問題は山積み
鶴丸にあの誓いをしてから数日が経った。あれから鶴丸は人の子への考え方を改めたらしく、自ら私が住んでいた村に行っては楓やかごめと意見交換をしているらしい。全ての人の子を許した訳ではないが、私が信頼している人の子なら大丈夫だと自分の中で結論付けたらしい。その成長にまるで自分のことのように嬉しく思いながらも、頭を抱える問題もあるのがなかなかに難しいと思う。神嫁になる、その言葉が鶴丸の何かを刺激したらしく、光忠や伽羅、一期と言った見目の良い刀達を近侍にするようにと毎日毎日言ってくる。長谷部も鶴丸のお眼鏡に掛かっているらしいが、近侍との2人きりな時間を作らせろと言われているらしく、長谷部が常にピリピリしている。早く安心したいと言う気持ちは分からんでもないが、急かされるのも困りものだ。ふぅ、と溜息を付けばことりとお茶を置かれた。視線を向ければ、不安そうに揺れる瞳と目が合い、私は苦笑しながら口を開く。
「…すまんな、長谷部。気を遣わせたか」
「いえ、お気になさらず。…鶴丸ですか?」
「あー…まあ、な。最近は私の近侍を鶴丸が勝手に決めてきてしまってな…打刀以上しか選ばれないからか短刀や脇差達と会話する機会がめっきり減ってしまってな…癒しが足りん」
「…彼奴は一体何を考えてるんですかね。以前から突拍子もない行動をすることは多々ありましたが、最近の彼奴は今までと比べようにならないくらいに酷いです」
「あー…まあ、うん。そうは言わんでやってくれ、原因は私だ」
「主が、ですか?」
「…理由は言えんが、私が関わってるのは間違えようのない真実なのでな。まあ、その…多少は長い目で見てやってくれ」
私が決断すれば大人しくなるのでな。そんなことを内心付け足しながら笑って見せれば、長谷部は困ったように笑いながら頷いた。そんな彼に安堵の溜息を付きながら、奥の方で書類整理を黙々とやっている切国に目を向ける。私の視線に気付いたのか、切国は顔を上げて不思議そうにきょとりと目を丸くしている。…鶴丸は王子様系、と言われるたいぷを今は推しているのかも知れんな。一期からの切国だったからな。明日は誰になるのだろうな…王子様……まあ、明日になれば分かるか。
「…何か粗相をしただろうか。そんな風に見られると…その、困るのだが…」
「ん?ああ、いや、書類整理の手付きが良いと思ったのでな。長谷部から茶が入った、少しは息抜きでもどうだ?」
「…俺も飲んで良いのか?」
「当たり前だろう。ほら、早く飲め」
「…頂こう」
「…長谷部、切国はひょっとして自分の限界が分からなくて無理してしまうたいぷか?」
「はい。…涼しい顔で泣き声を言わないもんですから、最初の頃はなかなかに骨が折れました。さっきまで普通に話していたのに、急に倒れたりしてましたからね」
「ほー…それはまた、何やら覚えのある話だな。成程、切国と私は似た者同士のようだ」
「!…アンタとお揃いなのは、嬉しい」
「嬉しがるんじゃない!!…主も無理はしないで下さいね!」
「あー…今は少しは把握してるつもりだから安心して欲しい。切国もちょっとずつでも良いから把握出来るようにしような?」
心底心配そうな長谷部にそう答えてから、叱られて少ししょんぼりしていた切国にそう声を掛ければ、切国は嬉しそうに微笑んでから小さく頷く。…幼女かな?キラキラと輝く金髪と青い瞳がなかなかに美しい。まあ、長谷部の紫色の瞳も美しさで負けてはいないがな。それから他愛のない話をしていれば、ドタドタと乱暴な足音が聞こえて来る。長谷部から苛々している音が聞こえるなあ、と苦笑していればバンっ!と襖が開き、長谷部が何かを言う前に人影が降って来た。慌てて腕を出してその人影を抱き止めれば、投げた刃ーー兼定は心底めんどくさいと言う表情を隠さずに口を開く。
「説教は後で聞く!!そいつを頼んだ!」
そんなことを言ってから、今度は邪魔したな!とちゃんと声を掛けてから襖を閉めて静かに歩いて行った。最初からそうすれば良いものを…歌仙に伝えておきますね、と非常に楽しそうに笑う長谷部に頷きながら、私が抱き止めた刀ーー…堀川に目を向ける。これはまた…鼻が効かなくても分かる、酔っ払っているな。昼間から珍しいものだな、と思いながら堀川、と声を掛ければ堀川は閉じていた目を開け、私を見るとふにゃりと嬉しそうに笑う。ん、可愛いらしいな…
「…久し振りの薺さんだぁ…」
