後悔なんて、してないよ
ーー私だって、譲れないことくらいあるだ!!
大喬様のお隣で、誰にも邪魔されることなく談笑しながら朝餉を食べれたあの夢のような朝から数日後、私は気にしていないのだけれど私に対する力加減を覚えるまでは、孫策様は大喬様と私の間に入らないことに決まったらしい。練師様が教え込みますね、と素敵な笑顔で張り切っていたのは記憶に新しい。…流石にやばそうになったら止めに入ることも考えた方が良いかも知れねぇだ。戦初心者の私には皆甘いから、きっと練師様も止まってくれるはず。別に孫策様が徹底的に叱られるのはどうでも良かったりするけれど、大喬様が悲しむのだけは防がなきゃダメだべ。ーーだからこそ、
「だから、私を鍛えて欲しいだ!!二人にしか頼めねぇだ!」
目の前で困ったように笑いながら頬を掻いている幼馴染みで親友である二人に頭を下げる。珠華ちゃんも翠青ちゃんも私が戦に赴くことを良しとしていないから、最低限の生きる知恵しか教えてくれない。いや、それも十分有り難いんだけど!それだけじゃ、足りないんだ。私の大喬様への想いに近い人が居る珠華ちゃんも気持ちは分かってくれるけれど、鍛えるのは話が別らしい。…た、確かに私は忍者じゃないけど…翠青ちゃんみたいに環境が整ってる訳でもないけど、私だって強くなりたいと願っても良い筈だべ!!
「どうして分かってくれねぇだ!?私だって、大喬様をお護りしたいだ…」
「…その気持ちは、私達にも理解出来てるけど…霞月ちゃんには、教えてあげられないよ」
「どうして!」
「…霞月ちゃんの手はね、優しい手だから。…血に染めちゃダメだよ」
「っ、それを言うなら大喬様だって!…珠華ちゃんだって、翠青ちゃんだって同じだべ…」
「私と翠青ちゃんは生まれたその瞬間から、当主様の為に戦うことが決まってたから同じじゃないよ。……どうして、出会ってしまったのかな。霞月ちゃんには、戦いの道に進んで欲しくなかったのに…」
「…私も珠華ちゃんも、意地悪を言ってる訳じゃないんだよ?私達はね、霞月ちゃんが大切なんだ。だからね、霞月ちゃんの優しい手を、護りたいんだ。…奪って来た私達が言える台詞じゃないんだけどね」
肩を震わす珠華ちゃんの背中を撫でながら、翠青ちゃんが悲しそうな表情をしながら呟く。…二人が私を大事にしてくれてるのは分かってるんだ。でも、私だって譲れない。そりゃあ、珠華ちゃんと翠青ちゃんの言葉に揺れないなんてことはないけれど、…私だって、覚悟してこの世界に飛び込んだんだ。私だけ特別視なんてされたくない。だって私達はーー…
「…対等、だった筈だべ。私だけ護って貰ってばかりじゃ、嫌だ…!!」
「っ、それは…」
「私達は生き方も身分も違えど、立場だけは対等だって!!…そう、約束した筈だべ…!」
「…はー…それを出して来るのは狡いでしょ…」
「!ま、まだまだあるだ!!私は家出して来た翠青ちゃんと潜入の為に来てた珠華ちゃんを無償で泊めてあげた!恩を返して貰ってねぇだ!」
「えええ…だ、だってそれは友達だから要らないって言って受け取ってくれなかったじゃない…!」
「二人は私に借りがあるだ!」
先に約束を破ったのはそっちだべ。
そう付け足しながら言えば、二人は言葉を詰まらせる。…狡いのは分かってる。これだけは、何があっても言わないつもりだったから。それでも、必要とあれば使わざるえない。…私だって、覚悟してこの世界に飛び込んだんだ。護りたいと、お傍に居たいと思ったあの方の為に。それに、…私を大切だから護りたいと言ってくれた二人には悪いかもだけど、私はこの世界に飛び込んだことを後悔なんてしてないんだ。
「…やっと、対等な立場になれた気がしたんだ。私も、護れる側になれたんだって」
「…霞月ちゃん…」
「私は二人に比べたらめちゃくちゃ弱いし、頼りにならねぇけんど……私だって、珠華ちゃんと翠青ちゃんを護りたい。だから、教えて欲しいだ」
