試行錯誤を繰り返す
鼻が擽られてるような気がして、目を覚ます。まだ頭は覚醒していないが、嗅覚と聴覚はしっかり機能している。鼻を擽られていたのはこんのすけの尻尾か。モフモフだな。すやすやと寝息を立てていることにホッと息を付いたと同時に、控え目に襖の向こうに気配を感じた。この気配はーー長谷部、か。
「ーーおはようございます、主。起きていらっしゃいますか?」
「おはよう、長谷部。ああ、起きてるよ。皆は起きているのか?」
「ええ、大丈夫です。…こんのすけは大丈夫ですか?」
「すっかり寝息を立てている。まあ、こんのすけにはもう少しだけ寝ていて貰って、私達は少しでも作戦を考えるか」
「宜しいのですか?」
「無論だ。まあ、こんのすけには無理を言ってしまうが…私に隠し事をした罰だと思って貰うさ」
多分、起きた時に私が居ないとこんのすけは慌ててしまうだろう。それは避けたい。そっと起こさないように細心の注意を払いながらこんのすけを抱き上げ、襖をそっと開ければ、ビシッと姿勢を正した長谷部がそこに居た。顔を見合わせてから再び挨拶を交わし、執務室へと足を進める。執務室への襖を開けば、既に会議をしていたらしい歌仙達が一気に振り向く。…何だこの板。
「おはよう、主。良く眠れたかい?こんのすけはーー…爆睡のようだね」
「大将、この敷物にこんのすけを寝かしたらどうだ?ずっと抱えていたら腕が疲れるだろ」
「ん?ああ、有り難う。そうだな、使わせて貰おう」
「薺、ある程度話してはいたんだが、政府は至る所に制限があってな。それを全部理解するのは難しい」
「我々で政府に行ったことがあるのは私と歌仙殿ぐらいなので、把握すらもままならないのです」
「私達はあの屋敷の外には出ていませんからね…」
「そうですね…すみません…」
「なあに、数珠丸と物吉は気にし過ぎだ!薺に任せておけば何とかなるさ!なあ、そうだろ?」
「そうだな、必ず何とかしよう。あまり気負うな」
「…まず、俺と薬研の二振りだけしか連れて行けないのは少々痛いですね。俺も薬研も極めていませんし、政府に行ったことありませんから…」
「…そうだなぁ。なあ、大将。俺っちじゃなくて、歌仙の旦那かいち兄の方が良いんじゃないか?」
「私はお前を連れて行くと言っただろう、薬研。これは決定事項だからな」
妥協するつもりはない。そう断言すれば、薬研はぱちくりと瞬きを数回繰り返した後、心底嬉しそうに破顔する。薬研の白い頬を朱が染め上げて行くのは実に美しいな。カシャカシャカシャと、一期がかめらで収めようとするのも分かる。…驚いたがな。分かっていたが一期は弟が心底大好きなんだな。まあ、粟田口は可愛いから気持ちは分かるが。無論、小夜達左文字も可愛いし美しいぞ。
「…いち兄…」
「はっ!も、申し訳ありません…!」
「ん?気にすることはないさ。可愛い弟の可愛い姿を見たら収めたくなるのは仕方ないからな。長谷部、本体から手を離せ」
「…主命とあらば。一期一振、今度主を驚かせたら…容赦はしないからな」
「…はい。肝に命じます」
「主は心が寛大だね。実に雅だ。長谷部も少しは見習ったらどうだい?常にピリピリしていては疲れてしまうよ」
「心を落ち着かせるのは思考もクリアになりますからね…山伏殿と修行するのはオススメですよ。彼は素晴らしい場所を知っていますから」
「…数珠丸さん、馴染んでますね」
「こりゃ驚いた。きみはあの山伏の修行に着いていけるのか!?はー…色々と強いんだな…」
「…見掛けによらないな。大したものだ」
「修行か。まあ、私も体調が良い時は良くしたな…懐かしいものだ」
ふ、と笑みを零してから、歌仙が淹れてくれたお茶に手を伸ばしながら、歌仙が書いている板に目を向ける。地図、か?良く描かれている。歌仙は初期刀、一期はレアと呼ばれる由縁だろうな。政府に行ったことがあるのは。一期は見目も美しいし、ほぼ間違いないだろう。地図をジッと見ていれば、入り口に金属探知機なるものがあるらしいということが分かる。金属に反応するらしい。…金属?
