ーーはあ、聞いて貰えて良かった。

珠華ちゃんから素敵な提案を貰った私は、殿に伝える為に執務室へと足を運んでいた。この時間帯なら執務室に居るはずなんだけど…サボってないと良いなあ…郭嘉殿と一緒になって殿が執務室から逃げ出すのはそうそう珍しくない。抜け道とかあるのかな…それに詳しそうなのはやっぱり忍である珠華ちゃんかくのいち殿や風魔殿かな。うーん、くのいち殿には割と話し掛けやすいけど、風魔殿はちょっと怖いからなあ…やっぱり珠華ちゃんに聞いてみようかな。そう結論付けていれば、執務室の扉の前まで立ち往生している二人の姿が目に入り首を傾げながら私は口を開く。


「…李典殿に楽進殿?」
「ん?あれ、翠青殿!殿に用があるなら今はやめておいた方が得策だぜー?」
「翠青殿、恐縮です。先程から荀ケ殿のお説教が始まっていまして…」
「え、荀ケ殿の!?…あー、もしかして逃げようとしたのかな…」
「正解!…夏侯惇殿が荀ケ殿を宥めてるけど、こりゃあまだまだ時間掛かるだろうな〜」
「そうですね…次に開催される合同会議に提出する書類をまだ作成していないらしく、荀ケ殿は胃を痛めてるみたいです。翠青殿も大事な用でなければ出直した方が…「おや、翠青殿に李典殿に楽進殿。いつまでそこに居るつもりですか?用があるならどうぞ」き、恐縮です…!」
「…聞こえてたかな?」
「…う、し、失礼します」


にっこりと怖いくらいにこやかな笑顔を浮かべながら手招きして来た荀ケ殿に悪寒を感じつつ、此処で断るのは得策じゃないと分かっているから素直に応じる。絶対に聞こえてたやつだよ…!一番扉から近かった楽進殿は間近で見たからか顔を青ざめている。…ついてないね、うん。
執務室の中に入れば、正座している殿と郭嘉殿の姿があり、彼等の頭にはたんこぶが出来ていた。荀ケ殿にげんこつされたの…??かなり怒ってるじゃん…!!頭抱えてる夏侯惇殿じゃ止めきれなかったんでしょ…!?ああ、困ったように笑いながら手を振ってくれる夏侯淵殿だけが良心…!!


「それで?殿にはどう言った要件だったのですか?」
「えーっと…劉備殿からおかしな動きをする妖魔が増えて来たようだからその対策をする為に会議の日にちを早めたい、という話を近くに居た俺が受けたのでお知らせに来ました」
「自分も李典殿と同じ理由です、ゼウス殿から伺いました!」
「あ、えっと…例の話、です」
「!おお、遂に決めたんだな翠青!……散々悩んだんだよなあ、こんなに隈が増えちまって…良く頑張ったなあ」
「か、夏侯淵殿…!!」
「…劉備とゼウスには使者を遣わせる。それで良いな、孟徳」
「うむ、構わん。李典と楽進は下がって良いぞ」
「「えっ」」
「…聞こえなかったのか?孟徳は下がれと言ったんだ、お前等の耳は飾りか?」
「「し、失礼しました!!」」
「…惇兄、そこまでいじめちゃ可哀想だろ。あの二人だっていずれは分かるんだからさ、そう邪険にしなくても良いんじゃねぇのか?」
「ふん。…決めたのか」
「は、はい!!」
「…翠青殿…」
「そんな情けない顔をしないで下さい、郭嘉殿。…それならばお茶でも淹れましょうか、美味しい茶葉を見付けたんです」


これを飲めばきっと眠れますよ、と優しく微笑みながら椅子を引っ張って来て、私を手招きする。うう、お母さん…!!…その際に正座してる郭嘉殿を足蹴にしたのなんて見てない、気のせいだ、うん。夏侯惇殿と夏侯淵殿の頬が引き攣ってるのも気のせいだよね!!殿がいつの間にか上座に座っていたのにはびっくりした…さっきまで郭嘉殿と一緒に正座させられてませんでした??そんなことを考えていれば、コトリと湯呑みを目の前に置かれる。視線を上げれば荀ケ殿がふわりと優しく微笑む。…ちょっと落ち着いた気がする。そんな私に気付いたのか、殿がお茶を一口飲んでから口を開く。


