やっぱり難しいな
長谷部に鍛刀部屋と刀装部屋を案内して貰い、手入れ部屋も教えて貰った。…江雪達は本当に必要なことを避けてたんだな、逆に凄いくらいだ。どうやら刀剣達はこの手入れ部屋があれば傷を癒すことが出来るそうだ。資材が必要になるらしく、軽傷でも大太刀レベルになるとかなり必要になるらしい。…蒼葉での治療も視野に入れた方が良いかも知れないな。怪我がしないのが一番だが、検非違使は強いらしいから難しいだろう。特に槍が厳しいそうだ。
「御手杵や蜻蛉切、日本号では太刀打ち出来ないのか?」
「出来ないことはないですが…池田屋の槍は恐ろしく速いのです。…まあ、俺には敵わないと思いますけどね」
「あー、確かに長谷部は速いよな…池田屋には行ったことがないのか?」
「…実は、この左目が少々見え難いのです。聡明な主のことです、気付かれてはいると思いますが…」
「…やっぱりか。違和感は感じてたよ。何でお前はそんなに抱え込むんだ?その目、誰にやられたんだ?…主か?」
「…他の奴等には内緒にして下さいね、主。完璧に見えない訳ではないのです。…ただ、夜戦では使い物になりません。主の役に立てないのです…」
「夜戦が何だ、大体夜戦は短刀や脇差の方が有利なんだろう?打刀なら打刀なりの独擅場があるだろ、案ずることはない」
「…主…」
「何があっても私が棄てたり、刀解するなんてことは有り得ないから期待するだけ無駄だぞ」
むす、としながら告げれば、長谷部はぱちくりと目を大きく瞬いてから、嬉しそうに笑う。主の仰せのままに、そう言う長谷部の声は弾んでいて、私も嬉しくなる。左目、治せるか試すか?と聞いてみれば、長谷部は少し悩むような仕草を見せた後、大変嬉しく有り難い話ですがお断りしますと言われてしまった。…やはり顕現した主は特別なんだろうな。思い出を壊したりはしないさ、と告げれば心底ホッとしたように笑う。…羨ましいな、元の主。こんなに想われる主になりたいものだ。
「主、気分を害してしまいましたか…?」
「いいや、気にすることはないさ。私のことなんか気にせず、前の主について話して良いんだぞ?」
「…嫌ではないのですか?比べるような発言をする一振りも居るかも知れませんよ?」
「…なあに、そんなに心が狭くはないさ。無理に忘れる必要なんて皆無だ」
「…貴女は心が寛大なんですね」
「……なあ、長谷部。私は人の子は2度死ぬと思っているんだ」
「…2度、ですか?」
「ああ。1度目は命を亡くした時。2度目はーー誰からも存在を忘れられた時だ」
「ーーっ!?」
「…辛かったかも知れない。でも、少しでも主を想っているなら、忘れないでやってくれ。…心の中で、生かしてやってくれ」
死んだ人の子は、人の記憶でしか生きられないのだからな。そう伝えれば、長谷部は思う所があったのか、大きく頷きながら涙ぐむ。そんな長谷部の背中を叩きながら、私はくすりと笑う。…貴方は愛されているんだな、羨ましいくらいだ。貴方が守りたかった皆をーー私が命を懸けて守ってみせるからな。せめて、見守っててくれ。私の記憶に貴方は居ないがーー皆の記憶に居る貴方を、私は大切にするからな。
「…やはり、貴女が主で良かった」
「はは、お前が嬉しそうで何よりだ」
「主…一生貴女に着いて行きます。前の主との思い出も一緒に」
「…ああ、そうしてくれ。まあ、身体もそんなに強くないし、生活能力も皆無だから迷惑しか掛けない気がしないでもないがな…」
「そんな些細なこと、お気になさらずとも良いのです。俺が…否、俺達が全力でサポートしますから」
「はは、お前達が居ないとダメになりそうだな」
「なってくれても構いませんよ。…何なら、隠してしまいましょうか」
「…っ…長谷部は私の名を知らないだろう?」
