とりあえず落ち着きましょう
翌朝、聞き慣れた小鳥の囀り(さえずり)を聞いて目を覚ます。見慣れない天井に一瞬ポカンとなるが、ああ、本丸に来たんだったなと思い出す。…襖の間から滲み出ている光が眩しい。今日はいい天気のようだな。こんな日に水浴びをしたら気持ち良いだろう。誰かしらに川がないか聞かないとな……伸びをしようとして起き上がれば、フラつく。…まだ完全には回復していないのか。身体に負担が掛からないようにゆっくり起き上がり、思いきり伸びをする。鼻を動かし、嗅ぎ慣れた匂いをすぐ近くに感じたので、少しばかり驚く。…まさか寝ていないのか…?…蜻蛉切、小さく名前を呼べば、襖が開いておはようございます、と蜻蛉切が笑う。瞬きを繰り返していると、蜻蛉切は困ってるような笑みを浮かべながら口を開いた。
「申し訳ありません、驚かしてしまいましたね。何かあったら困りますので、石切丸殿と交代して見回りをしていたのです。ちゃんと寝てますから安心して下さい」
「…そうか。確かに石切丸の匂いも感じるな」
「石切丸殿は日課である祈祷を祭壇でしております故、自分が見回りをしておりました。ゆっくり休まれましたか?」
「…んー、体力的にはまだ完全には回復してないが、すっきりはしたな」
「それは良かった。…まだ起きるのが辛いのでしたら、朝餉は此方にお持ちしましょうか?」
「あー、その手もあるのか。…いや、皆に話を聞いて貰いたいし、広間に行くよ。皆集まるんだろう?」
「はい。前の主がどんなに忙しくても朝餉だけは皆で食べよう、と言うルールを作りましたので…朝餉だけは全員揃いますよ。昼餉と夕餉は少々揃いが悪いですかね…」
「へえ…じゃあ、私がまだ知らない一振りも居るのかな」
「…ふむ…日本号は朝餉以外ではあまり顔を出しませんし、まだ知らないかも知れませんな。呼び掛けておきましょう、同じ槍ですから」
「御手杵と蜻蛉切だけじゃないんだな…」
「天下三名槍と申します。…まあ、自分は二振りよりかは遅く名を馳せましたが…ね」
「そんなのは関係ないだろ。蜻蛉切、お前が居てくれて私は助かったよ。三振り揃っての天下三名槍だろ?何も気兼ねることはない。自信を持て。こんなにも綺麗なんだしな。そんな顔したら勿体無い」
短刀達に見付けられたら大騒ぎされただろうからな…小夜に見付かったらきっと宗三や江雪に叱られてただろうし、五虎退や今剣に泣かれるのも困る。蜻蛉切で良かったと心から思う。そんな意味合いで言ったのだが、蜻蛉切はボンッと顔を真っ赤にし、狼狽え始める。…そんな変な言い方をしたか?何処が可笑しかったのか考えていると、不意に嗅ぎ慣れた匂いを感じ、声を掛けられる前に私は襖の向こうに声を掛けた。
「おはよう、起きてるよ」
「おや、おはよう。朝が早いんだね」
「いいや、さっき起きたばかりだ。石切丸は朝が早いんだな」
「祈祷の時間を設けているからね。…1つ聞いても良いかな?蜻蛉切はどうしたんだい?」
「…私にも分からないんだ。急に照れてしまってなぁ…まあ、愛らしいから構わないけど」
「あ、愛らしい…!?自分はこんなにも大男ですぞ…?」
「……それは私が小さいと言いたいのか?そりゃあ大の男に私が勝る筈がないだろう、女なんだし。…大男とか関係あるか?蜻蛉切は愛らしいよ、私から言わせれば、な」
「あ、有り難う、ございまする…」
「?」
「……女神様は人を喜ばせるのが上手いみたいだね。あまりそう言うことを言わない方が良い、勘違いするのも居そうだからね」
「ん?良くは分からないが…石切丸が言うなら気を付けよう」
「おや、随分と慕われているみたいで有り難いね」
「御神刀ってのは勿論だけど、石切丸は嘘は付けなさそうだからな。頼りにしてる、何か間違ってたら指摘してくれ。なるべく直そう」
「…そんな澄んだ目で見られるとは思わなかった。承知したよ、女神様。さあ、そろそろ皆が集まって来る。立てるかい?」
「ああ、大丈夫だ。多少フラつくが問題ない。今日の食事当番は誰だ?」