「うん?…ああ、確かに遠くで顔見ることはあるが、此処まで近いのは久し振りかも知れんな」
「…ほんとーに久し振りですよぅ…僕達、鶴丸さんから何かダメ出しされて薺さんに近寄ることすら許されないんですもん…馬糞まみれにしてやろうかなって思いました!」
「…きょ、兄弟…?鯰尾みたいなこと言ってるぞ…?」
「…兄弟は良いよね!!堂々と主さんの側に居れるもんね!僕だって側に居たいのに狡いよ!」
「え、あ、ご、ごめんなさい…?」
「…おい、飲み過ぎだ。切国に八つ当たりするんじゃ…「五月蝿いですよ!」…ほ、堀川…?」
「鶴丸さんに対して言いたいこと沢山ありますけど、1番僕達が気に入らないの長谷部さんですからね!!僕だって主さんのお世話したいのに…」
「…堀川には兼定が居るだろう?私の面倒まで見れないじゃないか、忙しくなってしまうぞ?」
「…主さんのお世話だってしたいです。兼さんなら歌仙さんに任せておけば良いんですよ。僕だって、薺さんの近侍、したいですぅ…打刀になりたい…」
「…まさか堀川の口からそんな言葉が出るとはなあ…」
こいつは驚きだ、なんて心の中で呟いてからさらさらの髪を撫でれば、堀川は擽ったそうな表情を浮かべながらすりすりと擦り寄ってきた。かなり驚いたが、私以上に驚いたのは長谷部と切国だったらしい。彼等は声を掛けながら私から堀川を引き離そうとするが、堀川はぎゅうううと私に抱き付いて離れない。少しばかり苦しくもあるが、私の胸に顔を押し付けている堀川がまるで母親の暖かさを求める子のように見え、どうしても愛おしく見えてしまう。…可愛いらしいなあ…
「…よしよし、堀川。寂しい思いをさせてすまないな。鶴丸にはキツく言っておくから機嫌を直して欲しい。何なら明日の近侍はお前に任せようか。内番も出陣も遠征も入っていない筈…だよな、長谷部?」
「は、はい。そうですね……何も入ってないです。ただ、明日の近侍は太郎太刀になっていますが…」
「1日ずらすように進言して欲しいんだが構わないか?」
「主命とあらば」
「…もう既に近侍が決まってるんだな。最近の鶴丸の勢いは少しばかり怖い」
「…すまん。その辺りも含めて言っておく。堀川、これで少しは安心出来るか?」
「…本当に良いんですか…?」
「無論だ。そもそも鶴丸があんな風にはっちゃけてるのは私が原因だからな……気持ちは分からんでもないのだが、こればかりは私が決めなきゃいけないのだがな…」
「…何を言ってもアンタは言ってくれないだろうから聞かないが、最近の鶴丸は色んな奴らから怒りを買っていたりするから早めの方が良いぞ」
「うん?」
「…実はですね、主。俺にも鶴丸から近侍の日程表みたいなものがありまして…その、主が個人的に近侍をお願いしていた連中の一部が除外されてまして…」
「…分かった、皆まで言うな。まさかそこまでとはなあ…」
不安なのは分かるし、早く落ち着いて欲しいのも分かる。…けれども、あまり急かされるのはどうも気に入らん。今のあいつは私の為にやってるつもりなんだろうが、自分のことしか見えてないのだろうな。すりすりと酔のせいか擦り寄ってくる堀川の目元には隈が出来ている。他の脇差や短刀達からの評価も高く、真面目で頑張り屋の堀川は、きっとたった一振りで抱え込んでいたのだろう。それが限界を迎え、酒に意識を向かせたーー…兼定が居る場所だったのがせめてもの救いか。一振りで飲まれていたら気付けなかったかも知れんな。
「…えへへ、主さんは暖かくて気持ちーですねぇ…」
「うん?…ふむ、自分では分からんが…堀川だって暖かいだろう。優しくて素敵な匂いもしてるしな」
「えぇ〜?使ってるしゃんぷーやぼでぃそーぷは皆と一緒ですし、変わらないんじゃ…「違うよ」…え?」
「確かに皆と同じ匂いもするが、私は鼻が効くのでな。その刀一振り一振りだけの匂いだってすぐに感じ取れる。堀川は暖かく優しくて、それでいて頑張り屋さんな匂いだ」
「え、あ、…うう…」
「例えるならそうだな……ひだまり、みたいな感じだろうか。ホッとする感じの匂いだ、凄く落ち着く。…堀川の兄弟である山伏は山籠もりの影響もあるのか自然の香りが強いな、特にヒノキだろうか。昔ながらみたいで何処か懐かしい香りだ。切国は……例えるのが難しいな。私は此処まで澄んだ香りを今まで嗅いだことがない。どこまでも続く青い空のように、凛々しくもある澄んだ香りだ」
「っ、か、勘弁してくれ…!!」
