秘密の関係
ーーこれは、私達だけの秘密です。
若を庇って怪我をしたり、毒を浴びたりしてから数日が経ち、無事に完治した私はのんびり歩いていた。もう治っていると言ってるのに、過保護になってしまった馬岱さんと若がなかなか許可してくれない。…素直に甘過ぎたかな。もう少し自重するべきだったかなあ…いやでも、馬岱さんも若も嬉しそうだったし。あの顔見せられたら羞恥心なんて余裕で捨てるわ…あんな笑顔、初めて見た気がするくらいだし。だから、本当は鍛練したいけど我慢しておこうかな、笑顔を曇らせたくないし。なんて考えていたら、不意に私を呼ぶ声が聞こえーー…
「ーー星彩?どうしたの?」
「珠華、お願いがあるの」
「お願い?」
「理由は後で話すわ。…私を連れて一緒に逃げて」
「ーーは?…何だか良く分からないけど、逃げれば良いんだね?任せて」
「…ごめんなさい、病み上がりなのに」
「気にしなくて良いよー。さ、おんぶと抱っこ、どっちが良い?馬には乗りたくないんでしょ?」
「!貴女には敵わないわね…それじゃあ、抱っこで」
「はいはい、任せて」
私が両手を広げれば、星彩は嬉しそうに破顔してから飛び付いて来た。そんな星彩を抱き止め抱っこしてから地面を蹴る。きゃ、なんて可愛い声を出す星彩に声掛ければ良かった、と内心反省しつつ外壁の上を走っていれば、ふと何かを探している鮑三娘と銀屏の姿があり、その姿を見た星彩の表情が引き攣るのを見た私は声を掛けることなく反対方向に向かう。…星彩が鮑三娘と銀屏に対してあんな態度を取るなんて珍しいな、何があったんだろう?そんなことを考えつつ、私は匿ってくれそうな人の部屋へと向かった。
「ーー法正さん、お邪魔します」
「珠華?珍しいですね、星彩殿と駆け落ちでもするんですか?」
「違いますよー。何か星彩が鮑三娘と銀屏に追われてるらしくて、匿って貰えませんか?」
「ほう…?銀屏殿はともかく、鮑三娘殿は俺を嫌ってるみたいですし良い隠れ場所かも知れませんね。良いですよ、奥にどうぞ」
「法正さんがもう少し取っつきやすくなれば鮑三娘だって寄って来ますよ、有り難うございます!…星彩、降ろすね。目回ってない?大丈夫?」
「ええ、大丈夫…法正殿、いきなり押し掛けてごめんなさい」
「お気にならず。俺が居ても平気ですか?何なら外で見張ってますよ」
「…ええ、大丈夫」
「法正さん、仕事中でした?」
「休憩しようと思っていましたので大丈夫です。俺を頼るなんて馬岱殿と馬超殿に恨まれたりしません?」
「あの二人は人が良いですからねえ…多分教えちゃうと思うんで法正さんに頼りに来たんです。法正さんならちゃんと匿ってくれますし!」
「悪党をそんなに信用して良いんですか?俺も銀屏殿の怪力を受けたくはないですからねえ、喋るかも知れませんよ」
「法正さんはそんなことしないって信じてますから」
「…負けましたよ。珠華には敵いそうにない」
「…珠華と法正殿は仲良しなのね」
「私は親友だと思ってるからねー。気が合うんだ、話しやすいし。何だかんだ言ってお互いに蜀大好きだからね!」
「珠華」
「はーい、余計なことは言いませーん」
バッと口を塞ぎながら言えば、法正さんは呆れたように溜息を零してから視線を逸らす。此処で追い出さない、ってのがやっぱり法正さんは優しいなあ、だから私に付け込まれちゃうんだよ。まあ、法正さんに不利益なことするつもりはないけどね。お茶淹れて良いですかー、と確認を取ってから人数分のお茶を淹れて、法正さんのテーブルに一つ置いてから私は星彩の隣に座る。お茶を渡してからどうして鮑三娘と銀屏に追い掛けられていたの?と問い掛ければ、星彩は困ったような表情を浮かべながら口を開いた。
「…関平と何処までいってるのか、って聞かれたの」
「関平殿と?」
「あー…確かにその手の話、星彩殿は苦手そうですねぇ、逆に鮑三娘殿と銀屏殿は好きそうですね」
「…目を輝かせていました。銀屏殿は私と鮑三娘が姉になって欲しいと思っているみたいです」
「…星彩と鮑三娘が姉?どうして?」
「つまりは諸葛亮殿と月英殿みたいな関係になって欲しいって訳です。更に簡単に言えば夫婦ですね」
