本当に良いんですか?
ーー何で、そんなに優しいんですか?
何回か凌統さんと甘寧さんの喧嘩を制止していれば、集落が見えて来た。すん、と鼻を動かせば何やら美味しそうな匂いが漂って来る。煮物、かなあ。みっちゃんや之定(本当はさん付けしたいんだけど、その見た目で他人行儀なことはやめてくれって泣かれるんだよね)、堀兄の料理に負けず劣らずな良い匂いだ。自然とお腹が鳴る。思わずハッとすれば、凌統さんも甘寧さんも微笑ましいものを見るように優しく笑っていて気恥ずかしくなる。恥ずかしい…思わず俯けば、凌統!と凌統さんの名前を呼ぶ優しい声が近付いてきた。
「呂蒙さん!」
「無事だったか、凌統!妖魔を追い掛けて居なくなったと聞いて俺がどんなに心配したと…!!怪我はないか?ん?」
「ああ、大した怪我はしてないから平気だ。…悪い、心配掛けた」
「良い、気にするな。お前が無事に戻って来たのならそれで良い。甘寧が見付けたのか?お手柄だな!殿が褒美をくれるそうだぞ」
「まじか、おっさん!!しゃあ!!」
「呂蒙殿と呼べ!!…それで、そちらの娘さんはどうしたのだ?迷子か?」
「そうなんだよ、呂蒙さん。この子鈴ちゃんっつーんだけど、昨日洞穴の中で会ってね。傷も手当てしてくれたし、飯も分けてくれたし暖もくれた。恩返しとして保護者を探してやれないかなって連れて来たんだけど…協力してくれない?」
「何と!それはまだ幼いのに大変だな…無論、俺で良ければ喜んで力を貸そう。…呂蒙と言う。此処に居る凌統と甘寧の師でな、宜しく頼む」
「えっと、鈴です。此方こそお世話になります」
屈んで目線を合わせてくれたことにホッとしながら名乗れば、呂蒙さんは優しく笑いながら自己紹介が出来て偉いな、と褒めてくれた。中身は成人してます、なんて言いたいのを隠しながら有り難うございます、と笑いながら言えば悶えたような表情を浮かべつつお饅頭を分けてくれた。小夜兄可愛いもんね、分かる分かる。ポンポンと優しく頭を撫でられていれば、此方に向かって凄い音で走って来る一人の女性。その女性は凌統さんに狙いを定めると、力強く地面を蹴りーー…
「この馬鹿凌統ーー!!」
「あだ!?」
「り、凌統ーー!!」
「あちゃあ、やっぱりこうなったか。鈴、大丈夫か?びっくりしただろ」
「…す、凄い勢いですね。もしかしてあの方が…」
「ああ、姫様の孫尚香だ。凌統の心配してたからなあ、殴られなかっただけでも少しはマシだろ」
「り、凌統さん凄い勢いで揺さぶられてますけど大丈夫ですか…?中身出たりしません…?」
「…たまに思うけどよ、鈴ってなかなかに物騒なこと言うよな。まるで見たことあるみてぇだ」
「え、拷問とかで見たことありますけど。役に立つからって」
「立たねえからな!?何なんだその親は!!教育に悪いだろうが!!」
「え、立たないんですか!?」
え、真島さんが私に嘘付くとかある…??あれ、でも確か桐生さんに変なこと教えるんじゃない!って叱られてたような…真島さん、桐生さんと戦いたがってたし、桐生さんを怒らす為にダシに使われたのかな?否定出来ないなあ、そんな感じがして来た。あれ、私騙されてた!?酷いなあ、西田さんにちくりたいけど西田さん居ないんだった…ユキ姉にもちくれないし、不便だなあ…ユキ姉にタジタジな真島さん、見てて面白かったのに。そんなことを考えていれば、甘寧さんが私の頭を撫でながら口を開く。
「良いか、鈴。そいつに教わったことは全部忘れろ。多分全部教育に悪い」
「え、そんなに悪い人じゃないんですよ?…まあ、頭がおかしい人だとは兄弟分さんに言われてましたけど、その人も大概でしたし…」
「余計ダメじゃねぇか!!何でロクな大人が居ねえんだ…おっさん!凌統なんざどうでも良いから鈴の教育してくれ!」
「おっさんではなく呂蒙殿と呼べといつも言ってるだろう!!…む、鈴殿の?この歳にしてはしっかりしていると思…「拷問っていう単語を知ってて内容も分かってるのにか?」そいつはいかんな!?鈴殿の親は一体何を教えているんだ…!」
「拷問だって!?ちょっと姫様、離してくれ。鈴ちゃん、拷問されてたりしたのかい?!だから包帯だらけなんじゃ…!」
「え、や、身内(?)にはされてないですよ。恨み買いやすい人なんで人質にはされてましたけどね」
「「「ダメじゃないか!!」」」
