帰還と猛プッシュ

スタッと地面に着地し、軽く辺りを見渡す。ーー見慣れない場所だな。すんすんと鼻を動かしてみれば、仄かに香る本丸の匂い。そんなに離れては居なさそうだ。その事実にホッと安堵の溜息を付きつつ、甘い香りのする方についつい足が向かってしまう。好奇心というやつか、恐ろしいものだな。香りのする方に向かえば、嗅ぎ慣れた匂いもすることに気付く。この香りはーー…


「…三日月?」
「ーー女神?女神ではないか。ジジイに会いに来てくれたのか?」
「いや、偶々なんだが。ーー凄いな、これは。桜か?」
「ああ。俺の大好きな場所でなーー…一面桜並木なんだ。主が植えていてな、いつの間にかこんなに増えてしまったそうだ」
「…へえ…いい香りだな」
「そうだろうそうだろう。…ああ、忘れていたな」
「うん?」
「お帰り、女神。皆が皆、女神の帰還を待ち侘びて居るぞ」

「ただいま、三日月。そいつは急がないとな」


笑顔で言われた言葉に、私は苦笑いを浮かべながら答える。私の態度に三日月はくすくす笑ってから、さあ行くぞと告げる。もう良いのか?と問い掛ければ、三日月は此処に居れば女神に会える気がしたのだ、とにこやかに告げる。…私は此処に出るとは思っていなかったし、来るつもりもなかったんだがーー恐ろしいな、三日月の勘という奴は。侮れないな、小さく溜息を付いてから三日月の後を追い掛けた。
どうやらあの桜の場所には裏口から行くらしく、裏口から本丸に入る。裏庭では短刀達が遊んでいたらしく、私に気付きお帰りなさいと、と次々に声を掛けてくる。どうやら五虎退と今剣、少年は居ないようだな。私の態度に、三日月はくすくす笑ってから、女神の探し人なら部屋に居るぞ?と耳打ちして来たので、私は礼を言ってから地面を蹴り、匂いを辿りながら部屋に向かった。


「…岩融に一期?」
「おお、女神!!遅かったな」
「お帰りなさいませ、女神様。…部屋から出て来ないのです。すっかりヘソを曲げてしまったようで…」
「今剣もまだまだ子供だからなぁ、声を掛けてやってはくれないか?」
「ああ、勿論。五虎退、今剣。ただいま、帰って来たぞ。これから暫くは此処に厄介になるつもりだ。良かったら仲良く…「おそいですよ!!」うおっ!?…すまないな、今剣」
「…女神様、本物ですか…?」
「勿論。おいで、五虎退」
「ふぇ……!!女神様のバカっ!!」

「ごめんな」


声を掛けると勢いよく飛び付いて来た今剣に対し、本物か確認してから抱き着いてきた五虎退。どちらも少し泣いたらしく、軽く目元が赤くなっている。ぎゅっと抱き締めてから、目元をするりと撫でれば、今剣と五虎退は恥ずかしそうに笑う。岩融と一期もそろそろと近付いて来て、それぞれの頭を撫でる。嬉しそうに笑う今剣達に少し癒されながら、私は立ち上がる。


「この本丸の責任者って誰だ?」
「え?えーっと……歌仙さんか長谷部さんだと思います、多分…」
「こんのすけもせいふとかけあったりしてますので、むずかしいはなしはこんのすけでもいいかもしれませんね!」
「歌仙か長谷部かこんのすけか……見事にバラバラな場所に居るな、どうするか…」
「何だ、何か用があるのか?急いで居るなら長谷部に話を通した方が良い。彼奴はこの本丸で一番早いからなぁ、話が伝わるのも早いぞ」
「そうですな…歌仙殿には少々用がありますので、女神様が探して居たと伝えておきましょう、構いませんか?」
「私は全然助かるが……良いのか?」
「弟達を助けて下さった礼です、気にしないで下さい。五虎退、一緒に行くかい?」
「はう…ぼ、僕も歌仙さん用があるの忘れてました…!女神様、また会えますか…?」
「うん?いつでも会えるよ。そら、行っておいで」
「はい…!行きましょう、いち兄!」
「ふふ、はいはい。それでは女神様、また後ほど」

「ああ、有り難うな一期。また後で」


ひらひらと手を振れば、五虎退はブンブン振り返してくれ、そんな五虎退を嗜めつつ一期も控え目に振り返して来る。…一期って本当にお兄さんって感じだよな。兄が居たことないが、雰囲気は弥勒に似ている気がする。中身は全然似てないが。岩融と今剣はどうする?と聞けば、今剣は着いて来るつもりだったらしいが、どうやら三条で会議があるらしく、岩融が今剣を抱き上げ、わいわい喚いている今剣を気にせず、廊下を歩いて行った。…岩融は強いな、本当。
鼻をすんすんと動かし、長い廊下を歩く。歩いていると、乱闘の際に治療した紫の髪の男ーー蜂須賀虎徹と言うらしい。蜂須賀と出会い、どうやら長谷部に用があるらしいので、一緒に行くことになった。紫色の長い髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いていてなかなか美しいな。


