資格なんて、ない
広間に着き、ひょっこり江雪の後ろから姿を現せば、まだ会っていなかった歌仙や光忠達にお帰りと声を掛けられる。それにただいまと返していれば、不意に嗅ぎ慣れた匂いを感じ、私は先に座った宗三の背後に回り込み、ぎゅっと抱き着く。宗三は驚いたようにしていたが、長谷部の姿を見て、小さく溜息を付いた。ぎゅーっと宗三に抱き着いていれば、小夜にポンポンと頭を撫でられ、江雪が此方においでと両手を広げる。怖くて動けずに入れば、宗三によって私は江雪へと引き渡され、江雪にぎゅっと抱き締められた。
「え、女神様…?どうかしたの?長谷部が何かした?」
「良い加減にしてくれません?怖がってるじゃないですか。無理強いするなんて最低ですよ」
「っ、宗三…!何故左文字がそんなに女神様と仲良くしている…!?」
「彼女は僕の妹です。これ以上の交渉は僕達を通してからにして貰いましょうか」
「…姉様をこれ以上追い掛け回すなら誰であろうと容赦はしないよ…!」
「争いは…嫌いです……けれど、家族を傷付けられるのはもっと嫌いです……蜂須賀、貴方もですよ…」
「「…………」」
「蜂須賀兄ちゃんも女神様を追い掛けてたの!?女神様泣いてんじゃんっ!」
「うーわー、女の子泣かすとか長谷部も蜂須賀も最低」
「本当それ。女神様は僕達の仲間を助けてくれた恩人なのに」
「めがみさまっ、だいじょうぶですか?ぼくもついてますからだいじょうぶですよ!」
「意味は良く分からんが、女神が迷惑だと感じているなら歌仙の出番のようだな」
「説教タイムかい?まあ、嫌だと言ってもするけどね。女神様を怖がらせるなんて君達らしくないけど、彼女は女性だよ?少しは考えた方が良いんじゃないかな、美しくない」
呆れたようにしつつも冷たい視線に、長谷部と蜂須賀は顔を見合わせ、大人しく座り込む。チラチラとこっちを見ている気がして、更にぎゅーと江雪に抱き付けば、小夜がちょこんと私の前に立つ。壁…のつもりなんだろうか。身長的な問題で意味がないが、小夜の気持ちは純粋に嬉しい。私は江雪に抱き着いているから表情は分からないが、宗三の表情を見る限り、凄く可愛い顔をしてるんだろうな、見たい。いつの間にやら今剣と五虎退も小夜と一緒に立っていて、思わず頬が緩む。表情が見たい…!!
長谷部と蜂須賀は互いに顔を見合わせた後、ポツリポツリと騒動の発端を話し始める。どうやら私が審神者になることについて問題はないようだが、無理強いは良くないと皆に責められていた。…どうして、私が審神者になるのを問題としないんだ…?その疑問が顔に出ていたのか、光忠がしゃがみこみ、私と視線を合わせてから口を開く。
「前の主が操られていたのは長谷部くんから聞いて理解したし、納得はしてるんだよ。…でも、受け入れられてはいないんだ」
「…人の子が、怖いのか?」
「そうなるね。皆が皆そんな人間じゃないってのは分かってはいるけど……また仲間を傷付ける人間が来ないとは限らない。いずれはこの本丸に審神者が派遣されてくる筈だからね」
「…派遣…?」
「女神様っ、それは私が説明致しましょう!まず、この本丸は政府と繋がっているのです。政府は全ての本丸と連絡を取り合っており、状況を把握しなければなりません。それはこの本丸も例外ではなく、状況を伝えなければならないのです!本丸には審神者と呼ばれる存在が必要不可欠です。刀剣達は自分達で手入れをしたり、出陣、鍛刀等様々なことが出来ませんので、審神者が全て代行しなければならないのです」
「…ああ、その話は蜂須賀から少しは聞いた…内番は自分達でも出来るが、他は出来ないんだったか…?」
「内番、といっても正確ではありません。空いてる者が畑仕事、馬当番、手合わせをするんです。 基本、内番をすれば何かしらの特典が貰えるシステムになっています。まあ、真面目にサボらずにやっていればの話にはなりますが…経験値なるものが与えられます。ただ、刀剣達が自分達でやるということは自主的ということになり、経験値が与えられないのです」
「…色々と複雑なんだな」
「そうなんです!審神者が居なければ本丸は無くなってしまいます。責任者が居ないのです、それも当然でしょう。それを政府は防がなければなりません。何を隠そう、この本丸には三日月さんを始め、滅多に居ないとされる刀剣が顕現されており、更にはレベルすらもカンストしているんですから!!」