「うん?…ああ、長谷部はな。必死に周りに尽くして捨てられないように、と怯えている香りの時が強いな。本当にこれで良いのか、と迷っている時もある。…私はお前を捨てたりしないから安心しろ。お前は私の刀だろう、堂々と胸を張っていろ」
「はっ、有り難き幸せ…!!…しかし、その…冷静にそこまで言われると流石に照れてしまいます。堀川も切国も顔が真っ赤なので、この辺りで勘弁して下さい」
「うん?…ああ、これはまた美しいな。堀川と切国は肌が白いから赤が良く映える。もっと良く見せておくれ」
「…あぅ…きょ、兄弟…!」
「お、俺に助けを求めないでくれ…!」
「うん?隠してしまうのか?」
「…主、いつぞやの主に対する鶯丸みたいになっております。正気に戻…「何だ、妬いているのか?」……は、え?」
「心配しなくとも長谷部、お前だって二振りに負けないくらい美しいぞ?特にこの綺麗な紫色の瞳は素晴らしい。いつまでも眺めていられるな」
お前達は私を美しいというが、お前達だってとても素晴らしく美しいのだから自信を持って欲しいのだがなあ…うん?他の長谷部にも言うのか、だと?……何故私が他の本丸の刀を褒めなければいけないんだ?同じ個体だから香りも一緒だと?馬鹿を言うんじゃない。私が感じ取っている香りは唯一無二…つまり、その刀だからこそ感じる匂いだ。同じ個体だからって同じ香りがする訳ないだろう?と言えば、顔を真っ赤にした切国に黙ってくれ、と口を塞がれた。…真実を言っただけなのだがなぁ…何が気に入らんのかさっぱり分からん。不服に思っていれば、くすくすと堀川の笑う声が聞こえてそちらに目を向ければ、堀川は心底嬉しそうに笑いながら口を開く。
「僕、薺さんが主さんで良かった、って改めて思いましたぁ…貴女の側に入れて幸せです」
「…そうか、そう言って貰えて何よりだ」
「…えへへ…ずっと、ずーっとお側において下さいね…」
「…切国、お前の兄弟は心底可愛いな…キュンと来た……切国?」
「自分の兄弟の可愛いさに流れ弾食らっただけですよ、お気になさらず。ほら、堀川はさっさと主の腕の中から出ろ!起きた時に後悔するのはお前だ…「やだ」…は?」
「僕は此処が良いんですー」
「…可愛い……私は構わんよ。…ほら、今はゆっくりお休み。寝れていないのだろう?」
「…うー…」
「起きたらゆっくりまたお話をしような」
「…はぁい…」
「…まるで赤子だな。こんな堀川は初めて見ました。切国も別世界に旅立っていますし、昼寝でもしましょうか。毛布を持って来ますね」
「ああ、有り難う。自分の分も持って来るのだぞ?添い寝でもしようではないか」
「え、…わ、分かりました!」
「…嬉しそうだなあ。ほら、切国。戻っておいで。昼寝するから長谷部の手伝いをしてやってくれ」
「ーーはっ!!すまない、兄弟が可愛いらしくてつい……長谷部の手伝いをすれば良いんだな?任せてくれ」
「ああ、頼んだ。…昼寝の部分は聞こえてないかも知れんな」
まあ、いざっとなったら堀川が何とかしてくれるだろう。こくりこくりと船を漕いでいる堀川の頭を撫でていれば、布団やら毛布やらを持って長谷部と切国が戻って来た。そんな二振りに礼を言ってから堀川を抱えたまま布団に潜り込み、片手でちょいちょいと手招きすれば、長谷部は大人しく来たが切国は迷っているようだ。まあ、長谷部によって無事に布団の中だがな。仕事は!と問いかけて来る切国に休憩と短く返してから目を閉じる。
(…安心させるためとは言え、神嫁の話はするべきではなかったかも知れんな)
安易な考えが招いた結果だろう。脇差や短刀達を追い詰め、堀川に負担をかなり掛けてしまった。また鶴丸と話し合わなければならないかも知れんなあ。…まあ、今はただ寝よう。すやすやと秒で夢の世界に旅立った堀川にくすりと笑みを零す。せめて夢の中では肩の荷を降ろせれば良いのだがなあ…夢渡りが出来れば導いてやれたものを……楓に相談してみるかな。起きた時は堀川の謝罪からだろうなぁ、と想像しながらゆるりと意識を手放していく。願わくば夢の中だけでも、皆が幸せでありますように。ーー…余談ではあるが、顔を真っ赤にした堀川の謝罪が目覚ましとなり、何で止めてくれないの!と理不尽な怒りが切国に向かったことを此処に記しておこう。…切国、どんまいだ。
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