たった一つだけの押し花

 仕事を終えてスマートフォンを確認すると、アプリやSNSの通知の中に、メッセージを受信した通知が混ざっている。それは、もう届くことは無いと思っていた千切様からの連絡だった。

『今週いつ暇?』
「……え?」

 質問の意味は分かっても、その意図が分からずじっと画面を見つめていると、続けてもう一件届く。

『家具見るの付き合って』
「…………」

 私は画面を見つめたまま、ぱちぱちと瞬きをする。
 まだ家具は何も決めていないと話していた千切様との会話が脳裏によぎる。部屋も決まったことだし、帰国している間に決めてしまいたいんだろうな。
 そこまでは理解できるが、家具選びになぜ私?
 部屋の寸法も設備も分かっている私なら相談相手としてちょうどいいと思ってくれたのだろうか。
 そういうことだよね。――きっと、きっとそう。
 私は自分自身に言い訳をしながら、ふうっと大きく息を吐いて、返信欄を開く。

『今週でしたら、木曜日なら大丈夫です』

 送信してすぐに既読がつき、『じゃあ木曜』と会話をするテンポで返信が返ってくる。

 『承知しました。よろしくお願いいたします。』
 『よろしく』

 千切様らしい、簡潔で短い文面。メッセージ内容が、千切様の澄んだ声で脳内再生された。
 たったそれだけなのに、なぜだか頬が緩んだ。

 ◇

 迎えた木曜日。
 私は朝から妙に緊張していた。
 仕事が休みの日であり、何の変哲もないただの休日なのでどんな服装で行くべきなのか悩んでしまっている。
 千切様って、元の素材がいいのはもちろんのことセンスも光るオシャレな人なので、私服だと公開処刑になりかねない。――うん、これも仕事ではあるし。いつも通り仕事で着用しているオフィスカジュアルなコーデで行くのが安牌だ。
 待ち合わせ場所へ10分前に到着するが、なぜだかソワソワと落ち着かない気持ちになる。――私って、あくまで家そのものが好きなだけで、家具やインテリアのセンスはあまり自信が無い!
 そもそも、私を誘って何の役に立つのだろう。家具なんて、千切様の方がよっぽど詳しそうだ。そんなことを考えていると、後ろから聞きなれた声に名前を呼ばれ、一気に現実へと引き戻される。

「ミョウジさん」
「ち、千切様」
「お待たせ」
「いえ、今来たところです」
「嘘、10分前から居たじゃん」
「え! 見てたんですか?」
「ううん、嘘。ミョウジさんならそれくらいに来てんだろうなって思っただけ」

 ふ、と悪戯っぽく千切様が笑う。
 長い髪は後ろでひとつにまとめられていて、前回お会いした時とは違う雰囲気を纏っている。千切様は会う度ヘアアレンジが違うので、私よりもよっぽどヘアセットが上手だ。
 
「てかさー、その様付けもうやめてよ。仕事じゃねぇんだし」

 その言葉を聞いた瞬間、私の思考はぴしゃりと固った。「仕事じゃないんだし」やまびこのように頭の中で何度か繰り返される。仕事じゃ、無かったの!?――なんて、喉奥まで出かかった言葉を飲み込み、千切様の表情を伺う。

「てっきり私は物件の担当者として呼ばれたのかと!」
「まさか。相談したい訳じゃねぇし、ただ付き合って欲しいだけ」
「そうなんですか!?」
「え、ミョウジさんって普段客のそんなとこまで世話してんの?」

 千切様は若干引いたような顔をしていた。いや、さすがにそこまで介入するほどお節介ではない。そもそも、契約後にお客様と連絡を取ることなんて無いし。

「いえ、初めてです」
「良かった、そこまでお人好しなのかと思った」

 即答で否定すると、千切様はほっと安心したように息を吐いた。
 それだと、じゃあ千切様が私を今日誘ったのはなぜなのかという話になる。千切様はさっぱりと付き合いやすいお人柄をしているし、友人がいないようには見えない。なんなら各国に婚約者がいても不思議ではない。そんな不誠実な人ではないと思うけど。

「普通に家具見て、飯食って帰るだけ。迷惑だった?」
「あっ、いえ、全然……暇人なので」

 暇人、までは言わなくてよかったなって少し後悔した。
 千切様……ではなく、千切さんはふっと目を細めると「暇してくれててラッキー」なんて冗談っぽく笑った。

「今日はどこの家具屋さんに行くんですか?」
「ん? 駅前のとこ」
「あ、あそこですか。結構大きいですよね」
「うん。家具は一通り見れるし」
「なんとなく決まってたり?」
「うん」