「…刀は金属に入るな。つまり、あれか。武器の持ち込みは禁止なのか。やり難いな」
「ええ。以前、審神者による暴動が起きたらしく、それを対処する為に導入したのだと伺いました」
「ほう…確かにそれを導入すれば俺達は本体を持てないからな。暴動が起きることはなくなるな」
「戦闘系審神者、と呼ばれる存在が居ないとも限りませんがね…」
「そうですよね…それに、もし政府に歴史修正主義者や検非違使が出たらどうするんでしょうか」
「いや、政府に歴史修正主義者や検非違使は来れないはずだ。気付かれないように細心の技術を惜しみなく導入していると聞いているよ。だからこそ、他の審神者や僕達は安心して本体を預けているからね」
「へえ?本体を預ける場所があるのか」
「…主以外に本体を触らせるのはあまり好ましくないな。暴動を起こすと思われても厄介だが」
「主の刀も預けなきゃいけなくなるな…きみ、そいつを一時的に手放しても平気か?石切丸に聞いたが、その刀にきみの浄化の力を込めて、邪気?とかと対抗してるんだろう?」
「…まて、私は誰にも話してないぞ?流石は御神刀だな…もしかして、数珠丸も分かっているか?」
「ええ。青江や太郎殿、次郎殿も分かっていると思いますよ。宗三殿と江雪殿は薄々勘付いてる、といったところでしょうか」
「…隠しているつもりはなかったが、流石だな。ああ、私の愛刀である蒼葉は妖刀の類に入るが…まあ、万能でな。多彩な才能を秘めているんだ。長年共にしているが、まだまだ分からんことだらけだな。…私は体が弱いだろう?鼻も良いから邪気はあまり食らいたくないくらいに苦手だ。それから少しでも身を守ろうと霊力を込めたら成功してな、それ以来ずっとこうしている。息がしやすいからな」
「成程…主、その蒼葉を預けても支障はありませんか?」
「…短時間なら大丈夫だとは思うが、長時間は経験がないから分からないな」
今から練習するべきか。そう呟けば、長谷部達全振りに危険だから止めてくれと言われてしまった、解せぬ。預けなければならないなら、どうなるか調べておいた方が良いだろうと言えば、私が危険な目に合うかも知れないなら、その方法は絶対ダメだと言われてしまった。…心配してくれてるのは有り難いが、金属探知機があるんだろう?蒼葉を持ち込めたりはしないだろうに…
「…なあ、大将。大将は結界が得意だよな?」
「何だ薬研、藪から棒に。まあ、得意な方だが流石に金属探知機を欺けるとは思えんぞ、優れているのだろう?小さな鉄さえも見逃さないと教えてくれたではないか」
「それなんだがな、どうやら此処での結界と大将が居た世界の結界は種類が違うらしい」
「…何だと?それはどういうことだ」
「長谷部は薺と一緒に行ったから知らないのも無理はないね。結界で閉ざされた後、石切丸や岩融、太郎太刀や次郎太刀とかが全力で結界に打撃を与えたのに傷1つ付かなかったんだ。あの絶望は…もう味わいたくないね」
「ああ、同感だ。和泉守や加州達はすっかり気落ちしていたからな」
「いやいや、酷かったのは鶯丸だろう。あの鶯丸は二度と見たくないくらい、沈んでいた。なあ、一期」
「ええ、そうですな。…成程。主殿が居た世界での結界なら、政府の機械も欺けるかも知れない、と薬研は思っているんだね?」
「ああ。…あの結界は今思い出しても寒気さえ覚えるくらいだ。だからこそ、あの結界なら、俺っち達の本体も隠せるんじゃないかって思ってるんだよなぁ…」
「…成程。確かにそれなら良いかも知れんな。主、何とかなりますか?」
「…そうだな。試す価値はありそうだ」
幸い、結界関連なら楓や弥勒が居るしな。聞いてみれば力になってくれるかも知れん。近い内に相談してみるか。桔梗が居てくれたら1番良いんだがな…私と同じ思考になったのか、数珠丸と物吉も苦虫を噛み潰したような表情をしていて、桔梗の影響力はいつもながら凄まじいな、と思いながら小さく息を付いた。
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