不審な協力者

してやられた、と気付いたのは無様にも結界が張られた後のことだった。主の腕が引っ張られたのに咄嗟に反応出来なかった自分の機動が憎たらしいね…結界が張られる直前、薺の腕を引っ張ったーー物吉貞宗の口元が弧を描いていたのを思い出し、思わず本体を握る手に力が入る。…ああ、近くに居た今剣を驚かせてしまったか。いけないね、平常心、平常心。
太郎太刀が次郎太刀が蛍丸が江雪が岩融が同田貫が山伏が、休むように言われた燭台切や歌仙や蜻蛉切と言った打撃に自信がある者が私と一緒に結界に攻撃を放っても、割れるどころかヒビすら入らない。ーー何かが、おかしい。


(ーー…もしかしなくても、無効化されている?)


つう、と嫌な汗が頬を伝う。これはもしかしたら、いや、もしかしなくても、主が、薺が居た世界の結界なのではないか?そうだとしたら、攻撃が通じないのも理解出来ると同時にーー…いやな現実も見えて来る。認めたくない、現実が。此処に居る以上、この結界の向こうに行けないということ。私達は、何も出来ない。


「石切丸、どうしたのですか?かおいろがわるいですよ?きんじだからってせきにんをかんじなくてもだいじょうぶです」
「…今剣…」
「あれはしかたありません、ぼくもはんのうできませんでした。薺さまのちかくにいて、きどうもそこそこはやい宗三がはんのうできなかったんですから、石切丸がはんのうできなくてもおかしくないんですよ」
「そうだぞ、石切丸。お前の打撃が頼りなんだ、力を貸してはくれまいか?」
「…無理だよ、三日月…」
「無理?…石切丸はぬしさまを見捨てると言うのか?此処で指を咥えて黙って見ていろと?」
「落ち着け、小狐丸。…実は俺も嫌な予感がしていたのだ。が、お前がそんな情けない顔をするということはーー…我等に、出来ることは何もないのだな」
「岩融、なにをいって…?」

「…この結界は、主が、薺が居た世界の結界だと思う。私達が理解してる結界とは全く構造が違うんだ。…私達ではもう、太刀打ち出来ないよ…」


認めたくなかった現実を口にすれば、さっきまで本体を振り下ろしていた太郎太刀の動きが止まる。いや、太郎太刀だけではないかな。皆の動きが止まり、嘘だと言ってくれ、と言いたげな顔で私を見つめて来る皆に、私だって嘘だと、何とか出来ると思いたいよ。と首を横に振れば、宗三と江雪と鶯丸が膝から崩れ落ちる。ああ、彼等は特に薺を好んでいたからね…当たり前の反応かも知れない。ダン!!と大きな音がした所を見れば、拳を壁に叩きつけて居る同田貫の姿があり、何とも言えない気持ちになる。長谷部や青江、小夜が付いているのは分かっているけど、待ってることしか出来ないのが、どうしようもなく歯痒い。


(ーー何が、御神刀と言うのだろうか)


大切だと、失いたくないと思っていた、たった1人の子さえ、守れなかったではないか。私達を救ってくれた彼女を、みすみす見殺しにしてした私が御神刀を名乗れる筈がない。ぐ、と唇を噛み締めたと同時に、ぞわりと背筋に悪寒が走る。反射的にバッ!と振り向けば、意気消沈している彼等のすぐ後ろにその存在が居た。居てはいけないものだ。童の姿をしているとしても祓わなければー…そんなことを思っていると、その童はおもむろに辺りを見渡し、口を開いた。


「…薺は、居ないの?」
「!うおっ、てめ、いつの間に此処に来たんだよ!!」
「兼さん、大丈夫!?怪我はない?!」
「…今、主の名前呼ばなかった?主の知り合い?結界とか何とか出来る?」
「…結界?」
「ちょ、清光!?急に現れた奴に何を言ってんのさ!!」
「うっさいな!!俺達には何も出来ないのは分かってるよ!だとしても!!俺は主を諦めたりなんかしないから!!諦めてたまるか…!」
「落ち着け加州。それは皆同じ気持ちだ。…初対面だがすまない、結界を解除出来たりしないだろうか。主はあの洞穴の中に連れて行かれたんだ」
「…うん、大丈夫、解ける」
「!それはまことか!?嘘じゃったら許さんぜよ…?」
「嘘なんて付かない。…私は、迎えに来たんだから」
「迎えに?まさか、アタシ達から薺を奪うつもりじゃないだろうね!?」
「…違う。私が迎えに来たのは結界を張った人」

