解放してあげよう

勢いよく襖を開ければ、仄かに血の匂いが鼻を掠める。辺りを軽く見渡すように視線を向ければ、水色の髪の男が真っ白の男と緑色の髪の男に斬り掛かっていて、恐らく止めようとした紫色の長髪の男に、オレンジ色の男が駆け寄って居る所だった。…まずは乱闘を止めるのが先だな。岩融もそう思ったらしく、真っ白の男と緑色の髪の男に向かって薙刀を振るう。…別に私でも止められるのにもな。小さく溜息を付いてから、蒼葉を抜刀して水色の髪の男に向かって振るう。
ガキンッと言う音と共に攻撃が止まる。きっと水色の髪の男を援護しようとしていたのだろう、黒い髪の肌が白いのと短髪の少年を少しだけ睨めば、彼等はビクッと肩を跳ねさせた。…そんなに怖かったか?


「ーー岩融!?」
「これは助かった、と言うべきなのか…?」
「さあな。…随分と大変なことになったなぁ…女神、そっちは大丈夫か?」
「当然だ。……刀を収めて貰おうか」
「っ……どちら様かは存じませんが、割り込まないで頂きたい」
「断わる。…五虎退からの要望なのでな」
「!!五虎退の…?」
「いち兄!もう辞めてよ!!こんなことしても秋田が帰って来る訳じゃないんだよ!?厚も薬研も…!!」
「…乱…」
「ーーさあ、もう一回問おうか。刀を収めろ、一期一振。これ以上、弟達を苦しめるつもりか?…私は別に手荒な真似は嫌いではないからな」
「はっはっは!女神よ、そんなに好戦的なのか?」

「殺生は好きじゃないが、手合わせは好きだからな。それに、怪我は直してやるんだから問題ないだろう?」


笑みを浮かべながら言えば、岩融に悪い顔をしていると言われた。そんな顔をしているのか…?チラッと一期一振に視線を向ければ、一期一振は何かを考えているような顔をしてから、刀を鞘に収める。…分かってくれたか。そんな一期一振を見た少年達が一期一振に飛び付く。似たような服装をしているし、同じ流派なんだろう。
私はそれを見届けた後、鼻を活かして怪我人の側に向かう。…なかなか多いな。まずは…この長髪だな。


「蜂須賀兄ちゃん!!何でそんなに無理しちゃうんだよ!!」
「…う……浦島、ちょっと待ってくれ……」
「俺なんか構わなくても良いじゃないか…!!」
「…おい、オレンジ頭。お前はその長髪を殺したいのか?長髪の傷口に塩を塗るような行為をするな」
「え?あ、は、蜂須賀兄ちゃんーっ!!?」
「…大丈夫だから、な?…君はどちら様かな?」
「味方、と判断してくれて構わない。…まあ、信じられないだろうが危害を加えるつもりはないからな」

「その方は女神だ!!喜べ一期一振!お前の弟を探してくれるそうだぞ!」


…まあ、岩融が説明してくれそうだから良いかな。私は小さく溜息を付き、蒼葉を怪我人の方に向ける。…1人1人直すのも面倒だな、範囲を広げるか。…どうやら隣の部屋にも怪我人が居るようだ。…いや、怪我人は隣の部屋に収容されているのかも知れないな、血の匂いが凄まじい。取り敢えず、部屋2つ分くらいに広げておくか。
森羅万象、小さくそう呟けば蒼葉はいつもよりも淡い光を放つ。忙しくて悪いな、後で手入れするから許してくれよ。


「…ん…?」
「蜂須賀兄ちゃん…?」
「…痛くない…?」
「女神よ、今のは何だ?輝いていたように見えるが」
「ああ、岩融は知らなかったな。私の蒼葉は治癒能力もあるんだ。隣の部屋にも怪我人が居るようだからな、ついでに治療しておいた。軽い怪我すらも直っている筈だ」
「…本当に女神だな」
「出来ないこともあるが、見た目だけじゃないだろう?」
「はっはっは!!素晴らしいぞ、女神!…今剣ではないが、帰すのが惜しくなって来たな」

