お帰りなさい
光忠率いる伊達組が作った昼餉を食べ、第1部隊は戦場へと向かって行った。いんかむ、とやらを使って実際にやり取りしながら采配することも可能だが、今回は皆に任せることにした。同田貫が信用して欲しいと懇願して来たからな、願いを叶えるのも審神者としての仕事だろう?彼等が過去へと向かって行った門が見える位置に腰を掛け、ジッと見つめる。…信じていない訳ではない、が、凄く不安だ。きゅう、と胸が締め付けられるようなーーああ、りんもこんな気持ちだったのかも知れんな。
「主、あまり風に当たるのは良くないよ。彼等は大丈夫さ、早くこっちにおいで」
「主、毛布を持って来ました。顔色もあまり優れませんし、少し眠りますか?膝枕しますよ?」
「…ん、ああ。そんなに顔色悪いか?」
「ああ。初陣だし気が張るのは分からないでもないがーー蛍丸が率いているんだしお小夜も居る。問題なんてありはしないよ」
「主はもう少しご自分のことを考えて下さい。さ、今日は風が冷たいですから早く毛布を掛けて下さいませ」
「ああ、有り難う。…負担が大きいのかも知れんな、マヒしてるのか自分では分からんが…」
「ああ…耳と尻尾がぺったんこだ…可哀想に」
「主、耳と尻尾をしまった方が良いのでは…?」
「あー…やっぱりその方が良いかも知れんな。仕方ない、そうしよう」
「負担がない姿とかないのかい?」
「負担…あー、あるにはあるんだが、あまり好まんからなあ…」
可能であれば、したくない。そう呟いてから耳と尻尾を引っ込める。うん、少し楽になった気がする。どんなお姿なのですか?と聞いて来る長谷部に、私は自分の頬を掻きながら、強いて言うなら子供だ、短刀並…小夜に近い身長になる。その姿だと耳と尻尾を出していても身体が小さいから制御するのが一番楽なんだ。ただ、小さいから何も出来んし私は好きではない。今剣のような話し方になるし、疲れたらすぐに眠くなる。うとうとしてしまうのも早い。が、やはり小さいから体の負担は少ない。この際、あまり文句を言えないかも知れんな…
「主の身体が楽になるなら、幼少の姿をしても良いんじゃないかい?仕事なら僕や明日以降の近侍がやるし、他のことなら長谷部や左文字が協力してくれるんじゃないかな」
「幼い主…絶対可愛いですね(是非拝見したいです)」
「長谷部、それは多分逆だ」
「本音が出てるなんて情けないね、雅でもない」
「な、う、…申し訳ありません!!歌仙は後で覚えていろ…!」
「はいはい、喧嘩はやめような。今日はこのままで居るよ。明日以降の調子で決める」
「そうかい?主がそう言うなら何も言わないけど、あまり無理はしないでおくれよ。…置いて逝かれるのは気分が悪い」
「…そうだな。私も長く生きてるし、いつも見送る立場だったから気持ち分かる。連れて逝って欲しいと、願ってしまう。…1人は、寂しいからなあ…」
「…以前の主も、今は幸せだと良いのですが…」
「長谷部」
「良いんだ、歌仙。以前の主のことは分からないが…お前が覚えているなら良いんじゃないか?」
「…主…」
「お前の心の中で生きているーーそれはきっと幸せなことだと思うがな」
そっと手を伸ばし、長谷部の胸板辺りを軽く小突けば、長谷部は心底嬉しそうにはにかむ。歌仙は不服そうな顔をしていたが、視線を逸らし、自分の手元にある湯呑みを見つめ、呷るように飲む。歌仙らしくない、荒っぽい飲み方。思う所があるのだろう、きっと。それは歌仙しか分からないし、安易に触れてはいけない。本刃が、見付けるしかないのだから。
「主、…お茶のお代わりはどうだい?」
「ああ、貰おう。この茶は美味いな、私が居た所の茶も美味かったが、私は歌仙が淹れてくれる茶が好きだ」
「恐悦至極。ふふ、鶯丸が詳しくてね、彼の淹れる茶も美味しいんだ。彼を近侍にする時は頼んでみると良い」
「平野や一期一振が淹れた茶もなかなか美味ですよ。俺が淹れるのもそこそこだと思いますが…彼等には敵いませんね」
「意外と獅子王も淹れるの上手いよ。まあ、彼は三日月達の面倒をよく見ているからね…」
「面倒見良いからな、獅子王…楽しみにするか」