「え、だめなんです?」
「ちょ、ちょっと凌統!?この子何でこんなに小さいのに傷だらけなの!!練師、練師ーー!!」
「姫様、いかがされましたか!?」
わーお、かおす。姫様が誰かの名前を叫べば、ないすばでぃなお姉さんが何処からともなく走って来た。そのお姉さんの後を数人のお兄さん達も追い掛けてきた。人数多くない??その内の一人と目が合い、きょとりとされたがすぐに人が良さそうな笑みを浮かべてくれた。優しそうな人だ…ししおーさんみたいな?この人も太刀かなあ、打刀ではない気がする。姫様に呼ばれたお姉さんは姫様に何かを耳打ちされると、悲しそうな顔をしながら私の方に向かって来た。思わず警戒すれば、そんな私の態度にも傷付いたような表情を浮かべつつも私を上から下までまじまじと見つめる。この包帯は仕様なんだけどなあ…
「…お転婆なのかしら、切傷が沢山あるわね」
「え、あ、本当ですね」
「痛かったでしょう、手当てくらいはさせてくれるかしら?」
「あー…多分無駄じゃないですかねえ。私、普通じゃないんで直らないと思いますよ」
「普通じゃない?それは一体…」
「話せば長くなっちゃうんですよね〜、私もまだ把握出来てないので間違っちゃうかも知れないですけど」
「んなの気にしなくても良いって。俺を助けてくれた恩人なんだ、鈴ちゃんの力になりたいんだよ。分かってくれるかい?」
「凌統の言う通りだぜ、鈴!まあ、普通のガキが猪を仕留められるなんざ思ってねえしな、その短刀も気になるしよ」
「短刀…?子供が刃物を持っては危ないだろう!鈴殿、それを此方に渡しなさい」
「これは“私”です。渡せないです」
血相を変えた呂蒙殿が私に向かって手を差し伸べて来たけど、それだけは聞けない。手から逃れるように真島さん仕込みの反射神経で後ろにばっくすてっぷすれば、呂蒙さんは驚いたような表情を浮かべている。この短刀は、三回目の私だ。誰にも触らせない。キッと睨み付ければ、凌統さんの困ったような表情が目に入る。…そんな顔させたくはないんだけど、これだけは絶対に譲れない。一触即発の雰囲気が流れていれば、こほんと咳払いが聞こえた。父様、と姫様が名前を呼ぶ。国王様、なのかな?
「孫文台という、家の者が世話になった。呂蒙がすまない、不快な思いをさせたな」
「…っ、丁寧に有り難うございます。ただ、その、それって真名では、ないですよね?」
「む?真名だが」
「ああああああ、何でそう簡単に名乗っちゃうんです!?初対面ですよ!?迂闊すぎやしませんか!」
「貴様…!!父上に向かって何と無礼な!!」
「よせ、権。…ふむ、真名だと何か不都合があるのか?」
「大ありですよ!!真名ですよ!?真名は人間の魂に近しい存在です!それを明かすってことは神隠しされやすくなるってことです!…私は紛い物ですから効力はそこまで高くはないですが、刀剣女士としてこの世に顕現されています。これでも付喪神、神の端くれなんです!…聞かなかったことにしますから、これ以降は言わないで下さいね!」
「…そんなに泣きそうな顔になるまで俺の身を案じてくれてるのか、優しい神様なんだな、きみは」
「優しくないですー…誰かを縛り付けたくないだけですぅ…」
「その考えが十分優しいんだがな…だが、きみみたいな可愛い神様になら縛られても良いかも知れんな」
「父上!?言い方が如何わしいです!!」
「はっはっは、隠居したからってちょっとはっちゃけ過ぎだぜ、親父!」
「そんなこと軽々しく言っちゃだめですー!神への約束は一度したら最後、絶対に違えたらいけないんですよ!?」
「神への約束…?…あ、もしかして最初に俺に聞いた奴って…」
「…悪いことしてるとは思いましたけど、一度誓って頂いたんで凌統さんは私には危害を加えることは今後一切出来ないです」
「や、あんたに乱暴な真似をするつもりはないから別に構わないけどよ。…そうか、鈴ちゃんは神様なのか。刀剣女士ってのは何なんだい?」
「ええと、時の政府って人達が歴史修正主義者という敵を倒す為に審神者と呼ばれる人間の“眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる”っていう能力によって人間の姿を得た日本刀に宿る付喪神です。まあ、本来は刀剣男士なんで私は亜種なんですけどね!」