「…冗談、だよな?」


頬を引き攣らせながら言えば、岩融は読めない笑顔を浮かべる。…さっさと囚われてる人達を見付けて帰ろう。神隠しなんてされたら、りんに泣かれる。あの子に何かがあったら殺生丸が来るのは時間の問題だろう。…うん、面倒だな。私はそう判断し、邪気を探る。…色んな場所から邪気を感じるが、正解は1つだろうな。そう思っていれば、くいくいっと服の裾を掴まれる。視線を向ければ、そこには青い髪の笠を被っている少年が居た。


「うん?どうした?」
「ーー貴女は、本当に兄様達を助けてくれるの…?」
「ん、当然だ。…君のお兄さん達も居ないのか?」
「…うん……お願い、兄様達を助けて…」
「ああ、勿論。だから、そんな不安そうな顔をするんじゃない。可愛い顔が台無しだ」
「…え…?僕は可愛いくはないよ」
「お小夜は確かに可愛いよ、君は分かってるねぇ」

「ーー可愛いよ。だから、笑ってくれ」


頬をそっと撫でれば、少年はポッと顔を赤らめ、私に同調してくれた紫の髪の男の背後に隠れる。どうやら照れてしまったらしい。なかなかに可愛いらしい反応だな。紫の髪の男も慈愛に満ちた目をしながら少年を宥めていた。…こっちは大丈夫そうだな。兄様とやらに会わせた少年を見てみたいものだ。きっと可愛いことだろう。
私が岩融の名前を呼べば、皆に説明をしていた岩融が此方にやって来る。不思議そうに近寄って来たので部屋の奥の方を指差せば、岩融は驚いたように目を見開いた。


「長谷部!?どうした、腹でも空いたのか!!」
「何で腹なんだ……長谷部と言うのか?」
「ああ、へし切長谷部だ。長谷部に用があるのか?」
「ん。…へし切長谷部、その場から退いて貰えるか?君の後ろに用があるんだが」
「ーー俺の後ろはただの壁だ」
「…やっぱりか。お前は知っていて守って居るんだな。退いてくれ」
「断わる」
「あの、話が分からないんだけど……長谷部が何を守って居るんだ?」

「長谷部の後ろに、囚われてる人達を閉じ込めているんだ。今は結界を張られているからただの壁にしか見えないがーーっ、落ち着けって言っただろう!!一期一振!」


キンッ!と長谷部に向かって放たれた剣を受け流す。っ、さっきと威力が桁違いだ…!さっきの少年も殺気を放ってはいるが、多分紫が止めてくれているだろう。まだまだ斬りかかって来そうな奴は居るし、早く長谷部が退いてくれれば良いんだが…そう思案していた刹那、とてつもなく嫌な予感を感じた瞬間、岩融に一期一振を投げ飛ばし、地面を蹴って長谷部の目の前に移動し、蒼葉を振るう。
ガキンッ!!と言う音と共に、ポタリと一筋の水が流れる。…大人しくしていたし、傍観者だと思って油断してた…!


「おや、邪魔が入ってしまったか」
「三日月!?お前っ、女神に何をしている!!女神、大丈夫か!!」
「平気だ、岩融。…お前、長谷部に何をしようとした?」
「はっはっは、良きかな良きかな。何、長谷部はなかなか頑固だからなぁ、一思いに折ってしまおうと思ったんだ」
「折る…?」
「我々刀剣は折られれば死ぬ。ああ、でも心配は無用だぞ?もう一度鍛刀すれば良い」
「…綺麗な顔しているのに、言うことがえげつないな」
「はて、俺はジジイだからなぁ。何がえげつないのか分からないなぁ」
「っ〜〜…!!」
「……もう良い……」
「…は?」

