此処が私の帰る場所

くらい。ふと目が覚めて周りを見渡せば、そこは無限に広がる闇。何処を見ても、暗くて何があるのか分からない。私はさっきまで何をしていた?確か、長谷部と青江と小夜と不動で神楽達と出会って、少し話していたら宗三と江雪達が追い掛けて来て、それからーー…


「…神無の鏡を目にした途端、意識を手放したんだったか」


意識を手放す直前に聞こえた謝罪はちゃんと聞こえていた。謝るくらいなら、説明をして欲しかったものだが、神無は確かに焦ったような表情を浮かべていた筈だし、きっと時間がなかったのだろう。まあ、何の時間だかはさっぱりだが。そういえば、体が変に重い気がする。息苦しい、と言うべきか。そんなことを思いながら、とにかく進もうかとくるりと半回転して、…私は固まった。


「……え?」
「ぷっ…くく、あんたでもそんな顔するんだな、薺」
「ーー…夢幻の、白夜」
「ああ。…久し振りだな」
「…久し振りにも、程があるんじゃないか?何故此処に?」
「そうだなあ、俺の最期はギリギリだったもんな?泣きそうな顔で俺に手を伸ばして来た時は若干揺らいだぜ、…未練なんてなかったのによ…さあね、いつの間にか此処に居て、ずっと彷徨ってたんだ。何かしら違和感があったから来てみればこれまたびっくり、薺が居た訳さ」
「成程な…恐らくはその未練とやらだろう」
「!…へえ?」

「四獣の加護、とやらの効果かもな」


変な時に発揮するものだな。思わずそう吐き捨てれば、白夜は違いない、と愉しそうにくつくつ笑う。辺りには何もないし、歩いても歩いても無限るーぷ、だっけ?いつまで経っても、何も変わらないから俺と話そうぜ、と何処か嬉しそうな誘いに、私は仕方がないな、と受け入れる。そっと手を伸ばせば、私の手は白夜に触れることなくーー…擦り抜けた。


「…やはり、生きては…居ないのか」
「おいおい、何て顔してんだよ。せっかくの美人が台無しだぜ?」
「茶化すな。…1人で、勝手に死んで行った癖に」
「…あー…まあ、うん。約束、破って悪かったな。だが俺は旦那、奈落の分身なんだ。薺が俺や姉さん達のことを大切に想ってくれてたのは知ってるがーー…生き長らえない、ことは分かってただろう」
「…理解、していたつもりなんだがな…私は誰かしらの最期は誰かしらからの又聞きしかなかった、桔梗も神楽も神無も知らない内に死んでいた。お前だけは…消える直前に間に合ったから受け入れられないのかもな」
「…相変わらずお優しいな、あんたは。俺も…未練なんてなかった筈なのに、あんたの泣きそうな顔を見た瞬間、…その涙を拭けない自分に未練があった」
「…泣いてない」
「強がるなって。…俺は、あんたに心底惚れてた。奈落云々じゃなくーー…あんたが、好きだったんだ。気付いたのが遅かったがな」
「…私も、好きだったんだと思う。白夜が死んだと理解した時ーー…ぽっかりと、穴が空いた。お前と一緒に話した場所に向かったりもした。まだ居るんじゃないかと思って…最期だと、受け入れたくなかったのだろうな」
「あれ、俺って結構愛されてる?」

「茶化すな、と言ってるだろう。好きだよ、今でも夢に見るくらいだ。…あまり言わせるな、流石の私でも照れる」


そんな私の言葉に、白夜はきょとんとした後、心底嬉しそうに微笑む。…ああ、この笑顔だ。この笑顔に私は落ちたんだ。思わずジッと見つめれば、白夜は優しく笑いながら手を伸ばす。…当然触れることは出来ずに擦り抜けた訳だが。私が先に実践したのにも関わらず、やっぱり触れないか。と切なそうに呟いたので、私は思わず口を開く。