「…覚悟は、出来てるの?霞月ちゃん、まだ命を取ったことないでしょう。…優しい孫呉の人達がやらせる訳ないと思うし。…殺れるの?」
「…正直、怖くないなんて言えねぇだ…でも、やらなきゃいけないことだって分かってる。…私は、大喬様をお護りしたいから」
「…は〜〜、練師殿に叱られた際はちゃんと間に入ってよね。口五月蝿い人は軍師殿だけで十分なのに」
「や、諸葛亮殿が珠華ちゃんを叱るのは珠華ちゃんが言うこと聞かないからなんじゃ……って、教えるの!?」
「分かってること言われても二度手間だし、面倒なだけじゃない?…仕方ないでしょ、こうなった霞月ちゃんを説得するのは難しいし。それに…」
「?それに…?」
「ーー…霞月ちゃんを泣かせたくはなかったからね」
珠華ちゃんは困ったように笑いながら、いつの間にか流れていた涙を優しく拭う。…視界がぶれてるように感じたのは、泣いてたからだったのか…きょとりとしていれば、珠華ちゃんは呆れたように笑いながら「此処まで追い詰めてごめんね」と言いながらポンポンと片手で頭を撫でて来る。…その優しさで更に涙腺が緩くなった気がするだ…止まりかけていた涙が再びじわりと零れかけたとき、ふにっと背中が柔らかい感触に包まれる。この感触はーー…
「…翠青、ちゃん?」
「…もう、そんな風に泣かないでよ。私達が悪役みたいじゃない。こんな所見られたら孫呉の人達に責められちゃうよ」
「優しいし甘いからねえ、孫呉の人達は。…あんなに優しくて生き残ってけるのか不安だけど」
「珠華ちゃん」
「…はーい、黙ります」
「宜しい。…霞月ちゃん」
「…ん」
「…意地悪してごめんね。霞月ちゃんだって覚悟を決めてこの世界に入って来たのに、それを何も聞かずに否定しちゃダメだよね」
「…翠青ちゃん」
「私も、ちゃんと教えるよ。まあ、今までみたいに危険から遠ざけちゃったりするかも知れないけど…ちゃんと教えるから。…だから、いつまでも優しい霞月ちゃんのままでいてね…」
「…!」
「私も珠華ちゃんもね、望んでこの世界に入った訳じゃないから…この世界に入ることが前提だったから割り切れたけど、霞月ちゃんは違うじゃない…だから、意地悪しちゃったの」
「…翠青ちゃん…」
「…私も翠青ちゃんも、自分の手が綺麗だなんて思ってないからね。特に私は暗殺とかしたりするし。…だから、さ…最初は霞月ちゃんの手を取ることも、悩んだんだよ」
そう言われて思い出すのは、宿をこれから探すのだと笑う珠華ちゃんと翠青ちゃんの姿。「住む場所を探してるなら私の家に来ない?」そう紡いだ私に、珠華ちゃんと翠青ちゃんの肩が跳ねたこと。あれは初対面の相手にそう言って来たから驚いたのだと思っていたけどーー…私が農民だったから、悩んだのか。人を殺めたことがある2人が、そんなことに無縁そうな私を巻き込んでしまうんじゃないかって、そう思ってしまったんじゃないかって思ったら、あの驚きようも頷ける。…だとしたら…
「…2人共、馬鹿だべ」
「「ゑっ」」
人を殺めてるとか、逃げて来たとか、そんなの関係ない。私は珠華ちゃんと翠青ちゃんだから、手を貸してあげたいと思ったんだ。あの村には民宿とかもあったし、おばさんもおじさんも優しいからきっと2人は快適に過ごせただろう。でも、それは嫌だなって思ったんだ。あの出会いを、あれっきりにしたくなかった。暫く村に滞在するって言ってたし、民宿で過ごしてたとしても会えないなんてことはなかっただろうけど…側に居たいって思ったんだ。
「あー…ちょっと仕事でね。色々聞いて回るけど、嫌な思いはさせないつもりだから気にしないで貰えたら助かるんだけど」
困ったように頬を掻きながら突き放すような言い方をする珠華ちゃんが一瞬だけした悲しそうなあの表情を。
「…私はちょっと家出しちゃって。気にしないでくれたら嬉しいんだけど…」