「…君は、どこまで知っているのかな?いや、それだけじゃない。ーー君は、“何”だ?」


本体をいつでも抜けるようにしながら問い掛けるものの、童は眉ひとつ動かさない。私と同様に“こういうの”に詳しい太郎太刀や宗三、江雪も気付いたらしく本体をいつでも抜ける体勢になっている。この童は、この世のモノではない。でも、幽霊や幻でもない。…害がある、ようには思えないけれど、警戒は解いたりなんかは出来ないよね。私達の反応に、ピリッと空気が変わる。皆が皆、童から距離を取り、目を逸らさずに本体をいつでも抜けるような体勢になる。そんな私達の反応に、童は不思議そうな表情を浮かべつつ口を開く。


「ーー分からないの?貴方なら分かると思っていたけれど。私の後ろに誰が居るのか」
「っ、やはり君は…彼奴の、奈落の関係者だね…?」
「っ、奈落の!?貴様っ、よくものこのこ顔が出せるものだな!?主に何をするつもりだ!!」
「…薺には何もしない」
「…ふん、見え見えの嘘を付くんじゃないわ、貴様からぬしさまの匂いがするぞ」
「…返して」
「鳴狐の言う通りですぞ!!主様のものを返して下され!」
「…元々返すつもり。でも、これは貴方達には返さない。薺本人じゃなければ意味がない」
「あ、あるじさまに何か酷いことをしたりは、しませんか…?」
「しない。…私が居ないと結界解けないけど、殺しても良いの?他に結界を解ける人は人の子しか居ないけど」
「…っ、こっちの事情も知っているんだね。…あの子に手を出さないと誓えるかい?」
「勿論。私は薺に返すものがあるのと迎えに来ただけ」

「…それを信じろと?何か証拠でもあるんですか?」


宗三の言葉に、童は大事そうに持っていた鏡を懐にしまい込む。鏡は映さないと効力がない、無体を働くつもりはないということを示しているのだろう。それを見た宗三は、溜息を付いてから本体から手を離す。宗三、と咎めるように名前を呼んだ江雪に、大丈夫ですよ、と言いながら肩を竦める。それならば、とと言いながら本体から手を離す江雪は相変わらずというか、何というか。


「…そんなに安易に信用して良いのか?」
「仕方ないでしょう、今は彼女に望みを託すしかないんですから。僕は薺を失うことが一番怖いです。まあ、小夜が居ますし大丈夫だとは思いますけどね…」
「先程は無礼を致しました…我が妹と弟が中に居るのです。協力を…願えますか?」
「…妹?薺が?…そう…あの子はやっと幸せになれるのね…」
「…君は、薺とどんな関係なのかな?奈落の部下、じゃないな、この感じは…奈落の分身、と言った方が適切かな。君達は敵同士の筈だろう?」
「…その通り、私は奈落から生まれた存在。…薺を敵対するなんて出来ない。あの子は、可哀想な子だから」
「…可哀想、ですか?」
「アルビノということで執拗に狙われ、やっと出来た友人は金欲しさに目を眩ませる…そんなことを繰り返しているのに、薺は誰かを信じることを止めようとしない。…あの世界は、澄んでるあの子の魂に毒しか与えない。奈落は薺を守りたいがために世界を制圧しようとしていたの。…無意識だったみたいだけど」
「守りたい?あの男が?けっ、そんなことある訳ねえだろ。惚れた訳じゃあるまいし」
「好きだった。いいえ、愛していたわ。桔梗と同じくらいには」
「それは…二股、ということでは…?」
「うへー、それは流石に失礼過ぎるだろ…アンタも良く分かるなあ、失礼だと思わなかったのか?」
「…奈落は私の生みの親だから。続きは薺を見付けてからで良い?」
「…ああ、最後に1つ良いかい?」
「…?何?」
「君の名前は?」

「ーー…神無」


童、ではなく神無は聞き取るのが困難なくらい小声で呟き、結界に触れる。本当に、触れただけだった筈なのに、結界はパリン、と最初からヒビが入ってたかのように、粉々に砕け散る。…さっきまで私達が全力で振り抜いていたんだけどなあ!?…おっと、平常心。平常心。
神無はちら、と振り向いただけで何も言わずに洞穴の中に足を踏み入れる。心配で仕方なかったのだろう、宗三と江雪が続くように中に入る。皆が皆、行きたそうな表情を浮かべていたが、内番や警備やらをちゃんとこなさないといけないと思ったのか、頼まれている者は名残惜しそうに洞穴を眺めた後、それぞれの相方を引っ張って持ち場に向かう。
さて、そろそろ私も行こうかな。私を待っていたらしい太郎太刀と目を合わせた後、私達はただひたすらに歩いていく。ーー…ああ、雨が降りそうだ。
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