「ん?鳴狐と小狐丸だから…きっと油揚げは入ってるだろうね、お稲荷さんかな」
「フラつくんでしたら、自分がまた運びましょう。転ばれたら困ります故」
「お稲荷さんか、久しいな。楽しみだ…蜻蛉切、そこまでしなくても……まあ、好意は受け取るが重くないか?」
「寧ろ軽過ぎます。…細いですし、もう少し肉を付けても良いのでは?」
「…肉料理を多目に作って貰おうか。少し痩せ過ぎてるように思うよ」
「…あー…努力しよう」
気に入った料理ならいくらでも食べれるんだが……やっぱりバランスが悪いのか。楓にも口酸っぱく言われたなぁ…そんなことを思いながら、再び蜻蛉切に姫抱きされる。…蜻蛉切ってあったかいよなぁ、眠くなる。そう告げれば、起こしてあげますから寝ても構いませんよ、と笑いながら言われる。石切丸にも昨日頑張ってくれたんだし、それくらいのことは許されるよと言われた。…じゃあ、お言葉に甘えようかな…慎重にゆっくりと歩いてるからか、心地良い振動に私は欠伸を噛み殺しつつ、目を閉じた。
本当に少しだけではあったが、さっきよりかはスッキリした気がする。蜻蛉切に起こして貰い、もう少しで広間って所で降ろして貰う。私が姫抱きされてたらびっくりするから、と言う配慮らしい。有り難う、石切丸。私が倒れないようにと右手を蜻蛉切、左手を石切丸に握られ、蜻蛉切と石切丸によって襖を開けて貰った。一番最初に気付いたのは言わずもがな、長谷部だった。
「女神様!!おはようございます!…如何なされましたか?顔色が悪いようですが…」
「朝から元気だな…おはよう、長谷部。あー…まあ、色々あってな」
「あー!?蜻蛉切も石切丸もずるいです!なんでめがみさまとてをつないでるんですか!?…めがみさまのかおいろがわるいのとかんけいありますか?」
「おはよう、今剣。まあ、訳ありなんだ。女神様、私達と一緒で良いかい?それともーー私達を射殺してやると言わんばかりの方に行くかい?」
「噂には聞いていましたが…凄いですね。女神様、走ってはいけませんよ」
「…後で言い聞かせておく。色々有り難うな。世話を焼かしてすまない。…江雪、宗三、小夜。おはよう。これには訳があるんだ、あまり怒らないでくれ、よ!?」
「ーー姉様っ!」
「…さ、小夜……悪い、今力が入らないからちょっとま、て…」
「小夜。いけませんよ。…大丈夫ですか?本当に顔色が悪いですね」
「ーー此方にどうぞ。熱は…ないようですね。ゆっくり寝れませんでしたか?」
小夜に飛び付かれ、宗三に支えて貰い、江雪に招かれた所に座れば、額に手を添えられる。熱は出ないみたいで安心した。ノートを胸元から取り出し、江雪に読んでみてくれと言う。江雪はキョトンとしながらノートを開き、宗三に隠し場所には気を付けなさいと小突いてからノートを覗き込み、小夜は私の膝の上にちょこんと乗って来た。どうやら昨日の五虎退が羨ましかったらしい。…可愛い…小夜のほっぺをムニムニしながらテーブルを見れば、やっぱりお稲荷さんで頬が緩む。美味しいよな、お稲荷さん。私は江雪と宗三に挟まれるように座っており、江雪を隣に座っていた歌仙と宗三の隣に座っていた光忠も私におはようと言ってからノートに覗き込む。…ん?これってなかなかまずくないか…そう思ったのは私だけじゃないらしく、石切丸は長谷部の、蜻蛉切は蜂須賀の隣に移動していた。…察しが早くて助かる。私は小夜の耳元に口を近付け、ちょっと抜刀するかも知れないから気を付けてくれと囁けば、小夜はキョトンとした後、姉様は無理しなくて良いよ、僕は誰を止めれば良いの?と聞いて来たので、察しが良い小夜の頭を撫でてから、歌仙を頼むと告げる。…江雪は私が止めよう、出来るかな。
パタンとノートを閉じた音が聞こえた瞬間ーー私は江雪の服を思いきり掴み、小夜は歌仙の膝の上に移動し、長谷部の方に向かった宗三を石切丸が止め、蜂須賀の方に向かった光忠を蜻蛉切が止めていた。…間に合って良かった…!
