優し過ぎる長と知らない記憶
ーーあの、子供じゃないんですけど…
孫呉に身を置いてる人達全員の名前を聞いたけど、なかなか覚えられそうにないなあ。真名だけは言わないで下さい、と言ったからか皆が皆真名は言わないでくれた。孫堅様、については私が忘れれば良いから問題ないね、うん。まあ、そう簡単には忘れないだろうけど…が、頑張らなきゃ…!
孫呉は蜀と魏という集落と同盟を組んでるらしく、顔合わせだけはしておけと言われたので凌統さんと甘寧さんに連れられてまずは蜀に向かっている。周瑜さんから劉備という男に気を許すな、と言われたけど尚香様からは劉備様に宜しくと言われた。…これはどっちを取れば良いのかな?私が困惑してるのが分かったのか、凌統さんが困ったように笑いながら口を開く。
「周瑜殿は劉備が嫌いなんだよ、姫様とは好い仲なんだけどな」
「そうなんだよなあ、一時的とはいえ同盟を組んでるから表面上では仲良くしてるけどよ、内心腹わた煮え繰り返ってると思うぜ。だから本当は鈴にも仲良くして欲しくねぇんじゃないか?」
「へえ、あの周瑜さんにも嫌いな人って居るんですね。その劉備さんは問題がある人なんですか?」
「いや、ないと思うけど…甘寧、何か聞いてるかい?」
「あー、多分あれじゃねえか?諸葛亮と仲が良いからな。同じ軍師だからこそ気に入らないとかじゃねぇか?彼奴、頭良いしな」
「ああ、諸葛亮か…彼奴の頭の良さはおかしいよな…」
「…諸葛亮、ってもしかして諸葛亮孔明、ですか?」
「ん?知ってるのかい?」
「…まあ、かなり有名でしたので」
これは真名が、なんて騒いではいられない状況じゃない??あの諸葛亮孔明が居るの!?主に貸して貰った歴史の本に長々と書いてあった気がする。…内容は、うん。忘れたけど沢山名前が出て来た偉人、だったはず。…諸葛亮孔明って三国志の時代なんだ?それすらも全く分からない…もっと勉強しておくべきだったなあ…知識は少ないより多い方が良いよ、って色々勧めてくれたのにごめんね、小夜兄。今、すっごく後悔してるから許してね…
暫く歩いていれば、緑色が主体の集落が見えて来た。此処が蜀の人達が集まる場所なんだそうだ。入口に向かって歩いていけば、長身の人が立っているのが見える。なかなかのいけめんさんだけど、みっちゃんや長谷部さんの方がいけめんかなあ。そのいけめんさんは凌統さんと甘寧さんに気付いたのか、爽やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「凌統殿、甘寧殿!何か問題でもありましたか?」
「お、趙雲か。珍しいな、あんたが誰かしらと一緒じゃないなんてさ」
「問題なんかねぇから心配すんな。劉備は居るか?」
「私だって一人の時くらいありますよ、凌統殿。劉備殿ですか?劉備殿でしたら劉禅様と星彩殿の鍛錬を見学していますが…劉備殿に用でしたか?」
「ちょっとね、呉で保護した迷子を紹介しようと思ってさ。この子の情報収集に協力して貰えないかなって聞きに来たわけ」
「迷子……こんなに小さいのに親は一体何処を見てるんですかね。そんな理由があるのでしたら喜んで案内しますよ。ああ、申し遅れました。私は趙雲と申します、お名前をお伺いしても?」
「あ、えっと、鈴です。宜しくお願いします」
「鈴殿ですね、宜しくお願いします。ご両親が居ないのは寂しいとは思いますが、皆優しいので安心して下さいね」
「ま、俺達が居るんだから寂しい思いなんてさせねぇけどな!」
趙雲さんの言葉に、甘寧さんがニカっと笑いながら私の頭を乱暴に撫でる。し、視界が揺れてる〜〜!!目がぐるぐるする、なんて思いつつ抵抗していれば、ぐいっと引き寄せられて私は凌統さんの腕の中に。…うー、激しく撫でられるのは岩融さんにされ慣れてたりするんだけど、って思ったけどあの刃は手加減するように今剣くんから指導(物理)が入ってるんだった、正座してる岩融さんの前で仁王立ちしてる今剣くん見たことあるもん…凌統さんの腕の中でホッと息を整えれば、凌統さんは優しく笑いながら頭を撫でてくれた。そしてその後キッと視線を鋭くして……美人さんの凄みって迫力があるよね、うん。
「甘寧」
「う、な、何だよ!ただ撫でてただけだろ!!」
「手加減をしてあげなくてはいけませんよ、甘寧殿。鈴殿はまだ幼いんですから。鈴殿、気分は大丈夫ですか?お水でも宜しければ用意しますよ」
