再確認する
ーーああ、やはり貴方は居なくてはならない人。
あれからというもの、法正さんと星彩が私の側に来ることが多くなったし、私からあの二人のもとに向かう時も増えた。勿論、馬岱さんと若が居ない時限定だけど。私を独占し過ぎではないか、と張飛殿や龐統先生に言われた劉備様の命により、馬岱さんと若が渋々抑えてくれているようだ。それでもやっぱり、法正さんのことはまだ快く思っていないみたいで、私が側に行こうとすれば無言で腕を掴んで来たりする。…もっと仲良くなってくれれば良いのになあ、なんて張飛殿が持参した酒を飲み交わしながら小さく溜息を零す。上手くいかないなあ…
「どーしたよ、珠華。何か悩み事でもあんのか?」
「…悩みと言うか、馬岱さんと若が法正さんのことを快く思ってないのが少々気掛かりでして…」
「あー、確かにかなり不機嫌になるもんなあ…俺としては星彩が仲良いのが驚きではあるけどな」
「…そうかしら?誰よりも人の見る目がある珠華が懐いているんだもの、それだけで信用するには十分よ」
「はっはっは!相変わらず星彩は珠華が大好きなんだなあ!どうだ、珠華。お前には家族が居ねえんだよな?俺の養女とか考えてみねーか?」
「…まあ、両親居ないですし、家族と言えば馬岱さんと若になるんですかね…?…張飛殿の養女、ですか?」
「お前さえ良ければ俺は大歓迎だぞ!…ああ、娘になるのもありだな。珠華も年頃の娘だし、張苞の嫁とかどうだ?」
「んな!?な、何言ってんだよ親父!!珠華、気にしなくて良いからな!!ただの酔っ払いの戯言だからな!」
「…私も珠華が姉上になってくれたら嬉しい」
「星彩まで!?星彩も酔っ払ってんのか…?」
「私はまだ酔っ払ってないわ。兄上も珠華のこと嫌いじゃないでしょう?」
「そ、そりゃあ嫌いじゃ、ねぇよ…な、仲間だし…」
「…私も張苞のことは好きな方だけど、馬岱さんと若が幸せになるまでは私だけ幸せになる訳いかないよ。馬岱さんと若が誰かと結ばれて幸せになってからかなー、自分の幸せ目指すのは」
「相変わらず珠華は義理堅いよなあ…馬岱や馬超と付き合う気はねえのか?」
「ーー私には、勿体ないですから」
にっこり微笑んでから私は呷るように酒を飲み干す。私の一族は馬岱さんと若に代々護衛として付いている忍の一族なんだそうだ。まあ、今は私しか居ない訳だけど。この蜀での当主は劉備様や劉禅様であるけど、血筋だけで言えば私の当主様は馬岱さんと若になるんだよね。最優先に考えるのは馬岱さんと若のことを守ることなんだけど、家族や一族を失って意気消沈していた馬岱さんと若を救ってくれたのは劉備様だから。私に出来なかったことをいとも簡単にやってのけた劉備様に尊敬しない訳にはいかない。…嫉妬しない、訳ではないけれど。…私だって、馬岱さんと若の役に立ちたかったなあ…立たなきゃ、いけなかったのにね。
「ーー翼徳、張苞殿、星彩殿、珠華殿。昼間から飲んでおるのか?確かに非番には違いあるまいが、時間を考えたらどうなのだ?」
「良いじゃないか、雲長。平和なのは良いことだ」
「珠華、あっしが働いてるのにお酒とは羨ましいねえ、美味いかい?」
「あ、兄者!?や、こ、これはその…!」
「…え、許可は得てるんじゃ…?」
「…父上…?」
「劉備様、関羽殿、龐統先生、お疲れ様ですー。良かったら何かしら摘みます?お酒美味しいです」
「珠華は相変わらず素直だねえ…お、もしかしてこの卵焼きは珠華の手作りかい?」
「…よく分かりましたね?張飛殿から急に何か作ってくれって頼まれて何となく作ったのが卵焼きだったんです、食べます?」
「それじゃ頂こうかねえ。…うん、相変わらずお前さんの料理は美味しいねぇ、最高だよ」
「有り難うございます、龐統先生」
「え、この卵焼き珠華の手料理なのか!?どういうことだよ、親父!!」
「…劉備様に酒盛りの許可も得ていて、料理人に作って貰った、って言ってましたよね。父上?」
「…翼徳?」
「嘘はいけないな、翼徳」
「こ、これには事情があるんだ!!珠華、黙っててくれよー!」
「え、だったら口止めくらいして頂かないと…」
「責任転嫁はいけないよ、張飛殿。珠華、もう一つおくれ。この甘さが丁度良いねえ」
「はーい。龐統先生、あーん」
