいつのこと好きだったんでしょ?…本当、人間って分かりやすいよねえ。こいつも奥さんの顔にしたら何も出来なかったし。本当……分かり易くてだぁい好き」
「ーー俺は嫌いだ!」
「おっと!…へえ、撃てるんだ。流石ラースの娘」
「っ…」
「ーー隙だらけだ」
スパンッという心地が良い鋭い音共に、ヒューズの、じゃない。エンヴィーの顔が真っ二つに割れる。トベ先生は俺を庇うように前に立ち、真剣をエンヴィーに向けて構えている。…情けない。ヒューズの次は親父の名前を出して揺さぶりを掛けられた。それに、反応してしまった。エンヴィーの性格の悪さを、俺は聞いているのに。ぐっと唇を噛み締め、前を向こうとしたその時、トベ先生に向かう殺意に気付き、俺は引き金を引く。
「…やっぱりお前も居たのか、キンブリー」
「おやおや、見付かってしまいましたか。エンヴィー、もう少し揺さぶりを掛けて下さっても良かったんですよ?」
「ごめんごめん、サラだけなら容易かったんだけどね」
「…サラくんの名を気安く呼ばないで頂きたい。ーー不快だ」
「…トベ先生…」
「共に居る、安心しなさい」
「ーーおう」
震えは、まだ止まってない。それでも、俺は前に進まなきゃいけない。深呼吸をして、獲物を構え直す。前までは1人だったけど、今はトベ先生が居る。一緒に居てくれる。ーー震えは、止まった。1人じゃないっていう安心感は凄いな。そんな俺の反応を、エンヴィーとキンブリーは興味深そうに見ている。…そういや、俺はキンブリーは勿論、エンヴィーと手を合わせたことなかったな…勝てるだろうか。いいや、勝たなきゃいけない。しっかりしろ、弱気になるな。やらなきゃ、いけないんだ…!
「…美しく良い目になりましたね、クローズ」
「はっ、お褒め頂きありがとーございます。…此処の集落を滅ぼしたのはお前達か?」
「ええ。エンヴィーが人を殺っているのを見られてしまいましてね、口封じを兼ねて美しく散って頂きました」
「…外道が」
「ふふ、照れますね」
「サラはデート中ー?あの大佐は可哀想だねえ」
「褒めてねえ。さあ?お前に答える義理はねえな」
「…此処にいた人達をどうした…」
「そんなのーー木っ端微塵にしたに決まってるでしょう?」
「サラとお前は悠長だねえ、何で戻って来たのか分からない訳じゃないでしょ?」
「わたしとサラくんを甘く見るな。…いけるか、サラくん」
「ーーおう。もう、大丈夫」
負けてなんか、やらない。俺の二つ名を知らない筈がない2人相手なのは少しばかりキツイかも知れないが…俺は水なら何でも凍らせることが出来るのを、きっとこいつ等は知らないだろう。俺だって此処に来て初めて気付いたんだし。…キンブリーとエンヴィー相手なら、この劇薬使えるな。普通の人間とホムンクルスなら、やっぱり狙いはエンヴィーだよな…と俺の方に向かって放たれる技を避けながら思う。俺の相手キンブリーなんだよなあ…どうにかして2人いっぺんに喰らわせられねぇだろうか…
(ーーやっぱりトベ先生は凄いな)
ゆらりゆらりと避けながら、確実に攻撃を当てていく。自分の攻撃は当たらねえのに、相手からの攻撃は当たると言うこの展開に、最初は余裕そうだったエンヴィーが苛立っている。…確か割りと単純な方だって言ってたっけ。これはーー…俺がさりげなく誘導すればいけるのでは?トベ先生に伝わるかが問題にはなるが…どうだろうな、やっぱり此処でケリを付けたいよな。それにはきっと、この劇薬が1番良い気がする。
「ーー余所見とは、余裕ですね?」
「うおっ、はは。悪い悪い、寂しかったか?」
「寂しくなんかありませんけど?…せっかくこうして会えましたからねえ、今まではロイやヒューズに邪魔されてましたから」
「…会う機会が少ねえなあ、とは思ってたけど…邪魔されてたのか。いや、ロイは分かるけどヒューズも?」
「私みたいな狂人が貴女に悪影響を与えるって懸念してたみたいですね」
「狂人って。確かにお前の趣味は悪趣味だけど、美しいやつを見たいっていう信念を貫いてるだけだろ、手段が悪いだけで悪い奴ではないと思ってるけど」