「…めおと…?星彩って関平殿のことが好きだったの?」
「違うわ。…同僚としては勿論好きよ。でも、そういう対象として見てないわ」
「ほー。法正さんは関平殿からそんな話聞いたことあります?」
「…振り向かせたい人が居る、とは聞いたことありますよ。誰とかは流石に知りませんけどね」
「…そう」
「…星彩、ちょっとだけ不機嫌になったね」
「、そう…かしら」
「うんうん、いつもより皺寄ってるよー、美人さんなのに勿体ない」
「俺にはいつもと同じに見えますけどねえ…珠華は良く人を見てるんですね」
「好きな人だけですよー、些細なことでも気付いて上げたいですから!法正さんも最近寝てないんじゃないですか?劉備様にチクられたくないならちゃんと休んで下さいね!きっと泣きそうな顔で“法正、寝てないとは誠か?ちゃんと休んでくれ”って言いに来ますよ〜?」
「…劉備様にそっくり…」
「…本人が来たのかと思いましたよ。実際にそうなったら困りますし、気を付けますよ」
「何かがあった時のために声真似出来たら便利じゃないかなーって練習したんです!気を付けて下さいね!」
“何かがあった時のため”
その言葉に、法正さんと星彩に表情が変わる。多分、私が想定している最悪の状況のことを理解したのか、何かを言いたげな表情で見つめてくるけど口を開いたりはしないようだ。多分、私がこの意見を変えないって分かってるんだろうなあ…だからこそ、私は法正さんと星彩が好きなんだ。言わなくても分かってくれるから。他の人ならきっと止めようとしてくるからね…でも、劉備様と劉禅様を失う訳にはいかない。
(ーーごめんなさい)
悲しませたり、したくないのに。でも、蜀には劉備様と劉禅様が必要だから。馬岱さんと若のこともちゃんと守るけど、劉備様と劉禅様に危険が迫ったらきっと私はそちらに向かってしまう。…もう、馬岱さんと若の目の前で大切な人を失わせる訳にはいかない。塞ぎ込んでしまっていた馬岱さんと若を受け入れ、居場所を下さった劉備様の為にーー…賭ける、にしてはちっぽけだけど。私の命、賭けさせてね。…誰かに話したりしないからって法正さんと星彩にだけ話してしまう狡い私を許さなくて良いから、最悪な事態が起きてしまったらその時はーー…馬岱さんと若を、宜しくね。
「ーー珠華」
「…ん?」
「…貴女は、狡い人ね」
「…ごめんね、星彩」
「きっと、…馬岱殿と馬超殿は泣いてしまうわ」
「そうだろうねぇ…でも、劉備様が居れば立ち直れるよ。あのお方は人を引っ張るのが上手いから」
「それには俺も同意ですが……何を言っても、貴女には届かないんでしょうね。信頼を置いてる俺や星彩殿だけに話すのは最悪な事態が起きてしまった時の為に、ですよね。…本当、狡い人だ。俺より悪党じゃないですか」
「…法正さんと星彩には勝手に色々背負わせてごめんなさい。捨ててしまっても構わないですからね、私が勝手に押し付けてるだけですし」
「捨てないわ、絶対。…貴女の蜀への想い、必ず守り抜いてみせる」
「捨てませんよ、珠華の覚悟なんですから。ま、出来たらその最悪な事態が起きないことを祈りますけどね」
「…そうですね。私も、起きないことを祈ります」
出来たら私だって、長生きしたいもの。起きて欲しい訳じゃない。でも、何が起きるかは分からないから、最悪な事態のことを考えていてもおかしくはない、でしょ?…龐統先生、怒るだろうなあ…それがちょっぴり不安だったり。でも、話をしたら絶対に止められちゃうし、諸葛亮殿に伝わるかも知れない。…私が劉備様と劉禅様に強く出れないのを分かっているから、その二人に伝えるかも知れないから話せないなあ…ごめんね、龐統先生。可愛いがって貰ってるのになあ…
…自分から話したとは言え、暗い雰囲気になってしまったなあ…何か話を変えないと、と思っていれば星彩に手をぎゅっと握られた。
「星彩?」
「…戦に出る時、貴女の側に居ても良いかしら。思い出を、沢山作りたいの」
「…それくらいなら全然大丈夫だよ。諸葛亮殿にも頼んでおけば近くに配置してくれるだろうし。法正さんだって配慮してくれますよね?」