熱弁してくれているこんのすけを尻目に、私は三日月に視線を移す。…そんなにこいつはレアなのか。私の視線に気付き、三日月はくすりと愉しそうに笑う。…何を考えているのか分からないな…因みに俺もレアだよー!と貞宗がにこやかに言い、光忠と伽羅が頬を引き攣らせる。よほど大変だったらしい。今剣が岩融と小狐丸も来るのが遅かったと言い、五虎退も一期がなかなか来なかったと言い、小夜が江雪も来るのが遅かったと告げる。ちらりと江雪を見れば、江雪は困ったように笑う。…どうやら本当らしい。今剣が岩融と小狐丸にタックルし、一期の方を見れば粟田口の皆に抱き着かれていた。…かなり大変だったようだ。
「この本丸で起きたことは政府も把握しています。今、この本丸に審神者が居ないことも把握しています。この本丸はこのままでは消えてしまいます。それを防ぐ為にはーー審神者を派遣するしかないのです」
「一般人かちょっと訳ありが来るのかは分からないんだ。僕達の意思なんて関係ないからね、政府が考えているのは本丸の存続だけ。雅じゃない話さ」
「政府が重要視してるのは歴史を改ざんしようとする存在を消せるかどうなんですよ。僕達は皆カンストしてますからね、失うのは惜しいんじゃないんですか?検非違使強いですし。まあ、負けませんけど」
「…歴史を、改ざん…か」
「ーーいけないことです。どんなに辛くても、やってはいけません。貴女なら…分かりますよね?」
「……出来たら良いな、とは思うけど……歴史を改ざんしたら、未来が変わる。結ばれる筈のない人が結ばれれば、生まれて来る筈の命が奪われる。存在すら、しなかったように跡形もなく。…そういうのは、寂しいよな」
「…うん。だから、僕達は戦わなきゃいけない。でも、力はあっても戦場に行けない。審神者が居ないとゲートが開かないんだ。だからきっと、近いうちに審神者が派遣されて来る。…僕達は、受け入れなければいけないんだ」
「…私が審神者になれば、少しは変わるのか?無理に受け入れる必要はなくなるのか…?」
「!!女神様…っ!貴女なら分かってくれると思っていました…!!」
「知らない人を審神者だと思うなんて無理さ。今の俺達に人間を主だと思えなんて酷な話だ。…前の主が悪くないのは分かってるけど、誑かされてあんなにも変わってしまうなんて知らなかったからね。…人間は恐ろしく脆い生き物だよ。善にも悪にも簡単に染まってしまう」
「ーー私は、確かに人間ではない。妖怪だ。でも、本質はあまり変わらないと思う。…何故、私を受け入れてくれる?私なら大丈夫だと思うんだ…?」
「…アンタが俺達を真正面から見て、理解しようとしてくれるからだ。それに、俺達の仲間を助けてくれたーーそれだけでは理由にならないか」
伽羅の言葉に、瞬きを繰り返す。…当たり前だと、思っていた。その人の本質を見極めていないのに、理解したような気になるなんて言語道断だと思っていたし、有り得ないと感じていた。助けを乞われれば、自分の出来る限りのことをしようと思う。人の子は我々妖怪とは違う。ちょっとしたことですぐに命を落としてしまう。そんな現実を、何回も何万年も、何千年前からずっと見て来たから。…それすらも、当たり前だと思えないのか。私が変なのか、伽羅達が傷付いているのかは分からない。…でも、私が審神者になることで少しでも彼等の心が癒えるならーーやっても良いんじゃないか、なんて思ってしまう。
(…笑止、だな。私が元凶なのに、何を偉そうなことを言っているんだ)
確かに、私は奈落の家族ではない。彼奴の責任を負う必要がない。…それは、分かっているんだ。…でも、何とか出来たんじゃないかって最近思うようになった。人はいつしか朽ちる。それは分かってはいるがーー何故だろう、しっくり来ないのは。ぎゅっと自分の手を握り締める。分からない、何が正解なのか。私が審神者になることで皆が癒やされるなら、なれば良いじゃないか。でも、もし癒やされなければ?私は奈落同様に彼等を傷付けてしまう。…それだけは、嫌だ。
私が悩んでいるのに気付いたのだろう。光忠が私の頭を撫でた後、夕餉にしようか!せっかく鶴さんの作ったはんばーぐが冷めてしまうよ、なんて声を掛ける。…私は、どうしたら良いんだろうな。そんなことを考えながら、鶴丸に貰ったはんばーぐを粗食する。美味しいはずが、何故かしょっぱく感じた。
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