「…触れられたら、何をするつもりだったんだ?」
「うん?」
「私はーー…ハグ、したかった」
「…可愛いなあ…俺はなあ、口吸いかな」
「ーー…は?」
「両想いなんだろう?なら問題ないじゃないか」
「いやいや、色々すっぽしかし過ぎだろう。順序を踏んでくれ、流石に」
「何だ、随分と初々しい反応じゃないか。慣れてるんじゃないのか?」
「…恋人なんぞ、居たことないんだが?」
「…え、じゃあ、処女?」
「…まあ、そう、だな…」

「マジかよ……食っとけば良かった…」


がっくりと項垂れる白夜は私が知っている白夜らしくなく、思わず動揺してしまう。しゃがみこんだ白夜を真似るようにしゃがみ込み、顔を覗き込んでーー…目が、ギラギラと輝いている白夜と目が合う。え、と思っていれば、白夜の顔がグンと近付いて来て、唇が重なった、気がした。比喩ではなく、本当に。擦り抜けてない、だと…?白夜も驚いたように目を見開いた後、にんまりと楽しそうに笑った。


「奪えたな、薺の初キス」
「…驚いた。実際に感触があったぞ」
「俺も。しっかし、あんたはどこもかしこも柔らかいなあ、ちゃんと食ってんのか?多少は肉つきがあった方が良いぜ?」
「案ずるな。いつもいっぱい食べさせられてる」
「…男、か?」
「…そんな顔をするな。まあ、男だが…私は奈落の尻拭いと何も出来なかったことの罪滅ぼしでやってるに過ぎない。…まあ、慕われてるのは嬉しい、がな」
「惚れた女が男に世話されてるって聞いて、冷静で居られる男なんてそうそう居ないだろうが。…奈落の尻拭い?」
「…お前は知らないのか?神無も神楽も知っていたし、監視を頼まれていたぞ?」
「姉さん達が?…あー…とうけんなんちゃらってやつか?」

「刀剣男士、だ。何だ、なんちゃらって」


私は溜息を付いてから、刀剣男士についての詳しい説明と、奈落のしたことを掻い摘むことなく話す。付喪神、所謂神様を自分の配下にしようとした。その言葉に、流石の白夜もひくりと頬を引き攣らせた後、厄介事しか持ち込まないなぁ、あの旦那は。と小さく呟く。ああ、それには同感だ。ちら、と横目で表情を見れば、何処となく浮かない顔をしていて、私は小さく笑みを浮かべる。


「…心配しなくても、お前が想像しているような仲にはならないよ」
「…俺が好きだから?」
「…皆まで言うな。まあ、そう、だな」
「…嬉しいけど、複雑なんだよなあ…俺じゃああんたを幸せにしてやれない。もう死んでるし。…薺は、その戦争が終わるまでは死ぬつもりないだろう?」
「ないな、今の彼奴等を置いて逝ったら大変なことになるのが予測出来る。…私が死ぬまで待っていてはくれないのか?」
「待ってるよ、俺はな。…でも、俺は薺に幸せになって貰いたいんだよなあ…で、多分だけど、薺を幸せにするのは俺じゃない。…納得いかないけど」
「…刀剣男士の誰か、という訳か?」
「恐らくはな。…はー…このまま一緒に居たいが、そうはいかないみたいだ」
「白夜?」

「お迎えが来たみたいだな。…身体、透けてる」


その言葉に身体を見れば、確かにじわりじわりと足から消えていってるのが確認出来る。白夜、と名前を呼びながら顔を上げれば、白夜は泣きそうな顔をしながらも笑っていて、ぎゅうと胸が締め付けられるような痛みに襲われる。ーー…ああ、これが恋というものか。


「薺、幸せになれよ。俺を越えるような色男じゃないと許さないからな。枕元に立ってやる」
「…ああ、肝に免じておこう。枕元に立つ時は加減してやれよ」
「嫌だね。何で手加減しなきゃいけないんだよ?俺の最愛の女をくれてやるんだから、…全力で邪魔してやるよ。中途半端な野郎なんかにくれてなんかやれないしな」
「…最愛…」
「あー…もう、そんな可愛い反応しないでくれよ、諦め切れない」
「…すまん。白夜、達者でな」
「…ああ、薺こそ達者でな」