「…主…」


飄々としている奴に苛立ちを隠し切れずにいれば、背後からポツリと声が聞こえる。目の前に居る奴を意識しながら、長谷部の方を軽く見れば、長谷部はどこか上の空、のような表情をしていた。ーーああ、彼にとってはもう全てがどうでも良いんだろう。五虎退達が嫌い、一期一振が憎しみを抱いて居る人物である審神者は、長谷部にとっては大切な人なんだろう。その審神者が今は居ない。…だからさっき避けようとしなかったのか。
私はそう理解し、長谷部の方に近付き、視線を合わせる為にしゃがみこむ。綺麗な青紫の瞳が僅かに揺れる。


「ーー主は、悪い人ではない」
「うん」
「ーー主は、何も悪くない。悪いのは主を誑かした奴だ」
「うん」
「ーー主は、最期まで俺達のことを愛してくれていた。守ろうとしていたんだ、奴に洗脳されながらも、俺を使って皆を自分から救おうとしていたんだ」
「…長谷部、君が囚われてる人達を捕まえて、此処に閉じ込めたんだね?」
「ーー主に頼まれた。人が変わったかのように皆に暴力や傷を手当てしなかった時もあったが、あれは全て洗脳されていた。時折正気に戻り、自分がしたことを後悔していた。だから、俺の機動を常々評価して下さった主は俺に皆を匿ってくれるように頼んだ。自分は1人で打ち勝ってみせるから、皆を守ってくれと」
「ーーうん」
「……でも、勝てなかった。したくないのに体が勝手に動く。手入れしたいのに出来ない。出陣も遠征も、させたくないのにさせてしまう。…それでも頑張る主を、俺は……っ!!守れなかった!!…救え、なかった…」
「ーーお前は、よく頑張ったよ。長谷部。でも、1つ間違いがあったな」
「…?」

「1人で抱え込んだのが間違いだ。…岩融達は信用出来なかったのか?仲間だろう。審神者を手に掛けたのも仲間を想ってのこと……話をしなければ、悲しい擦れ違いしか生まないんだよ」


犬夜叉と桔梗のように。あの2人も話をしていれば、あんな結末にはならなかった筈だ。…それは奈落にも言えるかも知れないが。付き合いが長いからな、桔梗にも情はある。かごめには悪いがな。私は小さく笑い、そっと手を伸ばす。ポンポンと頭を撫でれば、長谷部は驚いたように私を見る。そんな長谷部に私はくすりと笑ってから口を開く。


「お疲れさん。もう頑張らなくて良い、傷付かなくて良い」
「…………」
「審神者さんも、もう楽になれた筈だ。もう大切な長谷部達を傷付けなくて良いし、洗脳で心を痛める必要もないのだから」
「ーーそう、だろうか…」
「そう信じてやるのがお前の仕事だろう?笑ってやれ、審神者さんが不安になってしまうよ。私なら、笑ってくれないと安心して逝けないな」
「……っ……ある、じ…!!」
「ーー長谷部殿っ!!申し訳ありません!!そのような事情があるとは知らず…!」
「…俺も、悪かったよ。もう少し我慢すれば良かった」
「長谷部、茶でも飲もう。主の話、聞かせてくれ」
「…一期…鶴丸…鶯丸…」
「ほら、皆はちゃんと話を聞いてくれるだろう?長谷部、退いてくれないか?助けてあげよう。審神者さんも」
「…女神?」

「皆が大切なんだ。誰かに悲しい思いをさせて逝けないだろう?解放してあげよう」


私の言葉に、長谷部は頷いて立ち上がる。立ち上がる際によろめいたが、私が助けようとする前に、一期一振と鶴丸と鶯丸が腕を伸ばして助けていたのを見て、私は小さく笑みを浮かべる。長谷部が守っていた壁はやっぱりただの壁に見える。そっと手を伸ばせば、バチンッ!と結界に阻まれる。私を心配する岩融に手を上げて無事を知らせ、今度は気持ちを念じながら手を伸ばす。長谷部を解放して上げて、この本丸に笑顔をーー…今度は、阻まれなかった。
解、と小さく唱えれば、壁ではなく大きな穴が出現する。此処に居るよ、と背後に声を掛ければ、何人かが勢いよく中に入って行く。…無事再会出来ると良いな。
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