星空の下で

夕餉後、私は用意された元審神者の部屋に案内される。長谷部が掃除をしてくれたらしい。少しだけまだ怖いが根は優しいのを知っているからな…宗三の後ろから長谷部と、長谷部に話を通してくれるのに手伝ってくれた蜂須賀に礼を言えば、彼等は嬉しそうに笑う。…少しだけなら、歩み寄れそうだ。また追いかけて来ないなら嬉しいし、有り難いが…まあ、変に刺激をしなければ大丈夫だろう、多分。部屋に案内してくれるのは歌仙だったので、江雪達にお休み、と言えば江雪達もお休みと言いながら私の頭を撫でたり、手を振ってくれたりした。そんな私達の様子に、歌仙は微笑ましそうに笑ってから案内してくれた。歌仙曰くあんなに嬉しそうな左文字は見たことないらしい。嬉しい限りだ。歌仙にもお休みを言ってから部屋に入る。…本当に何もないな。審神者は荷物を持たない主義だったのか?稀に居るみたいだしな…そんなことを考えながら、私は一回転して半妖の姿になり、すんすんと鼻を動かす。…今はダメだな。懐に隠した札とノートを見て、私は溜息を付く。ノートは…明日渡そう。札は今日中の方が良いから、皆が寝静まった後に行くか…私はそう判断し、皆が寝静まるのを今か今かと心待ちにしていた。


***


漸く皆が寝静まり、私はこっそりと部屋を抜け出し、奈落の匂いが少しでもする場所に赴く。音が外に漏れないように結界を張ってから刺激を与えれば、最猛勝達が姿を現したので一刀両断し、巣穴に突き立てて断末魔を聞いてから、私は封印の札を貼り付け、小さく封印、と唱える。札が木の中に姿を消したのを見て、私は安堵の溜息を付いてから、他の場所にも移動する。…なかなか沢山あるな。これは骨が折れそうだ。自嘲気味な笑みを浮かべてから私は作業を再開する。…倒れないと良いんだが。
それから数時間後、使った札は30枚くらいか…奈落め、なかなか厄介なことをしてくれる。妖力は高いが、体があまり強くないからか軽く視界がブレる。…あ、ヤバい…そう思った直後、体の力が抜け、私は地面にーー倒れなかった。


「ーーお怪我はありませんか?」
「…とんぼ、きり…?」
「…衰弱しておりますな。部屋は彼処でしたな…運びますのでお許し下さい」
「…あー…悪い、迷惑を掛けるな」
「お気になさらず。しかし、こんな夜更けに何をしていたのです?何か用があるなら誰かを呼べばすぐに行きますのに」
「…散歩」
「…そんな衰弱するまで楽しいものがありましたか?」

「…流石に苦しいか。長谷部には言わないでくれよ?」


抱えて貰えなきゃ動けないのに、散歩は流石に無理があるよな…頭が上手く回らない。妖力を使い過ぎたか、最近あまり使う機会がなかったからな…修行でもするか。
私の言葉に蜻蛉切は不思議そうな顔をしながらも頷いた。そんな蜻蛉切を信じ、私はさっきまでの行動を話す。…ついでに、体があまり強くないことも。その話を聞いた蜻蛉切は、困ったような笑みを浮かべた。


「…あまり無理をなさらないで下さい。この本丸にもそういうことに詳しい者は居ます。何も女神様が1人で解決しなければいけない問題ではありませんよ。…前の主のことは女神様には全く関係ありませんからね」
「そんなことはない。…奈落は私の同族だ。彼奴は半妖とはいえーー妖怪であることに変わりはない。私は一応、大妖怪と呼ばれているし…自分の配下がしでかしたことに上が出るのはそんなに可笑しいか?」
「それは……可笑しくはありませんが…自分には女神様が無理をしているようにしか見えないのです」
「無理…?そんな風に見えるか?そんなつもりはないんだがなぁ…」
「誤魔化さないで頂きたい。…女神様、何か事情がありますね?それが引っ掛かっているから審神者の話を避けたがるーー違いますかな?」
「…あー……まあ、避けたがるってのは、合ってるかな…私にはその資格がない」
「資格…?」

「ーーその話、私も聞かせて貰っても大丈夫かな?」


嗅ぎ慣れない匂いがしたと思えば、暗がりから姿を現した男。…昼餉の時は話せず、夕餉の時は居なかったが、自分の中で確信していた。石切丸ーー奈落が真っ先に手中に収めた御神刀。…成程。確かにこれは恐ろしいくらいの神聖な気だな。中立を保っているとはいえ、妖怪の血が入ってる者からしたら…脅威でしかない。無意識の内に警戒してしまいそうになる。思わずひくりと顔が引き攣るのを感じていた。
やっぱり石切丸で合っていたらしく、蜻蛉切が驚いたように石切丸殿、何故此方に?と聞けば、石切丸はふわりと笑みを浮かべながら、夕餉のお盆を返して来た帰りだと答えた後、蜻蛉切に姫抱きされている私に近付き、にっこりと笑いながら口を開いた。