「良いんじゃないかい?彼には伝えておくよ」
「さ、主。甘味もありますよ」
「団子…此処は常備されてるのか?」
「前の主が好き好んでたのが大半かな、…前は僕達が遠征先とかで買って来たのを食べてくれてたけど、最近はなくなったから自分で頼んだんじゃないかい?」
「ああ、ご心配ならずとも大丈夫です。この甘味は蜻蛉切や御手杵が主の為に買って来たものですから」
「いつの間に…まあ、有り難く頂くかな」
頂きます、と呟いてから団子に齧り付く。もちもちした食感と絶妙な甘さが素晴らしいな。一口噛む事に味が染みてくる。これはーーりんにも食わせてやりたいな。きっと愛らしい笑顔で頬張ってくれるのだろう。小動物のように頬いっぱいに頬張っていそうだ。…うん、可愛い。ちらっと視線を向ければ、長谷部も歌仙も上品に団子を食し、舌鼓を打っていた。作法もしっかりしてるとは素晴らしいな。
のんびりと過ごしていれば、不意に門が開く音が聞こえ、私がハッとするのと同時に、出陣部隊が帰って来たね、と歌仙の声。私は毛布を横に置き、門に向かって飛び出す。
「皆!!」
「あ、主!走ったらダメじゃん!」
「国行、受け止めろよな!優しくだぞ!」
「はあーーしゃあないなあ。主はん、後ろに怖いのが居るんであまり無理せんで貰えます?」
「姉様、走ったりして身体は大丈夫なの…?」
「あー…やっぱり戦場は楽しかったな!!」
「そうだな…俺達はやはり刀だからな、久し振りに熱くなれた」
「す、すまないな明石。…お帰り、怪我は?」
「ないよー、全員かすり傷すらなしだよー。あんなに弱かったけ、検非違使」
「なー、拍子抜けだぜ」
「…せやなぁ…もう少し手応えあった筈なんやけどなあ…」
「…不完全燃焼だね」
「ま、満足は出来ねえな、あれっぽっちじゃ!」
「しかし…カンストしてるとは言え、俺達には空白の時間があるんだぞ?それにしてはおかしいじゃないか、完全勝利なんて」
「主の霊力だよ。主の霊力が透き通っていて穢れが一切ないから純粋に僕達の力を底上げするんだ」
「…霊力は主の想いが強く反映される。主が俺達を想ってくれてるからこその力だろう」
「…やっぱり長谷部も戦場に行きたいか?」
「いいえ。俺は貴女の傍に居たいですから」
「疲れた時は言ってくれよ、長谷部。僕も主のお世話係の座を狙って居るんだからね。雅な主と共に過ごせる方が有意義な時間を過ごせそうだからね」
「…僕も狙ってるから、安心してね」
「…貴様らには譲るつもりは毛頭ないから心配するな」
「まあまあ…ま、長谷部も疲れた時は言ってくれ、対処するから。ーー皆、お帰り。よくぞ帰って来てくれた」
私の言葉に、蛍丸達は互いの顔を見合わせ、ただいま、と大きな声で言ってから、蛍丸と愛染と小夜が戯れついてくる。まあ、小夜はあくまでも牽制のつもりみたいだがーー猫同士の戦いにしか見えん。俺が誉取ったんだぜ!と主張する愛染に、国俊かっこよかったけど次は負けないからね!と意味深な笑みを浮かべながら言う蛍丸、小夜は今度は負けないから、と拗ねたような声色で私にぎゅうと抱き付く。誉、確か戦場で功績を挙げたってことだよな?そう聞けば、長谷部と歌仙が共に頷いたので、合っていてホッとする。愛染、何か望みはあるか?誉の褒美とか、興味ないか?と問えば、愛染は目をまん丸にさせ、びっくりしたような顔をしながら唇を動かす。
「…良いのか?」
「うん?誉を取ったのは愛染だろう、褒美を与えたら何か不都合か?」
「や、そんなこと、ないけどさ…本当に何でも良いのか?」
「私に出来ることなら構わないよ」
「…主さんの真名、とかは?小夜達左文字は分かるけど、今剣や岩融、五虎退、こんのすけも知ってんだろ?」
「あー、まあ、不可抗力ってやつだがな。出来たらそれ以外で頼む」
「…そっか、そうだよな」
「それは褒美にならないだろう、私は夕餉の席で真名を明かすつもりだからな」
「「「は!?」」」
「姉様、何を考えてるの…?僕達、名前で縛ること出来るんだよ…?」
「…主、俺も賛成致しかねます。少しくらい相談して下さい…!」