「…さようなら、白夜。私の、最愛の人」


その言葉に白夜が驚いたような顔をしたのを見た後、私の意識は何かにぐんっと引っ張られる。引っ張られたと思えば、浮上していくような感覚に襲われる。…もう、目覚めるのか。もう少しくらい、余韻に浸らせてくれても良いんじゃないか?ダメか、そうか。
ぱち、ともう少し余韻に浸っていたい私の意思に反して、目を開ける。…自室の天井?はて、私はいつの間に戻って来たんだろうか。違和感を感じ、右の方に顔を向けーー…私は小さく笑みを浮かべる。


「ーー…江雪兄」
「!…薺…?本当に…貴女、なんですか…?」
「ああ。大分待たせてしまったかな」
「貴女と言う子は……!!…抱き締めて、良いですか?」
「…許可なんて要らんだろう?江雪兄、ん」
「…ああ、ああ、…無事で、良かった…!!」

「…有り難う、江雪兄」


力加減しながら私を抱き締め、涙を流す江雪兄に、私がどれだけこの優しい刀に心配させていたかを思い知らされる。はらはらと涙を流しながら、私の頬に頬擦りしてくる江雪兄のされるがままになっていれば、控え目に襖が開き、私と目が合った瞬間ーー…私の為に持って来てくれていたであろう、タライが床に落ちーー…


「姉様!」
「薺!」


涙を流しながら、小夜と宗三が飛び付いて来た。姉様、姉様と縋って来る小夜の頭を撫でながら、貴女は心配ばかり掛けて、と震え声で叱って来る宗三の説教を甘んじて受け入れる。江雪は綺麗な涙を流しながら、宗三と小夜も一緒に抱き締める。…うん、やっぱり落ち着くな。


「主!!良かった、起きたんだね」
「石切丸。すまないな、祈祷してくれたのか?」
「ああ、太郎太刀と数珠丸殿も手伝ってくれてね、…急に男が現れて君が目覚めたと教えてくれたんだ。ああ、信じて良かったよ」
「薺!!目覚めたって本当かい!?」
「…薺…良かった…」
「主!!身体は?怠くないか?」
「おっと、大丈夫だよ、不動。神楽と神無の弟に助けられてな、きっと石切丸の前に現れた男もそいつだろう」
「弟?…そんなことしそうな奴居たかい?」
「…夢幻の、白夜…?」

「正解。流石だな、神無。白夜に見付けて貰えたから、私は帰って来れたのかも知れんな」


染み染みと呟けば、白夜が、と何処と無く誇らしげにする神楽と神無に思わず頬が緩む。お姉さんらしいじゃないか。白夜?と不思議そうにする不動の頭を撫でながら、神楽と神無の弟で、奈落の分身の1人だよ。と教えれば、何人の分身が居るんだい?と苦虫を噛み潰したような表情をしながら聞いて来る石切丸に対し、神楽と神無と顔を見合わせ、同じタイミングで首を傾げる。すぐに死んだりしてたからなぁ…失敗作も含めたら結構な人数になりそうだ。
ま、とにかくだ。心配させた以上、私が言うことは1つだろう。皆の顔を見渡してから、私は口を開く。


「ーー…ただいま」


お帰り!すぐに返って来た言葉に、思わず頬が緩む。そのやり取りが聞こえたのか、主お帰りー!と涙を堪えるような震え声で言ってくれたり、ご帰還をお待ちしておりました、と心底ホッとしたように言われたり、今日はお赤飯ですね!と涙目で嬉しそうに言われたりと、色んな場所から色んな声が掛かる。私が死んだら、断末魔だらけになりそうだろ?なんて思いながら、私はゆっくりと微笑む。ああ、帰って来られて良かった。
…余談ではあるが、奈落は私の魂を自分の瘴気が混じった魂と入れ替えていたらしい。まじか。と頬を引き攣らせた後、犬夜叉と殺生丸に改めて倒してくれて有り難う、と言わねばな。
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