「…おや。私、結構あくどいことしてますよ?」
「スカーの件はあれだけど、大体は外れくじ引いただけだろ。…エンヴィーからは手を引いたほうが良いぜ?俺はキンブリーは嫌いじゃねえけど彼奴は嫌いだ。ヒューズを殺したのも、イシュヴァール戦の引き金を引いたのも彼奴だしな」
「……は?」
「知らなかったのか?子供を将校が誤射したから始まったあの戦だが、あれはそもそもエンヴィーがやったんだよ。…それを同じホムンクルスであるブラッドレイが壊滅させた。仕組まれてたんだってさ」
和やかに会話してるように見えるかも知れないが、常にお互いの錬金術で相殺し合ってたりする。タイミングズレたら被爆するし、なかなかに読めねえ。糸口が掴めねえけど、此奴自身は嫌いじゃないからエンヴィーと離れさせられないかなあとか思ってたら…イシュヴァールのことを知らなかったらしく、目を瞬きしている。親父、何て呼んでやらねえからな。ルイを悲しませたあの戦の引き金を引いたのはエンヴィー。それを知ったキンブリーはすっと表情を変えーーパンっと手を合わせた瞬間、エンヴィーの方にさっき拾ったのだろう石ころを投げる。…トベ先生とキンブリーを守っとくかな。パンっと手を合わせ地面に手を付き、俺とキンブリー、トベ先生を守るように氷の盾を召喚した瞬間ーードガンッ!と凄まじい音共に衝撃波が襲って来た。強度上げといて良かった…!
「おいこら、キンブリー。トベ先生を巻き込むな」
「おや、すみません。お怪我はありませんか?」
「あ、ああ…サラくんのお陰で無事だが…」
「それは良かっ…「良くないから!何すんのさ!!」…エンヴィー。貴方、私に言ってない情報がありましたね?イシュヴァールのあの戦、発端は貴方らしいじゃないですか」
「ああ、そんなこともあったねえ。…言う必要ある?あの戦でホムンクルスと人間、どっちが生き残るのか気になります〜とか言って付いてきたんじゃん」
「美しくない」
「……は?」
「…サラくん、彼は…?」
「へーきへーき。とりあえず、いつでも抜けるようにしてて」
不安げに見て来たトベ先生の隣に立ちながら、俺はあの劇薬を銃の弾に混ぜ込んで見る。罪のない、それもまだ小さい子供を巻き込んだあの悲しい戦の発端であるエンヴィーを、彼奴が許す筈ないって思ってたんだ。無意識なのか分からないが、子供好きみたいで少し優しかったし。だからこそ一緒に連んでるのを見て、びっくりしたと共に失望したんだ。俺が知ってたキンブリーは居ないんだって。…でも、まだちゃんと居たんだな。
「エンヴィー、貴方とは縁を切らせて頂きます。美しくない上に隠し事をされるのは嫌ですから」
「は!?裏切るの!?」
「裏切るも何もーー…貴方方、ホムンクルスの完全な味方になった訳じゃありませんけど?ヒューズに手を下したのも貴方だって知りませんでしたよ」
「…キンブリーも何も知らされてなかったのか」
「そのようです。…サラ、貴女と共闘しても良いですか?」
「嬉しい限りだよ。トベ先生、準備は?」
「抜かりはない。…3対1になってしまったな?」
「は?え、う、嘘だろ…!?」
「キンブリーの性格ぐらい知っとけよ、ばぁか!」
美しいか美しくないかで判断するこいつが、隠し事する奴に絆される訳ねえだろ。何で2、3回しか会ってない俺の方が詳しいんだろうな。まあ、ボロボロになっていくエンヴィーはちょっと面白いからまあ良いか。触れるものを爆弾に出来るキンブリーに、読めない動きから繰り出される美しい剣技を放つトベ先生。遠距離も近距離も凄いこの2人の邪魔をしないように、俺は離れた場所から銃弾を放つ。劇薬を混ぜ込んだ銃弾は見事に命中し、あちらこちらが物理的にボロボロになって逃げていくエンヴィーに少しばかり気分良くなっていたら、トベ先生とキンブリーにえぐいくらい引かれた。解せぬ。
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