「いや何、このままだと不公平だと思ってな、私は皆の名を知っているのに皆が私の名前を知らないのはおかしいと」
「いやいや、それは当たり前やないですか。真名を知られたら神隠しとかしてもええってことになりますやろ、ええんです?」
「私は皆を信じているからな」
「いやいや、信用されても困るっての。鶯丸とか真っ先に神隠ししそうじゃねぇか」
「ああ。そりゃあ、信用されることは有り難いし嬉しいがーー少し疑ってくれ」
「歌仙、お前も同意見か?」
「当たり前じゃないか。許可出来ないよ。言っただろう、僕は君以外を主とは認めないと」
「ああ、だからこその決断なんだが…ふむ、言葉が足りなかったか。私はお前達を他の誰にも譲りたくないし、政府の手駒にされるのも嫌だ。歌仙は言ったな、私が審神者を辞める時は折るなり煮るなり好きにしろと。…私はお前達とこの戦いが終わっても共に居たい。その為なら神隠しだって構わないさ」
勿論、本霊に戻りたいと言うならそれもまた然り。ちゃんと見届けるつもりではあるがな。くす、と笑みを零しながら紡いだ言葉に、歌仙は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。僕の浅はかな望みを、叶えてくれるのかい?、今にも泣きそうな声に、私は歌仙達となら何処でも逝けるよ、未練がないからな。そんな風に言えば、歌仙は心底嬉しそうに笑った。
「君には敵わないね…これでお小夜と同じ立場になる訳だ」
「まあ、ただの我儘だと思ってくれて構わないさ。知る必要ないなんて奴には教えないから安心して欲しい」
「この本丸に主さんの真名知りたくない奴なんて居ないだろ!五虎退に迫ってる小狐丸さんとか居たからなー、一期さんにお覚悟されてたけど」
「ああ、あの悲鳴はそん時のやったんか…」
「まあ、五虎退なら素直だし教えてくれそうだよねー」
「今剣や岩融、左文字は明かそうなんて思わねぇだろうしな。こんのすけも問い詰めれば吐きそうだが、今忙しいみたいだから五虎退に行くのも無理はねぇな」
「主は…後悔しないのか?」
「なあに、私は今まで人の子の為に生きてきたようなものだ。自分の為に生きてもおかしくないだろう?…長谷部」
「はい、何でしょうか」
「お前の不安は晴れそうか?」
「は…?」
「私はお前を置いて逝かないし、譲らない。優劣をつける気なんてなかったしな。…これで小夜達と対等になる訳だが、不安は晴れそうか?」
私の問いに、長谷部は目を見開き、え、な、と言葉ではない言葉を紡ぐ。まあ、驚きの方が勝っているんだろうな。無理もない。長谷部はお世話係だけでは不安なのは薄々勘付いていた。責任感が強いのは勿論だが、長谷部は臣下でもない男に下げ渡されたことがあるらしく、異常に下げ渡す等の行為を恐れているのだと日本号と不動から聞いた。真名を明かすことで長谷部の不安が拭えるなら、私は喜んで名前を明かそう。まあ、遅かれ早かれ明かすつもりではあったがな。相手は神様なんだ、神様に名乗らせといて自分が名乗らないのはおかしいだろう?勝手に呼び起こしといてそれはあんまりだと思わんか。国宝と謳われる宝物なのに、だ。
(今のこの本丸の主は私ーーだとしたら、色々と好き勝手しても良いだろう?)
まあ、ちゃんと弁える頭はあるつもりだが。やって良いこととやってはいけないことの区別くらいは出来るさ、子供ではないのだから。私の問いに、長谷部は目を潤ませながら有り難うございます、と頭を下げる。そんなことするな、と頭を上げさせ、愛染の頭を撫で、誉の褒美、考えといてくれよと言えば愛染はにっこり笑いながらおう!と言う。誉の褒美制度を導入すれば、士気が上がるかも知れんな、少し考えておこう。
手をパン!と軽く叩き、第1部隊を見渡してから、戦場の話を部屋で聞かせてくれ。長谷部、茶を淹れてくれるか。歌仙は蛍丸達の報告に目星いのがあれば記してくれ。とそれぞれに指示を出せば、彼等は頷いてくれた。ーー私の代で、この戦いを終わらせてやる。改めて、そう決意した。
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