「おや、嬉しいねえ。有り難うよ…うん、やっぱり格別だねえ」
龐統先生は優しく微笑んでから、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。少し疲れているみたいだ。お酒を渡す訳にはいかないし…何か甘い物あったかな…?私は飲み過ぎ防止の為に予め用意していた麦茶をグラスに注ぎ、龐統先生に渡せば嬉しそうに受け取って飲んでくれた。喉が渇いていたのかな、減りが早い。そう思いつつ張飛殿を叱り付けている劉備様と関羽殿にも麦茶を差し入れすれば、彼等もまた嬉しそうに受け取って飲んでくれた。張飛殿への説教は張苞と星彩に任した方が良いだろうし。張飛殿も息子と娘から叱られたら少しは懲りるだろう。いつもより星彩が刺々しいし。…懲りてくれたら良いけど、ね。そんなことを考えていれば、急に体が重くな…うう。
「法正さん、縮む縮む!!」
「良いじゃないですか、減るもんじゃないですし。人が仕事で頑張ってるのに酒盛りですか、良いですねえ」
「減りますからね!?酒盛りだって張飛殿に劉備様から許可得てるからどうだって言われたんですー!重いから退いて下さい!」
「珠華の頭、腕を乗せるには良い位置なんですよ」
「そんなこと知りませんって!龐統せんせー…」
「法正殿、珠華が可哀想だろう?置いて来てすまなかったねぇ、八つ当たりはあっし達にしておくれよ」
「…はー、徐庶殿や趙雲殿は別に構わないんですけどねえ。あの人と同じ場所に居る時に姜維殿を同席させるのは今回きりでお願いしますよ。きゃんきゃん騒がれて話になりません」
「…姜維殿は諸葛亮殿を心酔しておるからな…趙雲殿もあまり良い反応ではおらぬ。兄者、無理に同席させるのは反感を買うと思われるぞ」
「…そうだな、雲長。すまないな、法正。私のわがままに付き合わせてしまった」
「別に劉備殿が悪い訳じゃないですしお気になさらず」
「それでは私が自分を許せないのだ。何か望みはないか?」
「…望み…そうですねえ、遠征任務を珠華と星彩殿と行かせて下さい。それだけで俺は満足ですし」
「…法正殿…」
「勝手に決めないで下さいよ!馬岱さんと若に何て説明すれば良いんです!?」
「逆方向に違う遠征任務に行かせれば良いんですよ。兼続殿とくのいち殿から一緒に任務に行かせて欲しいって要請来てますし。…構いませんよね、劉備殿」
「ああ、それくらいなら配慮しよう。戻って良い任務を考えなければな」
「…法正殿が珠華殿はともかく星彩殿を指名するとはな。…何を企んでおる?」
「星彩は嫁にはやらねえぞ!!」
「父上、そんなんじゃないから安心して」
「けどなー、星彩と法正殿ってそこまで仲良くなかっただろ?何があったんだ?珠華は知ってるか?」
「二人とも私が大好きってことだ……痛い痛い痛い痛い!!事実じゃないですか!」
「自意識過剰にも程があり…「私は珠華のこと大好きよ」…俺も嫌いではないですけど」
「素直じゃないねぇ。あっしも法正殿が良からぬことを考えてるとは思っちゃいないけど、納得しない人が居るだろうからねえ、監視を付けさせて貰うよ。悪く思わないでくれよ」
「ええ、それくらい構いませんよ。…龐統殿にそこまで信頼されてるとは思いませんでしたけどね」
「お前さんが劉備殿に不利益なことをする筈がないからねえ。それに、良からぬことを考えてそうなのは珠華の方だよ。何か企んでいたりしないかい?」
「何も企んでなんかないですよ、龐統先生。疑ってたんですか?」
「…いやあ、あっしの気の所為だね。雰囲気が変わったような気がしたんだ、疑ってごめんよ」
「分かってくれたんなら大丈夫です!」
にっこり微笑みながら言えば、龐統先生はホッとしたように笑ってくれた。ーー…一瞬、バレたのかと思った。未だに心臓がドキドキしている。法正さんと星彩も一瞬だけピクリと肩を揺らしていたから、かなり驚いたんだろう。私の反応に喋ってないことに気付き、黙り込むのを選択してくれたみたいだ。いやあ、やっぱり龐統先生は侮れないなあ…話すべきなのかって思うけど、絶対に引き止められるからなあ…バレないように、表情を張り付けないと。
(ーー大丈夫、私は忍)
自分の感情を殺すくらい、簡単に出来るでしょう?
