思わぬ昏倒

カコン、と庭に配置されている鹿威しが音を奏でる。鶯丸と歌仙が喜びそうだ。神楽の近侍を務めている巴形薙刀は神楽を心底信頼し愛しているようだ。目を見れば分かる。…まあ、神楽は気付いてないようだが。自分のことには疎いからなあ…神楽は。私に差し出された茶を毒味するかのように横から掻っ攫った不動は顔を一口飲んで顰める。渋かったようだ。非常に可愛いらしいな。くす、と笑みを零せば、不動はむすりとした表情を浮かべていた。…何というか、可愛いらしいな、本当に。


「…どうせ俺はお子ちゃま味覚のダメ刀だよ」
「誰もそんなことは言ってないだろう?それに、私の刀にダメ刀なんて存在せんよ」
「!…へへっ、そーかよ!」
「無論だ。…神楽、此処は霊気に満ちているんだな。これは、…誰かしらの加護か?」
「ああ。…薺の想像してる奴で合ってる。彼奴もどっからともなく此処を突き止めては浄化してたしな」
「何と、貴女は彼女とも知り合いなのか?」
「知り合い、と言うか……友人、になるのだろうか。…人の子の、初めての友人だ」
「ほう……ゆうじん、か」
「ああ、友人だ。巴形薙刀も知り合いなのか?」
「巴、で構わない。ああ、あの方は神楽の魂を引き止めるのを手伝ってくれたのだ。…頭が上がらない、な」

「そいつはまた…彼奴らしいな」


想像に容易い、と思いながら茶を啜る。誰だ?と聞いてくる不動に、桔梗のことだよと言えば、不動は目を丸々にした後、人間でも見る目があるんだな、とにいっと笑いながら言う。私の自慢の友人だからな。…死に目には2回とも会えんかったが。どちらも奈落の差し金だと知った時はどうしようもない怒りを抱えたものだ。最後に桔梗に会ったのはいつだったか。…ああ、犬夜叉に騙されたと涙するのを宥めていたのが最後か。ーー幸せ、だったのだろうか。幸せで、あって欲しいな。


「薺、…体はどうだ?少しは楽になったか?」
「ああ、大丈夫だ。神楽こそ平気か?…動くのもままならないのだろう?」
「!…敵わないな。あたしなら大丈夫だ、巴も居るし」
「ああ。俺が居るから大丈夫だ。神楽は俺が守る」
「薺は俺が守るからな、懐刀だしな」
「期待してるよ。…巴」
「?何だ?」
「後悔しないように行動しろよ」
「!…恐ろしいな。ああ、有り難う」
「?何の話だ?」
「2人で意味深な話すんなよなー…」

「気にしなくても大丈夫だ。不動は拗ねないでくれな」


むすう、といかにも不機嫌です。って感じの不動の頭を撫でる。…ふわふわだ。猫っ毛、というやつだろうか。触り心地抜群だな。神楽は私と巴を何度か見比べていたが、分からなかったのか諦めていたようだ。神楽は此処に居る全振りを私に引き渡そうとしているが…どうやら不可能になりそうだな。私は別にこんぷりーとを目指している訳ではないし、本刃の意見に任せよう。…実は他にも居るかも知れんな。さりげなく聞いてみようか。そんな風に思っていれば、不意に足音が聞こえる。走っているような、そんな感じの音だ。これは、もしかしてーー…?


「「薺!!」
「Huhuhu…すみません、突破されてしまいマシた」
「あー…構わないよ。寧ろ良く粘ったな、村正」
「おや、褒められるなんて嬉しいデスね」
「神楽!!僕もご主人様を連れて来るの頑張ったよ!!嬲って!!」
「ちょっと兄さん!?…すみません、神楽さん」
「…あたしは誰かを嬲る趣味なんてないよ」
「ああ、薺…怪我はありませんか?小夜、貴方も良く頑張りましたね」
「…江雪、兄様…」
「おや、不動も居たんですか?薺を守ってくれたんですね、有り難うございます」
「…別に、俺が自ら志願したんだから当然だろ!」
「ーー…薺」
「石切丸」
「遅くなってすまない。…迎えに来たよ」

「案ずるな。…来ると、信じていたよ」


私の言葉に、険しい顔をしていた石切丸は安心したように表情を崩す。うんうん、やっぱり笑顔が1番だな。私が茶を飲んでいるのにギョッと目を見開いたかと思えば、不動がちゃんと毒味したぜー、と手をひらひらさせながら伝える。そんな私達に、もう少し警戒してくれ、と語りかけるかのような声色で言われる。…解せぬ。