「ふふ、有り難う。女神様の髪もキラキラと輝いていて美しいと思うよ」
「そうか?まあ、私は普段から美しいが…あまり人から言われないからな、嬉しい」
「え、言われないのかい!?勿体無いな…こんなに綺麗なのに。まるで真作だ」
「真作?本物ってことか?」
「ああ!この本丸には贋作も居るんだが、彼奴には関わらない方が良い!」
「そ、そうか……あー、蜂須賀は長谷部に何の用があるんだ?」
「え?あ、ちょっと書類の確認をして貰いたくてね。彼、そう言うの詳しいから」
「へえ…頭が良いんだな」
「俺も良い方だとは思うけど、やっぱり長谷部や歌仙は飛び抜けてるんじゃないかなぁ、歌仙は文系だしね」
「へえ……やっぱりこの本丸の責任者は歌仙か?」
「歌仙は初期刀だから本丸のことには詳しいだろうけど……どうだろう、何だかんだいって主が居ない時は長谷部が指揮を執っていたし…責任者に用があるのかい?」
「ああ、ちょっとな。居候で良いから此処に厄介になれないかと思って」
「え!?本当かい!?女神様、すぐに帰っちゃうから浦島が寂しがってて…居候なんてとんでもない!君さえよければずっと居て欲しいくらいだ!いっそ審神者になることは考えられないかな?」
「…私が、審神者に…?」

「ああ!俺達はやっぱり刀だからね、戦いたい。でも、審神者が居なければ進軍すら出来ないんだ。女神様のように戦の知識がある人が審神者になってくれたら嬉しいんだけどなぁ…」


残念そうに呟いた蜂須賀に、私は曖昧に笑って言葉を濁す。ーーそうか、審神者か。それは考えていなかったが、私が主……いや、無理だろうな。そんな器ではない。ズボラだし。弥勒のような勤勉さがあれば出来たかも知れないが…私には無理な話だな。確かに戦の知識はあるが、力量がないな…多分。人に指示するのは苦手だし。キラキラと目を輝かせながら問いて来る蜂須賀に無理だと言いながら、私達は長谷部の部屋に向かう。長谷部の部屋に着き、蜂須賀が声を掛けてから中に入り、続いて中に入る。書類を片付けていた長谷部は私に気付きーー目を見開いた。


「女神様っ!?お、お帰りなさいませっ!こんな姿で申し訳ありません!!」
「ああ、ただいま。え?いや、気にしないでくれ。此方こそ邪魔したな。改めた方が良いか?」
「いえっ!今で全然大丈夫です!!」
「そうか?あー…居候で良いから此処に厄介にならせて欲しいんだが、無理そうか?」
「とんでもないです!!部屋ならいくつか空いてます!」
「そうか、助かる」
「長谷部、ちょっと書類を確認して欲しいんだが構わないかな?」
「ん?ああ、構わん。…お前にしては珍しいな、蜂須賀。此処、少し間違えているぞ」
「え?あ、本当だ…見直したんだが…すまない、直して来る」
「これくらいなら俺が直すから平気だ。…女神様、部屋の希望はありませんか?掃除をしなければなりませんが、どの部屋も広いですよ」
「(温度差凄いな…)あー、いや、どの部屋でも構わない。物置とかでも全然構わないんだが…」
「それはいけません!!最上級の部屋を用意しましょう!この書類を直してから掃除します!」
「女神様、貴女は女性なんだから少しは気を遣ってくれないかな…!?」
「身なりには気を遣うが、それ以外は気を遣う必要性を感じないのでな。長谷部、部屋も教えてくれれば自分で掃除するぞ。掃除道具の場所も教えてくれ」
「そんな…!?女神様に掃除なんてさせられません!!」
「やっぱり審神者の部屋を使うなんてどうかな!?彼処なら荷物もそんなにないし、すぐに入れるよ!そのまま審神者になるなんてどうだろう!」

「や、審神者にはならないからな?」


苦笑いを浮かべながら言えば、長谷部も蜂須賀もガーンッ!と言う効果音が聞こえて来そうなくらいの表情を浮かべる。…嫌な予感察知、だな。長谷部はまあ、主一筋だと聞いていたし、審神者を救った感じになる私に崇拝するのは分からなくもない。蜂須賀は治療したことくらいしか接点がないんだが……彼が言っていた浦島、に関係がありそうだな。仲が良さそうだし。多分、あの時蜂須賀に抱き付いてたオレンジだろう、多分だが。私はそんなことを考えながら、地面を蹴る。追い掛けられる気がしたからな…だから、私は審神者にはならないと言ってるだろ…!!
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