「…して、翠青。早速だがお前の決断を聞かせて貰おう。…夏侯惇、郭嘉。翠青の決断を聞くまでは口を開くでないぞ」
「っ〜〜…ああ、分かった」
「…ええ、分かりました」
「よし。…翠青」
「は、はい!!えっと……あの、ですね。殿の考えとはちょっと違う感じになるかも知れませんが…視察、みたいな感じにしたいと思ってます」
「視察、とな?」
「はい…えっと、急に異動ってなっても間者じゃないかとか疑われてしまうので…えっと…」
「成程、完全に異動するのではなく、朝晩は魏で過ごし日中は呉で学ぶことにしたいと言う訳ですね」
「はー、成程なあ。確かに兵や民の中には翠青に悪い感情を抱く輩が居ないとも限らないし、昼間だけ孫呉に行くだけなら遊びに来てるだけみたいに思うもんな!悪くないんじゃないか?翠青、良く考えたな〜!」
「え、えへへ…実はこれ、珠華ちゃんからの提案なんです。強くなる為とはいえ天下を狙う敵同士なんですから疑われるのは分かりきってます。なので、日中だけお邪魔すればそんなに悪くは取られないのではないかって」
「ほー…彼奴か。関羽から聞いてはいたが、かなり頭がキレるようだな」
「…え、関羽殿…?」


あの犬猿の仲(一方的に夏侯惇殿が喧嘩売ってるだけかも知れないけど)である夏侯惇殿と関羽殿が喧嘩せずに会話してる…??喧嘩っ早い夏侯惇殿が攻撃してないからこそだよね?関羽殿から仕掛けることなんて戦以外では絶対に有り得ないもの。…それだけじゃない、珠華ちゃんは関羽殿にあまり快く思われてないって言ってたはず。まあ、気にしてなさそうだったけど…意外と気に入られてるのかな…不思議そうにしていたのが顔に出ていたのか、隣に座っていた夏侯淵殿がくすくす笑いながら私にそっと耳打ちをしてくれた。


「この前な、蜀の連中と飲み交わす機会があったんだけどな。その時に珍しくかなり酔っ払った惇兄と関羽がな、翠青と珠華について議論してたんだよ。所謂うちの子自慢ってやつだな!」
「えっ」
「あの時は偶々翠青に珠華と…えーっと霞月、だったか?あの2人と用事があるからって不参加だったからなあ、いやあ聞かせたかったな!」
「淵」
「何だよ、惇兄。そんなに怖い顔しなくても良いだろー?減るもんじゃないしよ」
「うむ、あれはなかなかに見応えがあったな。あれを聞いた翠青と珠華の感想が聞きたいものよ」
「…かなり褒められてましたからね、私もまさかあんなに褒められるとは思っていなかったので…少々擽ったかったです」
「そうだねえ、私も少々気恥ずかしかったかな。…翠青殿の幼馴染みである珠華殿は散々褒めちぎられることには慣れてるのかい?」
「…慣れてないかと。顔を真っ赤にして照れてる様子がすぐに浮かびます。可愛いだろうなあ…」
「…話を戻すぞ!翠青はいつから呉に行くつもりなんだ」
「む?止めないのか、夏侯惇。あんなに反対してたではないか」
「…人が悪いぞ、孟徳。俺個人としては行かせたくないが…本人が悩み抜いた結果だ、反対出来る訳がないだろう。だとしたら次にするべきことは呉で不便な思いをしないように全力で手を回すことだ。違うか?」
「…フッ、いいや。流石は夏侯惇よ」
「…な?惇兄、結構良い奴だろ?」
「…そう、ですね」


正直、意外だった。私が行くことに反対してたのも意外だったけど、それ以上に意外だった。…そんなに私、酷い顔してるのかな…まあ、視察を許可して貰うために何個か利点みたいな文章を考えてはいたんだけど、これならそれを披露しなくても良いかな?あまり自信がなかったからそれはそれで有り難いかも。それにしても…夏侯惇殿と関羽殿による魏と蜀の褒め殺しかあ…ちょっと見てみたかったかも。や、恥ずかしいし恐れ多いけどね!!まあ、だからと言ってすぐに夏侯惇殿に慣れたりはしないだろうけど…ちょっとは優しく、なれるように頑張ってみようかな……怖いけど。