「初めまして、女神様。挨拶が遅れてしまって申し訳ない。私は石切丸、宜しく頼むよ」
「…あ、えっと、宜しく…?」
「…邪気が消えたからね、気になったんだ。長谷部はあの御神木にしか蜂が居ないと思っていたらしいけど、私には分かる。言わなかったけれどね。…君が消してくれたんだろう?」
「…流石御神刀。その通りだ。最猛勝の数まで把握してるとは驚いた」
「私は全てを消した女神様に驚いたけれど、ね。…確か長谷部と蜂須賀に追い掛け回されていたんだったね。それが原因で動けないのかな?」
「…あー…どうだろうな、それだけが原因とは言えねぇけど、無関係、ではないだろうな」
「…やはりですか…これは報告する必要がありますね。女神様はあまり身体が丈夫ではないそうですし、周りにも注意を促しておきます」
「…長谷部は責任感強そうだから、あまり言いたくないけど仕方ないか…」
「黙っていて、変なところから彼の耳に入った方が気にするタイプだからね、長谷部は。ちゃんと説明しといた方が良いんじゃないかな。歌仙や燭台切には厳しく言わないように伝えとくよ」
「…有り難う、石切丸」
「何、礼には及ばないさ。…さて、そろそろ本題に入っても平気かな?君は奈落をやけに気にしているからね、ただの同胞だからって感じではない。…教えてくれるかな?」

「…ちぇっ、流されてはくれないか」


私の言葉に、石切丸は当たり前だよと笑顔で告げる。蜻蛉切の方に視線を向けても、話して下さい、と懇願されてしまった。…この話をするのは左文字兄弟以来か、いっそのこと全員に話した方が良いかもな…私はそう思いながら、江雪達に話した内容とほぼ同じことを話す。ちょくちょく掻い摘んではしているが、内容はほとんど同じ、だと思う。…江雪達に話すのは平気だったのに、石切丸に話すのはちょっと抵抗があるな…やっぱりあれか、聖なる力が強いからか。…恐ろしいな、御神刀と呼ばれる刀は。私がもし本丸を手中に収めようと思っても、きっと石切丸から接触するだろう。…犬夜叉や殺生丸もだな、近付かないんじゃないかな、あの兄弟ならな…



「ーーという訳だ。私に審神者になる資格なんてないだろう?」
「…女神様、貴女は責任感が強過ぎます。良いですか、女神様が怪我を癒そうしたのは鬼蜘蛛であって、奈落ではありません。従って貴女が責任を感じる必要なんて皆無です。人間が妖怪になる、と言うのはあまりピンと来ませんが、女神様が唆した訳ではないのでしょう?」
「当たり前だ。彼奴が妖怪に身体を明け渡すほど、自由に動ける身体が欲しいと願っていたなんて……知らなかった」
「それほどに桔梗さんに惹かれていたんだろうね。君としては複雑かな?話を聞いてる限り、君も鬼蜘蛛に惹かれていたように思えるけど」
「……私が、鬼蜘蛛を……?」
「…恋は盲目、と言う言葉をご存知ですか。恋をすると周りが見えなくなるらしいのですがーーきっと、それで奈落に手を出せなかったのでしょう。恋心があって、非情になれなかったのです」
「……くっだらないな…そんな情のせいで……私は本来なら傷付かない人を傷付かせたのか、審神者になんて、なれる訳ないだろ……許しを乞わなきゃいけない立場じゃないか…!」
「…君が皆を救いたいと、許されたいと願うならーー審神者になるべきだ」
「……え……?」
「君くらいに情が厚いなら可能なんじゃないかな。勿論、無理強いはしないけど。…覚悟さえ決まれば、君は素晴らしい審神者になるよ。この本丸もきっと立ち直る……否、前よりも素敵な本丸になるだろう。君も退屈はしないと思うよ?」
「……さっきの話を聞いてたよな?私が奈落を殺っていれば、審神者は死ななかったんだぞ…?何で加害者の私が審神者になることでこの本丸が立ち直るんだ?」
「未来なんて誰にも分かる訳がないだろう?君は過去を悔い、自分を戒めている。そんな君を救いたいーーそう思ったら審神者になって貰うのが一番だと思ってね。互いに支え合うなんて素敵だろう?」
「…女神様がもし審神者になると決心して下さるなら…自分が誰よりも貴女様に忠誠を誓いましょう。貴女様に危害を加える対象を消して見せましょう。それで貴女が救われるなら、皆が笑顔になります。…貴女は女神様自身を許すべきです。大丈夫、貴女は何も悪くありません。貴女が悪いと言う人は本丸には一振りも居ませんよ」
「…石切丸…蜻蛉切……何故、そこまで…?」

「…この本丸の邪気を完璧に消し去り、皆の傷を癒してやりたいと願う人をーー何故、信じられないと思うんだい?…信じられないなら言葉にしよう。女神様、貴女は許された。私も貴女に忠誠を誓おう。…我々を導いてはくれないか、主」


主。その単語にドクンと心臓が高鳴る。ーー私は、許されても良いのか…?奈落を殺れるチャンスはいくらでもあった。それを全部無駄にした結果ーー奈落はこの本丸を手中に収めようとして審神者を洗脳し、審神者と刀剣達は傷付くことになった。私が恋心なんて言うくだらない情にさえ絆されなければーー鶴丸と鶯丸が自分達が大好きな主を手に掛けることも、小夜が兄達と離れ離れになることも、一期が苦しむことも、長谷部が1人で抱え込むこともなかったのに……何故、私を許してくれる…?…分からない、頭がパンクしそうだ。私がパニックになっているのが分かったのか、石切丸はゆっくり考えてくれ急かしたりはしないよ、と言いながら私の頭を撫でる。蜻蛉切は冷えますし、早めにお部屋に参りましょう、ゆっくり休んで下さい、と言いながら私を抱える腕に力が入る。
…どうしたら良いんだろうな、不意に視線を向ければ清々しい程に輝いてる星空が見え、その眩しさに、私は目を細めーー溜息を付いた。
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