「気分はちょっとくらくらしますけど大丈夫です…おかしいなあ、視界がぐるぐるするのは慣れてるのに…やっぱり掴まれてぐるぐるされるとは違うからかな…」
「掴まれてぐるぐる」
「あー…趙雲、鈴ちゃんについては後で説明してあげるよ。甘寧は加減を覚えるまでは鈴ちゃんに触るな。鈴ちゃん、暫くは俺が抱っこしても良いかい?」
「大丈夫です、って言いたいですけど…ちょっとまだ視界が安定しないんでお願いします…あ、戻したりはしませんから気にしないで下さいね、甘寧さん!」
「…悪い」
「、それでは食堂でお水を貰ってから劉備殿の場所まで行きましょう」
水分補給は大事ですよ、と言いながら趙雲さんに優しく頭を撫でられる。壊れ物を触るかのような手付きに少しだけ擽ったさを覚えつつ、居心地悪そうにしている甘寧さんが気になる。私と視線が合うと逸らしたりはしないけど、バツの悪そうな表情で困ったように笑う。不器用なだけだと分かっているし、気にしてないよって言いたいけど凌統さんが近寄らせてくれないだろうなあ…がっちりとほーるどされたまま食堂に案内され、美味しい水を飲ませて貰った後、鍛錬場へ向かう。鍛錬場に近付くにつれ、刀同士のぶつかり合う音が聞こえてくる。…うずうずするなあ…
「劉備殿、今少しばかりお時間宜しいですか?」
「ん?趙雲に…凌統と甘寧か。それに小さなお客さんも居るのだな。初めまして、私は劉玄「劉備だ」うん?確かに劉備と名乗ってはいるが…」
「良いかい、あんたは鈴ちゃんの前では劉備って名乗っていてくれ。こんな幼い子を罪悪感で泣かせたくはないだろ?」
「それは一体…」
「あー、それは後でちゃんと説明すっから今はそうしてくれ!」
「うん?まあ、そこまで言うのならそうしておこう」
「色々とすみません…あ、鈴と申します」
「鈴殿か、良い名だな。凌統殿のややこなのか?」
「違うよ、鈴ちゃんは迷子。親御さんを探す為に情報収集がしたくてね、協力して貰えないかな」
「なんと…!!私で良ければ喜んで協力しよう!」
「え、嬉しいですけどそんな簡単に承諾して良いのですか…?」
「無論だ。私は仁の世を統べたいと思っている、故に困っている子女を放ってはおけん。何か目星しい情報があればすぐに伝えよう」
劉備さん(様付けをしたら泣きそうな顔をしたからさん付けにしたんだけど…良いのかな)は優しい表情で微笑んだ後、私の頭を撫でながら必ず見付よう、と力強く頷いてくれた。その後ろでは趙雲さんがうんうんと頷いている。これは…うん、見たことがある感じだ。あの真面目そうな趙雲さんがこんな感じってことは、大体の人達は劉備さんに心酔してるのかな。劉備さんがカラスが白って言えば白って賛同するような人が多そうだ。まあ、あくまでもいめーじだけど。小さく舌打ちが聞こえてこっそりと視線を向ければ、甘寧さんがひたすら苦い顔をしている。…本来なら敵なんだもんね、本当は頼りたくなかったんだろうなあ。劉備さんはハッとしたような表情を浮かべてから笑顔で口を開く。
「紹介しよう!私の息子の阿斗と息子の指導役をお願いしている星彩だ」
「…ちいさい…」
「劉禅様、自己紹介がまだです。初めまして、星彩よ。頭を撫でも良いかしら…?」
「私は劉禅。…私も頭を撫でても良いだろうか?」
「えっと、鈴です。はい、私ので宜しければどうぞ」
「では失礼して…おお、ふわふわだ。これは良いなあ…疲れが吹っ飛んでしまいそうだ…」
「、確かにこれは良いですね……鍛錬をまだ続けますか?」
「…やはり私はもう疲れた。凌統殿、私も抱っこをしてみたいのだが…だめだろうか」
「え、あー…鈴ちゃん、良いかい?」
「私なら構いませんよ。お願いします、劉禅様」
「…様、か…「間違えました!劉禅さん、どうぞ!」そうか、間違えたのか。間違いなら仕方ないなあ」
め、めんどくさい親子…様付けにしょぼんとした劉禅さんをさん付けで呼べば、ぱああと表情が明るくなった劉禅さんが嬉しそうに笑う。何だろう、どことなく髭切さんのような不思議な感じのおーらを纏ってる気がする。掴めない人、というか。劉禅さんは私を抱っこすると、小さいなあ、柔らかいなあ、愛らしいなあなんて一歩間違えたらせくはらみたいな言葉を呟きながら、ぎゅうと抱き締めて来た。そんな劉禅さんに星彩さんや趙雲さんははらはらしたような表情を浮かべているが、劉備さんは微笑ましいものを見るような眼差しをしている。凌統さんと甘寧さんは複雑そうな顔だ、私もそうだと思ってる。…でも、劉禅さんの体温は心地が良い。ぬくい…