「勿論ですよ。…馬岱殿と馬超殿には申し訳ありませんが、俺も珠華との思い出が欲しいので俺も仲間に入れて下さいね」
「馬岱さんと若から離れたら二人から苦情来るんじゃないですか?最近過保護なので…」
「…珠華に聞きたいことがあって近付いたら睨まれたわ。同性でも嫉妬してしまうのね」
「ゑっ、それいつ!?」
「つい最近よ。…あの二人、珠華独り占めし過ぎだと思うわ。全く話せなくなったもの」
「まだ星彩殿は良いじゃないですかね。俺なんて姿を見せただけで露骨に嫌な顔されますよ。馬岱殿が自慢の身長で珠華を隠し、馬超殿がひたすら話し掛ける…絶妙なやり取りに色んな人が機嫌損ねてましたよ」
「あー…言われてみれば確かに最近馬岱さんと若以外と話してないかも…?何だかんだ言って星彩も法正さんも顔見るのすら久し振りな気が…劉備様と劉禅様にはお会いしましたけど…」
「貴女を可愛いがってる龐統殿もなかなか会えないと諸葛亮殿と徐庶殿に愚痴ってましたよ」
「父上と兄上も貴女に会えないと肩を落としていたわ」
「んー、もう少しだけ出歩けるように交渉してみます。今日は若が直江兼続殿と遠乗りに行くそうで…病み上がりにはキツいだろうってことで留守番だったんですよ。多分、もう暫くは帰って来ないんじゃないですかねー」
「…それ、本当?」
「それはまた…良いですね。丁度次の軍議の為に買っておいた饅頭があるんですよ、星彩殿さえ良ければ食べて行って下さい」
「私には聞いてくれないんですか!?…軍議の為なのに出してくれるんですか?怒られません?」
「珠華に拒否権があるとでも?…軍旗といっても、諸葛亮殿と話すだけですからね。劉備殿に軍師同士仲良くしてくれと頼まれまして。…諸葛亮殿と饅頭を食べるより珠華と星彩殿と共に饅頭を食べた方が俺は良いです」
「本当に法正さんって諸葛亮殿のこと苦手ですよね〜、私もだから強くは言えませんけど。星彩、どうする?」
「…頂くわ。法正殿のこと、少し誤解していたみたい。…少しだけ、貴方のことが分かった気がします」
「それは光栄ですね」
星彩の言葉に法正さんは嬉しそうに微笑む。うんうん、法正さんっていい人だからね。誤解されたままでは勿体ない。…まあ、本人はその方が良いのかも知れないけど、…一人ぼっちは寂しいからね。私が居なくなったら法正さんは一人になってしまう。それは私が安心出来ないから、ね。星彩は優しくて良い子だから絶対に気付いてくれると思ってた。…これで一安心かな、と用意された饅頭を一口齧る。こし餡うま…お茶を飲みながら他愛のない話をしていればーー…
「珠華ー!!帰ったぞー!!何処だー!!」
「ちょい、若ァ!!大声出したらびっくりしちゃうでしょ!珠華ちゃーん、帰ったよー!お土産あるからおいでー!」
「…帰って来たみたいね、もう少し遅くても良かったのに」
「本当ですね…珠華、たまには俺や星彩殿にも構って下さいね」
「隙見付けてまた来ますよ。それじゃ、また。ーー馬岱さーん!若ー!お帰りなさいー!」
「珠華ちゃん、ただいまー!ちゃんとおとなしくしてたかい?鍛練とかしてない?」
「珠華、帰ったぞ!体調は…うん、大丈夫のようだな!良いことだ!兼続殿に良い遠乗りの場所を教えて頂いてな、今度共に参ろう!岱は留守番だな!」
「それは酷いよ!?俺も行くよー!」
「馬岱さんが行かないなら私も行かないです。お一人でどうぞ」
「何!?…仕方ない、三人で行くか!」
「仕方なくないでしょーが!」
「若?いくら若でも馬岱さんに失礼なことするなら容赦しませんよ。…三人でなら喜んでお伴しますよ」
私は寂しそうな星彩と法正さんに後ろ髪引かれつつ、法正さんの部屋に居たことを悟らせない為に素早く馬岱さんと若の側に移動する。私に気付いた馬岱さんからはお土産の草餅を貰い、若からは頭を撫でられた。馬岱さんからのお土産…!神棚に捧げますね、と言えばちゃんと食べてね!?と言われてしまった。ええ、勿体ない…仕方ないから毎日一口ずつ食べよう…え、それもダメですか?殺生な!!慈悲は、慈悲はないのですか…!!ない?うう、鬼です…でも、そんな馬岱さんも大好きです!ーーだから、…幸せになって下さいね。