 やっぱり! と、笑ってしまいそうになった。
 千切さんは、判断がかなり速い。ハッキリしているし、家具選びで迷う姿が想像できない。
 
「じゃあ、私がいてもあんまり意味ないんじゃ……」
「? 意味があるとかないとかじゃないって」
「え?」
「一人で行くより、ミョウジさんに付き合ってもらった方が楽しいじゃん」
「…………」

 あまりにも自然に言われるので、言葉を詰まらせてしまった。
 千切さんは、いい意味で竹を割ったような人だから、そこにお世辞や建前はなく、言葉はストレートだ。それが、時々私をくすぐったい気持ちにせる。
 
「それに、ミョウジさんならあの部屋に住む俺の生活、結構分かってるし」
「それは、確かにそうですね!」
「だから一緒に見てほしかっただけ」
「……なるほど!」

 確かに、あの部屋を何度も一緒に見てきた私なら、家具を置いた時の圧迫感や動線くらいは多少分かる。
 仕事ではないけど、仕事の延長線ではあるんだ、とまた誰にも聞かれてないのに言い訳を並べた。


 ◇

 家具屋に到着してからも、千切さんのこだわりは発動されていた。

「なんか、イメージと違うわ」

 革張りのソファを見ながら、千切さんは眉を寄せた。金額には一切目もくれず、その次に見たものは「なんか足が変」「色が重い」と細かく見ている。言われてみれば確かに、とこちらも納得してしまう俊敏な選別だった。
 
「千切さんってインテリアのセンスも良いんですね」
「だって、自分の家に変なもん置きたくないじゃん。買い換えるってなった時に大きい家具は処分も面倒だし」

 それから小一時間ほどカーテンやラグを見て、時々私が「これなんてどうですか!?」と持っていく雑貨に「いらねぇよ」と千切さんは笑ってた。
 結局ソファは見送り、必要最低限の物だけ購入して自宅に送るように手配していた。荷物持ちを名乗り出たけど断られ、私は言葉通り「買い物に付き合った」だけとなった。
 家具や雑貨を見るのが私は楽しいからいいのだけれど、何にも役に立っていない気がする。

「じゃ、飯行こ」
「え、もう家具はいいんですか?」
「うん。見たかったのこれだけだし。また今度見る」
「今からでもいいですよ! 私、付き合います」
「いや、また今度も付き合ってもらうから大丈夫」

 また、があることを当たり前のように言う千切さんに驚きながらも、千切さんにとって、悪くない時間だと思って貰えたのなら嬉しいと思った。

「どこ行くんですか?」
「んー……駅の反対側。イタリアン」
「え、予約とかしてるんですか?」
「してない。入れるでしょ」
「そんな適当で大丈夫なんですか!?」
「平日だし大丈夫じゃない?」

 その後は千切さんおすすめのイタリアンへ連れて行ってもらい、食事を楽しんだ。オシャレなお店だったけれど、落ち着いた雰囲気で、私でも気張らずに過ごせた。
 家具の話をしたり、仕事とは関係のない他愛もない話をしたりして、気付けばあっという間に時間が過ぎていた。
 千切さんって不思議な人だ。
 身近にいないタイプだし、性格で言うと反対なタイプなのに、会話の波長や笑うツボは結構似てる。
 あっという間に時間が過ぎ、食事を終える頃には日が傾き始めていた。千切さんは送ろうとしてくれていたけれど、駅からも近かったので丁重にお断りした。

「じゃあ、また」
「はい。今日はありがとうございました」
「うん、こちらこそ。……あ、そうだ」
「?」
「次のオフ、夏だから。また連絡する」
「は、はい!」
「暇でいてね、ミョウジさん」

 千切さんは来週の飛行機でイギリスに戻るらしい。今度こそ、会うのはこれで最後かと思いきや、次のオフも、私と会うつもりらしい。
 今まではリップサービスかもしれない、とか社交辞令だと思っていたかもしれない。だけど、千切さんはその場のノリでこういうことを言う人ではないと、このひと月で知っている私は、そのお誘いを素直に喜んだ。

「……はい! お気をつけて」
「うん、ミョウジさんもね」

 遠ざかっていく背中をじっと眺めていると、数メートル離れた先で千切さんが振り返る。「見送りいらない」と言わんばかりに、シッシッと手を払われてしまい、笑ってしまった。
 また、だ。また、心がムズムズと痒いような、くすぐったいような気持ちになりながら、私はもう一度だけ千切さんに手を振って、駅へと足先を向けた。