「「「「いち兄!!」」」」
「博多!後藤!信濃!包丁!やっと会えたね」
「ぷぎゃあああ!小さい子!小さい子が沢山!!」
「喧しいぞ、毛利!!…鶯丸は居ないのか?」
「鶯丸は内番の洗濯をやってるよ!アンタが大包平か?鶯丸が会いたがってたぜ!」
「毛利、毛利じゃないか!!兄は会いた…「あ、いち兄は大丈夫です、小さい子下さい」毛利!?」
「薺さま!!小夜くんがいたからだいじょうぶだとはおもいますが、おけがはありませんか?」
「今剣。ああ、小夜も不動も私を守ってくれたし、長谷部や青江もちゃんと守ってくれたよ」
「薺、無事で何よりだ。…それで?薺を我等から拐った愚か者は貴様かな?」
「…神楽に失礼な物言いをするな。喧嘩なら俺が買おう」
「良いよ、巴。ああ、薺を拐うように命じたのはあたしだよ」
「ぬしさまに手を出すとは…余程その身体、要らぬと見える。噛み付いてやりますよ、野生ですからね」
「はっはっはっ。小狐丸は喧嘩っ早いなあ。…薺、あの童も知り合いか?」
「童?ーー神無!!…ああ、神楽が居るのに神無が居ない訳ないか。神無が迎えに来た存在、か?」
「…ああ」

「…やはりそうか」


神無は長女らしいからな、当然のことか。迎えに来た、つまりは別れの時間が近いということ。胸がきゅ、と締め付けられるような痛みに襲われる。…別れ、というのには慣れんな。神無も神楽も私が居ない所でその命を落とした。今こうやって出会えて居ることが正に奇跡なのだな。そう理解しつつも、私は納得出来ない。…この2人は、そんなに悪い奴ではないと知ってしまってるから尚更、な。



「神無」
「ーー薺。久し振り…痩せた?」
「あー…のーこめんと、で」
「のーこめんと?」
「ああ、のーこめんと」
「ふっ…!!それを言うならノーコメントだよ」
「「ノー、コメント…?」」
「…可愛いなあ、君達。因みに主は痩せ過ぎだよ。今本丸中で主を太らせよう作戦やってるからねえ、過激派が多いのさ」
「…過激なくらいが丁度良いよ。薺は自分のことになると無頓着になるから」
「ああ、昔からということなんですね。…いけませんよ、主」
「う、…肝に命じておこう」
「…薺が分かった、以外のことを言ったら大体は拒否だから気を付けて」

「っ、神無!だ、大丈夫だから、そんな顔をしないでくれ…」


あからさまに本当かな?みたいな顔で見て来るので思わず顔を逸らす。…此処の飯は美味いし、食べるのを避けたいなんて思わないんだがなあ…まあ、神無は私が食べなかった時期を知ってるからな、尚更心配なのだろう。無理矢理でも食わせなきゃいけない、という時があったからな…あの時は周りに迷惑を掛けた。自分に無頓着、というか。…何と、言えば良いんだろうな。…食べる意味が、なかった、というか。うん、一人で食べるのが虚しかったんだろうな。多分。


「薺」
「ん?どうした、神無」
「…先に言っておくね。ごめんなさい」
「ーー…は?」
「ーー負けないで」
「っ、神無!!待て!!物吉!神無を止めろ!」
「えっ、は、はい!!」
「薺!!てめ、薺から離れろ!」

「…頑張って」


いつにもなく話が読めない神無の言葉に首を傾げていれば、焦ったような神楽の声と、走って来る物吉の足音。不動は私の懐刀らしく、私を庇うかのように立っていたが、青江や太郎に刀を向けられてるにも関わらず、神無は自分の胸元から鏡を取り出し、私に向けーー…


「…ぁ…?」


鏡を見た瞬間、視界が、ぶれる。身体中の力が抜け、立ってることすらままならない。息が、出来ない。ひゅ、と自分の喉から音が聞こえたと思いながらも…徐々に意識が遠のいていく。ぐらりと後ろに倒れ掛けたと思えば、誰かに支えられる。有り難う、と言いたいのに。顔も見たいのに。焦ったように大丈夫か!と聞いて来る不動に応えてすらやれない。…大丈夫だよ、と伝えたかった言葉は不動に届くことすら出来ずに消えーー…私は意識を手放した。
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