「…教えて下さればいつでも隠しますよ」
「…遠慮しとく」
多少引き攣りながら答えれば、長谷部は小さく残念、と呟く。…本気だったな、間違いなく。こんのすけから名前を知られてはいけないと教わっていて良かった。今頃誰かしらに隠されていただろう。…岩融や今剣が心配だがな。他はーー…まあ、大丈夫だろう。宗三にも用心しといた方が良いかもな…五虎退と江雪と小夜は多分平気だろう…多分だが。
「主。次は何処を見たいですか?何処でも案内しますよ」
「ん、そうだな……長谷部のお気に入りの場所が知りたいかな」
「…俺の、ですか?」
「ああ、ダメか?無理なら良いんだが」
「そんな、とんでもない!!ただ、あまり楽しくはありませんよ?」
「構わないさ。長谷部が好きな所を知りたいだけだ。…共有出来たら一番理想だが、そこまで高望みはしないさ」
「主…!!…それ、俺以外には言わないで下さいね。妬いてしまいそうです」
「何だ、やきもちか?私は愛されているんだな、嬉しい限りだ」
「…貴女を愛さない筈がありませんよ。主が俺達に愛想尽きたとしてもーー愛していますから」
「…長谷部?」
「待てと言うのならいつまでもお待ちしますよ。…まあ、離してなんかやりませんけどね」
くす、と笑う長谷部に、私は少しだけ噴き出してから私の真似か?と聞けば、真似させて頂きましたと何処となく嬉しそうに笑う。…真似だと気付かないと思ったのか?私はそこまで鈍くないつもりなんだがなぁ…主、お手を。と言われるがままに手を出せば、失礼しますと断わりを入れてから長谷部の手に絡め取られる。…大きい手だな…
「…主は、手も小さいのですね。折れてしまいそうです」
「そんなにヤワじゃないぞ?…まあ、女らしい手ではないけどな。生死を賭けた決闘なんかは好きじゃないが、手合わせが好きでなぁ、よく相手して貰っていたし…豆だらけだろう」
「…素敵な手ですよ。戦う女性の手は素晴らしいと思います。手合わせが好きなら長曽祢や同田貫に話を通しておきましょう。きっと退屈しませんよ」
「長谷部は?」
「…俺、ですか?」
「ああ、長谷部は相手してくれないのか?まあ、手加減させるつもりはないが」
「…主命とあらば喜んで」
「主命なぁ……まあ、無理にとは言わないさ。ただ、朔の日の影響で私も目が見え難い時があるから、少し参考になれば良いと思ったんだよ」
「…俺の、為ですか?」
「隠したいんだろ?大事は家族の頼みを無下にする主にはなりたくないからな」
ま、考えといてくれ。笑いながら頭をポンポンすれば、長谷部はぐっと唇を噛み、お願いします、と小さく乞われる。本来なら隠すなと言えば良いと思うが…隠したい気持ちは分からないでもない。余計な心配を掛けたくないんだろう。何かあればフォローすれば良いだけの話だ。…前の主を大切にしたいと思う長谷部の気持ちを優先してやらないとな。
(ーー嗚呼、何て醜い感情だ)
分かっているのに、心が悲鳴を上げる。羨ましい、なんて思っちゃいけないのに。顕現したのは私じゃないんだ。そう理解しているのにーー苦しい。何で私じゃないんだろう、と思ってしまう。…自分が醜いな。愛されたいと思っているのか、心の何処かで。以前の主よりも慕って貰いたいと思って居るのか、心の底で。
(…我侭にも程がある、独りよがりな考えだな)
エゴじゃないか、望むことすら有り得ない話だ。感情を殺せ、羨ましいなんて思うな。私の目的は傷付いた彼等の傷を癒やし、この本丸を立て直すことだ。それ以上でもそれ以下でもない。…それ以上は望むな、敵わないんだから。難しいな、感情と言うのは。私は小さく溜息を付き、感情を押し殺す。余計な悩みを増やしてたまるか。隠し通すさ、この世の終わりまで、ずっとな…
2/8
prev next 戻る