悪いことをしてるとは分かってはいるけど、絶対に折れたくないという強い意志を持った翠青ちゃんのあの力強い瞳を。私は、放っておいたらダメだって思ったんだ。そんな二人に、心から惹かれたんだ。今までの暮らしに文句があった訳じゃないけれど、世界が変わるような、そんな気がしたんだ。
ーーこの人達を、引き止めなきゃダメだ。
そう思って、全力で私の家に住みなよ!って何回も伝えてたあの時を、私は生涯忘れないだろう。いつも通りだった世界に、新しい色を付け足してくれた。私の好奇心からの質問は今となったら失礼なことばかり言っていたような気がするけど、怒ったりもせずに優しく教えてくれたあの日々を、私は絶対に忘れない。会話だって鮮明に思い出せるんだよ、二人はそんなこと思ってもいないだろうけれど。…まあ、言うつもりもないしね。
「私を珠華ちゃんと翠青ちゃんが居るから、この世界に飛び込んでも大丈夫だと思っただ。…なのに、そんな寂しいこと言わないで欲しいだ…」
「…霞月、ちゃん」
「…本当に良いの?まだ、引き返せるよ…?」
「翠青ちゃんは心配性過ぎだべ…大喬様にも出会えたし…後悔することなんて一切ねぇだ。だから、そんなに気に病まなくて良いだ」
「…は〜〜、分かった。そこまで言うなら私からはもう何も言わないよ。…でも、これだけは約束してね?ぜっっったいに一人で抱え込まないこと!何かあれば私か珠華ちゃんに言うんだよ!!」
「どんな些細なことでも良いよ、何でも聞くから。…あまり無理はしないでね」
「…んだ、約束するだ」
私が頷けば、珠華ちゃんと翠青ちゃんは困ったように眉間にシワを寄せながらも、こくりと頷いてくれた。すぐには受け入れてくれないのは分かっている。…でも、私だってこればかりは譲ってなんかあげないから。何回だって言うし、何年も待つつもりだ。それを分かってくれてるんだろうね、二人はもう何も否定するつもりはないようだ。少しばかり嬉しくなりながらも、私は口を開いて言の葉を紡ぐ。時間は大切、だもんね。
「まずは何をしたら良いだ?鉄扇をもっと使いこなすにはどうしたら良いだ?」
「んー、鉄扇は私も使ったことないから良くは知らないけど、筋肉は付けておいても損はないんじゃないかな」
「…霞月ちゃんが珠華ちゃんみたいにムキムキになったら困るからほどほどにはしてね?でも、筋肉なら霞月ちゃん畑仕事してるし、付いてるんじゃないかな…?」
「筋肉は良いぞ(翠青ちゃん、それどう言う意味…?)」
「珠華ちゃん、多分それ逆だべ」
「おっと。…んんっ、鍬(くわ)で耕やす時に使う筋肉の動かし方じゃなくて、違う動かし方を学んだ方が良いと思ったんだけど…ほら、鍬は上下だけど鉄扇は左右にも振れるでしょ?」
「あー、それは確かにそうかも。…その場に応じた扱い方が出来れば、敵に囲まれた時から戦う時のやり方が増えるもんね。だとしたらまず〜〜」
「ん、それは勿論だけどまずは〜〜」
当の本人である私を差し置いてああでもないこうでもない、と言い合う二人。さっきまで私に対して全力で引き止めて来ていたとは思えない勢いに、私はくすりと笑みを零す。珠華ちゃんも翠青ちゃんも鍛錬に関しては絶対に手を抜かない人だって私は知ってる。きっと血反吐を吐くことになるんだろうとは分かっているけれど、これでやっと同じ場所に立てるのだとワクワクしてたりもする。…全ては、あの優しくて素敵な尊い方の為に。
「霞月、あまり無理をしてはいけませんよ?」
誰よりも優しい貴女に悲しい顔をさせない為に、私は強くなります。人を殺すことが怖くない訳ではないけれど、大喬様に危害を与えるのなら、私は容赦してはいけない。戦いはあまり好きではないと言っていたのに、愛する旦那様である孫策様のため、孫呉のためにと奮闘する貴女の力になりたいんです。
だから、お側に居させて下さいね…
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