「…薺、良い子だから離して下さい。和睦の道は……ありません」
「離さないよ。…頼むから話を聞いてくれって」
「お小夜!?良い子だから降りてくれないか。僕にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
「…姉様が止めてくれって言ったから動かないで。僕は貴方に危害を加えたくないです」
「っ、石切丸…!退いて下さい、僕は長谷部に用があるんです」
「退けないよ、本体を収めて貰おうか」
「蜻蛉切さん…!?ちょっと退いて貰えないかな、僕は蜂須賀くんに用があるんだ」
「申し訳ありませんがそれは出来ません。本体を収めて下さい、燭台切殿」
「…宗三…?」
「…燭台切…?」
「良くは分からんが、まずは落ち着け。そうだなぁ、茶でも飲むと良い。女神が困っているぞ?」
「…っ…あの子に免じて許してあげますけど、また追い掛け回したら許しませんからね!」
「宗三、良いから。…早くこっちに来てくれないか?…支えて、欲しいんだが」
「!!勿論です。僕があーんしましょうか?」
「や、それは恥ずかしい……あー、やっぱりお願いしようかな!?頼むな、宗兄!」
「!!宗兄……ああ、何て可愛いらしいんでしょうか…」
「…何があったのかそろそろ教えてくれないか?宗三が嬉しいのは分かったが、光忠までそんなに怒るとは珍しいからな」
私の言葉に、宗三はにこにこと笑いながら戻って来る。あーんを断ろうとしたら泣きそうになられたからな…反射的に飛び出た宗兄呼びだが、喜んで貰えたようで良かった。ジッと見られていたので、江雪にも江雪兄?と呼んでみれば背後に桜が舞っていた。…良かった。小夜も私の膝に戻って来たので、お礼を込めてぎゅーっとしたら、小夜は嬉しそうに笑ってくれた。…あーやっぱり可愛い。
戸惑ったようにしつつも、光忠を宥めてくれた伽羅に言われ、私はノートを江雪から返して貰ってからノートを開きながら話す。…長谷部、蜂須賀、ごめん。次々と痛いくらいの視線を受けて縮こまる二振りに、心の中で謝罪した。…本当にごめんな。斬りかかろうとする小狐丸は石切丸が止めてくれていた。本当に世話を掛けるな…話が終わった後、長谷部と蜂須賀の土下座が始まったのは言うまでもない、よな。
「申し訳ありません!!女神様にそんな事情があるとは全く知らず…!どうぞ折って下さい!さあっ、遠慮なく!!!」
「…本当にすまない。周りが見えてなかった…君の気が済むなら俺も折って構わない」
「いや、折らないからな…?折ったらお前達は居なくなるんだろ?それは寂しいなぁ、浦島も悲しいだろ?」
「…蜂須賀兄ちゃんはたまに暴走しちゃうだけなんだ。本当はすっごく優しいんだよ!!」
「長谷部も居なくなるのは困るな。書類が片付かなくなる」
「…浦島…っ!」
「…日本号…書類は自分の分は自分で片付けてくれ…!!…女神様。貴女に許して貰えたとしても、俺は自分を許せそうにありません。罰を与えて下さい。何なりとこなしましょう」
「…罰、なぁ……蜂須賀も同じか?」
「ああ、勿論。俺に出来ることは何でもしよう」
「そうか。んじゃ、長谷部にはゆっくり休んで貰おうか、隈が酷いからな。蜂須賀は贋作?の兄と仲良くしろ、簡単だろ?」
「う!?お、俺が休んだら書類が…!」
「…贋作と仲良くしたくはないが、それで許して貰えるなら努力しよう」
「書類なら私が代行しよう。江雪兄も宗兄も小夜も居るし。教えてくれるだろ?」
「…可愛い妹に頼られて断わる理由がありません…勿論、教えましょう」
「…僕としては長谷部も蜂須賀も居なくても大丈夫なんですけど、貴女が望むなら仕方ありませんね、書類なんて面倒なんですけど」
「宗三兄様。…僕も頑張る」
「此処に集った仲間なんだろ?もう少し互いに仲良くしろよ。…死んだら何も出来ないんだ。せっかく貰った命を無駄にするな」
私の言葉に、長谷部と蜂須賀は深々と頭を下げて来た。…別に、そんなつもりはなかったんだけどなぁ…女神様は優し過ぎるよ、と頬を膨らました蛍丸に言われたが、私はうーんと考えた後、私は今まで大変だった分、皆に笑って欲しいと思ってるだけなんだけどダメか?と聞いてみれば、蛍丸は複雑そうな顔をした後、別にダメじゃないよ、なんて言いながら笑う。間違いなんて誰だってやるんだ、大切なのはそれを繰り返さないようにしようと思うのか思わないのかだと思うんだけどなぁ…
さて、もう1つ話したいことがあったんだが、それはお稲荷さんを食べてからにするかな。頂きます、と宣言してから宗三の手を引っ張り、あーんと口を開けて催促すれば、宗三はぱあっと顔を明るくしてから嬉しそうにお稲荷さんを箸で半分に割ってから口の中に放り込んでくれた。粗食しながら不安そうにしている小狐丸に親指を立てれば、小狐丸も嬉しそうに笑う。うんうん、笑顔が一番だな。
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