「、ふわぁ…」
「ん、眠いのか?鈴殿の眠そうな顔を見たら私も眠たく…ふわぁ…」
「劉禅様、そのままではいけません。鈴殿が落ちてしまいます。まずは凌統殿にお返ししてから寝室に行きましょう」
「…返さなくてはだめか?」
「だめに決まってるだろ!!ほら、早く鈴ちゃんを渡しな。…気を張ってたからか?昼寝とかが必要かも知れないな…」
「…身体が小せえからな、もしかしたらあまり体力も多くねぇんじゃねぇのか?やっぱり歩かせたのがまずかったかもな」
「なんと!孫呉から此処まで歩かせて来たのか!?それは何と無茶なことを…馬で来ようとは思わなかったのか?」
「「あ」」
「馬…馬はだめです…怖がられちゃう…」
「鈴殿が?…いや、それはないだろう。…ああ、大きいから鈴殿が怖いと思うかも知れないな…」
「違いますぅ…動物には分かるんですよ…私が、紛い物だって」
転生した、変な存在だって。そんなことを内心で付け足しながら呟けば、聞こえたのか凌統さんの私を抱く腕に力が入る。甘寧さんにも強く撫でられたけど、すぐに凌統さんによって振り払われていたのは可哀想なような…凌統さん、そこまで大事にしなくて良いのになあ…聞こえなかった劉備さん達は不思議そうな顔をしているが、単純に馬が大きいから怖いのだと思ったのか、素直ではないなあと言わんばかりの表情を揃って浮かべている。訂正するのは面倒だし、これはこれで良いかな。
「本当ならこれから魏に行く予定だったけどよ、一旦寝させた方が良いんじゃねぇか」
「…あんたに言われなくても分かってるよ。鈴ちゃん、気付かなくて悪かったな。そういうのは言ってくれて良いんだぜ?」
「ごめんなさい…私もまさかこうなるとは…」
「…鈴殿は御両親と逸れたばかりだからな、慣れない環境の変化に疲れが出たのだろう。今から孫呉に帰るにしても日が暮れてしまう、野党が出るとも限らないし泊まって行ってはどうだ?」
「…やめとくよ、あんたに貸しを作るのは良いことではないからね」
「しかし…」
「気にすんなって!邪魔したな。帰るぜ、凌統」
「ああ」
「鈴殿、またいつでも来てくれ。そうだ、馬を貸そう。その方が早く帰れるだろう。そうと決まれば早速手配を…「だから大丈夫だって」…それもだめなのか?」
「鈴ちゃんが馬に乗りたくないって言ってるからな、無理はさせたくないんだ」
「それに走ってけば日没前にはぎり間に合うからな。野党が出ても俺が凌統の分まで立ち回ればいい話だ。それじゃあな」
話すことは何もないと言わんばかりに甘寧さんが話を中断させれば、くるりと凌統さんが前を向いて力強く地面を蹴る。それに続くように甘寧さんも隣を走ってくる。後ろから呼び止める劉備さんの声が聞こえて来るけど、趙雲さんが宥めてくれてるみたいだ。…懐刀になるって宣言したばかりなのに、情けないなあ。号おじさんに笑われて長谷部さんと宗三兄様に蹴られるのが想像付いた。…号おじさんごめんね、こんな想像して。あと、
「…凌統さんも甘寧さんもごめんなさい、迷惑掛けちゃいました」
「迷惑だなんて思ってないよ。此処に来る前は戦ってたんだろう?疲れが溜まってることに気付かなかった俺達が悪いよ」
「慣れない環境もそうだが、名前を覚える為に頑張ってたからなあ、余計疲れたんだろうよ。ま、戦闘なら俺に任せて寝とけって。凌統、しっかり守ってやれよ」
「あんたに言われなくとも分かってるよ。ほら、良いから鈴ちゃんは早く寝なって。声ふわふわしてるし、限界なんだろう?」
「…は、い……凌統さん、甘寧さん…」
「「ん?」」
「…有り難う、ございます……これからはがんばる、ので…すてないで、くださいね…」
最後は、無意識での言葉だった。よほど限界だったのか、すぐに夢の世界に飛び立った私は、この言葉を聞いた凌統さんと甘寧さんが目を見開いていたことも、人間辞めてるれべるで戦場を走り抜けたことも、門の前で待っててくれた陸遜さんと朱然さんを無視して孫堅様と孫権様に報告されたことも私は一切知らなかったのだ…や、報告されたことは知ってるけど。起きた時に色々声掛けられたし。…何でそんなこと言ったんだろ、そんなことなかった筈なんだけどなぁ…