「…ふむ、それにしても視察か。それは考えてすらいなかったな…いつか珠華と色々語り合いたいものよ、なかなか有意義な話し合いが出来そうだ」
「珠華ちゃんとですか?…うーん、まあ、味方である今なら応じてくれるかも知れないですね。色々付いて来そうな気がしますけど」
「…私としては霞月殿とお話がしてみたいですね。以前彼女からお野菜を頂いたのですが、凄く美味しかったので」
「ああ、あの漬け物の野菜達は霞月殿のお手製だったのかい?あれは良いね、凄く美味しかった。お酒にも合うからねえ」
「本当ですか?霞月ちゃん喜びます!それも伝えておきますね!」
「…野菜を育ててるのか?許褚もそうだからあまり言えないが、少々危機感が足りないんじゃないか?」
「まーまー、平和なのは良いことじゃねぇか!妙な動きしてる妖魔ってのがキナ臭いけどな、ゼウス達は把握出来てないみてえだし、別勢力と考えた方が良いのかねぇ…」
「あ、それなんですけど…敵の陣営になかなか頭がキレる人……人?妖魔が居るみたいです。珠華ちゃんが出し抜かれたみたいでちょっと落ち込んでたんです」
「…忍である珠華を出し抜く、とな?」
「…そいつはなかなかに怖い情報だな。あの諸葛亮さえも出し抜いたことになる筈だ、彼奴が単独で行動するとは思えん」
「…はい。諸葛亮殿も龐統殿も徐庶殿も法正殿すらも出し抜いた妖魔が居るみたいです」
「それはそれは…なかなか厄介だねえ、早めに対処しないと大変なことになりそうだ」
「…出し抜かれた、ということは何か被害があったのですか?」
「…民は平気でしたけど、村が燃えてしまったみたいです。それも珠華ちゃんが囮だって気付いてすぐに応援要請やそちら側に向かった別の部隊に気を付けるように文を飛ばしたから民を逃がせたそうなんですけど……下見したのに気付けなかった、って凄い落ち込んでて…」
「…責任感強そうだもんなあ、あの子。後は忍らしくねえって風魔の奴に絡まれてるのみたぜ、優し過ぎるとは言われてたが…そんなに悪いことかねえ、俺にはさっぱりだ。俺は風魔より珠華の方が好きだけどなあ」
「…人の痛みを分かる者は強くなれるものよ。珠華ならきっと大丈夫だろう、翠青も支えてやると良い」
「はい、勿論です!!…風魔殿にそんな風に絡まれてたんですね、もー…最近の珠華ちゃん、なんか変なこと考えてそうで気が気じゃないのに…」
「変なこと?」
「…確証はないんですけど、何か以前と違う気がするんです。焦ってるというか…生き急いでるというか…」
「…それは不安ですね。魏でも気に掛けるようにしましょう、珠華殿の戦力は惜しいですからね」
「そうだねえ、気を付けるようにしようか。さ、この話は一回終わりにして翠青殿がいつから呉に行くか検討しようじゃないか」
「…そうだな。俺としては3日後くらいからが良いと思っているが、孟徳と翠青はどうだ」
「私は大丈夫です」
「それが良いだろうな。次の議会で孫堅に話を通しておこう」
「宜しくお願いします!」
「辛かったら話くらいいつでも聞くからな!酒は……うん、お茶で話そうな」
「?私はお酒でも大丈夫ですよ?」
「いやいやいや、俺がお茶で話したいんだよ。付き合ってくれや」
「?はあ…分かりました」


夏侯淵殿、そんなにお茶が好きだったのかな?美味しいお茶が飲める場所でも探そうかなあとか思っていた私は、夏侯淵殿に向かって夏侯惇殿や荀ケ殿が力強く頷いてたのなんて知らなかったし気付きもしなかった。…なにかやらかしたかな?全然記憶にないんだけど…珠華ちゃんと霞月ちゃんに聞けば教えてくれるかな、聞いてみよう。

その後、偶々すれ違った孫堅殿に宜しく頼むぞと頭を撫でられたり、荀ケ殿と郭嘉殿に褒められていたことを伝えた霞月ちゃんは大喜びで土を耕していたりした。…鍬ってあんなに軽々持ち上げられるようなものなのかな?珠華ちゃんに最近色んな人にめっちゃ見られるんだけど何か知らない?って聞かれた時はちょっとびっくりしたなあ…やっぱり気付かれたか。咄嗟に知らないフリしたけど、あれは多分気付かれてるかなあ…問題は山積みだけど、皆で無事に元の世界に帰れたら良いなあ…

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