一度目を閉じ、静かに深呼吸してから私は笑顔を張り付ける。…頑張って笑ってるつもりだけど、何処かおかしいようだ。法正さんと星彩が痛ましげな表情を浮かべているし。まあ、指摘するつもりはないみたいなのが有り難い、かな。…指摘したくてたまらないって顔してるけどね。私を止めたいんだろうなあ…法正さんも星彩も優しいから。でも、私は止まらないから歯痒い思いをさせてしまってるんだろうなぁ…ごめんね。
「監視なあ…誰を付ける気なんだ?趙雲や姜維は法正に対してあまり良く思っちゃいねえし、張苞だってそういうのに向いちゃいねぇだろ」
「…まあ、俺よりかは関興の方が向いてそうな気がするよなー。彼奴って冷静だし!」
「ふむ…確かに関興が適任かも知れぬな。関平や関索、銀屏に監視役が務まるとは思えぬ。兄者、関興で良いのなら拙者から持ち掛けてみるが如何する?」
「ふむ…関興なら確かに適任かも知れないな。龐統、お前はどう思う?」
「良いんじゃないかい?私情を持ち込まずに遂行してくれそうだしねえ、法正殿達も問題ないかい?」
「ええ、俺は大丈夫です」
「問題はないです」
「大丈夫ですよー。あ、関興から許可が得たら教えて下さい。どんな任務内容かは分からないですが、打ち合わせくらいはしたいですし」
「確かにそうだな、打ち合わせは大切だ。…ふむ、確かに最近の珠華はどことなく頼もしくなったように感じる。ただ、焦りもどこかあるように見えるな。あまり抱え込まないでくれ、もう少し周りに頼っても良いのだぞ?」
「、私は十分皆さんに頼ってますよ。これ以上望んではバチが当たります」
「珠華のような良い子にバチを与えるなどとんでもない!もっと甘えて良いのだからな。馬岱と馬超のことだけではなく、珠華自身の幸せを少しは考えるんだ。…約束してくれるだろう?」
「〜っ、そんな泣きそうな顔しないで下さい、分かりましたから!」
泣きそうな顔で見つめられ、思わず力を入れて頷いてしまう。ああ、本当に劉備様はずるい…そんな私の反応に劉備様は心底嬉しそうに微笑み、頭を優しく撫でてくれた。…暖かくて、優しい大きな手。この手に沢山の人が救われて来た。それはきっとこれからも…蜀は劉備様が居なければ成り立たない。…別に劉禅様が頼りないとは言わないけどね?でも、正直蜀=劉備様のイメージが強いから仕方ないよね、うん。
「劉備様」
「うん?」
「…さっさと妖魔倒して、仁の世を統べる為に頑張りましょうね!」
「ああ、そうだな。皆が居れば大丈夫だ。きっと素晴らしい仁の世になる」
「となると、早めに曹操殿と孫堅殿を出し抜く方法を考えないとだねぇ。力を貸しておくれよ、法正殿」
「ええ、俺で良いのでしたら喜んで」
「俺も兄者の為に頑張らねぇとな!張苞、星彩!久し振りに鍛練するか!」
「お、本当か!?親父と一緒に鍛練出来るの久し振りだなー!嬉しいぜ!」
「…ええ、たまには良いかも知れないわね」
「…ふむ、拙者もたまには息子や娘と武を鍛えるのも悪くはないかも知れぬ…」
「皆心強いな、期待しているぞ。無論、珠華にも期待しているからな」
「はい、お任せ下さい。ご期待に沿えてみせますよ」
ーー例え、命を失うことになったとしても。
貴方を失えば、きっと蜀は悪い方に向かってしまう。それに、劉備様を慕っている馬岱さんと若も悲しんでしまう。…それだけは、絶対に避けなくては。馬岱さんにも若にもこれ以上大切な人を目の前で失なうことを経験させちゃいけない。私のこともきっと大切に想って貰えてるだろうから、その時は絶対に離れた場所で戦わなきゃね。父上や母上には主より当主を選んだのか、とか言われるだろうなあ…でも、仕方ないじゃない。旦那様に逃がされお互いが唯一の肉親となり意気消沈している馬岱さんと若に私の声は届かなかったのに、劉備様の声は届いた。それが揺るぎようのない事実…だからこそ、私は劉備様を守る為に全力を尽くそう。それが私の正義、なんだから…胸を刺す痛みに気付かないふりをしながら、本心に気付かれない為に私は精一杯の笑顔を張り付けていたーー…