教えるという行為が不成立


「のざきー!背景描きに来たよー!堀くんもいっしょー!」


堀くんの部活が休みらしく、以前背景指導を頼まれたから今日をその日としたのだ。野崎には事前に連絡済で、御子柴くんはいない。代わりに今日は千代ちゃんがいるみたいだ。甲斐甲斐しいな。


「こっちはこっちで勝手にやるから、そっちはそっちでよろしくしてるといいよ。」


千代ちゃんの肩をポンポンと叩いて、私と堀くんはテーブルにつく。いつも通り道具を取り出して、作業を始めた。




*




「こういうとことかどう描けばいいんだ?」

「これはここに補助線を引いて…。」

「こうか?」

「そうじゃなくって…、こう。」


堀くんの手を導いて鉛筆を走らせれば、視線を感じた。そちらに顔を向ければ当然のようにこちらのスケッチをしている野崎がいて、とりあえず私はその手からバインダーを取り上げてその角で頭を叩いてやる。千代ちゃんが驚いて軽い悲鳴を上げたがご近所さんの迷惑にならない程度なので大丈夫だろう。


「私はネタにしない約束でしょう。」


取り上げたバインダーをちらりと見れば、鈴木がまみこに数学を教えているシーンだった。私が鈴木か。


「約束?してるのか野崎?」

「瀬名さんが俺のアシスタントをしてくれる条件だ。」

「なにそれ!どういうこと!?詳しく教えて野崎くん!」

「食い気味だな。」


千代ちゃんは自分と野崎の距離感に気付いていないのか。それこそ今のその状況こそスケッチしてやろうか野崎。


「瀬名さんは中学の時もバスケ部のマネージャーだったんだ。それで瀬名さんをモデルに漫画を描いてたところを見つかってやめろと言われて…。どうしたんでしたっけ?」

「私は漫画描くの手伝うから、野崎は私をネタにするのはやめるという約束をした。」


それだけで他にエピソードはない。


「後から瀬名さんが別の雑誌の連載作家だと知った。」

「前から思ってたんだけど、それって大丈夫なんですか?他誌の人…。」

「専属契約してないから問題ないよー。てか出版社同じだし、私は原稿落とさないし、編集からの信頼あるし、オールオッケー。」

「編集長が瀬名さんは1誌に1人欲しいと言っていた。」


イェイ、とドヤ顔して見せれば千代ちゃんはあんぐりとした表情で、私を見てくる。


「そうだ、堀くんこれ参考にするといいよ。背景資料なんだけど、私これ使ってるから。野崎、ここ置いてっていい?」

「あぁ。」


正直堀くんには教える事はほぼない。普通にうまい。
野崎にこそ背景を学んでもらいたいものだ。いや、ホント、真面目に。

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