「日本刀?…ああ、だからガラシャの名前に食い付いたのか。その歴史修正主義者ってのはどんな敵なんだ?強いのか?」
「まあ、私はあくまでも本霊様に気に入られてこの姿を得た紛い物なんで、ガラシャ様にも黒田様にも会ったことないですし記憶もないんですけどね。歴史修正主義者は強いですよ、槍なんて本当殺意が湧きます。歴史修正主義者の目的は名前の通り、歴史を捻じ曲げることです。本来なら討たれる場所にも関わらず救い出し、没してるはずの時代に存在している…そんなことが起きれば色々と狂ってしまいます」
「…成程、確かにそんなことになれば産まれる筈の人物が産まれなくなる可能性もある。それを防ぐ為に鈴殿のような刀剣女士…もとい刀剣男士が居るわけか」
「そうなんです、呂蒙さん。…まあ、私は敵に討たれて折れた筈なんですけどねえ、本来なら資源になる筈なんですけどどうしてこの体のままで居られるのかが不思議で仕方ないんです。短刀にも傷付いてないですし…」
あ、因みに折れたってのは死と同じ意味ですよ。なんて付け足してから短刀をまじまじと見つめる。小さな傷は付いてたりするけど、ヒビが入ってないんだよね。パキン、って折れた音は聞いたし胸を貫かれた感触もあった。だからこそ、今こうやって会話が出来るのが不思議で仕方ない。本霊様のご加護だろうか。そんなことを考えていた私は、折れた=死、という定義を教えた彼等の反応がまるで自分のことのように悲しい顔をしていたのに気付けなかった。…私そればかりじゃない?これで刀剣女士名乗って良いの?
「…つまりきみは、行く宛はないってことで良いか?」
「え、はい。そうですね。まあ、一人でも全然平気な…「俺達、孫呉できみを保護しよう」…へ?」
「きみが戦いに慣れているのは分かった。が、それが野宿を許すという訳にはならんな。そうだろう、権」
「それは勿論です、父上。名乗りが遅れたな、私は孫権という。真名ではないから安心してくれ。今、この集落の長を務めている者だ」
「一番偉い人じゃないですかぁ…」
「私はまだまだ若輩者だからな、そんなに気を張らないでくれ。此度は凌統殿と父上が迷惑を掛けた。礼をさせて欲しいのだが…きみは此処の地形に慣れていないのだろう?無闇に出歩くのは得策とは言えない…そこで提案なのだが、この集落を拠点として情報を集めるのはどうだろうか」
「え、それは願ったり叶ったりですが…私に対して利が大き過ぎます。それは不平等だと思います」
「そんなことはないぜ?あまり戦場に出したくねぇけど、あんたは戦いに慣れてるんだろ?ちっこいし隠密行動なんかも出来そうだ。敵の情報が全く掴めなくてな、協力してくれたらこちらとしては大助かりだ!どうだ?利害は一致しそうか?」
「…むう。確かに私達短刀は夜目も効きますし、索敵なら自信があります。…でも、まだ不平等だと思います。私は衣食住を与えて頂くのに…」
「鈴は真面目だなあ!んじゃ、こうしようぜ?また猪とか狩って来てくれよ。美味かったからなあ。俺達もたまに猪を狩ったりするんだが、手加減が出来なくてな。いつも食える部分が少ねえんだ」
「ほー、甘寧に同感なのは癪に触るが、俺もそれに一票だな。まさか丸々食えるとは思ってなかったし。…それじゃだめかい?」
「…逆にそんなので良いんですか?何なら熊とか鹿も仕留められますけど…山籠りが好きな刃からコツは教わりましたし…」
「お、本当かい!?なかなかの馳走じゃないか!妖魔の奴等、食わずに殺生だけするからさ、せめて食って供養してやりたいんだ」
「…それはあまり褒められた行為ではないですね。私にあまりにも有利な気がしてならないですが、孫権様はそれで構いませんか?」
「ああ、此方としても有り難い限りだ。宜しく頼む、鈴殿」
「宜しくお願いします。ーー鈴左文字、貴方方の懐刀として、守り抜いてみせます」
そんなことを言いながら頭を下げれば、皆が皆複雑そうな表情を浮かべていて首を傾げてしまう。短刀は懐刀にもなるんだけどなあ…あ、見た目は子供だけど日本刀としてならかなり年上なの言ってないけど…私は紛い物だからなあ、小夜兄と同年代で良いのかな?良く分からないから訂正しないでおこうかな。…聞いておけば良かったかなあ。まさかこうなるとは思わなかったら仕方ないよね?そう自己完結しつつ、私は名前を覚える為に頭をふる回転させるのだったーー…